超かぐや姫 スーパーフォルテッシモ!! 作:あるふぁせんとーり
「彩葉……? 桜楽……?」
私の声だ。
私があの子と、桃華を呼んでいる。
「ねえ……ねえってば!」
違う、違う。
そうじゃない。
揺さぶられて、私はようやく気がついた。
ゆっくりと開いた目を、ヤチヨが覗き込んだ。
いつのまに握っていた手に僅かに力が籠もり、桜楽もそれを握り返す。
私達はテクスチャの剥がれた、無限に広がる水面の上で目を覚ました。
「ヤチヨ……?」
「……おは、よう」
「お馬鹿……2人とも、死んじゃうよ……」
前もこんなことあったっけ。
体調崩して、ぶっ倒れて。
また心配かけちゃったな。
「……ありがとう、かぐや、ヤチヨ」
私は彼女の知る彩葉ではないし、彼女も私達のかぐやじゃないけれど。
それでも私達は彼女を包むように、ぎゅっと2人で抱き締めた。
「……私ね、前の彩葉よりずっとすごいんだよ。お母さんとも話せたし、バイトだって休めたし、学校だってサボれるようになったよ。……だから、もう大丈夫。私も、桜楽もいる。2人ともヤチヨに見守られて、立派に育ったよ」
「……」
「探してくれてありがとう。待っててくれてありがとう。……お疲れ様、すごく頑張ったね」
そう言って、桜楽はヤチヨの頭を撫でた。
ヤチヨは私達の顔を、もう一度真っ直ぐ見る。
彼女の目の中には、確かにかぐやがいる。
「──もう、これで終わったってよかったのに──」
まるで迷子が両親に見つけてもらったみたいに、彼女は私達の胸元で泣いた。
待たせちゃってごめんね。
私達、やっと追いついたよ。
いつかの日、初めての日のように、あの旋律を2人で口ずさんだ。
──大切なメロディは──流れてるよ──あなたのハートに──
それに重ねるように、震える声で彼女は紡ぐ。
──この一瞬を──最高のパーティーにしよ──
そして、桜楽がヤチヨの手を取った。
ピースして、星を作って、三角に重ねて、最後は狐でコーン。
なかよしのやつ。
慣れてない、まだ知らない不器用な指先を2人で支えて。
そして3匹の狐が頭を合わせると、ヤチヨは溢れ出そうな感情を抑えながら、笑顔を作った。
「……ずっと、思い出すんだ。彩葉の手って、あったかかったなって」
……そっか。
「また彩葉とパンケーキ食べたいなぁ。……私も桜楽と食べ歩き、してみたかったぁ……」
「……ならさ」
ボサボサに乱れた髪を耳に掛けながら、桜楽は私とヤチヨの顔を覗き込む。
「もっと、先に行こ。ハッピーエンドも、超ハッピーエンドだって越えて……もっと、もっといいゴールに」
「もっと……?」
「だってこのままだと、またかぐやは1人で泣くことになっちゃう。たとえヤチヨとして彩葉と再会できるとしても、……もしかしたら、次は私はいないかもしれない。……そんな思い、かぐやにしてほしくない」
そうだ。
ここで終わらせる、ここでハッピーエンドにするっていうのはそういうことだ。
私達2人のかぐやは、まだ月に残されたまま。
また……あの耐え難い八千年が始まってしまう。
「だから、もう一度書き直そう。パンケーキも食べて、食べ歩きもして……もう誰も泣かなくていい、もう繰り返さなくていい……そんな、最高の結末」
ヤチヨは目を見開いた。
存在していない宝物を、見つけたみたいに。
「そんなの、あるの?」と震える声で彼女は桜楽へ問いかける。
「……桃華はね、ずっと考えてたんだ。ヤチヨと一緒にかぐや姫を書いてた、あの時から。どうやったら、ハッピーエンドになったのかなって」
「でも、桃華は……」
「うん、それを書く前に亡くなった。だからきっと……私が引き継いだんだよ。かぐやが、ヤチヨがそうしたみたいに。桃華の物語、桃華の思いを、私が」
そうして息を吸い込んで、桜楽は強く、強く言った。
「……かぐやを、月から取り返そう」
不可能だと思った。
絵空事だと思った。
当然だ。
相手はツクヨミを自らの庭のように踏み荒らし、なす術なくかぐやを連れ帰ったこの世ならざるもの。
いくら桜楽だって、ヤチヨがいたって勝てるはずがない。
そんなネガティブが頭を埋め尽くす。
一度瞬きして、もう一度彼女の目を見るまでは。
「……勝てるの?」
「勝つよ。絶対に勝つ。きっと私は……そのために、かぐやと彩葉の物語に追いついたんだから」
縋るようなヤチヨの言葉に、桜楽はそう言い切った。
「輪廻からは逃れられない」とヤチヨは言った。
でも、それが出来るなら話は別だ。
月から八千年前に飛ぶ前のかぐやを取り戻す。
一周前の「かぐや」とこの世界の「かぐや」が重なっている今なら、輪廻を終わらせるチャンスがある。
「……やろう」
私は頷いた。
「ヤチヨ、手伝って。私は桜楽を信じる、桜楽も私を信じてくれる。そして私達はヤチヨを信じてる。だから……ヤチヨも、私達を信じて!」
言葉のつっかえたヤチヨに、私達は手を伸ばす。
「……、……敵わないなぁ、2人には」
泣きながら、笑いながらヤチヨはその上に手を重ねる。
「「「最高の、ハッピーエンドにする!!!」」」
そう誓って、私達はヤチヨの下を後にした。
2人して寝間着のまま駆けた夕暮れの街は、びっくりするくらい明るく見えた。
▽
「ストップ」
マンションのエントランスまで戻ってきた私達の背中を、聞き慣れた声が呼び止めた。
「……芦花?」
「……私言ったよね、次未読無視したら凸るって。……分かってるよ、2人がかぐやちゃんのために色々やってるの。でも──」
泣き顔と怒り顔を混ぜたような、そんな表情で芦花は私達に訴える。
「……もっと、頼ってよ。私だってかぐやちゃんが好きだった。桜楽のことも、彩葉のことも大好き。 ……お願い、私にも手伝わせて。私、2人の力になりたい。……もう、見てるだけじゃ嫌なの」
そう言って、芦花は一枚の紙を取り出した。
進路希望調査表。
第一志望は──「東京大学 文科二類」。
「……追いかけても、いい?」
僅かな沈黙を挟んでから、桜楽は微笑んだ。
「ありがとう、芦花。私達のこと、好きでいてくれて」
それから、彼女は私の答えを待つようにこちらへ視線を向ける。
私は、芦花の黒い、明るい瞳に目を合わせた。
「……芦花。私も、芦花のことが好き。友達としてか、女の子としてかは分からないけど……それでも芦花が好き。それでいいなら、芦花の気持ちに応えたい。……全部話すよ。今まで何があったか、これから何をするのか。だから……私達と、一緒に来て」
「……もちろんっ……!」
泣きそうな顔で、芦花は応えてくれた。
目標は2年後、2032/09/19の満月。
かぐやを取り戻す、最後の戦い。
……そうだ、歌を作ろう。
かぐやが、私達が迎えに来たって、すぐに分かるような。
ハッピーエンドさえ飛び越えちゃう、そんな最強の歌を。
タイトルは──