超かぐや姫 スーパーフォルテッシモ!!   作:あるふぁせんとーり

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第四帖 育児日記

「えっと……隠し子?」

 

「いやそんなわけなくない!? そもそも1年以上毎日顔合わせて──」

 

「ふやああああ!!」

 

 

 彩葉の弁解は瞬く間に赤ちゃんの唯一にして最強の武装である泣き声によって掻き消された。

 

 泣き叫ぶ小さくてか弱い生き物を前に私達は顔を見合わせ、息を呑む。

 

 一瞬の間を挟んでから、2人の思考が完全に一致した。

 

 

「べろべろべろ〜〜」

 

「いないない……ばあっ!」

 

「たかいたかーい」

 

「よしよし、いいこいいこ……」

 

 

 あやさねば。

 

 一刻も早く、この生命の機嫌を取らなければ。

 

 それは庇護欲なんて大層かつ高尚なものではない。

 

 この22時半という深夜、一刻も早い沈黙を勝ち取らねば、明日からご近所付き合いに致命的なヒビが入る。

 

 最悪の場合、都内でありながら家賃3万8,000円という辛うじて学生のバイトでも手が届くこの空間を失ってしまうリスクすら発生する。

 

 

「ほら、怖くないでちゅよ〜」

 

「大丈夫、大丈夫」

 

 

 互いに赤ちゃんを怖がらせないために笑顔は作れど、その瞳の奥に宿るのは相当な危機意識と焦燥。

 

 多分考えてることも9割以上一致してるはず。

 

 というかこの1年で彩葉に追いつきたい一心で何度か仕送りを減らしてもらった結果、とうとう学費も家賃も自分で稼ぐという約束に。

 

 別に後悔はしてないけど、それはそれとしてここを追い出されると生活が本当にヤバい。

 

 

「えーっと、泣き止ませる方法、泣き止ませる方法……」

 

「無理無理! 「抱っこ」「縦抱き」「横揺れ」「抱っこ歩き」フルコンプ済み! かくなる上は──」

 

「子守、唄?」

 

 

 首を傾げ、それを思い出そうする彩葉。

 

 けれどその表情はすぐに苦いしかめっ面へ。

 

 ああ、彩葉ママの説教シリーズ思い出しちゃってる……

 

 

「……桜楽、なんかない?」

 

「……邦ロック、なら」

 

「無理じゃない?」

 

「無理かも」

 

「ふええええ!!」

 

 

 止まらない泣き声、まとまらない考え、泳ぐ2人の目。

 

 しかし奇妙なことに、あるいは最後に縋るのはやはりそういうことなのか、私達の視線はとある一点で交わった。

 

 そう。

 

 私が生活を切り詰めて作った痛バ、そしてヤチヨぬいの祀られた祭壇である。

 

 

「……ワンチャン、ある?」

 

「ワンチャン、かも」

 

 

 彩葉は頷くと、小さく息を吸う。

 

 そんな彼女の歌いだしに合わせて、私も聞き慣れたメロディをなぞった。

 

 

──大切なメロディは──流れてるよ──あなたのハートに──

 

 

 その緩やかな音色と引き換えに泣き声は止み、代わりに耳を澄ませなければ聞こえないほどの静かな寝息が漏れてくる。

 

 

「ヤチヨパワー……」

 

「えげつなぁ……」

 

 

 私達は顔を見合わせ、ようやく一息ついた。

 

 「Remember」というヤチヨのデビュー曲。

 

 すごく優しくて、温かくて、それでいて柔らかい。

 

 この1年だけでも、私も、彩葉も、数え切れないくらいこの曲に勇気をもらって、救われてきた。

 

 たまの節目で行くご褒美カラオケでも彩葉の十八番みたいな感じ。

 

 この子も気に入ってくれたのだろうか、そうだったらすごく嬉しいけど。

 

 

「……で、流石に色々聞きたいんだけど……いい?」

 

「……答えられるものだったら、どうぞ……」

 

 

 慌てて敷いた布団に赤ちゃんを寝かせた後、私は彩葉の顔を見た。

 

 すごく緊張してて、見たことないくらい困惑してる。

 

 

「……誘拐?」

 

「違います。ぜ〜……ったいに違います」

 

「じゃあ、どこから連れてきたの? この状況、隠し子か誘拐しかありえないって、マジで」

 

「……っ、逆なら私もそう言う気がするけど……でも、マジで信じてほしい」

 

 

 そしてめっちゃくちゃに真剣な顔をして、彩葉は言った。

 

 

「……そこの、電柱」

 

「……、…………は?」

 

 

 赤ちゃんが泣かないようにこっそりと部屋を抜け出し、案内されたのは自販機の横、何の変哲もない見慣れた電柱。

 

 彩葉はこれまた見たことないくらいの身振り手振りを酷使して、そこに赤ちゃんが入っていたのだと主張する。

 

 

「……つまり、これが実は赤ちゃん入りゲーミング電柱で、そこからやむなしで拾った、ってこと?」

 

「学年2位の読解力ほんと助かる……」

 

「勝たれてるやつに言われるとめっちゃ腹立つよそれ。……で、マジで言ってんの? それ?」

 

「私がこんな嘘吐く意味ある? 冷静に考えて」

 

「……ないね。あ、彩葉が重度のペドフィリアだった場合は除く、だけど。……いやでもペドフィリアだったらもっと赤ちゃんあやすの上手いのかな……」

 

「最悪の論が最悪の形で否定された……」

 

 

 結論が出ない、という結論が出た。

 

 もう出自に関しては目を瞑ってやり過ごすしかない。

 

 そうなると、私達の話し合いも次のパートに入る。

 

 

「……で、どうすんの。あの子のこと」

 

「そりゃ、取り敢えずどっかに相談しないとだけど……やっぱ、普通に警察?」

 

「警察に連絡って、普通に誘拐の現行犯でしかなくない? 児相とか、どっかの孤児院とか、最悪保健所とか……」

 

「保健所……え保健所!? 流石に人間っぽくない? あれ」

 

「え、でも電柱出身でしょ? 人間ではなくない? まずさ」

 

「……えーっと、近くの保健所は──」

 

「ふぇやああああぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 過去一ヤバい泣き声がして、私達は全力で赤ちゃんの元へ引き返す。

 

 あやすためにひたすらヤチヨパワーに縋ったところで、記憶はなくなっていた。

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

「「……痛っ」」

 

 

 翌朝。

 

 取り敢えず互いの頬を引っ張り合って、ここが夢でもツクヨミでもないことを確認する。

 

 僅かに頬の赤くなった私達の傍らには、すっごい望ましくない湿り気とシミを伴った赤ちゃん、それも何故か昨日より明らかにデカくなっている、決してノーマルではないそれがすやすやと。

 

 私の部屋にも、彩葉の部屋にもそれに対処するための道具や、あるいはそれを今後対策するための何かが一切ないことは火を見るよりも明らか。

 

 私は焼け石に水の焼け石である方の敷布団のシミを、水である方のティッシュで叩きながら、彩葉に一つ提案する。

 

 

「これは……しゃーなくない?」

 

「……行くしかない、かぁ」

 

 

 このか弱い生き物のために必要なものを指折り数えると、2人でようやく指が足りる程度。

 

 財布の中身と相談し、貯蓄に懇願し、私達は覚悟を決めた。

 

 

 

 

「うそ……」

 

 

 子供服2480円。

 

 

「ムリムリ……!」

 

 

 紙おむつ1499円。

 

 

「うっわぁ……」

 

 

 哺乳瓶1380円。

 

 

「マジで言ってる……?」

 

 

 抱っこ紐5499円。

 

 

「ぉぁ……」

 

 

 粉ミルク3279円。

 

 「子育ての味方」なんて名乗ってる店がこの値段かと戦慄し、子供を持つことがどれだけ贅沢な行為なのかと実感する。

 

 私も彩葉もこれまでの生き方的に妥協は出来ないタイプの人間であり、買い物カゴに一つ入れる度に表情が引きつるにも関わらず、途中で諦めるとか、安かろう悪かろうに手を出すみたいなことはどうしても出来ない。

 

 そして、その結果がこちら。

 

 

「合計、2万4,415円です」

 

「……あ、ふじゅ〜で」

 

「後で半分送る……」

 

 

 もう、露骨に元気がなかった。

 

 いや、これで今彩葉に抱っこされている赤ちゃんは元気が出るんだろうが、私達の財布は真逆の状態。

 

 「これ何時間シフト入ればいいんだっけ……」と虚ろな目で考えているであろう彩葉と、「新作、いくつ作ればいいんだろ……」と明後日の方向を眺める私と、自分のための買い物だということを察しているのか、キャッキャと嬉しそうな赤ちゃん。

 

 帰り道、大量の育児用品を抱えて帰る女子高生2人と赤ちゃん1人を、世間はどんな目で見てたんだろうか。

 

 

「ふへへっ」

 

「あ、かわい」

 

「……まあ、いっか」

 

「……そうだ、彩葉に提案あるんだけど」

 

「何?」

 

「赤ちゃん落ち着くまでさ、私の部屋いれば? 一応冷房もあるし、2人で赤ちゃん見てる方が楽でしょ」

 

「それもそっか……あ、お礼はちゃんと払うから」

 

「いいよ。困った時はお互い様だし。彩葉、人に頼んないんだから、私にくらい頼ってもバチ当たんないって」

 

 

 それから休みが明けるまで、全く想像もしていなかった育児生活が幕を開けた。

 

 

「べろべろばぁ〜っ!」

 

「うあっ」

 

「桜楽、パスタ出来たよ」

 

 

 赤ちゃんをあやし、

 

 

「っんっん」

 

「お、飲んでる飲んでる」

 

「これ、私達の一食より高いんだよね……」

 

 

 ミルクを与え、

 

 

「こら、引っ張るな!」

 

「きゃっきゃっ」

 

「彩葉のほっぺ、柔らかいもんね」

 

 

 一緒に遊んだ。

 

 赤ちゃんはよく泣くけど、その分だけ笑った時が可愛く見える。

 

 赤ちゃんが楽しそうだとこっちまで楽しくなって、この三連休で、彩葉と私は顔を見合わせ、何度も何度も、数え切れないくらい笑ったと思う。

 

 それは、全く学生らしくない時間。

 

 だって、そこには一切、「勉強」なんて文字はなかったんだから。

 

 

「……私達さ、いつから新婚さんになったんだっけ」

 

「……知らない」

 

 

 三連休も終わろうという夜、眠る赤ちゃんを抱きながら、絶望に満ちた目で彩葉は言った。

 

 そりゃそうだ。

 

 彼女のスケジュールは確か、この3日間はまるまる勉強に充てる予定のはず。

 

 でもそう、こういう時のお決まり。

 

 

「……あ、もう無理……」

 

「疲れた……」

 

 

 正気に戻ると、身体の疲労がどっと来る。

 

 月明かりの射す部屋、指先から力が抜けていった。

 

 

『あなたに何が分かるっていうの!?』

 

『ツクヨミは君を待ってるぞ!』

 

『まあ今どきは何もかものスピードが早いですねぇ』

 

 

 私達は辛うじて敷いていた布団に倒れ込み、タブレットもつけっぱなしにしたまま川の字で死んだように眠った。

 

 翌朝、もっと酷いことになるなんて……そんなことは、1ミリも考えず。

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