超かぐや姫 スーパーフォルテッシモ!!   作:あるふぁせんとーり

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第三十帖 花火

「良かった、間に合ったね」

 

 

 3人それぞれ両手いっぱいの戦利品を、予約していたレジャーシートにどさっと下ろす。

 

 かぐやはミッションコンプリートなんて言わんばかりにご満悦で、流石に疲れ気味な私と彩葉もその顔を見て思わず笑ってしまう。

 

 

「やっぱ楽し〜! 楽しすぎて楽しキングダム!」

 

「……楽しキングダム」

 

「きんぐだーむ」

 

 

 たけのこニョッキのように両手を高く掲げたかぐやと、それを真似た彩葉、をさらに真似て私も両手を掲げる。

 

 

「やば! こんなの楽し大帝国じゃん!」

 

「そこ進化するんだ」

 

「……やんなきゃよかった」

 

 

 やってから後悔するという、中々珍しいはしゃぎ彩葉。

 

 まあ、それも仕方ないんだと思う。

 

 彩葉は気丈だから、自分は余裕だと自分に思い込ませようとしてるから。

 

 そうでもしないと、彩葉はきっと……自分のコンプレックスを、他人に打ち明けられないから。

 

 

「そう言えばさ、かぐや、ずっとそのブレスレット着けてるよね。お気に入り?」

 

「んー、お気に入りか……なんかね、着けてると落ち着くんだー。ふるさと、みたいな?」

 

「ふるさと……そっか、いいね」

 

 

 覚悟が出来るまで。

 

 勇気が湧くまで。

 

 少し震える彩葉の手を握りながら、私はかぐやと話していた。

 

 

『第25回 さとみ花火大会! 今年のテーマは──』

 

「でも月ってさぁ、超つまんないの。味もしないしあったかくもないし、静かだし、何も変わんない。みんな決められた役割を機械みたいに延々繰り返してるだけ。強いて言えば……NPC?みたいな。真似っこも誰もしてくれないし」

 

「……かぐやは、真似っこしてほしかったの?」

 

 

 彩葉が尋ねると、かぐやは少し悲しそうに頷いた。

 

 

「浮いてたんだぁ、かぐやだけ。ひとりぼっち」

 

 

ドォォォン──

 

 

 そんな言葉をかき消すように、大玉の花火が上がる。

 

 夜空を覆う火薬の光を、かぐやは楽しそうに見つめている。

 

 

「綺麗……」

 

 

 彼女は満足そうに呟いて、話を続けた。

 

 

「寂しくて、退屈。しかも終わんない。毎日そんなこと繰り返してさ、「退屈」「死にそう」って。かぐやがこの世界を見つけたのも、そんなことを思ってた時だった」

 

 

 穏やかな声の中に、SOSが混ざってるみたいだった。

 

 ああ、やっぱりヤチヨも「かぐや」だったんだ。

 

 ここまで見守ってきた彼女の、酷く弱々しく聞こえる声は、私にそんなことを思わせた。

 

 

「違う世界を見れる窓を見つけたんだ。それを覗いたらもうびっくり。みんな好き勝手、複雑、一回きり……それで、すごく自由。「こんな世界あるの?」って思って、居ても立ってもいられなくて、かぐやはこっちに逃げ出した」

 

「それが、あの日……?」

 

「うん。でも、今はちゃんと分かってる。みんな、ちゃんと我慢もしてるんだって。もっとつまらなくならないように、つまらないこともちゃんと頑張ってるんだって」

 

 

 子供の成長は早い。

 

 同じ子供である私達から見てさえ、かぐやはあっという間に成長した。

 

 でも、大人になることが絶対的に正しいことなのかと聞かれたら、そんな意見には頷けなくて、かぐやの成長が嬉しくて、悲しくて、怖かった。

 

 私達を置いて「ヤチヨ」になってしまうことが、どうしようもなく怖かった。

 

 ヤチヨがどうやってヤチヨになったのかは教えてくれなかったけど、それがすごく孤独で、どうしようもない道のりであるということだけは、ヤチヨが教えてくれないという事実から理解できた。

 

 私は、そんな旅にかぐやを送り出さないといけないんだろうか。

 

 

「なーんて、彩葉の真似! ふふん、子は親に似るんだもんね」

 

 

 冗談めかして笑ってから、かぐやは彩葉に尋ねた。

 

 

「……彩葉、お母さんのこと好き?」

 

 

 湛える微笑みを崩さないのは、かぐやもそれが彩葉の根幹へ踏み込む問いかけだと気付いていたからなんだろう。

 

 空に咲く花火の演奏が、早まる彩葉の鼓動を覆い隠すかのようだった。

 

 

「……どうだろ、分かんないや」

 

 

 彩葉は家族が好きだ。

 

 作曲家で、彩葉音楽を教えてくれたという優しいお父さん、ちょっと意地悪でいたずらっ子で、いつも遊び相手になってくれたお兄ちゃん、かっこよくて、綺麗で、強くて、それでいて完璧な、みんなに憧れて、頼られるようなお母さん……十年くらい前のことだけど、なんて言いながらもまるで昨日のことを思い出すみたいに笑っていたのを覚えている。

 

 何でそんなにママのこと気にしてるの、なんて聞こうと思ったことは何回もあったけど、最近ようやく気付いた。

 

 彩葉はきっと、褒めてほしかったんだろう。

 

 パパがそうしてくれたように、帝 がそうしてくれたように。

 

 彩葉はただ、2人と同じように、彩葉のママからも褒められたかったのかもしれない。

 

 「偉いね」「よく頑張ったね」って。

 

 彩葉のママの話は、何度か聞いたことがある。

 

 強すぎる人だって、そう思った。

 

 何でも出来る上で、それを才能じゃなくて努力の成果だって思ってて、さらにその努力の源は反抗心だって、そう考えてるような人。

 

 子供が子供である限り勝ちようもない、卑怯な生存バイアスの塊──

 

 ……なんて、あってるかどうかも分からない、ちゃんとした根拠もない、勝手で陳腐なことを考えながら私は彩葉の言葉を待っていた。

 

 ほんの僅かな嗚咽を火薬の爆ぜる音がかき消していく。

 

 

「でも……嫌いになれたら、もっと楽だった」

 

 

 吐き捨てるというにはあまりにもで、呟くというにはあまりにも感情的で、告白というにはあまりにも痛々しい、そんな言葉だった。

 

 しばらくの沈黙を代わりに花火が埋めてから、潤んだ瞳と揺れる声を堪えながらかぐやは言う。

 

 

「……そっかぁ……彩葉も、大変なんだね」

 

 

 今までのかぐやだったら、そんなことは言わなかった。

 

 まるで自分のことみたいに怒って、文句を言って、もっとあーだこーだと騒ぎ立てるはずだ。

 

 でも、かぐやはそうすることを選ばなかった。

 

 ただ静かに、傷が痛まぬように、共感し、寄り添うことを選んだ。

 

 

「ごめんね、あの時。彩葉のお母さんのこと、おかしいとか言っちゃってさ。本当は言いたかったでしょ? 「かぐやには分からない」「分かるはずない」って」

 

「……違うよ。私は──」

 

 

──あんたには、まだ分からん──

 

 

「……言いたくなかったの」

 

「……そっか」

 

 

 頷いて、かぐやは彩葉の手に手のひらを重ねる。

 

 彩葉はそこに温もりがあることを確かめると、手を離し、自分から手首を握り返す。

 

 それでもまだ不安そうな左手が、水風船を吊る私の右手の裾を握り締めた。

 

 

「……ねえ、本当に……本当に、かぐやは帰っちゃうの?」

 

「……仕事、投げ出しちゃったんだよねー」

 

 

 彩葉の胸を痛め続けていた疑問符を、見慣れた顔の、見慣れない感情があっさりと肯定した。

 

 

「だからさ、年貢の納め時っていうか。強制送還?的な」

 

 

 かぐやはよく育った。

 

 いい子に育ってしまった。

 

 いつの間にか、苦笑いも、諦めも、妥協も、受け入れることも覚えてしまった。

 

 無垢で、無邪気で、お転婆で、わがまま。

 

 そんなかぐや姫は、立派な人間みたいになって、また月に帰ろうとしている。

 

 

「……やっぱりさ、かぐや姫ってハッピーエンドだったんだよ。みんなやることをやって、頑張って、またあの後はそれぞれの日常に帰っていく。大切な思い出を仕舞って、頑張って生きていく……それで、良かったんだと思う」

 

 

 私は何も言えなかった。

 

 「そうじゃないよ」と抱きしめられるほど、彼女は幼くなかった。

 

 

「お迎えは、次の満月の夜。場所は……ツクヨミのどこか、かなぁ。データの世界って、すごく月と似てるから。また、月の人達もいっぱい来ると思う。ヤチヨには迷惑かけちゃうなぁ」

 

 

 ……やっぱりそうだ。

 

 これがかぐや姫のクライマックス。

 

 みんなに愛されたかぐや姫に月からお迎えが来て、侍達の必死の抵抗もあっさりと無力化され、かぐや姫は月へと帰ってしまう。

 

 ……現実は、私の書いたあのお話の通り。

 

 

「……じゃあ、また逃げればいいじゃん……かぐやは、かぐや姫じゃないんだから……! まだやりたいこと、いっぱいあるんでしょ? なら──」

 

「……きっとさ。彩葉も桜楽も、ここで花火を見てるみんなも、コラボライブに来てくれたみんなも……みんな、つまらなくても頑張ってる。だから、もうかぐやも逃げるのはナシ」

 

 

 ……なんでだろ、なんでなんだろ。

 

 正しいはずの彼女の一言一句が、少し嬉しくて、途方もなく物悲しい。

 

 

「ハチャメチャ無敵のかぐや姫は地球ですくすく成長して、毎日めちゃめちゃ楽しく過ごして、最後は立派なレディとして月に帰りましたとさ……ほら、完璧じゃん☆」

 

 

 何がさ、何が完璧なのさ。

 

 「受け入れて、覚悟するだけ」、彩葉はそう言った。

 

 「つまらないことをしないと、この先もっとつまらなくなるかもしれないから」、私はそう言った。

 

 確かにそう言ったんだ。

 

 今になって気がついた。

 

 正論は、なんて無責任なんだろうって。

 

 もう、2人とも何も言えなかった。

 

 

「だからさ、最後までちゃんと付き合ってよね! もっと歌いたいし踊りたい! 超ド派手な卒業ライブやるの! 新しい曲もいっぱい作ってさ!」

 

 

 残酷なまでに明るい、涙混じりの声色と、それに応える乱れ咲きの大玉。

 

 かぐやは目を輝かせ、あと二度と見れないかもしれない夜空を見上げる。

 

 

「世界っていいなぁ──」

 

 

 ズルいよ、かぐや。

 

 ヤチヨが言ってたよ。

 

 本当は彩葉と2人だったんでしょ?

 

 なら、私にもそんな顔見せないでよ。

 

 分かんないよ。

 

 そんな満足そうで、綺麗な顔しちゃってさ。

 

 そんなんじゃ私、ハッピーエンドの書き方、思いつかなくなるじゃん……

 

 

 不安で不安でしょうがなくて、彩葉の手を握り返して、体を動かす勇気さえなくて。

 

 花火が終わって、人が帰って、真っ暗になって、せせらぎが鳴って。

 

 

「……もう、おうちに戻らないと。最後の電車が行っちゃう」

 

 

 かぐやのそんな声が聞こえるまで、私達は空を眺めていた。




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