持ってきた機材のチェックが済んだので、一校のブースに戻ってきた。
その中は人で一杯だった。
一校のメインスタッフはもちろん、選手や十文字会頭に深雪までいた。
……深雪にはここには居ないで欲しかった、が仕方ない。
そんな俺の心境をしらず、達也は淡々と報告を始めた。
「CADのチェックは問題ありませんでした」
「そう、お疲れ様です」
七草会長がねぎらいの言葉を掛ける。そして、その目は俺が持っているケースに移った。
「……芥くんの『それ』も大丈夫だったの?」
「ええ、問題ありませんでした。そもそも、CADでは無いんですが」
それによって皆の視線が俺のケースに注がれる。それはなんだ? と皆の視線が語っている。
その視線を代表して七草会長が聞いていくる。
「それで、そのケースの中身はなんなのかしら?」
「……どうせ、後でバレるのでいいんですが」
そう言って、俺は皆が見える様に中央に置かれている机の前に移動すると、ケースを机に置いた。
その場にいる皆が、机に近寄ってきて顔を覗かせれている。
深雪は俺の隣に来て、興味津々の面持ちでいる。
俺はそんな深雪の顔をみて、独りごちた。
「深雪には見せるつもり、無かったんだけどな……」
そのつぶきは深雪の耳にも当然と届いた。不思議そうにコテンと首を傾げている。
そんな深雪を横目に、俺はケース中央に右手をかざす。
ケース中央からスキャン用の光が溢れ、俺の右掌に刻まれたコードを読み取っていく。
スキャンが完了すると、認証が成功しケースを固定してたボルトが外れ、ケースのロックが解除された。
俺は右手をケースの蓋に手を置く、一瞬逡巡したが一気にケースを開いた。
ケースが開いて中身を見た全員が固まった。発言するものはいない。
隣の深雪は両の手で口を覆い、顔を青くして絶句している。
ケースの中に横たわっていたのは、「白い左腕の義肢」だった。
表面は曲線だけで構成されており、人工的な直線の部分は一切ない。
完全に人の腕を再現したものであり、一種の芸術作品を思わせるほどに美しかった。
皆が絶句している中、いち早く復帰したのは十文字会頭。
この場の誰もが聞きたい事を率先して聞いてきた。
俺は義肢を見つめながら、それに答える。
「世羅、これはお前の義肢か?」
「そうです。俺専用の義肢です」
「なぜ、今まで使わなかった?」
「義肢を付けること自体に問題はありません。ただ……」
「ただ?」
「長時間、使用し続けていると幻肢痛が起こります。
痛みの度合いとしては、二次関数的な曲線を描いて時間とともに悪化してきます。
大体、6時間位が限度ですかね。それ以上は脳が左腕を拒絶するので使い物にならなくなります。俺自身が」
「CADではないのだな?」
「はい、CADではありません。ただの機械式の義肢です」
そこで十文字会頭の質問は終わり、その後を達也が引き継いだ。
「……三高の相手はそれ程ということか?」
「ああ、いろいろ調べたけど、最終的には、『両手が無いと勝てそうにない』だった」
「そこまでの相手か……」
「うん。流石の俺でも『ギフテッド』相手では、余裕は無いからね」
その場を再度、沈黙が支配した。
その沈黙を破らないように、俺は静かにケースを閉じた。
プシュッという音と主にケースが再度、密封される。
そして、ケースのストラップを右肩に掛け、
「それじゃ、着替えてきます」
俺は皆の視線を背に受けながら、外に出た。
こういう視線を受けるから、あまり人前では使いたくないんだよなぁ。
そうして更衣室に向かう足に、後ろから追いかけてくる足音があった。
その足音に振り向くと、顔を真っ青にした深雪がこちらに寄ってきた。
「芥さん……!」
「深雪」
俺の前まで来ると、両手を胸の前で握り、こちらに身を乗り出してきた。
「その左腕は……!」
俺は、それ以上何も言わせない、と深雪に向かって右手を向けた。
「それ以上は何も言うな」
「しかし……!」
「たしかに『これ』はあの事件が原因だ。だからと言って深雪にはなんの責任もない」
俺の突き放したかのような言葉に、深雪はうつむいてしまい、両手で制服のスカートをぎゅっと握りしめている。
俺は深雪に近づき、左肩に右手を置いた。
「いいか? これは『結果』こうなってしまっただけで、深雪が背負うことは何もない」
「頭では解っておりますが……、が、心はそうもいきません」
「……すまないが、それはどうにか折り合いをつけてくれ。だが、改めて言う。深雪に責任はない」
深雪のスカートを握る手にますます力が込められていく。
それ以上掛けられる言葉を見つけられなかった俺は、肩から手を離して振り返り、更衣室への足を再開した。
後には、親に見捨てられたかのように、うつむいたままの深雪が取り残された。
更衣室に入り、ケースを机に置いて眺めていると、達也達が入ってきた。
どうやらモノリス・コード準決勝の準備をするためだろう。
テキパキと準備を進めた達也達は、準備が終わるとそのまま出ていった。
特に挨拶も無かった。挨拶がある方が気まずかった。
そうしてボーッとしていたら、外から歓声が聞こえてきた。モノリス・コードが始まったのだろう。
俺も準備を始めよう。
ケースに右掌をかざし解錠して、再びケースを開ける。
白い義肢があらわになると、俺は制服の上着を脱ぎ始めた。
上着やシャツを脱ぎ上半身が裸になると、まず左肩あるコネクタのカバーを取り外す。
この時代の義肢は皮膚と接触するだけで動くタイプもあるが、俺のは違う。
これは神経に直接接続するタイプの義肢だ。
義肢を右手で取り、肩の部分を左肩のコネクタに近づける。
すると、義肢から接続用の端子が伸び左肩のコネクターと接続される。
ガチッという音と主に左腕が繋がった。その接続され左腕を脳が認識する。
瞬間、左腕は電気が走ったように真上に跳ね上がり、指がガキゴキといった不気味な動きをする。
そうやって義肢に神経が通り、脳の認識が正しく行われると、左腕はだらんと重力に任せて落ちて足に当たった。
この時の俺は苦虫を噛んだような顔をしているだろう。
この、脳に電極が刺されたような感じは、何回やっても慣れないな。
遠くの方でブザーが鳴ったのが聞こえる。
どうやら、モノリスコードの準決勝が終わったのだ。
結果は見なくても解る。達也達の勝利だろう。
俺はそれを認識すると、再び制服を着込んでいく。両手で服を着るのは久しぶりだ。
制服を着終わったあと、置かれている姿見の前に行く。
そこには久方ぶりに見る「普通」の俺がいた。左腕に厚みがある。
その姿を見て、自虐的にフッと笑う。左腕が無い方が俺にとっては「普通」なのだ。
時計を見るとそろそろアウトスタンド・ワンの開始時間のようだ。
俺は