超かぐや姫 スーパーフォルテッシモ!!   作:あるふぁせんとーり

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第三十一帖 feat.彩葉 決戦前夜

『楽しかったけど、これでおしまい! みんな本当にありがと〜〜☆』

 

 

 花火から帰ってくるなり、まるで思い立ったが吉日、なんて言わんばかりにかぐやはライバー引退と卒業ライブを発表した。

 

 かつてない……本当に、私がツクヨミを始めてから一度も見たことないくらいにSNSはあちこちで燃え上がり、とめどなく湧き出てくる驚き、悲しみ、撤回を求める声、何一つ知らない人間の空っぽな陰謀論……

 

 けれどかぐやは「引退する」というたった一つ、それ以上は何も語らなかった。

 

 

『かぐやちゃん、何かあった?』

 

『彩葉、話したいことあったら何でも聞くからね』

 

『あんま1人で抱え込むなよ。相談ならいつでもいいから』

 

 

 みんなからはかぐやと、それ以上に私を心配するDMが届く。

 

 かぐやがああ言ってるのに、私が何を言えるっていうんだろうか。

 

 『大丈夫だよ』とだけ打ち込むキーボードは、まるで自分に言い聞かせてくるみたいだった。

 

 そうだ、大丈夫なはずだ。

 

 かぐやが月に帰るだけ、元の生活に戻るだけ、勉強もバイトも、全部元に戻るだけ。

 

 大丈夫に決まってる。

 

 帰ってほしいってずっと言ってたのは私の方じゃないか。

 

 

「……大丈夫、大丈夫……」

 

 

 自分にそう言い聞かせるバイトの帰り道。

 

 あっさりと夏休みは明けて、始まった授業も問題なし。

 

 今日のバイトだっていつもと変わらない完璧な仕事ぶり、発注ミスきっかけで臨時のカボチャフェア開催も決まり、ますます忙しくなるだろう。

 

 通常運転、通常運転。

 

 大丈夫、今からなら充分取り返せる。

 

 

「あ……」

 

 

 信号を渡ったところで、脚が止まった。

 

 ついこの前、浴衣雨を着付けてもらった着物屋さんの前、私達が浴衣を見せ合った大鏡。

 

 今にも泣きそうで、壊れそうで、死にそうな、そんな目をした少女が私の方を見る。

 

 本当に、戻れるの?

 

 

「……もっと笑えよ、バカ」

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「おかえり」

 

「おかー」

 

 

 戻った私を出迎えるのは聞き慣れた声とタイピング、ちゃぷちゃぷと揺れる水面の音だった。

 

 もうパッと見では何をしてるのか全く分からないコードを打ち込みながらリビングを見守る桜楽の視線の先には、洗面器に手をかざしては引っ込めて、引っ込めてはかざしてを繰り返すかぐやの姿。

 

 今度は何をしてるんだと覗き込むと、そこには昨日釣った蟹達がちゃぱちゃぱと忙しなく動いていた。

 

 

「今ね、蟹ビビらせてんの。うれうれ、グーだぞー、勝ち目ないぞー」

 

「明日には飼育セット一式届くみたいだよ。水槽とか、エアレーションとか」

 

 

 目で追えないくらいのスピードでコードを打ちながらも、時々何か忘れたように手を止め、かぐやの横顔を眺める桜楽。

 

 それに釣られるように私も目線を動かし、そして意を決して切り出した。

 

 

「……新しい曲、作る?」

 

「……え? えいいの!? マジで!?」

 

 

 ゼンマイでも巻いたかのように飛び上がり、足踏みで水面を揺らしながらはしゃぐかぐや。

 

 そのままの勢いの万々歳は部屋の防音性能を実感させる。

 

 

「あははっ。彩葉、時間出来たの?」

 

「作る。上手く出来るか分かんないけど……かぐや、どんなのがいい?」

 

「じゃあじゃあ、かぐやあれがいい! 彩葉の作りかけだったやつ!」

 

 

 よりにもよってこれか、と思わず一瞬息が詰まる。

 

 けれど目を輝かせるかぐやを見たら、そんな重さはふっと心の中から出ていった。

 

 

「分かった。楽しみに待ってて」

 

 

 そんな強気でいいのか、私。

 

 自嘲しながら自室へ引き返す。

 

 桜楽は再びコードを打ち始め、かぐやは蟹との戯れに戻っていた。

 

 

 

 

 いつぶりだろう、ちゃんと五線譜に向き合うことなんて。

 

 鍵盤に指を走らせながら、懐かしい和音を鳴らしながら考える。

 

 音の度にいくつかの思い出がふっと湧き出て、またどこかへ消えていく。

 

 その中で思い出したのは、温かいお父さんとの時間だった。

 

 

「ねえ、お父さん。今日幼稚園でめぐちゃんにもまーちゃんにも褒められてん。「いろはのピアノすごいなー」て」

 

「よかったなあ。褒められるんは人を笑顔にしたってこと、ほんまに彩葉は父さんの誇りや」

 

 

「ねえ、お父さん。お兄ちゃんがまた変なこと言うてきてん」

 

「朝日はやんちゃ盛りやなあ。遠慮なく彩葉が窘めてやればええわ。仲良く育つんやで」

 

 

「ねえ、お父さん。お母さんがすごいの教えてくれてん。この「クロスワード」いうんすごいなあ」

 

「紅葉は彩葉大好きやかんなあ。何でもすぐに吸収してくれるんやから、そりゃ色々教えたくてしゃあないわ」

 

 

 ピアノが返す音色はまるでお父さんの返事のよう。

 

 私は物語るように、淀みなく鍵盤を叩いた。

 

 ねえ、お父さん。

 

 私、2人も大切な人が出来たよ。

 

 とっても綺麗で、優しくて、温かくて、ずっと支えてくれる、青い瞳がよく似合う女の子。

 

 とっても可愛くて、わがままで、明るくて、でもやっぱり優しくて、垂れ目がチャームポイントの女の子。

 

 どっちも大好きな、絶対手放したくない宝物。

 

 お父さんもお母さんにそんなことを思ってたのかな。

 

 お母さんもそうだったのかな。

 

 お母さんが見たら「浮気者」なんて怒るんだろうな。

 

 でもね、本当に2人とも同じくらい大好きなんだ。

 

 

「……そっか」

 

 

 そうだ、大好きなんだ。

 

 もう、お父さんみたいに失いたくないんだ。

 

 やっと納得した。

 

 やっと決意できた。

 

 あの時間に、かぐやのいない日常に私は戻りたくないんだ。

 

 

『ごめん、全然大丈夫じゃない』

 

 

 私はスマートフォンにそう打ち込んだ。

 

 

 

 

「かぐやちゃんがかぐや姫……か。かあ〜〜〜っ、そりゃ納得しかない!」

 

 

 説明しといてなんだけど勝手に納得するな。

 

 何に対しての納得かさえも微妙に分からないながら、帝アキラは「解釈一致です」とでも言わんばかりに腕を組み、うんうんと頷いた。

 

 集合場所はツクヨミ内の屋外ミーティングルーム、芦花も真実も帝も急な呼び出しなのに快く応じてくれて、それどころか雷と乃依、ヤチヨまでもがこの事態に集まってくれていた。

 

 事情はもう私と桜楽の方で全て説明済み。

 

 ゲーミング電柱も、急成長も、月からやって来た宇宙人だということも、次の満月にお迎えが来て帰らないといけないことも、全部。

 

 やっつけ仕事で作り上げたスライドを交えつつの、明らかに信憑性の怪しい話ではあったものの、

 

 

「あー、築地じゃなくて月かー」

 

「日焼け止めいらずだったもんね〜。最初から焼けなかったってことか〜」

 

「電柱から生まれた……まあ、現代なら竹の代わりに電柱か」

 

「問題ない」

 

「ありゃりゃ、どうりで彩葉達の履歴に西竹屋があったわけだ〜」

 

 

 ヤチヨ?

 

 ……ともかく、すんなりと信じてもらえたとこで次のフェーズ。

 

 

「ねえ、ヤチヨ。私、かぐやを守りたいんだ」

 

「そんなこともあろうかと桜楽といろいろ調べてたんだけど……月人、変な入り方してるんだよね〜。強いて言えば……ツクヨミの中に無理矢理新しい入口を開いてるっぽいんだ」

 

「座標もかなり暗号化されてた……全然違う言語だったけど、私達より上なのは間違いないと思う」

 

「そもそも入れないようにする、みたいなのは無理ってことか〜」

 

「んじゃ、やっぱり対症療法だな。俺達の出番だ」

 

 

 相手にとって不足なし、と拳を手のひらに打ち付ける帝。

 

 本当に同じ空気を吸っているのかと聞きたくなるくらい、その顔は自信に満ちている。

 

 「だったら、これ使えるかも」と桜楽は何度かキーボードを叩いて新しいウィンドウを広げた。

 

 

「ヤチヨに頼まれてたんだ、KASSENの追加コンテンツ。まだ7vs7でしか使えないし、試運転もしてないけど」

 

「なんだこれ、「RANSE」みたいなシステムだな」

 

「つい、手癖で。でもハマれば……()()()()()()()火力も出るよ」

 

「了解、期待してるぜ」

 

「俺ブチ抜いたくらいの隠し玉よろー」

 

 

 帝はニッと歯を見せて笑い、ゴキゴキと首を鳴らす。

 

 

「もう決まりだな。宇宙人だろうがなんだろうが、ツクヨミ(ここ)じゃ俺達が一番つえー。月に帰りたくなるまでボコボコにぶん殴って丁重にお帰りいただく、いいな?」

 

「ああ」

 

「異議なーし」

 

「……私もやる。何が出来るか分からないけど……お願いします、一緒に戦ってください」

 

 

 黒鬼へ、芦花へ、真実へ、そしてヤチヨへ頭を下げる。

 

 みんな、快くそれに頷いてくれる。

 

 

「……来年もさ、みんなで海行こうね」

 

「あ、温泉も行きたい!」

 

 

 微笑む芦花と、笑顔で手を合わせる真実。

 

 

「彩葉。ヤチヨ、引退ライブのプロデュースしてくれるって」

 

「ホントに? ……ありがと、ヤチヨ」

 

「いえいえ、ヤチヨこそ大任に預かり光栄なのです。……頑張ってね、彩葉、桜楽」

 

 

 その微笑みが何よりも温かくて、嬉しくて。

 

 そして、すごく悲しそうだった。

 

 

「……勝てるかな」

 

 

 ログアウトしながら、私は隣の桜楽に声を掛ける。

 

 

「分かんないや」

 

 

 少し声を揺らしながら答える彼女。

 

 けれど──

 

 

「最後に勝つのは、私達だよ」

 

 

 力強く、桜楽は言い切った。

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