超かぐや姫 スーパーフォルテッシモ!! 作:あるふぁせんとーり
『楽しかったけど、これでおしまい! みんな本当にありがと〜〜☆』
花火から帰ってくるなり、まるで思い立ったが吉日、なんて言わんばかりにかぐやはライバー引退と卒業ライブを発表した。
かつてない……本当に、私がツクヨミを始めてから一度も見たことないくらいにSNSはあちこちで燃え上がり、とめどなく湧き出てくる驚き、悲しみ、撤回を求める声、何一つ知らない人間の空っぽな陰謀論……
けれどかぐやは「引退する」というたった一つ、それ以上は何も語らなかった。
『かぐやちゃん、何かあった?』
『彩葉、話したいことあったら何でも聞くからね』
『あんま1人で抱え込むなよ。相談ならいつでもいいから』
みんなからはかぐやと、それ以上に私を心配するDMが届く。
かぐやがああ言ってるのに、私が何を言えるっていうんだろうか。
『大丈夫だよ』とだけ打ち込むキーボードは、まるで自分に言い聞かせてくるみたいだった。
そうだ、大丈夫なはずだ。
かぐやが月に帰るだけ、元の生活に戻るだけ、勉強もバイトも、全部元に戻るだけ。
大丈夫に決まってる。
帰ってほしいってずっと言ってたのは私の方じゃないか。
「……大丈夫、大丈夫……」
自分にそう言い聞かせるバイトの帰り道。
あっさりと夏休みは明けて、始まった授業も問題なし。
今日のバイトだっていつもと変わらない完璧な仕事ぶり、発注ミスきっかけで臨時のカボチャフェア開催も決まり、ますます忙しくなるだろう。
通常運転、通常運転。
大丈夫、今からなら充分取り返せる。
「あ……」
信号を渡ったところで、脚が止まった。
ついこの前、浴衣雨を着付けてもらった着物屋さんの前、私達が浴衣を見せ合った大鏡。
今にも泣きそうで、壊れそうで、死にそうな、そんな目をした少女が私の方を見る。
本当に、戻れるの?
「……もっと笑えよ、バカ」
▽
「ただいまー」
「おかえり」
「おかー」
戻った私を出迎えるのは聞き慣れた声とタイピング、ちゃぷちゃぷと揺れる水面の音だった。
もうパッと見では何をしてるのか全く分からないコードを打ち込みながらリビングを見守る桜楽の視線の先には、洗面器に手をかざしては引っ込めて、引っ込めてはかざしてを繰り返すかぐやの姿。
今度は何をしてるんだと覗き込むと、そこには昨日釣った蟹達がちゃぱちゃぱと忙しなく動いていた。
「今ね、蟹ビビらせてんの。うれうれ、グーだぞー、勝ち目ないぞー」
「明日には飼育セット一式届くみたいだよ。水槽とか、エアレーションとか」
目で追えないくらいのスピードでコードを打ちながらも、時々何か忘れたように手を止め、かぐやの横顔を眺める桜楽。
それに釣られるように私も目線を動かし、そして意を決して切り出した。
「……新しい曲、作る?」
「……え? えいいの!? マジで!?」
ゼンマイでも巻いたかのように飛び上がり、足踏みで水面を揺らしながらはしゃぐかぐや。
そのままの勢いの万々歳は部屋の防音性能を実感させる。
「あははっ。彩葉、時間出来たの?」
「作る。上手く出来るか分かんないけど……かぐや、どんなのがいい?」
「じゃあじゃあ、かぐやあれがいい! 彩葉の作りかけだったやつ!」
よりにもよってこれか、と思わず一瞬息が詰まる。
けれど目を輝かせるかぐやを見たら、そんな重さはふっと心の中から出ていった。
「分かった。楽しみに待ってて」
そんな強気でいいのか、私。
自嘲しながら自室へ引き返す。
桜楽は再びコードを打ち始め、かぐやは蟹との戯れに戻っていた。
▽
いつぶりだろう、ちゃんと五線譜に向き合うことなんて。
鍵盤に指を走らせながら、懐かしい和音を鳴らしながら考える。
音の度にいくつかの思い出がふっと湧き出て、またどこかへ消えていく。
その中で思い出したのは、温かいお父さんとの時間だった。
「ねえ、お父さん。今日幼稚園でめぐちゃんにもまーちゃんにも褒められてん。「いろはのピアノすごいなー」て」
「よかったなあ。褒められるんは人を笑顔にしたってこと、ほんまに彩葉は父さんの誇りや」
「ねえ、お父さん。お兄ちゃんがまた変なこと言うてきてん」
「朝日はやんちゃ盛りやなあ。遠慮なく彩葉が窘めてやればええわ。仲良く育つんやで」
「ねえ、お父さん。お母さんがすごいの教えてくれてん。この「クロスワード」いうんすごいなあ」
「紅葉は彩葉大好きやかんなあ。何でもすぐに吸収してくれるんやから、そりゃ色々教えたくてしゃあないわ」
ピアノが返す音色はまるでお父さんの返事のよう。
私は物語るように、淀みなく鍵盤を叩いた。
ねえ、お父さん。
私、2人も大切な人が出来たよ。
とっても綺麗で、優しくて、温かくて、ずっと支えてくれる、青い瞳がよく似合う女の子。
とっても可愛くて、わがままで、明るくて、でもやっぱり優しくて、垂れ目がチャームポイントの女の子。
どっちも大好きな、絶対手放したくない宝物。
お父さんもお母さんにそんなことを思ってたのかな。
お母さんもそうだったのかな。
お母さんが見たら「浮気者」なんて怒るんだろうな。
でもね、本当に2人とも同じくらい大好きなんだ。
「……そっか」
そうだ、大好きなんだ。
もう、お父さんみたいに失いたくないんだ。
やっと納得した。
やっと決意できた。
あの時間に、かぐやのいない日常に私は戻りたくないんだ。
『ごめん、全然大丈夫じゃない』
私はスマートフォンにそう打ち込んだ。
▽
「かぐやちゃんがかぐや姫……か。かあ〜〜〜っ、そりゃ納得しかない!」
説明しといてなんだけど勝手に納得するな。
何に対しての納得かさえも微妙に分からないながら、帝アキラは「解釈一致です」とでも言わんばかりに腕を組み、うんうんと頷いた。
集合場所はツクヨミ内の屋外ミーティングルーム、芦花も真実も帝も急な呼び出しなのに快く応じてくれて、それどころか雷と乃依、ヤチヨまでもがこの事態に集まってくれていた。
事情はもう私と桜楽の方で全て説明済み。
ゲーミング電柱も、急成長も、月からやって来た宇宙人だということも、次の満月にお迎えが来て帰らないといけないことも、全部。
やっつけ仕事で作り上げたスライドを交えつつの、明らかに信憑性の怪しい話ではあったものの、
「あー、築地じゃなくて月かー」
「日焼け止めいらずだったもんね〜。最初から焼けなかったってことか〜」
「電柱から生まれた……まあ、現代なら竹の代わりに電柱か」
「問題ない」
「ありゃりゃ、どうりで彩葉達の履歴に西竹屋があったわけだ〜」
ヤチヨ?
……ともかく、すんなりと信じてもらえたとこで次のフェーズ。
「ねえ、ヤチヨ。私、かぐやを守りたいんだ」
「そんなこともあろうかと桜楽といろいろ調べてたんだけど……月人、変な入り方してるんだよね〜。強いて言えば……ツクヨミの中に無理矢理新しい入口を開いてるっぽいんだ」
「座標もかなり暗号化されてた……全然違う言語だったけど、私達より上なのは間違いないと思う」
「そもそも入れないようにする、みたいなのは無理ってことか〜」
「んじゃ、やっぱり対症療法だな。俺達の出番だ」
相手にとって不足なし、と拳を手のひらに打ち付ける帝。
本当に同じ空気を吸っているのかと聞きたくなるくらい、その顔は自信に満ちている。
「だったら、これ使えるかも」と桜楽は何度かキーボードを叩いて新しいウィンドウを広げた。
「ヤチヨに頼まれてたんだ、KASSENの追加コンテンツ。まだ7vs7でしか使えないし、試運転もしてないけど」
「なんだこれ、「RANSE」みたいなシステムだな」
「つい、手癖で。でもハマれば……
「了解、期待してるぜ」
「俺ブチ抜いたくらいの隠し玉よろー」
帝はニッと歯を見せて笑い、ゴキゴキと首を鳴らす。
「もう決まりだな。宇宙人だろうがなんだろうが、
「ああ」
「異議なーし」
「……私もやる。何が出来るか分からないけど……お願いします、一緒に戦ってください」
黒鬼へ、芦花へ、真実へ、そしてヤチヨへ頭を下げる。
みんな、快くそれに頷いてくれる。
「……来年もさ、みんなで海行こうね」
「あ、温泉も行きたい!」
微笑む芦花と、笑顔で手を合わせる真実。
「彩葉。ヤチヨ、引退ライブのプロデュースしてくれるって」
「ホントに? ……ありがと、ヤチヨ」
「いえいえ、ヤチヨこそ大任に預かり光栄なのです。……頑張ってね、彩葉、桜楽」
その微笑みが何よりも温かくて、嬉しくて。
そして、すごく悲しそうだった。
「……勝てるかな」
ログアウトしながら、私は隣の桜楽に声を掛ける。
「分かんないや」
少し声を揺らしながら答える彼女。
けれど──
「最後に勝つのは、私達だよ」
力強く、桜楽は言い切った。
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