新入部員勧誘週間の初日の放課後。
俺と達也は早速、風紀委員室に呼び出されていた。
部屋に入ると、既に席は殆ど埋まっていて、上級生であろう人達が座っていた。
俺と達也も空いている席に座る。
達也の向かいの席は空いている、と言うことはあと後一人位は来るのだろう。
その人物も間もなく到着した。その人物とは、先日の放課後に一悶着を起こした男子生徒だった。
その生徒は俺達を目に入れると、ぎょっと驚いたが直ぐに取り直して、空いている最後の席に着いた。
渡辺先輩が上座から全員が揃ったことを確認すると、話を始めた。
「今年もまた、あの馬鹿騒ぎの時期が来た。各部とも新入生勧誘には力をいれてくる。そのため争奪合戦は熾烈を極め、殴り合いや魔法の打ち合いなんて事もある。だが、今年は卒業生分の補充が間に合った。紹介しよう。立て」
男子生徒、達也、俺が起立する。男子生徒は緊張しているようだ。
「1-Aの森崎 駿 <もりさき しゅん>、1-Eの司波 達也、世羅 芥だ。早速パトロールに加わってもらう」
達也の右隣にいる男子生徒。上級生が右手の親指をこちら、俺と達也の方に向けて言う。
「使えるんですかい?」
その質問を待っていたようにニヤリと笑って、渡辺先輩は答えた。
「心配するな役に立つ。司波と世羅の実力は私がこの目で確かめている。森崎のデバイス操作もなかなかのものだ。……他に言いたいことがあるやつはいないか?」
その質問には誰も答えなかった。沈黙が了解を意味する。
「ではパトロールを始めてくれ。出動!」
その合図で各々が立ち上がり、一斉に敬礼のようなポーズをとった。
後で聞いた所、風紀委員には独自の敬礼があるようだった。
俺と達也、そして、森崎と呼ばれた少年は部屋に残った。
パトロールについての説明を受けるためだ。
俺達の前に風紀委員の腕章とレコーダーが置かれる。
「これを渡しておく。有事の際にはレコーダーを入れるのを忘れるな。それとCADの使用についてだ。我々風紀委員には学内でのCADの使用許可が降りている。だからといって不正利用は、委員会除名のうえ、一般学生よりも重い厳罰が下るので注意しろ」
「質問があります」
達也が質問の許可をとる。
「許可する」
「CADは委員会の備品を使用しても問題ないでしょうか?」
「ああ、問題ない。今まで埃を被っていたものだからな」
「では、この
その言葉に渡辺先輩も森崎も驚いていた。
俺としてはやっぱり2つ使うんだって感じ。
「やはり、君は面白いな」
達也は、両腕にブレスレット型のCADを装着した。
それに森崎が鋭い視線を送る。本当に使えるのか? と。
次に渡辺先輩の視線は俺に向かってきた。
「君はCADを使わないのか?」
「俺は使わない方が得意ですので」
「たしかに、君はCADを使わない方が強そうだ」
そうして、3人は風紀委員会室を後にした。
去り際、森崎が何か捨て台詞を吐いていったが、俺達には暖簾に腕押しだった。
残された俺は達也と向き合う。
「パトロールの事を考えると広範囲に広がったほうがいいから、別行動かな?」
「その方が効率がいいだろう、じゃあな」
達也は短い挨拶をすると、さっさと歩いていった。
なんか警戒されてるのかな? 身に覚えが無いけど。
俺はレコーダーを胸ポケットにしまった。
腕章は右手に持ったままだ、片手だと上手く着けられないタイプだったから。
まぁ、最悪、見せるだけでいいでしょ。
さってと、俺も何処行くか決めないと。
何処に行くか思案していると、背中に声が掛かった。
「芥さん」
声を掛けられた側に振り向くと、深雪が立っていた。
「どうしたんだ? 深雪」
「これから風紀委員のパトロールなんですよね? ご一緒してもよろしいでしょうか?」
「いいけど、生徒会の仕事は?」
「学内にどんな部活があるのかを知るのも、仕事だと言われてしまい。勧誘週間の今のうちに見て来い。と」
「そっか。連れの相手は達也じゃないけどいいの?」
「私は芥さんがいいんです!」
「そ、そっか」
ずいずいっと迫られてきては、頷くしかない。
あ、そうだ。
「深雪にお願いがあるんだけど」
「なんでしょうか?」
「風紀委員の腕章が片手だと着けられないタイプだから、着けてもらってもいい?」
「喜んで!」
深雪は俺から腕章と受け取ると、右手側に移動し腕章を取り付けてくれた。
その顔は何故か嬉しそうだった。
「終わりました!」
「ありがとう」
腕章が着けられたので、俺は懐から携帯電話を取り出し、学内マップを表示させる。
俺の横まで来た深雪は表示している学内マップを覗き込んだ。
「それで、どちらへ行くつもりなんですか?」
「ああ、第一体育館とか大きな施設は他の人が行きそうだから、武芸場とか荒事が起きそうで小さな場所に行こうかと」
「良い考えかと!」
俺は、突然の相方である深雪を伴って部活棟へ向かった。
そして、一発目で当たりを引いた。
第二武芸場とプレートに記載があるそこは、今まさに柔道部と柔術部が言い争っていた。
どうやら、柔道部の演舞の時間が押したようで、柔術部がそれに食って掛かっていたようだ。
その周りに出来ている人垣を掻き分けて、深雪といっしょに最前列に出る。
柔道部は違うが、柔術部は魔法を使用する部活らしいので注意が必要だ。
この緊迫した状況下では何がトリガーになるか解らない。
俺は胸にしまったレコーダーを起動させると、動静を見守った。
挑発に耐えられなくなったのか柔術部の主将が、柔道部の主将に向かってタックルをかまそうと動いた。
それだけなら良かったのだが、CAD無しで自己加速魔法を発動してのタックルだ。
それは明らかにやりすぎなため、俺は介入を決めた。
まず、右手を払い、自己加速魔法の展開式を
それを知覚した深雪は驚愕した表情で俺を見る。
そして、俺は両者の間に割って入り、柔術部の主将のタックルを合気を持って力のベクトルを変えて、逆方向へ吹き飛ばす。
傍目には柔術部の主将が逆再生したように元の場所に戻ったことで、混乱が静寂をもたらした。
その静寂を破らないように、俺は右手を柔術部の方に向け、感情を抑えた声で両者に告げる。
「風紀委員です。両者とも動かないで下さい」
周りからは「風紀委員!?」「いや、あいつ二科生じゃ」「てか片腕なくね」などなどいろんな声が聞こえてくるが、今は無視だ。
「どういうことだ!? なんで二科生なんかが風紀委員してんだ!?」
と、柔術部の生徒が近づいてきて、俺の胸ぐらを掴んできた。
俺は体を軽くひねって、その腕を極める。その男子生徒は固まって動けなくなった。
男子生徒を極めたまま、極めて冷静に俺は告げる。
「自分は風紀委員長に任命されてここにいます。この場でのいざこざはこれ以上、止めて下さい」
その冷静な言い方が逆に、正論に聞こえてしまい生徒を逆撫でしてしまったのだろう。
柔道部、柔術部の両方が俺に向かって殺到してきた。
俺は一つ溜息をつくと、極めている男子を下に落として跪かせる。
あとは簡単だ。突進してくる生徒をいなしたり、掴まれたら極めて動きを止めたりと、必要以上に攻撃しないよう慎重に動いた。
掴まれたり触れたくらいで極めることなんて無理だろう、と思うが、これは「当身」という技を掛けている。
「当身」というと拳などを使った突きなどを思い浮かべるが、本来、「当身」とは「身体を当てる技」なのだ。
身体の何処かが当たっていればそれは「当身」という「技」が「当たっている」状態になる。
それ故に、相手を御する事が出来る。実戦では極めて困難なそれを芥は難なくこなす。それだけ両者の間に技量の差があるということなのだ。
5分位取っ組み合いが続いただろうか。
両方の部員たちは肩を上下に動かし荒い息をしているのに対して、俺は始めの場所から一歩も動いていないし、息も切らしていない。
「今回は
両者に対して軽く一礼すると、胸のレコーダーを止めて深雪の方に戻った。
「流石です! 芥さん!」
その深雪はそう言うと、前かがみで俺に近づき、両手を胸の前で組んで、熱く潤んだうっとりとした瞳で俺を見ている。顔も紅潮しているようだ。
その姿に少し心理的に引いたが、気を取り直し、
「……流石に目立ったから場所を移そうか?」
「はい!」
第二武芸場を俺と深雪は後にする。
そのあとは、いざこざも無くただ見回るだけだったが、深雪は終始にっこにこで、機嫌はずっと良かった。
一通りパトロールを終えると、深雪を生徒会室まで送り届け、俺は風紀委員室に向かった。
今日の報告をするためだ。
夕焼けが差し込む部屋に入ると、渡辺先輩が一人で机に向かって座っていた。
その机の前まで歩き、渡辺先輩に挨拶をする。
「お疲れ様です。渡辺先輩」
「芥くん。風紀委員での挨拶は「おはよう」と決まっている。次からはそうするように」
「了解です」
「で、初日はどうだった?」
俺は第二武芸場であった事を報告した。
「そうか……。君もか」
「も、とは?」
「達也くんも先程、トラブルに会ったと報告があった。こっちは魔法使用もあったので、これから事情聴取があるがね。今年の一年は本当に話題に事欠かないな」
にやりと人の悪い顔を浮かべる渡辺先輩。しかも様になっているのがまた、たちが悪い。
「ひとまず今日はこれで上がって問題ない。明日からも頼むぞ?」
「解りました」
渡辺先輩に軽く会釈をして、その場を去る。
時間的に皆帰っただろうな、と思いながら校舎を出ようとしたら、いつものグループが校舎前で目に入った。
俺は声を掛けると、レオが反応した。
「あれ? なにしてるの、皆」
「なにって、芥達を待ってたんだよ」
「そっか、ありがと。でも、達也はまだ掛かりそうだよ?」
「何かあったのか?」
「風紀委員の仕事で、これから事情聴取が行われるから」
「ふーん。まぁその辺りを話のネタにしてればすぐだろ。芥もやらかしたって聞いたしな」
「もう、聞いたんだ……」
そこにエリカも割り込んでくる。
「もー、こっちも大変だったんだから」
「ん? エリカは達也と一緒だったの?」
「そうよー。だから事の顛末は知ってるわ」
「そっちの事は俺も詳しく知らないから、聞かせてよ」
そうして、今日の濃い放課後の話をしていると、深雪も合流した。
そこからさらに時間が経ち、日が暮れようかといった時間帯に達也が合流した。
達也はすまなそうにして、俺達に間食をおごると言ってくれた。
校舎から駅までの道から少し横に外れた場所にある、こじんまりとした喫茶店。
そこは俺達がたまに寄る、たまり場でもあった。
エリカ、美月、レオ。その対面に、俺、深雪、達也が座っている。
達也によるおごりで間食を食べながら、俺達の話は自然、達也の乱闘騒ぎの話になった。
提供されたサンドイッチを手に取りながら、レオが達也に向かってつぶやく。
「高周波ブレードって殺傷能力が高い魔法だろ? よく取り押さえられたな」
「殺傷能力が高いと言ってもよく切れる刀程度だ。問題ない」
「問題ないって……。刀って十分怖いと思うんですけど……」
美月がそうつぶやくが、みんな聞き流した。
「それに展開中の魔法式の無効化はお兄様の得意分野なの」
深雪は達也の方に顔をむけると、
「お兄様、キャストジャミングを使われたのでしょう?」
「深雪にはかなわないな」
達也は苦笑を浮かべた。
エリカがその話題を膨らませていく。
「キャストジャミングってあれでしょ? なんか特殊な石が必要なやつ」
「アンティナイトね、エリカちゃん」
と美月が補足する。
「でもあれって、とても高価なものだと思いましたが……」
達也がそれを否定する。
「俺はアンティナイトを持っていないよ。あれは軍事品だからね。民間人が持てるようなものじゃない」
「え、でも……」
達也は幾分か逡巡すると、
「これはオフレコで頼みたいんだが……」
といって、俺達は顔を寄せ合い、達也はキャストジャミングを応用した魔法の説明をしてくれた。
全員は、はーっと関心した様子をみせている。俺もだ。ちゃんとした理論を改めて聞いた。
だが、と付け加えて達也は俺を見てきた。
「芥も似たような事が出来るんじゃないか?」
全員の視線が俺に集まった。
「え? あー、似たような事はできるよ? でも、達也のように理論立って無いから強引にだけど」
「それってBS魔法(先天性魔法)ってこと?」
エリカが追撃してきた。
「まぁ、そんな感じかな。こうやれば出来るっていう感覚だけがある感じだから」
レオは関心したように言った。
「いやー、改めて達也も芥もすげーんだな」
「あんたがダメダメなのよ」
「んだとー!」
とエリカとレオがいつもの様にじゃれ合いを始めたが、俺の心臓はバクバク鳴りっぱなしだった。
「いい眼」を持っているとは、思っていたがそこまで読み切られるとは。
こりゃ思ってた以上に気をつけないといけないかもだな。
エリカとレオの2人のじゃれ合いを見て苦笑している顔の裏で、俺はそんな事を考えていた。
家に帰宅して、いつも通りリビングで寛いでいると、いつも通り「あいつ」から電話が飛んできた。
「毎日電話してくるけど、俺の事が好きなのかな?」
『戯言はどうでもいい。で、今日はどうだった?』
「お前はお母さんかよ。……特に何もなかったよ。馬鹿騒ぎがあっただけ」
だが、次に「あいつ」が言ったセリフには反応せざるを得ない。
『そうか、こっちには動きがあった』
「……何があった?」
『お前のファイルにアクセスされた形跡を見つけた。誰かがお前を探ろうとしている』
「まじかー。ちょっと目立ちすぎたかな?」
『それもあるだろうが、アクセス履歴を見ると一般的な連中ではなさそうだ』
「心当たりが?」
『九重 八雲』
「……達也のお師匠さんかー」
『そうだ。万が一にも「一番奥」まで見られる事は無いが、うわべの方ならあるいは……』
「……ちょっとお灸を据えたほうがいいかな?」
『そうしてくれ。相手の実力が未知数な以上、危険な芽は詰んでおきたい』
「りょーかい。今日あたりやってみるよ」
『頼む』
そして、通話は終了した。
夕食もそこそこに済ませて、俺は外出した。
九重 八雲は「忍び」である。
古式魔法に精通し、情報収集力も素晴らしく高い。
そんな九重 八雲を持ってしても、「世羅 芥」という人物に関して
どんな人物であろうと、生きている限り粗は必ずあるはずだが、それが全く無い。経歴と実績が綺麗にあるだけだ。
そんな相手にどう対応しようかと、九重寺にある自室で胡座をかきながら、顎に手を当てて考えている時だ。
九重 八雲のうなじに誰かの手が触れた。それは間違っても九重 八雲の手ではない。
そこに無かったものが、急に現れる。そんな魔法、技術はあるにはあるが、ここまでの
久方振りに感じる恐怖に蓋をして、極めて冷静に九重 八雲は問いを発した。
「どちら様かな?」
「佐藤と申します。夜分遅くに申し訳ありません」
明らかな偽名である佐藤と名乗った人物の声には、感情というものが一切ない。ただ音が耳に響くだけだ。
「一報をくれれば、ちゃんと招き入れたよ?」
「まぁ、そうでしょうが、今回は特例ということで」
九重 八雲はこの時点で、自分の後ろに
そうでなければこのタイミングで現れるはずがない。
「僕は手を引けばいいのかな?」
「引いてくれますか?」
質問に質問で返される。
この質問には正確に答えなければいけない。間違えれば待っているのは死だ。
「これ以上、深追いしないことを約束するよ」
「そうですか、ありがとうございます。……『次』はありませんよ」
そうして、首筋にあった手の感触は消えた。その瞬間、九重 八雲は前に飛び跳ねて向かい直し構えをとった。
しかし、そこには誰もいなかった。誰かがいたという形跡すらない。
背筋をつーっと冷や汗が流れ落ちていく。
構えをとき、ふーっと深く息を吐き剃髪した頭を撫でながら、一人だけの部屋で九重 八雲はつぶやいた。
「いやー。藪をつついたら蛇どころか龍が出てきたか。……流石の僕でもこれ以上は無理だろうね……」