翌日。11月2日
朝早く目が覚めた芥は、朝食を取取った後、リビングで食後のコーヒーを飲んで、気分を落ち着かせようとした。
四葉家当主と会う事に緊張しているのだ。
が、なかなか落ち着くことが出来なくて、部屋をウロウロしたりして時間を潰していた。
迎えの時間までまだ時間があるのに、身支度を整えリビングのソファに座りながら、再度コーヒーを飲む。
それでも、足を組んでいる左足は貧乏ゆすりをしていたが。
迎えは12時丁度に来た。
インターホンが鳴りカメラで確認すると、昨日話した葉山とは違う執事が車をバックに立っていた。
玄関に向かい靴を履いて外に出ると、待っていた執事さんに誘導され後部座席に座ると、車は音もなくスムーズに発進した。
走り出して間もなく車が街中を走っている間に、運転をしている執事さんに質問してみた。
「本日はどちらでご当主様とお会いするのでしょうか?」
「四葉の本家にお通しするように、仰せつかまっております」
「……ありがとうございます」
まさかの本家。
秘密主義の四葉が本家に呼ぶなんて、相当に興味を持たれているな。
車はビルが乱立する市街地を向け、木々が立つ森林を抜け、山間を縫うように車は進んでいく。
山間を縫うように車は走り抜け、やがて一つのトンネルに差し掛かる。
運転している執事が何か操作をすると、トンネルの壁がスライドし奥に道が続いている。
車はその道を真っ直ぐ進み、後ろで壁が閉じる。
後ろを振り返りながら、秘密主義もここまですればあっぱれというものだ、と考える。
車は、屋敷の正門の前で止まった。
運転していた執事が車を降りて、芥が座っている後部座席のドアを開ける。
そこから流れ込んでくるのは、秋の柔らかい空気ではなく、濃密な「死」を纏った空気だった。
芥は一瞬それに顔をしかめたが、直ぐに表情をもどして車から降りた。
執事の先導のもと、正門をくぐり本邸に着く。
本邸の玄関をくぐると、そこには先日通話した相手である葉山が待ち受けていた。
「世羅様、ようこそお出で頂きました」
「本日はよろしくお願い致します」
互いに挨拶を交わし合い、玄関で靴を脱ぎ、キチンと揃える。
四葉本家に招き入れられた以上、礼節はちゃんとしないと。
スリッパに履き替えると、葉山が先導し始めた。
四葉の邸宅は外からの見た目通り、純和風の邸宅のようだ。
流石に掃除も行き届いていて、それだけでも格式高い家柄だと解る。
しかし、通された応接室は見た目に反して洋風だった。内装から調度品まで洋式で揃っている。
ソファに座ることを促されたので、座ると前のテーブルにコーヒーが出された。
……コーヒー好きと言った覚えはないんだけどな。その程度は調べているってことか。
葉山が当主を呼ぶために言ったん下がり、応接室には芥一人が取り残される。
差し出されたコーヒーを口に含みながら、ご当主が来るまで調度品を見渡す。
調度品は過美にならず、逆に質素なほど少なかった。
それで部屋の格が下がるということでも無いが。
そんな感想を抱きながら時間を潰していると、応接室のドアが開いた。
それを合図にコーヒーをテーブルに置いて、立ち上がりドアの方を向く。
葉山がドアを開け、その後からドレスを纏った妙齢の女性が入ってきた。
その女性に向かって、芥は頭を下げる。
女性が芥の対面のソファーに座ると、芥は頭を上げて女性を見た。
実年齢はおおよそ知っているが、そんなの関係無いほど、その女性は若く見え更には色香があった。
長い髪をまとめ上げてもなお、腰に届きそうな髪。黒いドレスが似合うほどにメリハリのある体型。
そして、深雪を思わせる整った顔立ちにあってなお目を引くのがその目だ。昏さを称えた目が人を引きつける。
まじまじと見つめるのはマナー違反なので、芥は再度、頭を下げた。
「本日はお招き頂き有難うございます。自分は世羅 芥と申します。このような身体でお見苦しいとは思いますがご容赦を」
頭を上げ、女性と目を合わす。
「こちらこそ急なお呼び出しに参加して頂き、有難うございます。四葉家の当主、四葉 真夜ですわ」
挨拶を交わすと真夜は手でソファーに座るように合図してきたので、芥はそれに従って座る。
真夜に正対する形で行儀よく座る。
真夜はテーブルに置かれた紅茶を手に取り口に付けて余裕を見せている。
まぁ、当主とあろう者がせっかちなのは、あまり外面が良くないだろう。
芥は真夜が紅茶をテーブルに置くまで待った。
真夜がカップがテーブルに置かれたので、会話を切り出した。
「それで、本日、自分が呼ばれた理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「まぁ、そんなに焦らずとも。時間はあるのだから、ゆっくりお話しましょう?」
顔の横に両手を持って来る仕草は様になっていた。
くそっ、可愛いな!
そこからは、まず世間話から始まった。学校のことや私生活について。
ここまでは良かった。和やかな空気が流れていっと言ってもいい。
だが、話が九校戦に入ると一気に空気が重くなってきた。
「九校戦の映像を見させていただきましたが、驚きましたわ。
「……お褒めに頂き有難うございます」
「ええ、これは素直な称賛です。
そこで真夜は目を細めて芥を見る。まるで観察するような目だ。
芥と視線がぶつかる。視線が逸らせない。逸らさない。
「……ええ、本当にアレには驚きました。……そして、横浜の事件。まさか、あの魔法をアレほど大規模に展開するなんて。……一体貴方は何者なのかしら?」
「……」
それは質問であり詰問でもあった。
さて、どう返したものか。
「何者と言われましても、自分はただの高校生ですよ?」
「『アレ』が出来るのを、普通とは呼ばないんじゃないかしら?」
真夜は腕を胸の前で組むと、
「それに、貴方の事を調べても何も出ない。『
右手で自身の顎のラインをツーっとなぞり、
「なので教えて頂ける? 貴方が何者か」
そういうと、突如部屋が「夜」に包まれた。真夜が魔法を発動したのだ。
答えられるものでは無いし、かと言って嘘も付けない。
そこで芥はあえて格好を崩した。
礼儀正しい格好から、足を組み、肘掛けに右肘をついて手を顎に付ける。
目上の人、ましてや四葉家の当主の前でする格好ではない。
それを挑発と受け取ったのか、真夜の雰囲気が尖る。
しかし、芥が先を取る。
目を瞑り集中すると、展開されている「夜」の制御権を無理やり奪い取ってやった。
魔法を奪い取られるという埒外の事象に真夜は驚愕の表情をあわらにし、対峙してから初めて人間らしい感情が見える。
「なっ!?」
「夜」は事象干渉力が高くなくては出来ない魔法だ。
その事象干渉力を上回るどころか、制御権を奪うなど魔法の世界の常識に真っ向から喧嘩を売っている。
それを成しうるのが世羅 芥という人物なのだ。
そして、真夜は見た。眼の前にいる人物が目を開いた先に見える、昏い昏い地獄のような炎を。
それは見たことがある炎。鏡で見る自分の目が宿している炎と同じだった。
しかし、相手の方がより昏い炎をしている。それに気付いているだろうか、芥が口を開いた。
「俺が何者か。それはあんたが調べた物が全てだ。それ以上でもそれ以外でもない」
ただ、というと芥の身体がフッと消える。次の瞬間、真夜の眼前に芥が現れる。
額と額が、目と目が、唇と唇が触れそうな距離で芥は続ける。
「あんたが何をされたのかは知っている。この世の地獄だっただろうよ」
だけどな、と一区切りをつき、
「この世界にはあんたが想像しないような地獄ってやつがある。夜よりも闇よりもなお昏き地獄がな」
真夜の目を真っ直ぐに見つめながら芥は続ける。
「これ以上探るなら、対価が必要だ。その対価を払う覚悟があるなら続けると良いさ」
そう言って、芥は上半身を起こして真夜から離れる。真夜はまだ動けていない。
芥はテーブルの鈴を鳴らす。
応接室のドアが開き、葉山が入ってきた。
「本日はお招き頂き有難うございました。とても有意義な会話が出来て楽しかったです。では、失礼させて頂きます」
芥はそう告げるて一礼すると、応接室から出ていった。
一人取り残された真夜は、呆然としていた。
自分が年端もいかぬ少年の圧に屈したこと。
その目に映った昏い炎を美しいと思ったこと。
しかし、その心臓が少女のように早鐘を打っていることには気付いていない。