事故で記憶を無くしてしまったトレーナー。
病院で青い髪の女性が声をかけてくるが…。

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第1話

一、

 

「今日は少し寒いですね」

 

きれいな青い髪をした美しい女性が、俺に優しく語りかけてきた。

 

事故で記憶を失った俺に、彼女は毎日病院へ来て世話を焼いてくれている。

 

「お体は冷えていませんか?」

 

俺が乗った車椅子を押していた彼女が、今度は俺の顔をのぞき込みながら言った。

 

「大丈夫ですよ、ありがとうございます」

 

俺はできるだけ丁寧に返した。

 

その後も彼女は度々俺に話かけながら、病院の庭を歩き回った。

 

 

トレセン学園でトレーナーをしていた俺は、ある日事故に遭い数年分の記憶をなくしてしまったらしい。

 

記憶を失う前の同僚から聞いた話だと、例の彼女はメジロアルダンその人であり、俺がその担当トレーナーとして共に3年間を過ごしたというのだ。

 

にわかには信じ難かった。

 

メジロアルダンといえば、名家のメジロ家でありつつも足を負傷しやすい体質のせいでよく療養に入っており、レースに出ることすら難しいと言われていたはずだ。

 

そんな彼女を担当した上に、並のウマ娘よりも遥かに良い成績を残したというのだから、それを聞いた俺は混乱で頭が痛くなった。

 

本当にそれは自分なのかという疑問がどうしても拭えない。

 

アルダン自身や同僚からレース記録などを見せてもらい、嘘でない事は確認した。

 

しかし、メジロアルダンと共に記されてる自分の名前に違和感を覚えるばかりだった。

 

アルダンや同僚から失った記憶の中の俺の話を聞くたびに、得も言われぬ不気味さを感じてしまっていた。

 

記憶というものが、自身を作り上げるのにとても重要であると痛感した。

 

なんとか記憶を取り戻そうと努力したが、凹凸の無い壁を登るかの様にまるでとっかかりが無くてどうしようもない。

 

正直俺に記憶が抜けているという感覚は無く、彼女らが話す俺は過去現在未来のどこにも存在しないのだ。

 

こんな俺に毎日病院へ来て笑って話をしてくれるアルダンには、とても申し訳ないと思っている。

 

そして、彼女と共に3年間を過ごした"記憶を無くす前の俺″が少し羨ましくも思う。

 

 

二、

 

私はメジロアルダン。

 

メジロ家としてこの世に生を受け、ラモーヌ姉様と一緒に将来に期待を寄せられたウマ娘。

 

強く美しいラモーヌ姉様の姿を見て、私も姉様のようになりたいと思った。

 

しかし、私の脚はそれを許さなかった。

 

脆く痛めやすい私の脚は、"ガラスの脚″などど揶揄された。

 

練習をする時間よりも病院でリハビリをする時間のほうが多かった

 

治療中に病室から見ていた景色は、いつももの悲しくて寂しいものだった。

 

そんな私をトレーナーさんが救ってくれた。

 

あの人のおかげで十分以上に走れるようになり、レースで結果を残すことができた。

 

そのトレーナーさんが事故に遭ったと連絡があったのは、あるお休みの日だった。

 

友人たちと遊びに出かけていた私は、急いで病院へ行った。

 

受付で教えてもらった病室に入って、すぐにトレーナーさんを見つけた。

 

トレーナーさんは、私を見てぎこちない笑顔でこう言った。

 

「こんにちは、誰か探してるのかな?」

 

冗談かもなんて思うはずがない。

 

トレーナーさんの表情と頭に巻かれた包帯を見て私は何が起こったのかすぐにわかった。

 

それでも確認せずにはいられなかった。

 

「あの、私のことわかりますか?覚えていらっしゃいますか?」

 

トレーナーさんは私の唐突な質問に困惑したのか、

 

「ぇ、え?いやごめん。ちょっと覚えていないんだけど、どこかで会ったことあるのかな」

 

と、本当に突拍子もないことを言われたという感じでそう答えた。

 

予想していた答えだったが、期待していた答えではなかった。

 

私は次の言葉がなかなか出てこなかった。

 

内臓がじわじわ引き上がるような感覚があった。

 

「・・・そうですか。治療を受けたばかりなのに失礼しました。」

 

私は泣きそうな声でなんとか言葉を絞り出した後、お辞儀をして病室から出た。

 

そこから寮へ帰るまで、どう歩いたのかよく覚えていなかった。

 

 

寮の部屋に帰った私は、ゆっくりとベッドに腰掛けた。

 

苦しい。

 

誰よりも辛いのはトレーナーさんであるとわかっているけれど、それでも大切なあの人が私を覚えていないという事実に耐えられそうにない。

 

2人で歩いた、2人で走った、2人で勝った、2人で笑った。

 

2人で、永遠を誓い合った。

 

いずれ風化して誰の記憶から消えたとしても。

 

あなたにだけは、覚えていて欲しかった。

 

こんな情けない私をかつてのあなたならどう思うのでしょう。

 

「よくないですね・・・」

 

返す人のいない言葉を出した。

 

たとえお互いがどんな状態になろうとも、2人の絆が途切れることはない。

 

それはきっと、あの人もそう思ってくれる。

 

だから、今はあの人にとって助けになることを全力でやろう。

 

私はそう自分に言い聞かせ、右手の拳を握った。

 

その右手には、まるで力が入らなかった。

 

 

三、

 

トレーナーさんが事故に遭ってから、2週間が経った。

 

私は、事故があったあの日から病院へ通うようになり、トレーナーさんと会って話をした。

 

お医者様によると、トレーナーさんにあまり多く話しかけすぎると頭痛が出たりするそうなので、毎日少しずつ話すことにしていた。

 

いろんな思い出を話したり、トレーナーさんがどういう人だったのかを話してみたが、記憶が戻る様子は無かった。

 

最近は車椅子から降りても大丈夫になり、体調の方も回復していっているようだ。

 

このまま、記憶が戻らないままで退院したらあの人はどうするのだろう。

 

トレーナーさんの体調が回復していくにつれて、私の不安は大きくなっていった。

 

 

今日も、いつもの様に病院へ向かった。

 

しかし、病院の入口の前で足が止まった。

 

これ以上先に行くのが怖くなった。

 

あの人はもう私の事を思い出さないのではないだろうか、無理に思い出させずにこれからを過ごした方が彼のためではないだろうか。

 

そんな事を考えてしまう自分が嫌になる。

 

あの人は私をずっと支えてくれた、私が走れるように勝てるように。

 

今、私が支えずして誰があの人を支えるのでしょう。

 

わかっています。

 

わかっています。

 

でも、それ以上に怖いのです。

 

今のあの人が、私のことを負担に思っているのではないかと。

 

今日会いに行ったら、「もう来なくていい」と言われるのではないかと。

 

そう言われたら、私は黙って立ち去るべきなのでしょう。

 

あの人の中に私はもういないのだから。

 

でも、残念ながら私はそんな素直な人ではないようです。

 

私は今でもずっとあなたの記憶が戻ることを期待してしまっている。

 

この前だって、あなたが少し頭が痛そうにしているのを知りながらも、何か思い出してはくれないかとかつての話をしてしまっていた。

 

あなたに支えられた私は、あなたをどう支えればいいのかがわからなくなってしまいそうです。

 

私は俯いて、前に進むことができなくなった。

 

「アルダン!」

 

突然病院の入口からトレーナーさんの声が聞こえてきた。

 

私が脚を痛めてしまった時に聞いたことのある声だ。

 

心配するような、激励するような、力強いけどやさしい声。

 

私は顔を上げて病院の入口を見た。

 

 

四、

 

俺が意識を取り戻してから、2週間が経った。

 

最初の1週間は経過観察のため車椅子での移動を医者から指定されていたが、幸いにも記憶以外に異常は無かったため、1週間が過ぎてからは普通に歩くことが許可された。

 

ここ最近は特に調子が良く、ぼーっとする時間が減って、日中はテレビなどを見たりしている。

 

しかし、残念ながら記憶の方は全く戻る気配が無かった。

 

トレーナーとしていつ復帰できるかはわからないが、そろそろアルダンとの関係を考えるべきだ。

 

俺が彼女と3年間を過ごしたのは事実だろう、しかし、記憶を失ったままの俺が本当にこれからも彼女を担当するべきなのだろうか。

 

以前の俺のように指導できる自信は無く、不安ばかりが頭をよぎる。

 

「…そういえば、アレがもう届いていたんだった」

 

俺は病室のロッカーから重い袋を取りだした。

 

袋の中には同僚に頼んで持ってきてもらったトレーニング記録が何冊も入っている。

 

これらはすべてアルダンの事を記録したものだ。

 

俺は最初の一冊から記録の内容を読んでいった。

 

体調管理、栄養管理、練習計画、レース計画・・・。

 

項目を埋めるだけの単純な記録ではなく、いたる所に追加でメモが書き込まれていた。

 

例えば、アルダンの様子はどうか、怪我をしない練習方法はこれでいいのか、どのタイミングで休ませるべきかなどだ。

 

我ながら驚くばかりだった。

 

彼女に対する真剣さや執念の様なものを感じる。

 

俺がさっきまで彼女の担当を続けることを悩んでいたのが申し訳なくなる。

 

 

一冊分を読み終える頃には、俺は記録の情報量で少し疲れてしまっていた。

 

俺は目を休めるために、立ち上がって病室の窓から中庭を見た。

 

小さいウマ娘の子どもが元気に走っているのが見える。

 

あんなに元気に走っている子どもを見ていると、こちらまで元気がもらえる気がする。

 

すると突然、走っていた子どもが段差につまずいて転んだ。

 

「あっ!」

 

一歩。

 

たった一歩だけ、とっさに足が前に出た。

 

その瞬間、頭の右上から左下までを液状の何かが鋭く突き抜けた様な感覚があった。

 

目の前に様々な景色が広がる。

 

 

誰かが、屈んで足を痛そうにしている。

 

 

誰かが、練習中に辛そうにしている。

 

 

彼女が、レースを走っている。

 

 

彼女が、ライブで踊っている。

 

 

彼女が、病室で俺に話しかけている。

 

 

彼女は、メジロアルダン。

 

「・・・!」

 

景色が元に戻った。

 

庭で転んでいた子どもは、母親らしき人に慰められていた。

 

俺は急いで病室から出た。

 

 

五、

 

俺は病院の待合へと急いだ。

 

この時間帯ならアルダンが来ているかもしれない。

 

受付と待合のためのソファが置いてある広い部屋に来た。

 

ぱっと見たところアルダンは来ていないらしい。

 

「そうだ、スマホで・・・」

 

どうやら病室を飛び出してきたせいでスマホを置いてきてしまったらしい。

 

最初からスマホを使えばよかったのだが、勢いに任せてここまで来てしまった。

 

ふと、病院の入口の方を見ると、ガラスの扉の先に見覚えのある姿があった。

 

アルダンだ。

 

俺は急いでスリッパのまま病院の入口を出た。

 

ナースから注意を受けるかもしれないが今はどうでもいい。

 

アルダンはなにやら下を向いて考え込んでいるようだった。

 

「アルダン!」

 

俺は思わず叫んだ。

 

アルダンはすぐにこちらに気がついた。

 

俺はゆっくりと歩いて彼女に近づいて行った。

 

アルダンも、困惑したような表情でゆっくりこちらに来ていた。

 

やがてアルダンが俺の記憶が戻ったことに気がついたのか、目に涙を浮かべながら俺に向かって走ってきた。

 

「アルダン、俺思いd」

 

アルダンは走ってきてそのまま俺に抱きついてきた。

 

「ごめんなさい。私、あなたに拒否されるのが怖くて足が止まってしまいました」

 

これほど取り乱したアルダンは見たことがない。

 

俺が記憶を失ったことで、アルダンはひどく思い詰めていた様だ。

 

「謝るのはこっちの方だ。君にこんなに心配をかけるなんて、本当にごめん」

 

俺とアルダンはしばらく再会を喜び合い、お互いが落ち着いてから2人で病室に戻った。

 

そして、初めて出会った時から今日にいたるまで、まるで記憶を一つずつ確かめ合うように2人で話をした。

 

 

エピローグ

 

今日はアルダンと買い物に出かけていた。

今日はトレーナーさんとショッピングです。

 

アルダンは何やら新しいシューズを買いたいようだ。

トレーナーさんは私のシューズを真剣に選んでくれていました。

 

アルダンは激辛のランチを選んでいたが本当に大丈夫だろうか。

トレーナーさんが試しに一口食べると、見たこともない顔をされていました。

 

お店の中で偶然アルダンの友人と会った。

チヨさんはなんだかいつもより元気な様子でした。

 

帰りは2人で歩いて帰った。

帰りは一緒に歩いて帰りました。

 

すぐに寮の前にたどり着いた。

もう寮に着いてしまいました。

 

それじゃアルダン。

それではトレーナーさん。

 

また明日。

 

 

Fin

 

 


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