因みに主人公の柊(シュウ)の意味は、逆境でも色褪せずそっと人を守る守り人という意味です。
最初に感じたのは、酷く薬品の匂いがするなと思った。
意識を覚醒させ、酷く重い瞼を開け瞳に情報を取り入れる。『知らない天井だ』これを若干、十六歳の人生でやる事になるとは思いもよらない。
自身の状態は、病室のベットへと横になっている状態で、撃たれた左腕には夥しい程の包帯が巻かれ、右腕には点滴が施され体の中に足りない何かが入り込んでくる感覚を味わう。
「……服装って、本来は病人服だろ。何でジャージのまま?」
ベットから上半身だけを起こし、今一度左腕の状態を確認する。
痛みと言う痛みは引いていないが、体に入った異物が取り除かれた確かな感触はあり、手を開閉させる。
点滴を外すのは、流石に病人がやる行いでは無いと理解し、点滴を引きながら病室の扉を開ける。
「広いな、病院というよりもなんか学校に近い?」
永遠と伸びる廊下を歩き始める柊は、その現状に驚愕するしか無い。
数十歩間隔に、一つ一つ部屋が設置されそれぞれが同じ部屋では無く一つの部屋として機能し、あまりの部屋と広さに目が回る。
しかし、柊が最も驚いたのは部屋のプレートが『漢字』や『ひらがな』を用いた言葉で刻まれている事だ。
「…言語の壁は無いな。そもそも日本語と同じなんだから当たり前か。」
それはそうだ、拳銃から生き延びる事に全神経を使い回していた柊は、落ち着いて状況を整理すれば、街並みや掲示ポスターには慣れ親しんだ日本語が書かれており、この世界も現実世界も言語は日本語で統一。
それを知れれば、ある程度は生活に支障は無いと理解し、自身の病室へと戻ろうと歩みを始めたその時___。
「あーーー!いましたよ!ちょっと待って下さい!」
「え?お、俺か?」
「はい!そうです貴方ですよ。」
ふと、元気一杯の少女の声が柊の背から響き、思わず歩み始めた一歩を止める。その少女は、凄まじい速度で廊下を走り始め、瞬きの間に柊の近くへと駆け寄ると、あろう事か頭を下げた。
「この度は、私を助けてくださりありがとうございます!」
「……え?あ〜、あの時の子か。良いよ気にしないで、人として当たり前の事をしただけだから。」
「いえいえ!ヘイローも無いのに、私を守る為に動いたのは紛れもないあなただけですよ!本当に、感謝しても仕切れないです。ありがとうございます!」
「えっと。ど、どういたしまして。」
あまりの元気っぽい性格と、他を寄せ付けない圧倒的な声量に蹴落とされた柊は、感謝の言葉を答える。瞬間、芽から花が咲いたが如く満面な笑みを浮かべ、柊の両手を握ると上下に腕を振る。
元気な子だなと、内心思いながら少女にされるがままでいると、突如として少女の首根っこが掴まれる。
「こら、コユキ。彼は一応患者さんなの腕もまだ完全に治り切ってるわけじゃないから乱暴に扱わない!」
「は、はい!すいませんユウカ先輩。」
「まぁまぁ、落ち着いて下さいユウカちゃん。」
「………ぁ。」
コユキと呼ばれるピンク髪の少女の首根っこを掴むのは、ユウカと呼ばれる人物であり、自身とは頭一つ違う背丈に紫かかった長髪。そして、一際目を引くのは異常なまで太い、太もも。
きっと、初めて会う人がユウカと呼ばれる人物であったのなら、速攻一目惚れするだろう。
しかし、柊が心奪われた少女は___ユウカの背後へと立っていた。
金鈴の様な心地よい声色に、再び心を鷲掴みにされる。心臓がうるさくて目の前の白髪の少女しか目に映らない。否、もうこの子に心も瞳も奪われた。
「…この度は、私達の後輩を助けて頂きありがとうございます。本当に感謝しても仕切れません。」
「あ、あの。本当に顔を上げて下さい。俺は別にそんな大した事はして無いですし、寧ろ変に怪我しちゃったせいで貴方達に負担を掛けてしまったみたいで。」
「負担なんて思っていませんよ。少なくとも今あの場では誰でも無い貴方がコユキちゃんを救ってくれたので。」
「……っ。」
___あぁ、本当に好きだな。
この声色を聞くだけで、あの痛みなど忘れられる。恐ろしい程に単純な男だと自分でも思うが、初めて異性を好きになったし、その異性が現実とは掛け離れる程に美しい美少女。
自身の前世がどれ程、徳を積んだのか。
「所で、少々お話を伺いたいのでお時間を頂いてもよろしいですか?」
「はい。別に、時間は大丈夫ですけど、俺が混じっても大丈夫なんですかね?結構重要そうな話だと思うんですけど。」
「概ねその通りです。それは、キヴォトスにとってもあなたにとっても。」
「…俺にとっても。」
妙に引っかかるユウカの言い草に首を捻りながらも、三人の後に続きながら自身の運命が歪な終着点の渦に巻き込まれる予想などしていなかった。
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「……その、先生って呼ばれる人が行方不明?」
「はい。それが、今キヴォトスで抱える大きな問題です。」
開口一番にそう言われ、柊の心中は疑問を述べる事しか出来ない。
「あなたは、一応『外部』から訪れた人ですので一応お尋ねしますが、連邦生徒会長の事はご存知ですよね。」
「まぁ、それなりに。消息不明って事と超人って呼ばれてる以外はあんまり分からないけど。」
「それが分かるのなら、問題ありませんね。」
そう言い、太もも基、早瀬ユウカはプロジェクターに画像を映し出し、慣れた手つきでリモコンを操作し、画像を転々と変え、一つの映像でその手を止める。
画像には、ただ一枚の白い便箋に包まれた手紙が撮影された画像を映し出し、ユウカはマウスを操作し、手紙の内容を拡大し柊へと見せ、柊は解読をする。
手紙の内容は、まるで遺言の様なものだった。
手紙に記載されているのは、いずれこのキヴォトスを良い方向へと導いてくれる大人の人、『先生』が現れる。
その手助けとして、自身の私物でありキヴォトスを統一するサンクトゥムタワーの制御権利を保持するツール『シッテムの箱』を譲渡し、全面的なサポートを行う。という内容。
「そもそも、サンクトゥムタワーってなんなんだ?」
「簡単に言えば、このキヴォトスを防衛・維持するには必要不可欠な塔です。そうですね、一番高い建物がキヴォトスにありましたよね?あれがサンクトゥムタワーです。」
「………あ〜。あれね。」
確かに、一際長く、少女達の様な輪っかを出現させた塔を目視していたが、あれがサンクトゥムタワーとは。
概ねは、理解できたが最も肝心な事が分かっていない。
「先生って一体何者なんだ?聞いた話によれば、このキヴォトスは数千の学園が一つになった場所なんだよな?それを一つ一つ行くとは到底考えられないけど。」
「…先生は先生ですが、別に私達に教育を施す訳では無いです。先生は特殊権限機関『シャーレ』所属の人物です。」
「しゃーれ?」
「連邦生徒会が独自に作り上げた、キヴォトスで起こる様々な問題を解決する。言ってしまえば、何でも屋の様なものです。」
「な、なるほど。」
ある程度は理解できた。
しかし、何処か三人が先生と口を開く度に辛そうな表情を浮かべるのが、引っかかる。
___乗っかった船だ。最後まで聞く権利が自身にはある筈だ。
「……なら、ユウカ達は先生と面識はあるのか?」
「はい。連邦生徒会長が消息不明となった数日後に突如として先生は、このギヴォトスへと現れました。その時、私はシッテムの箱をシャーレから奪還する為に先生と共に戦闘を行いました。」
「…戦闘?先生は戦える力を持っていたのか?」
「いえ、それこそあなたと同じ、ヘイロー。神秘を持たない普通の人間です。銃弾一発で命の危険に繋がる弱い人です。しかし、先生の指示能力は高く、絶望的な状況下でも指示一つで盤面をひっくり返す凄い人です。」
「……なら、どうしてそんな凄い人が突然行方不明なんかに。」
「理由は今だに不明です。ただ、分かる事は行方不明では無く。何者かの拉致か監禁の可能性が高いという事です。」
「…そっか。」
聞く度に深刻な問題を抱えるキヴォトス。
ただでさえピンク髪の少女、コユキの様に拉致や違法な物販の流通など犯罪率が右肩上がりで上昇の中、キヴォトスの統一をなす連邦生徒会長の消息不明。
更には、連邦生徒会長が選んだ『大人』すらも行方不明。こんな深刻な問題を自身と変わらない年齢の、ましてや少女達が抱えるのはたかが知れている。
この子達は、社会人の様にデスクワークを強要され、年がら年中仕事の書類と睨めっこ。そんな事などあってはならない。
学生の養分は、青春だ。こんなふざけた物語などあってはならない。
「…なら、俺にできる事はないか?何か、できる訳じゃないけど、少しぐらいは何かの役に立てるかも知れない。」
「……よろしいのですか?」
此処で初めて初恋の相手、生塩ノアが口を開いた。
「此処から先は、きっと危険な道です。理不尽な悪意と敵意に晒されますし、常人では恐ろしい程の地獄に足を踏み入れますよ」
「…確かに、俺は銃弾一発で痛みで気絶するし、もっと痛い事にもぶつかるかも知れない。」
一間置いて、今伝えたい事を絞り出す。
「けどさ、俺達の養分は青春だぜ?この先きっと楽しかったって胸を張って言える思い出を作っていくのが学生だろ。…それを奪うのが許せないから戦う。」
「それが辛い、道でもですか?」
「…その時は、その時だよ。今は、がむしゃらに今ある事を頑張るよ。」
ノアは目を見開き、柊の想像を見つめる。
その瞳に何を宿すのかは、分からない。しかし、今自分が伝える必要のある言葉は伝えた、後はこの問題を解決するだけだ。
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「初めまして、私の名前は七神リンと申します。以後お見知り置きを。」
「は、初めまして。」
三人との対談を終え、一行はシャーレ本部へと足を運んだ。
理由は、柊がシッテムの箱への適任者か否かを判明させる為だ。シッテムの箱へと選ばれた『先生』も本来はシュウと同じ外から訪れた異世界召喚者___と踏んでいる。
同じ外部から訪れた人間、キヴォトスの危機に突如として現れる。二つの共通点のみで柊を『特別』と判断するのはいかがなものだと思うが、今キヴォトス中の人々が藁にもすがる思いで生活している。
そんな人々の少しでもの支えになれるのならば、今だけこの場にいるのは主人公『ササキ・シュウ』へとなろう。
「……では、こちらへ。」
リンの手招きに従い、シャーレへと案内されたシュウは所々に立て掛けられている写真群へと目を向ける。
光の反射で額縁の中にある写真は見えないが、黒いスーツに身を包んだ一人の大人が、『五人の生徒』達と笑顔を浮かべる写真が立てかけられ、堀部には『アビドス高等学校』と名前が彫刻されている。
「ここって、先生のオフィスなのか?」
作業机には、束に積み重ねられた書類。更には、各学園の名簿表や予算案などが打たれたモニターの画面を見つめる。
これだけで、先生という人間が生徒の事を大事に思う良い人だと理解する。しかし、尚更何故、先生は突然として姿を消したのか。
否、これは嫉みと憎悪だ。突如として現れ、ギヴォトスを救う存在と紹介された先生。それは、世間にとっては大々的な報道であると同時に、ただ一個人にギヴォトスの支配権が渡った事を不快に思った人間もいる。
例えば、ギヴォトスを裏で支配する『何か』の陰謀に先生が巻き込まれたとすれば___。
「あらあら、貴方。一体どのようなおつもりで?」
「………え?」
瞬間、世界が一回転する。
否、世界が回ったのではない。自身の体が自由落下し、体を回転しながら建物の地下へと体を打ち付ける。
声にならない悲鳴が上がる。痛いなんてものじゃない。体をのたうち回し、全身を駆け抜ける針のに刺された様な痛みを必死で振り払うが、ドンっと体の欠けてはいけない何かが欠け落ちた。
それは、十六年を共にし鉛筆や箸を握り続けた大事な大事なもので___。
「………ぁ?」
肩から何かが落ちた。それは、腕だ。誰かの腕かはおおよそ検討がつく。
けれど、それを受け入れたく無い。受け入れたら、きっともう戻れない。
「…見るも無惨ですわね、もう助からないでしょう。」
銃口が眼球へと突き刺さる。眼球に溶岩を注がれた様な熱と、激痛が目を襲い、必死にまだ辛うじて繋がっている左手で銃口を眼球から抜こうとする。
空いてる目で確認したのは、狐の面を被った何者かだ。和服に身を包み、真紅の輪っかを頭上に宿す少女の表情は面越しで分からないが、今シュウが感じる目の前の人物への反応は恐怖だ。
___怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
「もう、終わりですわね。……さようなら、『死に損ない』」
突然、目の前が白く点滅し体が前へと倒れ落ちる。今はもう痛みも恐怖も無い。あるのは、酷い肌寒さ。
___寒い。
間抜けな一言。遺言には笑えない簡素な言葉。
この言葉を最後に、『ササキ・シュウ』と言う人間は圧倒的暴力に溺れた。