神がそれを仕組まれた   作:ユーカリの木

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第一章 03

 食事中の雪那を眺めるのは、なかなかに楽しかった。ひと口ごとに表情がころころ変わるのだ。見ていて飽きないとはこのことだ。

 

 そして、直毘にとって重要な会話をするべき時がきた。正直ここまでの流れであまり聞きたくないのだが、同居にあたってすり合わせは必要だ。

 

 リビングのテーブルを挟み、対面に座る雪那が茶をすする。暢気なものだ。

 

「まずは一番の厄介事から片づけていくか」

 

「む? 厄介事があるのか?」

 

「木刀だよ。今後持ち歩くな」

 

「なぜ?」

 

 まさか凶器を持ち歩かない理由を問われるときが来るとは思わなかった。人生とは何があるか分からない。

 

「いいか? そいつを振って人に当たったら大抵骨折するんだよ。危ないんだ」

 

 ふふん、と雪那が得意げな顔をする。嫌な予感しかしない。

 

「見くびってもらっては困る。その程度の手加減はできるとも」

 

 だからなんだ馬鹿女が。

 

 店内で見た足さばきだけで尋常ならざる技量であることは、素人の直毘でも分かる。が、それとこれとは別だ。

 

「お前の技量は認める。じかに見たことはないけど、すごいんだろ。で、ひとつ気になった。なんで背中に隠していた?」

 

 む、と雪那の表情に影が差す。ふい、と視線をそらした。

 

「ち、父に叱られるから……」

 

「持ち歩いちゃダメだって分かってるじゃねえか……」

 

「やはり、木刀を携帯することはよくないのだろうか?」

 

「金輪際やめてくれ」

 

「……相分かった」

 

 眉間に皺を寄せた雪那がひとつ頷く。なんとか難題をクリアした。これだけで気力をだいぶ使ってしまった。まだ話したいことはある。

 

「次はスマホについてだ。いまそれでなにができる?」

 

「父に電話ができる。地図は欠陥品だ」

 

「……それだけ?」

 

「この奇怪な物体は電話と地図用ではないのか?」

 

 絶望したくなった。

 

「SNSとか、チャットとか、写真とか分かるか……?」

 

「SNSか。もちろん理解しているとも。インターネットだろう?」

 

 頭を抱えたくなった。

 

 まずい。入学初日で雪那の人間関係が詰む未来しか見えない。スマホを使えずどうやって令和の学校でコミュニケーションを取るというのだ。

 

 いっそ見捨ててしまえば楽だ。だが、どうしても伊豆乃の過去が被る。人間関係がうまくいかず引きこもってしまった弟の末路は、ひどいものだった。やっとの思いで配信という手段で外部との繋がりを得られたのだ。あんな思いをする身近な人間はもう見たくはない。

 

「詳細はあとに回すけど、スマホの使い方を今日明日で雪那に叩き込む。気合で全部覚えてくれ」

 

「なに、これでも物覚えは良い方だ。直毘に師事しよう」

 

 これはもう信じるしかない。無理だったら徹夜だ。

 

 次は、なんだ。ふたつしか聞いてないのに頭が混乱している。雪那から浴びせられる情報量がネットの比でないのだ。

 

「あれだ、生活をするうえで譲れないものとかあるか?」

 

「朝素振りをする。これは毎日の習慣で決してやめるわけにはいかない」

 

 だよな。うすうす気づいていた。後で寮の管理人に聞いておこう。

 

「私ばかりでは申し訳ない。直毘もなにかあるだろうか」

 

「俺か? あー、ノックしないで部屋に入らないでくれ」

 

「相分かった。必ずノックをして入ると誓おう。プライベートが大事であることは私も承知している」

 

「そうか、助かる」

 

「ああ、忘れていた。寝ている私に近づかない方がいい。手が出る」

 

 ……怖いよこいつ。

 

「なに、私は寝坊しない。直毘に起こす手間を掛けることはない」

 

「そう願う。仮に起きてこなかったら置いていっていいか?」

 

「目覚められなかった私の責任だ。躊躇なく置いていって問題ない」

 

 命がけで雪那を起こす未来は回避できそうだ。

 

「直毘が寝坊したら起こした方が良いだろうか?」

 

「いや、いい。そこはお互い自己責任にしよう」

 

「相分かった」

 

 起きた瞬間雪那とばったり、というのはこれで消せた。直毘にとっては死活問題だ。この問題が解決できたのは大きい。

 

 突然ズボンのポケットが震える。スマホを取り出すと母からだった。無視を決め込むべく切ったが、再び掛かってくる。しつこい。

 

 雪那に断って席を立つ。自室のドアに寄り掛かりながらうるさい母の電話に出る。

 

「あんた大丈夫⁉」

 

「無事だから出てる。ちょうどいま相手と生活のすり合わせをしてるんだ。邪魔しないでくれ」

 

「ちゃんと話せてる? お昼はちゃんと食べた?」

 

「問題ない。相手と外食してきた」

 

「そう、よかった」

 

「仕事中だろ? もういいか? これでも結構やることありそうなんだ」

 

「分かった。直毘がそう言うなら聞かない。お金は大丈夫?」

 

「毎月大卒初任給レベルを振り込むなってことだけは言っとくよ。こちとら無駄に貯金が増えてくんだ」

 

「少しくらい使いなさい。高校生なんだから」

 

「一年前に伊豆乃の機材一式でだいぶ使っただろ。あれだって普通の家庭ならドン引きだぞ」

 

「あんたが使わなきゃ意味がないの」

 

「こちとら独り立ちしたときのために倹約生活してるんだよ。金銭感覚狂って社会人になったらやばいだろ」

 

 母の声が止まる。無音。

 

「たまには贅沢しなさい。少しでいいから」

 

「……善処する」

 

「時間取らせてごめんね」

 

 電話が切れた。

 

 深い、深い息が零れ落ちた。ずるずると腰が落ちていきそうで、一度瞑目して足に力を入れた。

 

 まともに母親と話した記憶が思い出せない。昔も、一年半前からも結局はこんな感じだ。

 

 一般的な親子のやりとりなど、直毘は知らない。やり方も分からない。

 

 やめた。考えても仕方がない。いまは雪那の入学デビューの方がまずい状況だ。

 

 リビングに戻ると、雪那が自身のスマホを両手で掴んで殺す視線を投げつけていた。なにごとだ。

 

 む、と雪那が殺意を消した目を直毘に向ける。

 

「この奇怪な物体に挑んでいた。だが、なにかの箱を押してしまった。どうやらストップウォッチのようだ。いま十秒ちょうどでタイムを切る訓練をしていた」

 

 なんだその訓練。どこに用途がある。

 

「案ずるな。私の体内時計は正確だ。いくども十秒ぴったりで止めている」

 

 聞いてねえ。でも無駄にすげえ。

 

「直毘、これで私はこの物体の扱いを会得したぞ」

 

 どうやら奇怪呼びはやめたらしい。あと時計機能の一部しか使ってない。会得などほど遠い。

 

 痛くなった頭を押さえて席に戻る。家事全般はもう諦めよう。他のことも棚上げしておこう。しばらくは自分で全部やってしまえばいい。いまは目下問題であるスマホだ。

 

「一応言っておく。それはスマホの時計アプリの中でも断片だ。雪那、お前は時計アプリすらまだ会得していない」

 

「な、んだと?」

 

 なぜかひとり驚愕した雪那が、神妙な顔をして天井を仰いだ。

 

「なるほど、修練は一日にしてならず。私は愚かにも驕っていたらしい。まだ私は入口に立っただけなのだな」

 

「いや、入口にすら立ってねえよ」

 

 くっ、と顔を戻した雪那が、なにやら痛みを覚えたように胸元を右手で握る。

 

「私はまだその程度だったか。あまりにも未熟。恥ずべき無知だ。直毘、改めて頼む。私にこの物体のことを教えてくれ」

 

「まずはその物体をスマホって呼ぶことから始めてくれ」

 

「そうしよう。して、なぜスマホと呼ぶのだ?」

 

「それはあとでそいつを使って調べてみてくれ」

 

「スマホで調べる? そうか、インターネットだな。分かってきたぞ」

 

 ちゃんと話が繋がっている。奇跡だ。いや、元々頭は悪くないのだろう。

 

「インターネット、あー普段は大抵ネットって呼ぶんだが、どういうものか分かるか?」

 

「父から色々な情報がある世界と聞いている。だが剣術の奥義はないらしい」

 

「剣術の動画ならあるだろ」

 

「待て、それは初めて聞いた。見たい」

 

 雪那が身を乗り出す。すごい食いつきだ。剣術に関しての興味は並外れている。

 

「まだ後だ。あと文字で会話ができる。たぶんこれがこれから必要になってくるだろ」

 

「む? 電話すれば良いのでは? これ……スマホは電話ではないか」

 

 いきなり本質を突いてきやがった。武闘家は無駄に弱点を見つけるのがうまい。

 

「電話はな、相手の時間を食う。しかも相手からすれば突然掛かってくる。嫌だろ?」

 

「確かに。瞑想中に掛かってきては困る」

 

 そんなにするのか、瞑想。

 

「文字での会話ならそれがない。いつでも好きなときに返せる。便利だろ?」

 

「理解した。文字の会話に利点があるとは気づけなかった」

 

「動画を検索するにもスマホで文字を打つ必要がある。気合で覚えろ」

 

「任せろ。剣術動画を見るためにもすぐに習得してみせる」

 

 なぜだろう。雪那の台詞がいま一番信用できる。

 

 こうして、直毘はSNSのアカウント作成、使い方、ブラウザなどを雪那へ叩き込んでいく。彼女の吸収スピードは速い。まさにスポンジだ。与えただけものにしていく。

 

「私はついに入り口に至った」

 

「ああ、誇って良いぞ」

 

 直毘も感無量だ。まだまだ先はあるが、この調子なら入学式には間に合う。ぐっと背筋を伸ばしながら時計を見る。もう午後六時だ。結局夕飯は外食になりそうだ。

 

 

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