神がそれを仕組まれた   作:ユーカリの木

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第五章 03

 夜の川が滔々と流れる。その水面を石が水しぶきを上げながら何度も跳んで、対岸へ到達する。久々利が拳を握って笑う。直毘は右手の石を転がしながら、地面に片膝を立てて座っていた。

 

「で、俺の家は姉のお陰で無茶苦茶になったわけだ。なかなか面白いだろ?」

 

「おっも!」

 

 それだけ吐いた久々利が二度目の石を投じる。対岸へ滑る石をただ眺めた。

 

「なーんで私に言わなかったかなあ」

 

 朔が投げた石は一回だけ水面に跳ねてからどぽんと沈んだ。

 

「クッソ重い話だろ。言えるか」

 

「だね。聞いてたら一緒に沈んでた」

 

 久々利が三投目が跳ばずに川に落ちる。

 

「天照もそんな感じ?」

 

「そだねー。うちはお母さんが女らしくしろってうるさくって」

 

 朔の右手が石を放る。水面を何度も跳ぶ石が対岸に転がる。

 

「男はスペックが大事だとか、女の一生は結婚で決まる、だから学校生活は結婚のための修業期間だとか、そんな感じ」

 

「拗らせてんじゃねえかお前の親」

 

「でしょ? これも直毘には言えなかったよね」

 

「そりゃそうだ。聞いたら俺が死ぬ。久々利に言っとけ」

 

 からからと久々利が笑う。

 

「おい、俺の扱い雑だっての!」

 

 久々利の投げた石が、ぼすん、と川に落ちる。

 

「縁くんはなんかないの? そのキャラならなんかあるんじゃない?」

 

「二人には負けるね。というか、そんな重い過去背負ってないって」

 

「私と直毘が特殊なだけか。ああ、思い出した」

 

 帽子を脱いだ朔が眉間に皺を寄せる。

 

「普通ってのは、平均ってことだろ? 学力に換算してみりゃ、偏差値50だ。俺もお前も、これで言えば平均より上ってわけだ。つまり――俺たちは特別ってことだ。人の上に立つ、そう考えりゃ少しは気分いいだろ? って直毘言ってたね」

 

 いつの話だよ。覚えてねえ……。あと似てねえ。

 

「直毘ってそんなヤバイこと言ってたのか」

 

「そう、中学入ってすぐかな。私が告白されて、色々あってどうしようもなかったとき、直毘誘って公園行ったんだよね。で、そのとき言われた台詞がそれ」

 

 うわぁ、黒歴史じゃん。

 

「私は普通になりたかった。でも、できなかった。だから、救われたよ」

 

「いますごい良い話聞いてるな俺」

 

「でさ、そのあと直毘、なんて言ったか分かる?」

 

「気になるな。どんな突拍子もないこと言ったんだ?」

 

「要約すると、お前は見た目がいいから、女子カーストの頂点に立てって」

 

「無茶ぶりがすぎるな」

 

「でしょ? 挙句、俺は捨てろ、とか言うからさ。泣いて縋ったよね」

 

「それで、直毘はどうしたんだ?」

 

「直毘が離れたら私が泣いて追いかける、LINEだって掛けまくる、それが嫌なら一緒にトップになろうって言って、一緒にがんばった。あれ、私の扱い結構雑だった?」

 

「さすが直毘、デリカシーの無さは昔からか」

 

「確かメンヘラムーブはやめろとかそのとき言われたような……」

 

「直毘ひどー!」

 

 さっきから俺の好感度がごりごり削られてる気がする。

 

「思い出したわ。お前、確か仮に着信拒否したら公衆電話から掛けるとか脅したじゃねえか。そんなんメンヘラ以外なにものでもねえだろ」

 

「それは天照が悪い!」

 

 あれえ、と朔が首を傾げる。

 

「直毘だってさ、外で遊ぶときいつも水筒持ってきたじゃん。主婦力高い」

 

「それ悪口じゃねえよ。切れ味鈍ったかお前」

 

「ぼっち!」

 

「それは痛ぇからやめろ」

 

 直毘も立ち上がって思いっきり石を投げた。一回も跳ねずに川に沈む。下手なのか俺。

 

「それで、ふたりはトップになれたのかい?」

 

「なった、よっ」

 

 朔が投げた石が何度も跳ねる。

 

「直毘をオシャレ美容院に蹴りつけて、直毘をユニクロとGUに投げ込んで、直毘を――」

 

「待て待て、それだと俺だけちょっと微妙なやつみてぇだろ。お前だって同じだろ」

 

「え、違ったっけ?」

 

「……ふたりで店員呼びつけて聞きまくっただろうが。お前だってセンスなかっただろ」

 

「あは、そうだったそうだった。服決めるだけに一週間掛ったよね」

 

「そのあとはコミュ力強化だ。SNSに潜って誰彼かまわず会話しただろ。百人組手だって言ってな」

 

 朔が野球選手のように片足を上げ、アンダースローのポーズで石を投げる。無駄にカッコつけたからか石が沈む。その様を久々利がけらけらと笑った。

 

「そして夏、私たちはトップカーストにまで上りつめたんだよね」

 

「周りからの視線が痛かったわ。思わず隅っこに行きたくなるくらいには俺に合ってなかったな」

 

「そうだね。自由になれるって思ったのに。結局そこは地獄だった」

 

「現実見えてなかったな。やっぱ久々利すげえわ」

 

「バッセンで叫ぶのも納得だよねぇ」

 

 久々利がものすごい微妙な顔をしていた。

 

「それ、俺どう受けとればいいんだ」

 

「褒めてんだ。字面通り受け取っとけ」

 

「そうしとく。その後は? トップに君臨して、そのまま?」

 

 朔は今度は上から石を投げる。水切りじゃない、普通の野球の投球だ。

 

「直毘がぼっちになった」

 

「おい、雑過ぎんだろ。過程端折るなよ」

 

「いいの?」

 

「言えよ。どんだけ今日恥さらしたんだよ。全部言っちまえよ」

 

 ぽすん、と朔が座って野球帽を直す。しばらく無言のまま空を仰いでいた。

 

 やがて、ぽつりと口を開く。

 

「あの頃、直毘モテてたんだよね」

 

「知らねぇ……マジかよ」

 

 久々利は黙ったまま地面に腰を落とす。

 

「でさ、分かると思うけど、直毘に誰かが告るって情報が流れたんだよね。私さ……焦っちゃって、パニくった」

 

 直毘は座らず、ただ流れるままの川を眺めた。

 

「そうなったら、もうさ、私、行くしかないじゃん。直毘呼び出して、いつも通り会話しようって思ってた。なのに、直毘を前にしたら何も言えなくて……あは、キスしちゃったよね」

 

 直毘は石を放る。放物線を描いた石が、ぽちゃりと水しぶきを上げた。

 

「それ、何人かの女子に観られててさ。気づいたら、直毘が私に無理やりキスしたって噂になってた。どうしていいか分かんなかった。変な噂ばっか広まって、直毘はだんだん一人になっていって、私がちゃんと言えばよかったのに、その矛先が私に向かうかと思うと怖くて……なにも、できなかった」

 

「忘れちまえ」

 

「あれで、直毘はすごく傷ついた。ひとりで、ずっと表情も暗くて、死んだみたいな顔して……全部、私のバカが招いたの」

 

「もういい。さっき言ったろ。あんとき家でぶっ倒れて、もう家もしっちゃかめっちゃかになってたんだよ。どうせ何もなくてもああなった」

 

「直毘が傷ついたのは事実でしょ? だから、女嫌いが女恐怖症になって、私が一緒のクラスでも、一か月も気づけなかったんだよね?」

 

 言葉に詰まった。事実だからだ。

 

「俺だって万能じゃねえんだよ。親友のお前の行動が分からんくて、でも周りは敵だらけになっちまって、家じゃもうパンクだ。女恐怖症にくらいなる」

 

「なら、怒りなよ。なにやってるんだって、どうして助けてくれなかったかって。私を罵倒しなよ」

 

「お前が女社会が怖くて、いじめに心底怯えてたのを知ってて、なんで俺がそんなこと言えんだよ。俺だけがお前の味方じゃなきゃ、お前がひとりになっちまうだろうが」

 

 言って、ひどい矛盾に気づいた。

 

「ああ……ひとりにさせてたのか俺」

 

「直毘はひとりだった。でも、私もひとりだった。あれから、ずっと」

 

 乾いた笑いが漏れた。

 

「馬鹿だな、俺ら。少しくらい、裏で話せばよかったな。そしたら、こんな拗れなくてすんだのにさ」

 

「そだね。そだった。スマホあったのに、なんで使わなかったんだろね」

 

 直毘はどかっと適当に座った。

 

「ま、これが俺らの顛末だ。どだ、久々利」

 

「ここで俺にふる? でも、もう仲直りでいいんじゃないか? こうして話して、互いに愚痴ってさ」

 

「そだな。中二病まっさかりだった俺らが中二病のまま解決しようとして無理だったんだ。大人になるしかねえな」

 

「直毘はいまでも中二病だろ」

 

「え、どこが?」

 

「この男自覚ねえー! っていうか、それが素だからか!」

 

「おい、やめろ。俺の素って中二病なのかよ」

 

「斜に構えてるとことか中二病だろ」

 

「そんなつもり、ねえよ?」

 

 ないよな。誰か違うって言ってくれねえかな。

 

「直毘は中二だね。うん、そう。だから直毘が悪いことにする!」

 

「え、朔……お前もか。土壇場で裏切んなよ」

 

「私って悪女だし~」

 

「うわー、また言いやがったこいつ。全然お前が中二じゃねぇか」

 

「いいじゃん、キスのひとつやふたつ。減るもんじゃないんだし」

 

「それが女の台詞か⁉ 普通男が言う台詞だろ」

 

「直毘知らないの? いまって男女平等なんだよ?」

 

「意味分かんねぇ」

 

 久々利が大笑いする。

 

「あーおもしろ。そっか、ふたりのキス体験は結構早いんだな」

 

「中二でしました!」

 

 ぐっ、と朔が久々利に親指を立てる。ドヤるなよ。トラウマじゃなかったのかよ。

 

「どうだった? 俺実はまだなんだよね」

 

「リップクリームでぬめった!」

 

 くっそ。こいつ殴りてぇ。

 

「あとそのあとの直毘の顔が、なんか笑えた」

 

「おい、やめろ。なんで俺がディスられてんだよ」

 

「目がガン開きでさ、なんかおろおろしてたの」

 

「やめろ、思い出しながら実況すんなよ」

 

 両手を何度も叩いて久々利が高らかに笑っている。

 

「縁くん、彼女出来たら言ってよ。直毘にならない方法を教えるから」

 

「もはや俺の存在ディスってんじゃねえかよ。なに、お前俺のこと嫌いなの? 泣くよ?」

 

「なーに言ってんの。好きに決まってるじゃん」

 

「ならよし。いや良くねえ。取り消せさっきの。俺は悪くねえ」

 

「私の甘酸っぱい思い出なの。忘れられないんだ」

 

「なにちょっとクネクネしながら言ってんだよ。あざといわ」

 

「ちぇー、大抵の男子はこれで騙せるんだけど」

 

「うっわ、悪女じゃん。こいつマジの悪女になってんじゃん。怖えよ」

 

「大丈夫だって。一線は踏み越えないようにさせてるから」

 

「お前いつか刺されるぞ」

 

「……ごめん、いま初めてやりました」

 

「だろうな。お前がそんな高等テクできるわけないもんな」

 

「知ってる? 最近の私の評価。話すの楽しいけど彼女にはちょっとなー、だよ?」

 

「正当な評価だろ」

 

 あれ、と久々利が口を挟む。

 

「俺が聞いてる話と違うな。天照って結構男子人気あるよ」

 

「え? どして?」

 

「いや、天照って綺麗だし、話せる女子だからさ。クラス外とか結構話題になってる」

 

「あれー? 私が冗談で聞いた時の返事がそうだったんだけど……」

 

「天照、男がそんな話ふられて素直に返すわけないだろ?」

 

「……知らなかった」

 

 朔がその場で四つん這いになった。

 

「良かったな。ちゃんと悪女やれてるなお前」

 

「おかしいなあ。隙見せてるつもりないんだけどなあ。スカート丈とか気をつけてたし、胸だって我慢して潰してるし、あれー」

 

「もう素で行けよ。いつまでカースト上位ごっこやってんだよ」

 

「直毘にだけは言われたくないよね。絶賛カースト上位野郎」

 

「ちげえよ、久々利と月読が上位で、俺はコバンザメだ」

 

「あーもう、週明け憂鬱かも。みんな私のこと好きなんだ」

 

「そこまで久々利は言ってねえだろ。自意識過剰すぎだぞ」

 

「好意を何人か持ってるって時点で私にとっては同じなの」

 

 さらっと重い話が滑り込んできた。朔は本質的に男に近い。そして女性社会が苦手だ。だから、女として見られることが怖い。

 

 ふいに、月読の言葉を思い出した。

 

「男除け作れ。ちょうどいいところにいる。ほれ、久々利。出番だ」

 

「え、俺?」

 

「難しいか?」

 

「んー、ちょっと俺の立ち位置的に天照が危ないかな。もっといい方法がある」

 

「なんだ?」

 

「直毘が男除けをやる」

 

「……なんで?」

 

「直毘、いま奇跡的にお前がモテてる事実を思い出すんだ。で、合コンとか全部俺が弾いてるだろ? なら直毘にとってもいい案だ」

 

「……確かに」

 

 モテてるのは奇跡だ。使わない手はない。

 

「朔、一年半ぶりにふたりで行動だ。いけるか?」

 

「え、直毘大好きって女アピールするの?」

 

 なんでだよ。

 

「すんなよめんどくせえ。いまみたいな感じでつるむってことだ」

 

「ああ、そういうこと。いけるよ」

 

「んじゃ、明後日からそれでよろしく」

 

「お昼は? 私いつも食堂だよ?」

 

「……感謝しろ。作ってやる」

 

「わぁお、ありがと」

 

「お前の周りの男たちは、あれだ、うまいことやれ、そこまでは俺は無理だ」

 

「はいはい、ちゃんとやりますって」

 

「どだ、久々利。これなら大丈夫そうか?」

 

 久々利が添えた指で頬を押し込んだ。

 

「息ぴったりだね。どうにかなると思うよ」

 

 体育座りをしていた朔がばっと足を伸ばす。

 

「直毘はいいの? 学校で私と話して」

 

「別に話さない理由もねえだろ。そん代わり、こっちはいつも通りだからな。いい外面は期待すんな」

 

「へえ、じゃあ私もいまの私でいく」

 

「八方美人モードで来てみろ、ハリセンではたくからな」

 

 さて、と直毘は立ち上がって砂を払う。ポケットからスマホを取り出して時間を確認する。現実逃避も頃合いだった。

 

 

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