壬生先輩の退院から幾日が過ぎ、6月に入ろうか、といった時期。
その日は生徒会、風紀委員ともに遅くまで活動していたこともあり、帰りは俺、達也、深雪の3人だけだった。
3人で学校から駅まで話しながら歩いていると、深雪が話を振ってきた。
「芥さん」
「ん。どうしたの?」
「今週末の休日ですが、何かご予定は入っていらっしゃいますか?」
「今週末? んー、確か予定は入れてなかったと思うけど」
「そうですか!」
深雪は胸の前で両手を合わせると、満面の笑みを浮かべ提案をしてきた。
「でしたら、夕食にご招待したいのですが!」
「夕食に?」
俺は達也の方を見る。達也は目を合わせると、頷きを返してきた。
「わかった。予定を空けておくよ」
「ありがとうございます! では家でお待ちしていますね?」
「家? 深雪達の家で夕食を取るの?」
「はい! 腕によりをかけてご準備いたします!」
胸の前で小さくガッツポーズをした深雪。相当、気合が入っている。
もう一度、達也の方を見た。今度は首を横に振った。あきらめろ、ということらしい。
深雪に俺が好きな料理とかの質問攻めにあいながら、俺達は駅までの道を歩いていった。
食事会、当日。
夕方となり、家を出る時間頃になったので、緩い部屋着から私服へと着替える。
黒のタイトなワイシャツに黒のスラックス。いつも通りの真っ黒な服装だ。
黒のローファーを履き、家を出る。左袖には何もなく、ただ揺れるだけだ。
途中、お菓子屋さんに寄り、チーズケーキのショートホールを買う。流石に手土産は必要だろうからな。
この時代、デリバリーでもいいかと思うが、こういうのはちょっとした気配りが必要だ。
駅に着くとシャトルバスに乗り、教えられた司波家へと足を向けた。
予定時刻より少し早くついたが、まぁ想定の範囲内だろう。
外観から見るに司波家は相当広そうだ。兄妹だけで住んでいるにしては十分な広さだろう。
その分、セキュリティもちゃんとしてそうだ。
俺は玄関前に立つと、インターホンを鳴らした。
すると返事は直ぐに帰ってきた。達也の声だ。カメラで見えているだろうがキチンと聞いてきた。
『はい。どちら様でしょうか?』
「世羅です。夕食にお招き頂いたので参上しました」
返答すると、少し時間が経った後、ガチャリと鍵が開きドアが開いた。
ドアを開けて達也が招き入れてくれた。
「いらっしゃい、芥。中へどうぞ」
「お邪魔します」
一言添えてから、達也の脇をすり抜けて中へと足を入れる。
外観から予想した通り、玄関ホールもそれなりに広かった。
達也の部屋着はゆったりしたもので、フーディーにスラックスとラフな格好だった。
達也は玄関の扉を締めると、下駄箱からスリッパを取り出し、フロアに置いた。
それを見てから俺は靴を脱ぎスリッパを履き、靴を揃える。礼儀ってやつは一応叩き込まれてはいる。
そして、達也に向かって買ってきたケーキの箱を渡す。
「はい、これ。簡単なものだけど」
「ああ、すまないな。気を使わせて」
「いや、これくらいどうってことはないよ」
達也は箱を受け取ると、礼を言う。
そこにパタパタと音が聞こえてきて、リビングの方から白のワンピースに黒のエプロンを着けた深雪が現れた。
「芥さん! いらっしゃいませ! 申し訳ありません、こんな格好でお出迎えをしてしまい」
「こんばんは、深雪。俺が少し早く来ちゃったからね。気にしなくていいよ」
「では、もう少しお待ちください。直ぐに支度を済ませますので!」
またパタパタと足を鳴らしながら深雪は忙しなく、リビングの方に戻っていった。
それを見た、俺と達也は顔を合わせると、互いに苦笑して俺はリビングに招き入れられた。
リビングも相当に広かった。
キッチンスペースに食卓、更にはラウンジが併設されており、ここだけで家の半分を使っていそうなくらい広い。
深雪はキッチンで料理をしているため、達也といっしょにラウンジスペースで雑談することになった。
「達也は料理とかしないの?」
「まったくない、とは言わないが、それでも手伝い程度だな。基本は深雪が作ってくれる」
「そうなんだ。確かに深雪の立ち姿は様になっているな」
話しているうちに深雪の作業は配膳に移ったようだ。それを見た達也が手伝おうと腰を上げた。
俺も腰を上げようとしたが、
「お客様はゆっくりしていろよ」
そう言われてしまっては、そうするしかない。
ちょっと居心地の悪さを感じながら、配膳されていく光景を眺める。
そして、配膳が終わったのかエプロンを畳んでワンピースだけになった深雪がこちらに来て、
「おまたせしました! こちらへどうぞ!」
と、食卓へ案内してくれた。
食卓には上座に達也と深雪が並んで座り、下座の達也の向かいの席に俺が座った。
食卓には質素ではあるが御膳が並んでいた。
ご飯に、汁物、副菜に主菜。完璧な和食だった。
しかも、片手の俺でも食べやすいように工夫がされている。
それが少し申し訳なくて、
「逆に手間取らせちゃったかな?」
「いえ、そんなことは! 工夫を考えるのも楽しかったですから!」
そう言われてしまっては、苦笑する他ない。
そのやり取りを見て、達也が代表して挨拶をする。
「では、いただきます」
「「いただきます」」
まずは汁物で口を閏わせる。うん、塩味もちょうどよい御味噌汁だ。
次に副菜、主菜と食べていく。それも濃くなく薄くもないちょうど良い塩梅だ。
食事をする箸を止めて、深雪は俺の反応を待っていた。
「うん。美味しいよ、深雪。俺好みの味だ」
「ありがとうございます!」
にっこにこの笑顔を浮かべた深雪も箸を進め始めた。
俺は正面にいる達也と顔を合わせると、何度目かの苦笑をして食事は進んでいった。
食事が終わった後は、ラウンジスペースでお茶会となった。
俺が手土産に持ってきたチーズケーキと、深雪が入れてくれた紅茶で優雅な一時を過ごす。
家ではもっぱらコーヒーだから、紅茶は新鮮だなぁ。そう考えていることが達也に読まれたのか、
「芥は普段はコーヒー派か?」
「そうだよ、ほとんどコーヒーだね。だから、紅茶は新鮮だ」
「そうなんですね。お兄様もコーヒーがお好きですよね?」
「ああ、好みとかあるのか?」
「酸味が少し苦手だから、深煎りのコーヒーがメインだな」
「そうなのか。俺はそういったのも含めて好きだから、好みは分かれるものだな」
雑談に花を咲かせて、ケーキを半分ほど食べ終えた頃。
コースターにカップを置いた、達也は「本題」に入った。
「芥。うすうす気付いていると思うが、今日、お前を招いたのには理由がある」
俺は視線で先を促す。
達也は姿勢を正すと、真っ直ぐに俺の目を見て真剣な声色で言ってきた。
「おまえのその左腕は、七年前のショッピングモール爆破事件で失ったものだな?」
「ああ、そうだよ」
即座に肯定を返す。
そうか、と言い、
「その時、側に誰か居なかったか?」
「居たよ。少女が居た」
それを聞いた達也は、顔を深雪の方に向けた。
深雪はそれを受けとると、膝の上に乗せている手をぎゅっと握り、意を決したように俺に視線と身体を向けて話してきた。
「実はあの時、私もあの場所に居たのです。そして、同じ年頃の少年に助けられました」
「それって……」
「はい。あの時、あなたの側に居たのは私なのです」
それは事前に聞かされていたことだが、本人から聞くと言葉の重みがちがう。
「そっか。あの時一緒にいたのは深雪だったのか」
「……覚えていないのですか?」
「あの時の記憶は大分壊れていてね。誰かと一緒に居た、というのは覚えているんだけど、何を話したのか、までは覚えてないんだ」
しゅんと落ち込んだ様に見えた深雪だったが、気を取り直したのか、立ち上がると深々と腰を折って俺に向かって礼をしてきた。
「あの時は、お礼も言えず申し訳ありませんでした。改めて、……あの時助けて頂き有難うございます」
「……うん。片腕を失ったとしても、深雪みたいな可愛い女の子を助けたのは、良いことだったと改めて思うよ」
そう言われた深雪は、髪をかきあげたり、身体をくねらせたり、視線を彷徨わせたりと照れているようだった。
一通り落ちいた深雪は再度、座り直した。しかし、何かを思い出したように、はっと顔を上げると、
「で、では、あの時、芥さんが私にされたことは覚えてないんですか?」
「……俺、深雪になにかしたの?」
質問に質問で返してしまったが、深雪は顔を急に真っ赤にして両腕を組み、胸を隠すように身を捩って俺から物理的に距離を取った。
深雪のその仕草を見た、達也の視線と声色はどんどん険しくなっていった。
「……おまえ、深雪にナニをしたんだ?」
「いやー? なにもなかったはずだよ、ね、深雪さん?」
「……」
深雪は顔と耳を真っ赤にしたまま、非難の目つきで俺を見るだけで何も言わない。
えー? おれ何したのー?
「……これは兄として、ちゃんと聞く必要がありそうだな」
「だから、何も無かったって! ねぇ、深雪さん!?」
「……」
深雪が沈黙を守っているため、達也の疑念は更に深まり追求の手が止まることは無かった。
俺の言い訳も聞いてくれない。
そうして、真実は明らかにされないまま、食事会は終了した。
その帰り道に食事会であったことを思い出して、改めて想った。
深雪を助けた事にちゃんと意味はあった。
俺は自分の行動が間違っていなかった事に胸を温めながら。少し足早に帰り道を歩いた。