超かぐや姫 スーパーフォルテッシモ!! 作:あるふぁせんとーり
「ねー」
「んんぅ……」
「ねーねー」
「んぁ……」
赤ちゃんのぐずり声が、私の意識を遠くから引っ張ってくる。
ワンテンポ置いてるのは、私と彩葉を交互に揺さぶっているからだろうか。
「お腹空いた」
「かしこまりましたぁ……」
「ミルク飲みたーい」
「了、解……」
真夜中。
まだ虚ろ虚ろな目を擦りながら、私はゆっくりと、再起動中の身体を起こす。
それから自然と私は粉ミルク、彩葉はお湯の方へ
この3日間で随分と鍛えられた私達は、赤ちゃんのぐずり声だけでもう何を求めているか完璧に……
「はーやーくー」
完璧に──
……
…………
「「うわぁぁっっっ!!?」」
「わっ」
半ば悲鳴のような叫び声を上げながら、赤ちゃん……だったはずのものの方へ振り向く2人。
突然の行動にびっくりしたのか、彼女は僅かに仰け反るようなリアクションを取る。
何を言ってるか分からないと思うけど、私も全く理解できてない。
だってそこにいたのは、十歳かそこらの少女だったのだから。
「わ……急に驚かせないでよ」
「一番驚いてるのこっちなんだけど……!?」
「えーっと、どちらさまですか?」
「やだなー、あんだけ一緒に遊んだじゃん」
「「……痛っ」」
「あははー、そのほっぺ引っ張るやつおもしろーい」
違う。
これはあなたを笑わせたいんじゃなくて、ここが現実なのかどうか、あわよくば夢であってほしいなって感情。
……まあ、どうあがいたって確信せざるを得ない。
ふわふわで艷やかな髪も、一番星を2つ並べたような瞳も、ぷにぷに柔らかくて真っ白な肌も……全部が全部、この連休を費やしてお世話し続けてきた赤ちゃんのそれだ。
私と彩葉はもう一度顔を見合わせ、おもむろに頷いた。
「段ボール!」
「はい!」
「ガムテープ!」
「はい!」
「レジ袋!」
「はい!」
「「お引き取りください!!」」
私達は完璧な連携によってものの一瞬で育児用品をまとめ切り、それを元赤ちゃんへ差し出す。
けれど彼女はその意味が全くわかっていないようで、きょとんとした顔で首を傾げた。
「……え、なんで?」
「成長スピード異常! 少なくとも人外!」
「ごめんなさい私達本当にこの年で捕まっちゃったら人生終わるんで……」
「まあまあ落ち着いて。何もかものスピードが早いのがこの時代なんですわ」
なんだその謎の達観は。
テレビで若干バズるタイプのコメントみたいな……って、そんなのはどうでもよくて。
流石に実力行使は忍びないが、されど子供1人養う余力はない。
私は脚を正座に組み直し、床に手をついた。
「本当に、ちゃんとした教育とか無理なんで。幸せになりたいなら、ちゃんとした家庭探すの、おすすめします」
「幸せって……どういうこと?」
「幸せってのは……美味しいご飯を食べたり、温かい布団で眠ったり、好きな人と一緒にいたり……」
「え、ならここでいいじゃん」
「いやいやいやいや、桜楽も私も自分のことで精一杯! もう1人分とか、どう考えたって──」
ぐうぅーっ
力説する彩葉の言葉を遮ったのは、少し大きな腹の音だった。
元赤ちゃんは両手で細いお腹を押さえ、縋るような目でこちらを見る。
ぐぅ
ぐぅ
それと同時に似たような音を奏でる私達の胃袋。
「……晩ご飯、食べたっけ」
「食べてない、かも」
しばらくの間、部屋には気まずい沈黙が流れる。
私と彩葉へ交互に向けられる彼女の視線がチクチクと罪悪感の部分を刺してくる。
「助けて〜?」
か弱い存在からのSOSに、私達は耐えきれなかった。
▽
「ただいま」
あー……この連休で、いくら消えたんだろ。
「やっぱ2時だとこれくらいしか残ってないねー」
「良いんじゃない? 子供って大体好きでしょ、オムライス。……いや、良くはないか……金銭的に……」
「おむ、らいす……?」
なんと税抜き594円。
パスタなら3日はお腹いっぱいになる額が、ふわふわのオムライスたった一皿。
私は温めてもらったそれをお皿に盛り直し、元赤ちゃんの前に差し出した。
じゃあ私達はというと、昨日のあまりのお茶漬けパスタ。
まとめて温め直したのを彩葉が2人の皿に取り分けている。
そして折りたたみテーブルを3人で囲むという初めての雰囲気の中、私達は手を合わせた。
「「いただきます」」
「……いただきます」
元赤ちゃんは見様見真似で手を合わせ、これまた見様見真似で先割れスプーンを握り、恐る恐るオムライスへと突き立てる。
そしてチキンライスとオムレツのひとかたまりを掬い上げると、まだ疑いながらそれを口に入れた。
「んん〜〜〜っっ!!」
その目が、とても強く輝いた。
数ヶ月ぶりの温かい食事、なんて言わんばかりにスプーンを必死に動かし、ふわふわとろとろの高級ディナーを頬張っていく元赤ちゃん。
その様子を見てると、さっきまで感じていた不条理のようなものはすっと引いていった。
「すごい、何これ何これっ!! これ、なんて言うの!?」
「何って……オムライスだけど」
「じゃあ上の黄色くてふわふわなのは!? 下の赤いのは!? 赤いのに入ってるぷりぷりなのは!?」
「えっと……オムレツ、チキンライス、鶏肉?」
「全部違うの!? なのにオムライスなの!?」
「うん。材料を組み合わせて、切ったり焼いたり煮込んだりすると美味しくなるんだよ。それを「料理」って呼ぶの」
「料理……!! すごい!! やってみたい!!」
まあ、こんなに喜んでくれるなら全くの無駄、ってわけじゃないか、と私は彩葉をチラ見する。
彼女も同じようなことを考えていたのか自然と目が合って、私達はコクっと頷いた。
というか、1年も同じようなルーティンで生活していると何となくお互いの考えみたいなのも分かるようになるものだ。
例えばヤチヨのライブとかも──
「あ、そろそろヤチヨ始まってない?」
「わ、そうじゃん」
ワイヤレス充電器にセットされたタブレットに指を滑らすと、丁度今始まったところ。
ここ数日続いた非日常の空気を一気に塗り替える、聴き慣れたヤチヨの明るい声が部屋に響く。
『あ〜、でもやっぱ家族はいいよ、うん。ほら、一緒に食卓囲んで温かいご飯食べたりってすっごく大事な思い出になるからさ。ヤチヨそういうの好きだな〜☆』
「オムライスうますぎ! オムライス最高!」
……この景色も、ヤチヨに言わせればすっごく大事な思い出なんだろうか。
頬杖ついた彩葉がため息を吐く横で私はパスタを啜っていた。
「……で、あなたは誰……はキリないか。あなた、どこから来たの?」
「んっ」
彩葉が尋ねると彼女は考える間もなく窓を指差した。
そこに浮かんでいるのは9月の十五夜もかくや、と言わんばかりのまん丸お月様。
なんでつい数時間前まで赤ちゃんだったのに生まれる前の事を覚えているのかという一点。
なんで月の次がゲーミング電柱なんだろうという一点。
どうやって月から来たんだという一点。
考えた結果、「あ、人間じゃないな」と出たところで私は諦めた。
「まあそれは分かったんだけど……月からわざわざ何しに来たの? 宇宙人?ちゃんは」
「逃げてきた! よく覚えてないんだけど、向こうって超つまらないから、楽しいことしようと思って!」
「いやいや逃げんな。つまんないことも案外大事だったりするし」
「え〜〜、つまんないのはやだ〜〜」
「そうやって逃げてばっかじゃ、やり直す時に一番苦労すんの。そこんとこ分かってんの?」
「わ〜か〜ん〜な〜い〜! やりたいことはやる、それでいいじゃん!」
「それじゃよくないの!」
珍しい。
多分彩葉ママ似であろう、ひたすら正論で殴ってくる彩葉説教モードにここまで食い下がる存在がいるなんて。
「てかさ、彩葉には人生楽しもうって気はないのー? そんなの勿体なくない?」
「むしろ逃げてばっかのほうが──って、なんで私の名前知ってるの!?」
「ないしょ〜……って言いたいとこだけど、さんざん話してたし、知ってるに決まってるじゃん。そっちが桜楽でしょ?」
「あこっち来た」
これじゃもうキリがない、なんて顔で頭を掻く彩葉。
それにつられて私の頭も少し冷静になる。
頭の中の非日常感をヤチヨの声と理性で無理矢理押し出そうとしたその時、私はハッと目を見張った。
そうだ、このシチュエーション……私は、
ここまで来て、ようやくそれが結びついた。
ヤチヨの教えてくれた、「私をかぐやとして拾ってくれた子」、それが彩葉。
じゃあ、彩葉が拾ったこの子がかぐやで……この後、ヤチヨになるってこと。
でもそれを誰かに言って良い段階じゃないことは充分理解出来る。
多分、私が千年前を思い出して、登場人物になっちゃったせいで、この世界はもうヤチヨが教えてくれた世界じゃなくなった。
なら下手なことをしちゃったら、ヤチヨの言ってたハッピーエンドさえ壊しちゃうかもしれない。
頭をぐわんぐわん揺らす思考の濁流を無理矢理抑え、私は彩葉にとある提案を耳打ちした。
「……一回、試してみるか」
そう言って彩葉は配信を止め、代わりにネット上のアーカイブから一冊の絵本を開く。
「なにこれ?」と彼女……かぐやはそれを覗き込んだ。
「「竹取物語」。月からやって来たお姫様が竹から生まれて、
「……? けっこん?って何?」
無垢に尋ねる彼女は可愛い。
それはもう、あの彩葉が一瞬躊躇うくらい。
「てか、なんで急に見せてきたの?」
「あんた、これに心当たりあったりしない? 竹じゃなくて電柱だったけど」
「心当たりか〜」
口に出して繰り返すかぐやだったが、その視線はタブレットではなくお茶漬けパスタへ。
「食べたい?」と私は自分のお皿を彼女の目に差し出した。
「もう、桜楽……!」
「大丈夫。私よりこの子の方が空いてるでしょ、お腹」
「わーい! 桜楽だいすき! ……で、なんだっけ」
「この話」
「……つまり、彩葉がこのお爺さんで、桜楽がお婆さんってことでしょ? わかるわかる」
「なっ……」
「一体何十年先の未来を見てるのかなあ、この目は〜〜〜???」
彩葉が迫ると、「まあまあ〜」と美少女スマイルで誤魔化しを図るかぐや。
彩葉は深くため息を吐いた。
「桜楽桜楽、こっちのオムライスも美味しいね!」
「それはパスタだけどね」
「こんなに美味しくなるとか、料理ってすごい!! 私もやってみたい!! やらせて〜〜!!」
無邪気な笑顔が、日々を必死に生きる我々に突き刺さる。
そうだ、子供の笑顔っていうのはそういうものだと、今更思い出した。
「……あ、さっきのお話だっけ。その……たけとりうんちゃら?って最後どうなるの?」
「だから、月に帰っておしまい。翁達は戦ったけど負けちゃって、羽衣っていうのを着せられて、全部忘れて、お迎えと一緒に帰るの」
「……え、それだけ?」
「おしまい。めでたしめでたし」
ああ、そうだ。
私はそこまでしか書けなかった。
本当はもっと色々あって、続けたかったのに……
「……めでたいわけなくない?」
あ、言ってくれた。
「超絶バッドエンドじゃん、それ!! かぐや姫バリ不幸だし、お爺さんもお婆さんも超可哀想だし!! 作者何考えてんのさ!!」
「うっ」
「作者不明。千年前のお話なんだからそんなもんでしょ」
「やーだ! バッドエンドやぁーだぁー!!」
……そうだね。
「ハッピーエンドがいーいー!!」
……そう、だよね。
少なくとも、掛ける言葉は見つからなかった。
当然だ。
思い出す前の私でさえ、この物語の不条理さにはうんざりしてたんだから。
何も言えずぬるくなった水道水を飲む中、「どうしようもないじゃん」と彩葉は切り捨てた。
「泣いたって暴れたって、別に決まってることは変えようがないの。出来ることなんて……受け入れて、覚悟することだけ」
ああ、強がってる時の彩葉だ。
こういう言い方をする時の彼女は他人に対してだけではなく、自分にも同じ言葉を掛けている。
彩葉は真面目で、器用で、ちょっとだけ不器用だから。
そんなやるせない沈黙を数秒挟み、「決めた!!」とかぐやは机を叩いて飛び上がった。
「じゃあ、私がハッピーエンドにする!!」
「……は?」
「そんで、お爺さんとお婆さん……じゃなかった、彩葉も桜楽も、一緒にハッピーエンドにする!!」
元気いっぱい。
手足を精一杯に暴れさせながら、力強く宣言するかぐや。
彩葉は一瞬言葉を止めた後、もう一度口を開こうとした。
その前に、私は割り込んだ。
「いいんじゃない? ハッピーエンド」
「はぁ、桜楽……」
「でもさ。努力して、頑張って、ハッピーエンドとは言わずとも少しだけ結末が良くなるって言うなら……それは、すごく良いこと、でしょ?」
「それは、そうかもしれないけど……」
「じゃあ決まり!! よーし、頑張るぞー!!」
「でもでも、私と桜楽を巻き込まないで、勝手にやって……って、また口内炎増えてる……」
「ビタミン取りなね」
結局私の分どころか彩葉の分までぺろりと平らげたかぐや。
そのお皿を流しに入れて水に漬け、私は歯を磨きながらもう一度布団を敷き直す。
タイミングを見計らって、彩葉は部屋の電気を消した。
「え、暗くなった!? なんで!?」
「そろそろね、寝ないと死ぬんだ。マジで」
「おやすみ、エイリアン」
こうしてかぐやに揺さぶられながらも、私達は泥のような眠りについた。
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