超かぐや姫 スーパーフォルテッシモ!! 作:あるふぁせんとーり
「すいません! もうちょい考えさせてください!」
職員室の中からそんな大声と叫びの中間みたいな声が聞こえ、進路希望を回収してきた彩葉。
彼女は職員室を飛び出すなり、再び私の手を掴んで走り出す。
「ねえ、彩葉。これ私必要だった? てか手めっちゃつなぐじゃん」
「必要! もう絶対離してやんないから! 桜楽の手も、かぐやの手も!」
「あははっ、そっかそっか」
夕暮れ時の街並みを、私達はひた走る。
息を切らしながら、銀のブレスレットが輝く手を繋いで。
迷いとか後悔とか、不安とか恐れとか、今いらない全部を置き去りにして。
「はい、すいません、少々家庭の事情で一週間ほどお休みを……はい、はい……本当ですか!? ありがとうございます!」
「申し訳ありません、立花先生。またぶり返してきたみたいで。……はい、はい。……そうですね、ようやく身に沁みました。はい、次会う時は2人とも100%に整えておきます。それでは失礼します」
「ほんまごめん! 2人ともまた数日休まんといけんくて……うん、そこの心配はせんといて! ……いやマジで、未読無視してたら凸ってくれて構わんから! ……うん、真実にも伝えといて! それじゃ!」
とりあえず彩葉のバイト先、学校、真実は電話に出なかったから芦花にだけと2人して連絡を飛ばしまくり、インスタント食品やら栄養食品やらを大量に注文し、しばらく家に引きこもる準備をする。
机の上の教科書を無理矢理押し退け、彼女はキーボードの電源を入れた。
もうその目には迷いもためらいもない、最強の吹っ切れ彩葉。
私はその隣で指を滑らせ、彼女に置いてかれないようにソースコードを躍らせる。
「……ねえ、桜楽。私まだやりたいこといっぱいあったんだ。かぐやと一緒に歌ってみたかった。もっと遊んで、もっと出かけて、もっと話して、もっと笑って……もっともっと、かぐやと一緒にいたかった!」
「じゃあ、かぐやに伝えてあげないと。詰み盤面も全部ひっくり返せるような、そんな歌で。……大丈夫、2人で走れば、怖いものなんてないよ。一緒に作ろう、最高のハッピーエンド」
そうだ、それが今の私の役目。
彩葉の歌がかぐやに届くように、私達の手が、月まで届くように。
世界がそうなっていないのなら、物語がそう終わらないなら、私達で上書きしてしまえばいい。
そのためのメロディを彩葉が、そのためのコードを私が。
三日三晩、月が上って、沈んで、上って、沈んで、上って、沈んで。
惣菜のパック、カップラーメンの容器、エナドリの缶を積み上げながらひたすらに書き上げる。
そして2人が手を止めた時、まるでタイミングを見計らったかのように彩葉の携帯が鳴り響いた。
聞いたことのない着信音だった。
「……桜楽、取って」
「りょうかぁ──」
充電器に繋がったそれを手に取った時、一瞬言葉が詰まった。
『母』
いや、それがどういうことか彩葉は分かってるはずだ。
ほんの一瞬、極々僅かな沈黙を挟んでから、私は彩葉にそれを差し出した。
彼女はスピーカーにしてから電話を取った。
「……もしも──」
『ああ、やっとではった? 弱虫が随分忙しいみたいで何よりやわ』
余裕な声だった。
イメージ通りだ。
彼女は彩葉が何を言うまでもなく、一切の隙を与えずに畳み掛ける。
『にしても大層な御身分やな。 私何度電話した? 甘ちゃんが薄っぺらい意地張るのは勝手やけど、人が自分のために時間使うことの意味くらい考えれん癖に一人前気取って片腹痛いわ。そんで大言壮語掲げてまで通ってる学校もここしばらく休みがち。自己矛盾も大概にせえよ。あんた1人の通したわがままでどれだけ多くの人間が迷惑被ると思っとるの? 後先どころか今すら上手く歩けん子供が感情論で生きてけるほど世界はゆっくり回ってくれへんで』
「……ごめんなさい」
『挨拶もなしに謝罪か。言い訳でも並べるかと思っとったらそれ以下とは恐れ入ったわ。反論せずに謝ったらあかんと何度言った? それともまさか、謝罪一つで黙るような丸い私をお望みだったんか?』
「……違う。聞いてほしいんや、私の話」
『……ええよ、言うてみ。もちろん、あんたの言葉はあんた自身に一切の責任が帰結するのを前提とした上でな』
「んなの、分かっとる……」
彩葉は大きく息を吸って、ゆっくりと吐く。
私が彼女の手を握ると、彼女は握り返してから、覚悟を決めたように口を開いた。
「……私、お母さんにはなれへんし、ならへん」
『……』
「私、お母さんと対等に話したかった。お母さんと家族になりたかった。そのためにずっと頑張ってたん、でも違うた。お母さんは……ずっと待っとったんやね。私が、お母さんと違う人間になるのを」
『……ええよ、続け』
「……1人で生きてくの、やめた。好きな人も、やりたいことも見つけたから。私の人生、そのために使ってもいいくらいの。応援してくれとか、今になってそんなこと言うつもりはなくて……お母さん、私が違う道を歩くことを許してくれませんか」
『……あんた、昔から何も変わっとらんなぁ。甘々の甘ちゃんや。話にならん。……席、外してくれん? その電話、隣の子に渡し』
まさかご指名だった。
少し不安げにこちらを見る彩葉に、私はこくりと頷いてみせる。
彩葉は私にスマホを渡すと、2人版の「なかよしのやつ」をやってから部屋を出た。
『──あなたが桜楽ちゃん?』
「……はい、はじめまして。花栄 桜楽って言います。前は彩葉の隣の部屋に住んでて、今は同棲してて──」
『朝日から話は聞いてます。……本当に、ありがとうございました』
彩葉ママは、標準語で私に礼を述べた。
意外な、でもそうでもないような、不思議な感覚だった。
『彩葉は私に似ず優しい子で、私に似て不器用な子なんです。1人で抱え込めん癖に、1人で無理矢理抱え込んでまう。本当なら、親の私が背負ってやるべきもんまで……』
「……なんでそれを、私に?」
『この先、私よりあんたの方が彩葉といる時間が長いから。あの人が……彩葉の父親が亡くなった日、あの子達と一緒に泣けんかった時、私は母親として「終わった」んや。目の前のことより、喪失感が頭を埋めてもうた。あの子達にはこんな思いしてほしなくて、もっと強く育てないとと思ってもうた。それからは……あんたが知る通り。……ありえへん話やろ? こないな人間が「お母さん」と呼ばれとるん』
「いえ……すごく、「彩葉のお母さん」だなぁ、って。そっくりですよ。言葉選びから話し方、本心を隠したがるところなんてまさにって感じ。……もっと、本音で話せばよかったのに」
『人様に弱みを晒す、それを許さんかったんは私。一緒に泣いて、笑って、怒って……桜楽ちゃんの方がよっぽどあの子の母親らしくしとるわ』
「でも、お腹を痛めたのはあなたでしょう? あやして、寝かしつけて、ミルクを飲ませて、いつだって赤ちゃん優先で……あんなの、母親以外の誰にも出来ませんよ」
『……、……そか。あの子、ええ子見つけたもんやね。ここは私に似たんかなぁ。……桜楽ちゃん、あんたやったら孫諦めんも惜しくないわ。……情けない親に育てられた不束な娘ではありますが……どうか、よろしくお願いします』
ほんの僅かに、注意しなければ気づけない程度に涙声が混ざる彩葉ママ。
私は彼女がもう少し落ち着くのを待ってから、リビングの彩葉に声を掛けた。
「もしもし、お母さん?」
『ええよ、認めたる。あんたの人生、あんたの好きに生きてみ。人様に迷惑かけんくて、あんた自身が後悔せんなら私は何も言わん。……もちろん、やるからには徹底的。手抜きは許さんよ』
「うん。……じゃあ、また」
『ほな』
そう言って、彼女からの電話は切れた。
静かになったスマートフォンを投げ出し、彩葉はソファに倒れ込む。
「……ねえ、桜楽。どんな魔法使ったの? お母さん、あんなあっさり行く人間じゃないんだけど」
「ううん、別に何も。ただ……「彩葉をよろしく」って」
「なにそれ。言われなくてもよろしくやるっての。……さ、ご飯食べて続きだ続き」
まるで呪いかなにかが解けたかのように軽い足取りになり、段ボールの中のカップ麺を漁る彩葉。
「のろい」も「まじない」もおんなじ漢字だっけ、なんて思い出しながら私はお湯を沸かした。
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