超かぐや姫 スーパーフォルテッシモ!! 作:あるふぁせんとーり
ようやく新居での生活にほんの少しだけ慣れてきて、この狂騒が終わった後のことを考えることが増えた。
じきに夏休みが終わり、かぐやの配信を手伝っている暇なんてすぐになくなる。
私は配信者でもプロゲーマーでも、ましてやミュージシャンでもない一介の女子高生だ。
一に勉強、二にバイト、三四は飛ばして五にヤチヨ……そんな生活に戻るだけ。
ブランケットに潜り、そんな自分を思い出す。
早起きして昨日の残りを温めながら昨日やった予習をざっと確認し、学校では座学も副教科も決して手を抜かず、放課後はバイトでピークタイムのお客さんを捌き切り、それが終われば部屋に戻って桜楽と一緒にまかないを食べながらヤチヨの配信を──
「いやいやいやいやムリムリムリムリ……!!」
私はバネじかけのおもちゃのように上半身を跳ね上げ、ブンブンと首を横に振った。
いや、元の人生にそう簡単に戻れるはずがない。
あれだけ遠い存在だったはずのヤチヨとコラボライブ?
私が?
未だに時々夢なんじゃないかと錯覚する。
恐れ多いにも程がある。
この先の人生、画面越しにヤチヨを応援してるだけという関係で今まで通り満足できるかと聞かれたら、正直自信がない。
今でさえそう思っているのだから、明日のコラボライブの後なんてどうなるか私には全く分からない。
近頃は毎晩この調子だ。
前はヤチヨのことを考えているだけでぐっすり快眠だったのに、今は思考の中にその名前が出てきた瞬間否が応でも意識がぐっと引き戻されてしまう。
もし失敗したら、最悪なライブにしてしまったら、そんな思考が頭を支配しコラボライブの重圧に押し潰されそうになる。
身体の眠気に反して脳が盛大に覚醒する。
「……もう一回くらい、練習──」
いや、駄目だ。
ライブ前日に夜ふかしして練習なんて本末転倒、今は充分な睡眠を取って万全のコンディションでコラボライブに臨むべき。
だが頭では理解していても身体がそれに納得しない。
ぞわぞわっと背筋を伝い、内側から肋骨を撫でるプレッシャー。
1人だと尚更それが酷い。
でも2人も──
「あ、やっぱり起きてる」
そう髪を耳に掛けながら桜楽は部屋のドアを開けた。
彼女はパチン、と部屋の電気を付けると一旦引っ込み、それからトレーにティーカップを2つ乗せて戻って来る。
カモミールの優しい匂いがふわっと香った。
「はい、リラックスリラックス」
「……ありがと」
「彩葉真面目だもんね、そりゃプレッシャーで寝れなくもなるよ」
「もしかして、桜楽も?」
「私は……どっちかと言うと、楽しみすぎて、かな。あのヤチヨと同じステージ……こんなこと、起こると思ってなかった。人生、最高かも」
……桜楽ってば、ちょっと強くない?
私はそんなふうには──
「それに、彩葉もいるから」
ああ、そうだ。
桜楽はそういう人間だった。
この1年、いつだって桜楽は私の隣を歩いてくれた。
自分の歩く道がすごく長くて、苦しくて、辛い道だって分かってたから……私はずっと1人でいいと思ってたけど、桜楽は同じ道を追いかけてきてくれた。
「……え、桜楽、仕送り止めてもらったの?」
「うん。……彩葉が頑張ってるから、私もやってみようと思って」
今思い出すと、その言葉は差し出された救いの手のようだった。
自分より余裕のある相手に愚痴は吐けない、相手の余裕に甘えることになるから。
自分より余裕のない相手に愚痴は吐けない、自分よりずっと大変な相手に甘えることになるから。
けれど、もし対等でいてくれるなら。
同じ愚痴をこぼして、同じ不満を共有できるなら。
人を助けることも、人に助けられることも出来なかった私に「助け合う」という選択肢を桜楽はくれた。
「安心して。私もかぐやも、ヤチヨもいる。もし既に違う結末が決まってたとしても、私達の手でハッピーエンドにすればいい。……大丈夫、私達なら出来るよ」
「桜楽……」
私の右手を、桜楽の手のひらが温かく包んでくれる。
口にカモミールの柔らかい余韻が残る中、彼女は静かに目を瞑り、まるで自らに同意するかのように頷いた。
「彩葉」
シャープな輪郭の中の、青みがかった丸い瞳が私のことを覗いた。
「私、彩葉のことが好き。友達としてなのか、女の子としてなのか、それはまだ分からないけど……本当にあなたのことが好き。……これからも、一緒にいさせてくれる?」
ああ、よかった、言えた。
桜楽は静かに、優しくて、温かく包んでくれるような、そんな笑顔を見せた。
その顔が、すごく綺麗だと思った。
彼女からの好意が嬉しくて、同時に少しの戸惑いもあって、私はしばらく黙ってしまう。
「……私、まだ未熟だから……迷惑もいっぱいかけるだろうし、道も間違えてるかもしれない。……それでも、桜楽はついてきてくれる?」
「うん。彩葉と一緒なら、きっとハッピーエンドになるから」
……あれ、なんでだろ。
なんで泣いてるんだろ、私。
「大丈夫、大丈夫だよ」
細長い指が私の頬を撫でる。
眠気を押し退けていた緊張が、それ以上の感情で上書きされていく。
そうだ。
きっと私も、桜楽のことが好きなんだろう。
彼女と同じように、それが友愛か恋愛なのかは分からないけれど、間違いなく、私は桜楽のことが好き。
……ああ、駄目だなぁ。
自分の人生すらまだ上手く生きれないのに、誰かと一緒に、なんて。
そんなだいそれたことを考えてしまっている。
「……そうだ。眠くなるまで、ヤチヨの話でもしよ。好きな配信、好きなライブ……コラボライブが楽しみで楽しみで仕方なくなっちゃうくらい」
「……うん。眠くなるまでね」
「じゃあ私、お茶のおかわり淹れてくるよ」
涙が止まった頃、トレーに空いたカップを載せ、部屋を出ようとする桜楽。
彼女がドアを開けた瞬間だった。
「あれ、かぐや?」
「あ、桜楽もいたんだ。って、彩葉の目、なんか赤くない? 泣いてた?」
「気のせい。で、こんな時間に何しに来たの?」
「いやさ、なんか彩葉のパソコンにすごいの入ってたんだけど上手く開けなくて」
ああ、さっきの余韻が一気に引っ込んだ。
何やってるんだライブ前夜に。
というかナチュラルに私のノートPCを使うな。
「ああもう、貸して。どれどれ──」
画面を見て、一瞬言葉が詰まった。
「ドキュメント」→「家族」→「整理」→「ミュージック」→「タイトル未定(彩葉と共作)」
最終更新は10年以上前。
忘れてた……いや、忘れようとしてた、忘れたと思いこんでいた、私の一番大切な思い出。
死んだお父さんと一緒に作った、最後の曲。
「めちゃくちゃ素敵な曲なんだけど……なんかさー、途中で終わってるの。続きが聞けなくて」
「……聞けないんじゃない。ないの。もう、この曲は作れない」
もうどんな曲かなんて覚えてないけど、どう作ったかだけははっきりと覚えてる。
「──彩葉、次はどうする?」
「こうしてこう! でぇ、これも入れたる!」
「ええな、今の彩葉、ええ感じにワクワクしとるわ」
あれから……もう、そんなに経ったんだ。
「え、彩葉が作っちゃえば?」
「いいよ。私も覚えてなかったし。ほら、明日はもう本番なんだから。さっさと寝ちゃいな」
「それもそだね。はー、ヤッチョのやつ……ライブバカむじーのばっか揃えやがってさー、自分はAIだからって無理強いしてくんのやめろー!」
「大丈夫。かぐやは天才歌姫なんでしょ? 少しなら私が練習付き合うよ」
「ううん、だいじょぶ! かぐやならよゆーよゆー!」
お得意の変なポーズを決め、ドヤ顔を作ってみせるかぐや。
それから何か思い出したように「2人こそ」と口を開く。
「明日の予定、大丈夫だった? なんか入ってたよね?」
「大丈夫だよ。私達頑張ってたし、一回くらいならサボったって。ね、彩葉」
「……うん」
彼女の優しい声に頷きながら、私は明日のカレンダーに入った「模試」という2文字を眺めている。
少し考えてから、私はそれを消去した。
「……じゃ、おやす──」
「むにゃぁ……」
こいつ、マジで掴めない。
なんでこの時間にふらっとやってきてこの寝付きなんだ。
かぐやはまるで飼い犬が主人の布団を占領するように、私の布団にうずくまる。
「じゃあ、私も彩葉の部屋で」
「ちょっ、桜楽まで……」
「大丈夫、布団も持ってきたから」
相変わらずの手際で私の隣に布団を敷き、桜楽も「おやすみ」と目を瞑る。
……うん、この一ヶ月、色々合ったけど……
「……楽しかったな」
それを口にすると、緊張はとうとう満足したのか、どっと押し寄せる睡魔の波が私を呑み込んだ。
桜楽に既視感を覚えていました
カヲルくんです
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