神がそれを仕組まれた   作:ユーカリの木

27 / 29
第六章 03

 午後の授業は上の空だった。ひとつ空きの席を見つけられたくらいで、教師が話す内容は念仏のように耳を通り過ぎていった。それだけ、昼の時間が直毘には鮮烈だった。

 

 休み時間は朔が来て、どうにか会話をかわして次の授業。教科書の文字も頭に入って来ない。生きている世界が丸ごと変わってしまったようだ。頭の中にずっと天照朔がいる。

 

 授業がすべて終わり、HRも幕を閉じる。ぼけっとしている直毘の隣に雪那が立っていた。

 

「直毘、報告を忘れていた。昼休みにお前たちを盗撮しようとした者がいた。なに、案ずるな。手刀で意識を刈り取った。そろそろ起きる頃合いだろう」

 

 一から十まで話が分からねえ。

 

「あ、え……お前いたの?」

 

「私は何も見ていないぞ。こう、怪しい敵をすばやく落としただけだ」

 

 ぶわっ、と空気を斬るほどの手刀が眼前で放たれる。ほんとに無事なのか?

 

 バン、と教室のドアが開かれ、全身に疲労感が漂う佐藤教師が現れる。

 

「冬月、ちょーっと頼み事がある。来てくれるか?」

 

「もちろんだ。先生のためならば死力を尽くそう」

 

 あ、これマジの説教だ。月読もドン引きしていた。

 

「なおびー、一応裏で流れてないか見とくよ」

 

「助かる」

 

「あと、昼休みの話、聞きたいなー」

 

 ちょんちょん、と月読の肩が叩かれる。振り返った彼女の前には、大輪の花を咲かせた朔の微笑があった。

 

 桜色の唇が月読の耳に近づき、なにかを告げる。ポニーテールがぶわん、と動いて直毘の顔面に直撃した。痛ぇ……。

 

「え、うそ、なおびーが? うそーん」

 

「おい月読、お前、先に言うことあるだろ……」

 

 月読がにまーと笑って、ぐっと親指を突き出した。

 

「さすがなおびー! やればできる男だって知ってた!」

 

 朝はミジンコ扱いしてたじゃねえか。ちょっと家帰ったら黄昏よう。今後の身の振り方を考えた方がいい気がしてきた。ミジンコって……。

 

 のっそりとカバンを背負うと、朔に右手を掴まれて身体を引かれる。

 

「帰ろ、直毘」

 

「……そだな」

 

 喧騒から逃れるように教室を出る。一度情報が確定してしまえば、誰と誰が付き合っているなんて話はすぐに消える。周囲からの視線は朝よりもだいぶ減っていた。

 

 校舎を出ると、隣の朔の肩がわずかに弾みだす。

 

「今日はどだった?」

 

「朝は死にそうだった。けど、昼に……ね。ほら、色々あって。なんかさ、ほっとした」

 

「俺も、そうかもな」

 

 右手を握る朔の手が少し強くなった。

 

「ずっと一緒がいい」

 

「無茶言うな。これから家帰って料理すんだよ」

 

「そうじゃなくてさ、ずっと、直毘と一緒にいたいなって」

 

「あん? お前の弁当の仕込みも必要なんだが」

 

 ううーん、と朔が空を仰いだ。何事かと思った瞬間、彼女が走り出す。右手で繋がっているから直毘もついていくしかない。引っ張られるまま走ると、付近の公園に入ってベンチの前で立ち止まる。

 

 肩で息をした朔が、手を離して対面に立つ。

 

「直毘にはちゃんと言わないと伝わらないことが分かりました」

 

「なんの話だ」

 

 風が吹く。音が止まる。

 

「好きだよ直毘」

 

「知ってる」

 

「私と付き合える? 嘘じゃなくて、本気で」

 

 見ていられなかった。

 

 両手で顔を覆って、崩れるようにベンチに落ちる。視界が塞がっていないと、ちゃんと言葉にできそうになかった。

 

「なあ、朔」

 

「うん」

 

「目がな、勝手にお前を追うんだ」

 

「うん」

 

「頭の中、お前のことばっかだ」

 

「そっか」

 

「こんなの、初めてでさ。たぶん、好きだってことだけは分かる」

 

「うん」

 

「他のやつじゃ、こんなことなかった。朔だけがいつも俺のど真ん中に突き刺してくるんだよ」

 

 体温が右に灯る。

 

「直毘、不器用だもんね。ちゃんと自分の中で定義しないと、心が追い付かないんだよね」

 

 顔から剥がした手が膝に落ちる。その手の上に、朔が手をそっと重ねた。

 

「ごめん、ちょっと急いじゃった。直毘はゆっくりがいいもんね」

 

「昼休みの後、授業が入って来なかった」

 

「あはは、それは私も同じだ」

 

「朔が近くにいると安心するのに、なんでか心臓が跳ねる」

 

「うん、それも同じ」

 

「ホントは、一緒にいたい。でも、家事しなきゃいけなくてさ。飯作って、掃除して……あれ、なんでそうなるんだ……」

 

 思考がおかしい気がした。

 

「直毘?」

 

 なぜか、手が震えた。

 

「なんだそれ、おかしいだろ。別に一日二日くらい、サボったって……」

 

 足場が崩れる。踏み抜いたら暗闇に落ちる、そんな錯覚を覚えた。

 

「俺は……なんだ?」

 

「直毘!」

 

 鋭く呼ばれ、頬に手を添えられる。朔の顔が広がった。空白が思考に滑り込む。

 

「いいの。落ち着いて。大丈夫。そんなに考えなくていいよ」

 

「だけど、それじゃお前が……」

 

「あんなにたくさん言葉をくれたんだよ。あれで満足できなきゃ、おかしいでしょ」

 

「……いいのか?」

 

「いいんだよ。直毘の言葉は重いんだから。あれだけもらえたら十分」

 

 ひとつ微笑んでから、朔が手を離して直毘の肩に頭を預ける。

 

「ひとつ、約束してほしいこと、あるんだ」

 

「ん?」

 

「テスト終わったら、お願い、ひとつだけ聞いて」

 

「なんだ?」

 

「うん、そのときになったら言うよ。あ、えっちなことじゃないからね」

 

「聞いてねぇ」

 

 でも、と風に消える声で、朔言う。

 

「直毘のためになるって、信じてるから」

 

「……そか」

 

 朔の指が絡まる。肩と手に伝わる温度が、どうしてか直毘を寂しくさせた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。