超かぐや姫 スーパーフォルテッシモ!! 作:あるふぁせんとーり
目の前で微笑む「かぐや」。
少しの間をおいて、私は尋ねる。
「……ねえ、かぐやはどこなの?」
「新しい輪廻の中。私達は……その輪からは逃げられないんだ」
自嘲気味な笑顔は、鏡に映った自分のようだった。
ねえ、かぐや。
いつの間に、そんな顔するようになったの?
「……そんな怖い顔しないで。輪廻からは逃げられなくても……私は桜楽に会えた。少しだけ、運命を変えられた。……それだけで、ヤチヨにはありあまるご褒美なのです」
満足なんて、いつ覚えたの?
わがままで、欲張りな、あのかぐやは?
私の、私達のかぐやは今頃八千年前ってこと?
私達が歌ったから、私達の歌のせいで、たった1人で……?
「……分かんない、分かんないよ……」
「ただのおとぎ話! あんま深く考えないでさ、今は2人と会えただけで十分だから」
私と、ずっと黙って何かを考えてるみたいな桜楽の手を取って、ヤチヨは私達をバルコニーに連れ出した。
やっぱりそこは随分と高くて、ツクヨミの夜景を一望できた。
「ヤチヨは、この眺めが本当にお気に入りなんだ。みんなの「楽しい」、「好き」、そんな感情が詰まってるから」
「……ねえ、どうして? ……どうして、そんなにずっと笑ってるの?」
桜楽もそう、意味不明で、荒唐無稽で、非現実的なことを2人は笑いながら昔話として話していた。
でもそれは、どこか悲壮感すらまとっているようで、だからこそ、笑っている理由が分からない。
けれどそれを、彼女はあっさりと切り捨てた。
「それがヤチヨだから」
ああ、「かぐや」としての答えだ。
その即答に、私はすぐに確信した。
「でも──」
言葉を続ける声が、わずかに震えていた。
「ハッピーエンド、連れてくって言ったのに──彩葉の歌で、そのために戻ってきたのに──私、またやっちゃった」
──
「……キラキラわがまま、欲張りだったかぐや姫は、お姉さんになって、大人になって……おばあちゃんになっちゃいました」
「ごめんね、彩葉」、笑いながらこぼれ落ちたその一言に、途方もない涙が詰め込まれたかのようだった。
「──っ」
止まってしまっていた息を、ようやく吸った。
私を置いて、大人になってしまった。
大人にならざるを得なかった。
そんな顔を、覚えてしまった。
長い、長い沈黙の後、彼女は言った。
「……ねえ、彩葉。知りたくなかったなら、忘れてもいいよ。桜楽も、忘れてくれて大丈夫。FUSHIならそれも──」
「……ヤチヨ」
「……何?」
「やっぱり、ヤチヨはヤチヨだよ。ツクヨミの管理人で、電子の海の歌姫で……私達の一緒にいた「かぐや」じゃない」
「……そっか、なら──」
「……だから、ヤチヨの全部聞かせて。八千年、全部。それを聞けなかった「彩葉」の代わりに、私達が全部受け止めるから。いいよね、桜楽」
「うん。……忘れないで、ヤチヨ。私達は「かぐや」に負けないくらい、「月見ヤチヨ」も大好きなんだから。ヤチヨの話、何万年だって聞いてあげる」
「ほら、聞かせて」、そう言って手のひらを差し出した桜楽に、ヤチヨはゆっくりとその手を取った。
「……いいなぁ、かぐやは。彩葉も桜楽もいるんだもん」
少しうらやましそうにヤチヨは笑い、パンと手を叩いた。
「……あれ、ここ──」
「私の部屋……?」
その景色は紛れもなく、かぐやと出会う前まで住んでいたボロアパートの1R。
少し懐かしさを感じるのは気のせいじゃない。
夏休みの間は大体桜楽の部屋にいたから、この部屋に戻るのは本当に2ヶ月ぶりとかになる。
けれどテーブルには近所のコンビニで買ってきた駄菓子やらペットボトルのコーラやらが山積みになっていて、それは確かにかぐやの名残を感じさせた。
驚きはしなかった。
今はヤチヨの全てを受け止めようと、それだけで頭がいっぱいだったから。
「んじゃんじゃ、まずは私が浜に打ち上げられたすぐ後の縄文時代からね。私ずっと海の中いたからそんじょそこらの縄文人よりはお魚詳しかったわけ。そんで良い釣り場教えてあげたらさ、でっかい伊勢海老取れて! 身もプリップリだったからあれマジで食べたかったな〜」
「んでんで、ひーちゃんすぐ引っ越すから大変でね! あの時も──」
「仏教の流行り方すごかったよ〜? だいたい大仏作った時なんて──」
「道長の家? いやいやいや、あんなんもう街だから! 飲み会とかも──」
「銀閣って本当は──」
「安土城ほんとすごかった! 特に──」
▽
「……ふわぁ」
遠のいていた私の意識を取り戻したのは、桜楽の小さなあくびだった。
丸々2日話し続け今は幕末、ようやく首都が東京になろうかというところ。
ラストスパート、互いの頬をつねって何とか正気を取り戻す。
ヤチヨはクスッと笑い、「そろそろお眠りなさいな」と声を掛けた。
もちろん「はい分かりました」と大人しく従うような精神が今の私にあるはずなく、まだまだと食い下がろうとした、その時だった。
「ネムッテ! ネムッテ!」
「あちゃ〜、お眠りはヤチヨの方だったか〜」
FUSHIが鳴らすアラートに従い、「おやすみぃ」とヤチヨは糸が切れたようにその場に横になった。
確認すると、寝息とかはないけど目は瞑っている。
寝てる、というよりはスリープ状態のようだった。
「五十二時間……それが今のヤチヨの活動限界だ。充電、アップデート、記憶の整理、情報の同期……その諸々の作業のためにはどうしてもスリープが必要なんだ」
「そっか。……お疲れ様」
桜楽が床とヤチヨの頭の間にクッションを挟み、私は彼女の隣りに座って、その寝顔を覗き込んだ。
「……こんな、楽しそうにしちゃってさ。……楽しいことばっかなわけないのに、ずっと笑って……」
子は親に似る、そんな言葉が脳裏をよぎる。
そっか、私みたいになっちゃったんだね、ヤチヨは。
「……ねえ、FUSHI。ヤチヨ……まだ、隠してるよね?」
「……」
「私からもお願い。私達……ヤチヨの全部を見たいんだ。ちゃんと、「お疲れ様」って言ってあげたいから」
ウミウシは悩んでいた。
どれだけの時間だったかは分からないけど……それが、すごく長かったのは事実だ。
「……ヤチヨが言わなかった、その意味は……」
「うん、分かってる。それでも、私達は見なくちゃいけないの。ヤチヨも、かぐやも、大好きだから」
「……それが、人の身体には途方もない重荷だとしても?」
「でも2人なら背負えるよ。ね?」
「もちろん。私達、かぐやを育てたんだよ? ……最後まで、見てあげたいんだ。ヤチヨにとっての「彩葉」に代わって」
「それが……隣りに座る親友の、あるいは自らの……惨い死を伴うものだとしても?」
「それでも迷わないよ。私達」
私達の答えに、FUSHIはまた黙り込んだ。
けれどそれは答えを悩むものじゃなく──
「……ヤチヨのあんなにうれしそうな顔、久々に見たんだ。……どうか、ヤチヨをよろしく」
「「うん」」
「──行くぞォォォォッッッ!!!!」
ウミウシの目が赤く光り、放たれた光線が部屋をピクセル状に崩していく。
空間をすり抜け、竹林の中を身体が落ちていく。
私達が互いの手を掴んだ直後、
『……ヤチヨ、どこにいるの? ねえ、出てきて……助けてよ……』
「かぐや……?」
「かぐや!!」
意識はかぐやの中に紛れ込み、八千年の長い、長い旅が始まった。
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