死に損ないの英雄   作:HakuGozira

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 なんやかんでここまで続けられた。
 ちなみに、ノアと他の生徒がシュウをノアと呼ぶ時はノアは漢字で貴方。他の生徒はひらがなであなたと評価しています。

 


一章 5話 諦めないとそう決めたなら。

 

 ____地獄を見た。

 

 降り掛かる無数のミサイル群。

 カイザーコーポレーションの魔の手を阻止出来ず、美食屋の面々を自身の弱さが『死』に追いやる。

 目の前でハルナが倒れ、ジュンコが頭部から血を流しながら倒れ伏し、イズミとアカリは事の発端である『雑魚』をその身に掛けて守り抜き、アカリはハルナの近くで、イズミは俺の腕で痛みで悶える悲痛な表情を浮かべる。

 

 『…本当に、お前は何をしてるんだ?何の傷も無く、ただこの光景を眺めるお前は。』

 

 『………ぁ。』

 

 『気でも狂ったか。…だが、もう既に遅い。何もかも遅すぎたんだ。』

 

 ただ涙で顔を汚し、何も救えない『人殺し』の手で、イズミを守る。

 もう何もかもが遅すぎた抵抗。美食屋の面々を味方につけ、戦略的にも時間的にも非常に有利な状況でありながらも、カイザーコーポレーションの魔の手を振り切る事は出来なかった。

 

 銃弾一つで死ぬ様な儚い命。

 そんな命を完膚なきまでに『終わらそう』と使用用途が限られる対軍艦用砲撃ミサイルをカイザーは使用。

 その結果、銃弾の嵐の中に降り注いだ『最悪の雨』は美食屋の面々もカイザー自身の軍も、何もかもを無惨に終わらせた。

 ただ一人ササキ・シュウを除いて。

 

 『…どうして、お前は!』

 

 『決まっている。…全ての障害を取り除き、私が望む楽園を作る為、その為なら手段は厭わない。』

 

 『その為なら……周りがどうなっても良いってのかよ。例え、お前に忠誠を誓った仲間であってもか。』

 

 『……仲間?』

 

 聞いた事のない言葉の様に、カイザーは顎に手を添え、首を傾げる。

 シュウはここで一つ誤りを得た。

 それは、カイザーという存在は何処まで行っても、仲間という存在を『使い捨ての駒』として、扱う。

 

 考え方の問題では無い。最も根本的な所で、決定的な違いがあるのだ。

 人という字は人と人が支え合って出来た。しかし、この男にとって人間など利用価値の証明と野望の実現の物なのだ。

 

 『…しかし、今のお前も同じ様な物では無いか?』

 

 『な、何がだよ。』

 

 『…その目だ。』

 

 顎を金属の独特の冷たさがある一際大きい手で、上げられる。

 機械の面に素顔を隠す、全ての元凶。機械の目から伝わ疑問と困惑を孕んだ、自身の心の内を射抜く恐怖の視線。

 自然と体が震える。

 

 何もかもを見透かされ、掌握されそうな『独裁者』の瞳。

 

 『…本当に、つくづくお前という存在に恐怖する。まるで、次がある様な『捨て』の目。お前の方が、私よりもよっぽど『支配者』だ。』

 

 何を言っているのか、分からない。

 勝手に俺を定義する目の前の『諸悪の根源』。『観測者』や『支配者』などと自身の肩書きには、あまりにも重過ぎる名。

 何度も、何度も理不尽な目に遭う、こんな『最悪の世界』。

 

 ____抗うと決めた瞬間がもう間違いなのだろうか。

 ____俺は、やっぱり特別には。

 

 その刹那、震える弱い手を、僅かに暖かいイズミの手が包み込む。

 酷い重体だ、全身には砲撃砲から身を挺して俺を庇った影響の火傷と、土汚れが目立つ酷い状態。

 正直、意識を保つ事すら精一杯の状況で何故、自分の手をイズミは握ったのかは分からない。

 

 けれど、イズミの言葉がその意味を伝える。

 

 『……な…かない…で。』

 

 『……っ!』

 

 一瞬の温もりだった。

 握られていた温もりは、その手から落ち、その手をまだ必死に掴み取るシュウ。

 無様で滑稽な姿を晒しながらも、必死にその手を胸の中へと包み込むシュウは涙を乱暴に振り払うが、拭い切れない涙は地面へと流れ落ちる。

 

 諦めるなと決めたのだ、だから最後まで抗う事はやめない。

 あの手の温もりがシュウの心を燃え上がらせる。恐怖は消えない、死の恐怖は消えない。

 けれど、こんなにも自身の知った人間が死に行く運命に向かう事が、死よりも怖いとは思わなかった。

 

 俺は、『ナツキ・スバル』では無い。

 けれど、『ナツキ・スバル』の心情をほんの少し理解できた気がする。

 

 死に近づく度に足が震え、必死に死を受け入れようともその恐怖が完全に消える訳では無い。

 心を必死に押し殺そうとも、切り替えが完璧に出来る訳でも無い。

 けれど、やるんだ。

 

 『……カイザーコーポレーション。ここで一つ宣言してやるよ』

 

 『……。』

 

 『お前らの野望は俺が打ち砕いてやる。俺の身内が悪意に呑まれそうになるなら、俺の全部を賭けて守り抜いてやる。』

 

 カイザーという人間は、未来永劫この言葉の意味を理解できないだろう。

 何故なら、目の前に映る男の顔が死を目前にする人間の顔では無い。

 不敵な笑みを浮かべ、自身を睨み付ける吐き気を促す程の希望を持った目が、視界に映る事を本能が拒絶する。

 

 『…消えろ。』

 

 『……やだね。』

 

 銃口を向けられた少年は、姿勢を低く保ち全力の突撃でカイザーのバランスを崩し、狙いがそれた銃口は上を向き、天井と壁に、残ったマガジンの全てを乱射する。

 だが、自身の体は鋼鉄な体。一度全力でのタックルは神秘の無い『雑魚』を文字通り、ミンチに出来る。

 

 思考が渦を巻き、一瞬の判断が少年に確かな『猶予』を与えた。

 自身の名を呼ぶ少年の声が鳴り響き、視界をそちらへと向ける。そこには、砲撃の影響で崩落し、穴が空いた壁の近くに少年は佇んでいた。

 

 『…時間をくれてありがとうな。』

 

 『何をしている。…命綱が見えない、この高所を飛び降りるのか?呆れたものだ、全てを投げ出し死を選ぶとは。』

 

 考えが追いつかない。

 常人がこの状況で死を選択する理由が見つからない。考えれば、美食屋の面々が身を挺して守った『尊ぶべき命』を自ら終わらせ、解放を望むという思考に。

 幾らか時間はあった筈で、銃口を逸らした時点で、逃走経路は確定し、自身に見つかる事なく少年は逃げる事が可能でありながら、死を選ぶその思考が。

 

 『…お前らにとっては、ただの死だ。そもそも、人間生まれれば死ぬ瞬間なんて人生で一回だけで良いんだ。』

 

 『…たから、何を。』

 

 『だから、これは終わりじゃ無い。…始まりだ。』

 

 ふざけた言葉で、私を瞳に捉える少年。

 不思議と心中を埋め尽くす、怒りに身を任せ空となったマシンガンを地面へと叩き付け、服の内ポケットに携帯している小型銃を少年へと向け、発砲する。

 引き金を引き、弾き出された弾丸は少年の肩へと被弾し、少年の体はそのまま壁に開く穴へと消えていった。

 

 

 ___________________

 

 

 ____落ちる落ちる落ちる。

 

 永遠にも思える自由落下の時間。

 体には途轍も無い負荷が掛かり、体を動かす事すらままならず、頭を下にしたまま落下し続ける。

 体勢を変えようにも、風の抵抗が体の身動きを『見えない手』で封じ込め、着実な死の恐怖が心に植え付けられる。

 

 いつ、終わる。

 自ら命を終わらす事など、現実世界の両親はきっと悲しむ。

 繋げてもらった命を、引き金に『こんなやり方』しか出来ない自分がつくづく嫌になる。

 この世界に来てから、永遠と自分が嫌いになる。

 弱く、肉壁にすらならない存在は、自身の唯一の『呪い』を使って状況を打破するしか無い。

 

 無我夢中で死にたく無いと叫んでも、この世界ではササキ・シュウという命は、日常で死んでいく。

 

 ____けれど、やるんだ。

 

 死ぬのは御免、その信念は揺るぎ無い。

 けれど、見捨てるという『選択肢』は無い。どれだけ失敗しようとも、確かに託されたものがあり、こんなササキ・シュウという人間を肯定し、信用した『大切な人達』がいる。

 

 ____だから、諦めるな。

 

 地面が近づき、死の猶予は終わる。

 この瞬間にササキ・シュウという存在は、終わる。

 拭い切れない後悔も選択もある。だが、諦めないとそう決めたなら。

 

  ____カウント5。

 どれ程の調整を重ねようとも、夜の時間にシャーレの突撃は必ずカイザーと遭遇する。

 長時間の戦闘行為は極めて危険であり、その結果が砲撃へと繋がる。

 

 

 ___________________

 

 

 ____地獄を見た。

 

 カイザーの悪行を、阻止しようと今回は美食屋の面々を呼ばず、単独でシッテムの箱へと最短で辿り着き、二度目になる『シロナ』との邂逅を果たす。

 

 『…初めまして、シュウ様。』

 

 『うん、初めまして。』

 

 指折り数え、何十回目もの初めまして。

 何が無いこの行為が、今ではシュウの心を蝕み、心を疲弊させていくのを、魂が感じる。

 十六の短い生涯の中で、こんなにも『始めまして』が苦しい言葉になるとは、片時も思っていなかった。

 

 自身は覚えている『初めまして』は、この世界の人々にとっては『存在しない』邂逅であり、望んだものでも無い。

 だからこそ、何度でもササキ・シュウは失敗し続ける限り、永遠と『初めまして』を言い続ける。

 

 『…シロナはさ、アロナの複製体って認識で合ってるよな。』

 

 『肯定。メインOSであるアロナの、予備の保険として作られた存在が私、いえ。あなたが授けてくれたのなら、今後はシロナと名乗りましょう。』

 

 表情を伺う事は不可能、全身が白の『形の無い』人形の様な存在、シロナは、首を傾げ主であるシュウの言葉を待つ。

 シュウの最善の手は、現状このシロナに与えられたシッテムのは箱自体の権利の詳細を知る事が重要であり、詳細次第では、詰みの盤面をひっくり返す事が出来る。

 

 『…シロナ、お前が与えられた権利の詳細を詳しく教えてくれ。』

 

 『何故、その事を知って。』

 

 『悪いが、それは答えられそうに無い。ちゃんと時が来たら話したいと思ってるし、勝手に秘密にしていた事をバラされるのは気分が悪いのも承知だけど、頼む『教えてくれ』シロナ。』

 

 他力本願にシロナへと縋り付く、シュウ。

 覚悟を決めたと言えば決めたが、やはり死は心を憔悴させていく。

 何度も、何度も、同じ光景が広がりその度に、この光景が地獄絵図へと変わるその先を知っているシュウは、心を必死に押し殺し前を歩き続ける。

 

 ____歩き続けるしか無い。

 

 どれだけ足を止めようとも、止めた事に比例しながらシュウの背を『地獄』が追ってくる。

 切り離そうとも、シュウの歩みには必ず地獄が纏わり付き、シュウの歩みは地獄そのものであると、いつからかそう感じる。

 

 『…説明。私が与えられた権利の詳細は、一。キヴォトスの行政権の一部をシュウ様へと譲渡する。二。一時的にサンクトゥムタワーの制御権をシュウ様へと譲渡。この二つです。』

 

 行政権と制御権。

 二つの聞き慣れない権利の言葉にシュウは、眉を顰め、思考する。

 一つ目の行政権は連邦生徒会が動く上で、必要不可欠となる権利、政治的勉強を、興味本位で学んでいた自分を、今だけ賞賛を上げ自身を讃える。

 最後に二つ目の、塔の制御権の譲渡。

 詳細を耳にしても、ピンとこず、必死に頭の中で情報を掻き集め、一つある事を思い出す。

 

 

 この塔は、言ってしまえばキヴォトスの核そのものであり、連邦生徒会長はこの塔を用い、不良生徒の鎮静やギヴォトスの管理を全て行っていた。

 これに結び付ければ、この塔の制御権を取り戻す、その言葉の意味は『キヴォトスを支配』する事と同義である。

 

 『いや、そんな重要な権利を見ず知らずの男に渡すって、お前の主人は本当に大丈夫か?』

 

 『肯定。その言葉には頷く要素はありますが、オリジナルがただ人を選ぶだけでは無いと、そう思います。…きっと、他ならないササキ・シュウの力を必要としているのですよ。』

 

 理解は出来ない。

 永遠と振り返る、疑問の嵐を受け入れる程シュウの頭は完成されたものでは無い。

 現状は今だに暗黙、知りたい事を知っている存在は、現在行方不明とものが呆れる。

 

 ____だが、助けてと言われた。

 

 単純な思考、考えるまでも無く顔も知らない誰かの為に、必死に頑張り立ち上がる今の状況は、狂人に見えても不思議では無い。

 名前を呼ばれ、助けを求められたから助ける。

 至極当然とは言えないが、他でも無いササキ・シュウの助けを求めているのなら、出来る限り手を伸ばしたいと、そう思う。

 

 『助けてやるよ。……任せてくれ。』

 

 『素晴らしい人ですね、シュウ様。』

 

 『買い被りすぎだよ、俺は何処まで行っても弱い男だし、助けてもらった命を引き金に『こんなこと』しか出来ない奴だよ。』

 

 『肯定。あなたは酷く弱く、助けて欲しいのは本人なのだと顔に書いてある人です。』

 

 言葉の針がシュウの心を刺す。

 言葉に嘘はなく、立場が同じなら助けを乞い、助かりたいと無様な姿を晒す自身の姿が目に見え、思わず苦笑いを浮かべる。

 

 『ですが、自身の助けよりも他者の助けを優先できる『優しい』あなたを私は『凄い人』だと考えます。』

 

 表情は今だに理解できない。

 しかし、一見無関心にも思える声には、確かな『尊敬』の心が乗り、ササキ・シュウの心を紐解いていく。

 死にゆく度に、自身を必要以上に嫌い恐怖で、動けない事も暫しあったが、その度に仲間が自身の心を奮い立たせてくれるから、立ち上がれる。

 

 一人で何も出来ない存在が佐々木柊でも、助けを求められ、誰かと一緒に助ける事が出来る存在も『ササキ・シュウ』。

 本当に、自分には勿体程の人達だと何度でも思う。

 だからこそ、そんな優しい仲間達の前では、誇れる自分でいたいと、カッコつけたい漢の魂が、雄叫びを上げる。

 

 『…危険。侵入者、厄災の狐がシャーレへと出現、すぐさま防御壁をシュウ様へと。』

 

 『…シロナ!』

 

 声を上げる。

 何故、声を上げたのかは自分でも理解出来ないが、直感が此処を『終わりの場所』と選ぶ。

 聞きたい事は聞けた。

 助けて欲しいと呼ぶ人をシュウは知った。

 

 『大丈夫だ、シロナ。俺は、簡単には殺されないよ。…こう見えて生きしぶとさには自信があるんだぜ。』

 

 『…まだ、進み続けるの、ですか。』

 

 『…あぁ。助けてって言われたんだ、守るって決めたんだ。だから、中途半端で終わりたくない。』

 

 本心を全て此処で伝える。

 毛頭自身の命で、全員が救えるなどと慢心を得ている訳でも無く、結果として自身の命を引き金にしたとしても、救える命は自身の手から溢れ落ちる。

 悲しみに明け暮れ、折れる事を考え続けた自身の心は、何度も仲間に繋ぎ止められ、均衡を保っているが、それがいつ崩落するかは分からない。

 

 『肯定。これだけは、言いたい事があります。これを伝えたら、シュウ様の精神は体へと宿り、死を迎えます。』

 

 シロナの声が震える。

 シュウ自身は、シロナの発言には疑問を覚える。

 まるで自身の『呪い』を存じる様な発言を言い続けるシロナ。

 それでも、シロナの一点は自身の安全を祈り、死を迎えるその時まで痛み無く終わりを迎えられる様に願っている。

 

 『…ですが、何もかもがゼロへと還ろうり何度、あなたが失敗を重ね、折れようとも私は永遠にあなたの味方です。それを、どうか忘れないで。』

 

 『………ありがとうな、シロナ。愛してる。』

 

 心の底から愛を伝える。

 失敗を重ね続けた男は、たった一人の少女の言葉を想いに、何度も立ち上がる。

 この地獄は一人だけのものでは無く、頼れる存在がどの世界にも居るとそう思えるなら、抗い続ける事が出来る。

 

 ____だから、想いを希望に乗せて。

 

 ____カウント11。

 最短でのシャーレ侵入は、必ず厄災の狐と呼ばれる存在と遭遇し、ササキ・シュウは終わりを迎える。

 昼も夜もシュウの命を脅かす存在は現れ、シャーレの突撃を放棄した場合、カイザーの砲撃によりギヴォトス全土が焼け野原になる。

 

 ____逃げる事は不可能。

 

 

 ___________________

 

 

 心中を埋め尽くす恐怖の感情が、自身の僅かな抵抗する力すら奪い、全てを手放す。

 何気ない日常の一日だった。

 セミナー所属のコユキは、日々与えられる業務を気まぐれにこなし、暇さえあれば近場の休憩場で、体を休める怠惰な生活を行っている。

 

 やりたくない事は人間誰しも、一つはあるとコユキはそう思っているが、実際に先輩達が、自身のサボり癖の影響で仕事を肩代わりするのは、確かに心の隅に罪悪感があるのは否めない。

 

 ____それが原因なのかな。

 

 神様は時に、酷すぎる罰を咎人に下す。

 軽い罪だろうが、神はそれを許容する事なく、理不尽なまでな罰を下す。

 人間にとって、神とは偶像の産物と捉える事もあるだろうが、コユキは今、神という存在が居るのなら、ありったけの罵詈雑言を投げたい。

 

 拉致にも近い自身の状況。

 目は隠され、口も縄で封じられ、唯一の自身の対抗手段である銃は遥か後方にある。

 体は、車体へと投げ込まれ、抵抗する術も無く、ただ体はされるがままの状態に陥り、その状態が恐怖をコユキの心に植え付ける。

 

 ____助けて。

 

 心でそう叫ぼうとも、周囲の人間がこの声を聞く事など不可能で、それが可能な人間など、超能力者や魔法使い以外にいない。

 助けを乞おうと、それを受け取る『優しい人』は今はいない。

 

 ____助けて。

 

 「悪い、ちょっと揺れるぞ!」

 

 暗闇から、中性的な声が響いた。

 女性とは違う、何処か低さが耳に伝わる声と、自身を横抱きの様に抱える謎の存在。

 お腹辺りに回された腕は、女性とは違う独特な筋肉のつき方で、ごつごつとした感触に、自身を抱き抱えその人物は、ギヴォトスでは稀有な存在である男性という事を理解する。

 

 乱暴にも思える仕草の裏に、見え隠れする優しさをその肌で感じ、自然と恐怖が和らぎ、体を脱力させる。

 

 「…さぁ、鬼ごっこ開始と行こうか。」

 

 

 ___________________

 

 

 採算の結果が、今この場に全て集まる。

 コユキを連れ去る、黒い車の周辺に落ちていた銃を拾い上げ、遠くの壁へと投げ付ける。

 手に伝わる金属の冷たさと、重厚感に危うく肩を脱臼しかけるが、その違和感をかなぐり捨て、ロボットの注意がそちらへと向かった瞬間、全速力でコユキの元へと駆ける。

 

 後部座席を開け放ち、多少乱暴にコユキを横抱きに抱え上げると、コユキへと声を掛け、拳銃を所持した戦闘ロボットと、生身の最弱な人間の命掛けの鬼ごっこが始まった。

 

 合図は、ロボットが発砲した一発の銃弾、一発と言っても十分すぎる程にシュウの命を終わらす発砲。

 しかし、シュウは咄嗟に身を低くし、ロボットへと背を向けた状態で駆け出し、その背をロボットの銃弾の嵐が襲い掛かる。

 

 壁へと着弾する銃弾が、地面へと落ち金属の落ちる音が路地へと響き、自然と足の速度が上がるシュウは、足を止めず永遠と続く路地の入り組んだ道を走る。

 逃走経路が分かろうとも、生身と銃所持の人間では、あまりにも武が悪い。

 

 「…こっちは、分かったんだよ!」

 

 着実に距離を詰めるロボット達、その動きを先越しシュウは、壁へと立て掛けられている鉄パイプ群を一気に横倒し、進路妨害をする。

 刹那、頭皮すれすれで弾丸が通過、それを合図に更に全力で駆け出す。

 

 肺がこれ以上に無い程悲鳴を上げ、酸素が上手く回らず視界が白く点滅し、意識も遠のきそうになるのを、必死に押し殺し、路地を駆ける。

 そして、遂に辿り着いた路地の出口。

 

 ____知っている。

 

 自然と体が動き、横抱きにしない片方の腕を咄嗟に上へと突き出し、着弾するはずだった、拳銃の一発を回避する。

 散々見てきた経験が体を無意識に動かし、手繰り寄せた最善の状況。

 そして、現れる。

 

 「そこまでです。」

 

 時間が停止する。

 路地に似つかない凛とした声に、幼さが雲隠れする美しい相貌。

 透き通る程の白髪に魅入られ、こちらを射抜く薄い紫色の宝石の瞳は、値段をつけられない程に魅力的で、魅惑的。

 

 ____だからこそ、俺は恋焦がれて、辿り着いた。

 

 通算トライ回数28回。

 路地の出口を記憶するのに、ロボットの銃弾の嵐に数十回は死亡し、カイザーの砲撃で焼き殺され、厄災の狐に撃ち殺され、積み重なった死は生塩ノアとの邂逅の全てに直結した。

 

 現状は、シャーレの内部情報を知っている存在と、シッテムの箱へと安全で辿り着ける程の人手が必要。

 戦闘という面なら、美食屋研究会は十分過ぎるほどに戦力となるが、戦闘の長期間を招き、カイザーの砲撃砲を止める事は不可能。

 その為、ギヴォトスから必要なだけの戦力を確保する必要があり、更にはギヴォトスで名が知れ渡ってる大きな組織の力が必要。

 

 そして、ノアへと助けを求めた。

 正直に言えば、好きな子を戦闘へと協力させるのは絶対に拒否したいが、かと言ってシュウに知識や武力があると言えば、戦力にすらならない。

 

 「…相当完了です。お怪我はございませんか?」

 

 「だ、大丈夫大丈夫。怪我は無いし、それよりも、さっきの子は大丈夫か?」

 

 「はい。お陰様で命に別状は無いです。本当に、ありがとうございます。」

 

 ノアにコユキの感謝を伝えられ、深々と頭を下げるノアに、慌てて顔を上げる様に言い、本題へと入る。

 ユウカは、コユキを連れ近場の病院へと向かい、現状はノアとシュウの二人だけ。

 

 ロマンチックにも思えるこの光景に、シュウは涙が溢れそうになるが、必死にその心を押さえ込み、言葉を紡ぐ。

 

 「…それでさ、ちょっとお願いしたい事があるんだ。」

 

 足の震えが止まらず、喉から一言一言を搾り出すのがここまで苦しい行為と人生で思った事は一度たりとも無い。

 

 「これから、最悪の事が起こるんだ。それで、もう何もかもが足りなくて、それで今、本当に助けて欲しいんだ。」

 

 非常に情け無い光景だと思う。

 愛の告白の様なシチュエーションは、男が恋焦がれた少女に助けを求める。

 一見見れば、ヒモ彼氏の屑発言となんら遜色は無いが、ノアの瞳に映る少年の姿が、その言葉に真実味を帯びさせる。

 

 「…何も出来ない俺を、助けて欲しい。頼む。」

 

 懇願にも近い言葉だった。

 ノアは、その言葉含む感情の渦を理解できた訳では無い。

 自身の心では理解できない程の、何かをこの少年は経験し、今助けを求めている。

 

 自然と、私は少年の助けを振り払う気になれない。

 

 「…まず、私は貴方の事を存じていません。」

 

 「……確かに。」

 

 「その上、いきなり助けを求める貴方を私は、とても不思議な人だと思います。」

 

 「…うぐっ。」

 

 「ですが、そんなに必死になって助けを求める人の手を振り払う様な人には、私はなりたくありません。」

 

 シュウの瞳がノアの瞳を見つめる。

 酷く綺麗なその瞳が、シュウの瞳と混じり心が跳ねる。

 たった一言、けれどもノアの一言は全てを肯定し、これまでの地獄を清算する様な、救われたとそう感じる。

 

 「…名前は教えてくれ、俺はササキ・シュウ。君の手が借りたい弱い男だ。」

 

 「サイエンススクール。セミナー所属の生塩ノアです。…よろしくお願いします。」

 

 ここに、何度も夢見た『初めまして』を実現した一人の少年は、一人の美少女に救われた。

 

 

 





 余談ですが、主人公設定でシュウ君はすぐ人を頼る性格です。
 
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