一校の控室のモニター前に、風間、藤林、そしてケースを持った女性士官が立っている。
机を挟んだその反対側に、深雪、芥、達也が並び、他の人達は壁際に立っている。
「
風間たちより一歩前に出て、芥に向かって敬礼をした女性士官がそう告げる。
風間少佐を含めた、全員の驚愕の視線が芥に集まる。
隣にいる深雪は、両手を口に当て目を見開いて、この中で一番驚いている。
想定していたとはいえ、あまりいい視線じゃない無いな。
その視線の集中砲火の中、敬礼をしている女性士官に芥が語りかける。
「
「分かりました」
館花と呼ばれた、女性としても少し小柄でナチュラルボブをした女性士官はケースを担いだまま、芥の方へ向かって歩き出した。
深雪と芥の間に入ると、胸ポケットからプラスチックの板を取り出し、パチンッと2つに割る。
映画とかでよく見る、秘密コードを共有する方法だ。
館花がプラスチックの板を左右に引くと中から紙が出てくる。
書かれている内容は暗号化されているため、他人には読めないようになっている。
それを館花は芥に差し出した。
暗号化された命令書を受け取った芥は「左目」で内容を解読していく。
内容は、出撃命令と無制限の魔法使用。そして、敵対勢力の「完全排除」が記載されていた。
「合法的」に戦争に参加出来るようにするためとは言え、「先生」も大分頑張ってくれたようだ。
「命令書を受諾した」
「では、こちらが装備になります」
館花が担いでいたケースを芥の前にある机に滑らせる。
そのケースは九校戦で芥が義肢を入れていたケースを、更に厳重にしたような代物だった。
「何番を持ってきた?」
「始めの指示どおり『黒の零番』になります」
「了解した」
こちら側の会話が一区切り付いた所で、風間が会話に割り込んできた。
「失礼ですが、軍属でありましたか?」
「ええ、一応」
「所属を聞いても?」
「……部隊名は秘匿させていただきますが、国防陸軍所属の那由多 界人<なゆた かいと>。階級は大佐になります」
風間が藤林に目配せをすると、藤林は端末ですぐさま確認作業を始めた。
俺の情報がヒットしたようで、藤林が風間に肯定の頷きを返す。
それを受けて、風間、藤林、達也が俺に向かって敬礼を向けてきた。
芥も敬礼を持って返す。敬礼なんていつ以来だろうか。
敬礼のやり取りが終わると、風間が代表して聞いてくる。
「大佐であらせられたとは。……特尉では無いのですね」
「ええ、正式な軍属です。階級はお飾りみたいなものですが」
「では、我々は貴方の指揮下に入る形になるのでしょうか?」
「いえ、その必要はありません。我々は完全に独立した部隊です」
そこで一旦、言葉を区切り、
「誰かの上に付くこともなければ、下に付くこともありません」
「では、我々の指揮系統には干渉しないと?」
「ええ、その代わりこちらにも干渉することは出来ません」
「了解しました。ではその様に動かさせて頂きます」
「よろしくお願いします」
そうして、風間との会話が終わると芥は、その場にいる全員に視線を送る。
「自分の軍属に関しては秘匿事項に抵触するため、皆さんに守秘義務を要求します」
感情が全く乗っていない、起伏なき声で全員に要求した。
それでも、深雪は何か言いたそうに身を乗り出すが、思い直したように身体を引っ込め俯いて、スカートをギュッと握って沈黙を保った。
「では、自分は一旦失礼させて貰います」
机に置かれたケースを担ぎ、一校の控室を出る。背中に様々な思いを乗せた視線を受けながら。
隣の控室に入り、扉を締めて机にケースを置く。
ケース中央に右手をかざすとセンサーが掌のコードを読み取り、ケースが解錠される。
蓋を開けると、九校戦の時に使用した白い義肢ではなく、今回の義肢は漆黒だった。
これはBI社のサイコ野郎どもが、開発費を無視して作り上げたオーバーテクノロジーとも言える一品だ。
芥は、携帯電話を耳に装着して「あいつ」に掛ける。いつも通りワンコールで相手は出た。
『荷物は受け取ったか?』
「ああ」
蓋の裏側に格納されている衣装を取り出しながら会話をする。
「現状の報告を」
『魔法協会本部があるツインタワーを南端に、会議場が北端となり縦に戦線が伸びている。機動兵器はまだ確認されていないが、今後投入されるのが予測出来る』
話を聞きながら、制服と下着を脱いでいく。
全裸になると、ケースから義肢を取り出し左肩のコネクターに接続する。
接続が完了すると、脳と身体に電流が迸る。この感覚は何度やっても慣れないもんだ。
脳が左腕を認識すると、左腕をぐるりと回す。
五体満足になった所で、インナースーツを着込む。
その上から、光を通さないほど漆黒の三つ揃えスーツを着込んでいく。シャツも、ネクタイも漆黒のものだ。
防刃、防弾仕様の芥専用の戦衣装だ。パワードスーツとかは芥にとっては邪魔なものでしか無い。
スーツを着込みながらも「あいつ」と会話していく。
「『連中』の動きは?」
『現在、確認されているだけで2人以上が潜り込んでいる。目的はお前だろうな』
「了解した。データは常に更新してくれ。『左目』で確認する」
『了解』
通話が完了し、携帯電話を懐にしまう。やはり「連中」はこの機会を伺っていたか。
最後にブーツを履き、芥の戦仕立ては完了した。
脱いだ制服を畳んで、ケースの蓋にしまう。
ケースをロックしてから担いで、控室を出て入り口ホールを抜けて外へと向かう。
エントランスに出ると、これから移動しようとする皆が揃っていた。
揃っていたというか、芥がどう動くかを待っているような感じだった。
館花が芥に近づくと、芥が担いでいるケースを受け取った。
ケースを渡し身軽になった芥は、肩をぐるぐると回す。
「お前も早く移動しろよ」
「はい、では大佐。良き戦争を」
その言葉と共に敬礼をしてくる。
その言葉の内容に、フッと笑いながら、
「いつも言っているだろ。そんなものはこの世の何処にも無いんだよ」
足を外に向ける。
エントランスを数歩歩いた所で、芥の姿がブレてふっと掻き消えた。
掻き消えた芥は、次の瞬間、戦線のほぼ中央にある中で一番高いビルの屋上に立っていた。
「瞬間移動」という現代魔法では再現不可能な魔法を使ってみせたのだ。
ビルの屋上に立った芥は、左目のコンタクトを外す。
コンタクトを外したそれは明らかに、機械式の義眼だった。瞳孔の収縮がカメラのシャッターのように自動的に行われている。
左目を瞑り、左瞼に投影されたデジタルデータを確認していく。
この左目は、ネットワークへのアクセスだけではない。
監視衛星網、通称「ミネルヴァの梟」にもアクセス可能で地球をほぼ360度、同時に観測出来る。
これに芥の「
ただし、この情報量に耐えうる脳みそがあればの話だが、芥はこの辺りも処理できるように脳みそをいじくり回されている。
戦場の南端と北端を確認し、その中にいるゲリラを含む歩兵約400人程を
その確認が終えると、芥は両の手を左右にバッと開いた。
すると、戦場の南端と北端から中央に向かって「夜」の帷が降りていく。
真昼の横浜が「夜」に染まっていく。
戦線の中央にいる芥のところまで「夜」が到達した。
全てが星々に覆われた事に、事態を飲み込めてない連中が動けないからか、静寂が辺りを支配していた。
芥は一言、呟いた。
「死ね」
星が瞬き、敵と認識した相手の額に穴が空いていく。
味方には一切、星が瞬かない超高度にして超精密な魔法。
芥という魔法師に制限が一切ないからこそ、出来る無二の芸当である。
本来の使い手である、四葉 真夜でもここまではできないだろう。
大体の敵が一掃されると、夜の帷が解除され横浜に陽の光が戻ってきた。
ふーっと一息付く暇もなく、芥が立っている場所に業火球が飛んで来る。
それをバックステップで躱し、屋上のフェンスの上に立つ。
屋上は火の海になっていた。
いつの間にか向かいのビルに一人の男性立っていて、右手をこちらに向けていた。
いや、ちゃんと視れば芥がいるビルを十人程の男女が取り囲んでいる。
「ようやく、お前を殺せる時がきたなぁ!」
向かい側にいる男が大声を出して威嚇してきた。安っぽい脅しだ。
芥はそれに冷静に対応する。
「この程度で俺を殺せると、本気で思っているのか?」
その言葉には嘲りが混じっていた。
それを感じ取った、男が怒りに任せて吠えた。
「殺す!」
そうして、「連中」。敵対している