入学式三週間前の朝、刻乃は目覚ましより先に目を開けた。
部屋はまだ薄暗かった。障子の向こうから差し込む朝の光は弱く、庭の木々の影が紙の上に淡く滲んでいる。春は近いはずなのに、畳の冷たさにはまだ冬の名残が残っていた。
刻乃は布団の中で、しばらく動かなかった。
動けば、今日が始まる。
今日が始まれば、確認しなければならない。
瀧音幸助が、瀧音幸助のままでいるかどうかを。
原作小説では、中学三年のこの時期に“原作主人公”が瀧音幸助へ憑依する。
ゲーム知識とも攻略知識とも呼べるものを持った存在が、悪友キャラだった幸助の身体に入り、そこから物語が始まる。ヒロインたちと出会い、ダンジョンを攻略し、危機を回避し、成長し、世界の中心へ近づいていく。
それが原作だ。
それが、刻乃の知っている未来だった。
幼い頃の刻乃は、その事実をどこか遠いものとして考えていた。
そういう物語。
そういう設定。
そういう開始地点。
だから、仕方ない。
しかし、仕方ないと思えたのは、瀧音幸助をまだ知らなかった頃だけだ。
今は違う。
刻乃は、幸助を知っている。
肉まんを四分の一に分けるせこい幸助を知っている。
数学二問目で世界の終わりみたいな顔をする幸助を知っている。
覗き目的で心眼スキルを開花させかけ、刻乃に頭を叩かれた幸助を知っている。
両親を邪神教に奪われ、母親の携帯電話からつながった通話で声を聞かされ、泣きそうな顔で、それでも声を殺していた幸助を知っている。
祖母の病室で、父親が仕事へ行っているふりをして、母親が買い物へ行っているふりをして、笑っていた幸助を知っている。
復讐心を抱えながら、ツクヨミへ行けばモテるかもしれないと言い続ける幸助を知っている。
その幸助が、消える。
ある朝、別人になる。
身体は同じ。
顔も同じ。
声も同じ。
だが、中身が違う。
それを“主人公の始まり”として受け入れられるほど、刻乃はもう読者ではなかった。
刻乃は布団から起き上がった。
冷えた空気が肌に触れる。
寝間着の袖を整え、机の上には、灰色のマフラーが二本置かれていた。
幸助のモノだ。
もう少しでメンテナンスと改修作業が終わる。祖父からもお墨付きがもらえるほどの出来だ。
幸助が戻ってこられるように。
幸助が幸助のまま、この朝を越えられるように。
もちろんそんな魔法文字を刻んではいない。
これはただの願いだ。
願いを刻印魔術の形にしたもの。
職人の悪あがき。
「……行くか」
刻乃は小さく呟いた。
声は部屋に吸われ、誰にも届かなかった。
朝食の席で、祖父は何も聞かなかった。
ただ、味噌汁を啜りながら、刻乃の手元を見た。
「手が硬い」
「そうか」
「針を持つ手ではなく、戦場へ行く手だ」
「大げさだ」
「大げさな時ほど、大げさに備えよ」
祖父はそう言い、漬物を一切れ取った。
「帰ってこい」
「刻乃が?」
「お前も、その子も」
刻乃は箸を止めた。
祖父はそれ以上言わなかった。
碑文家の人間は、言葉を多くしない時がある。
言葉を足せば弱くなるものを、彼らは知っている。
「行ってきます」
「ああ」
刻乃は家を出た。
朝の空気は冷たい。道の端には、昨夜の湿気がまだ残っている。住宅街の植え込みには新芽が見え、遠くの電線には鳥が止まっていた。通勤の大人たちが足早に駅へ向かい、ランドセルを背負った小学生が眠そうに歩いている。
世界はいつも通りだった。それが、ひどく落ち着かなかった。
今日、幸助が幸助でなくなっていても、世界は同じ顔をして続くのだろう。
朝のゴミ出し。
新聞配達。
信号待ち。
犬の散歩。
誰かの人生が終わる日も、誰かの人生が上書きされる日も、世界は普通に朝を迎える。
刻乃は歩幅を速めた。走ると、気持ちが先に崩れそうだった。だから歩いた。幸助の家へ向かう道は、何度も通った道だ。
補習へ行く時。
食事を作りに行く時。
無事を確認する時。
両親の事件の後、空っぽになった家の前で、何度も立ち止まった道。
今朝、その道は少し違って見えた。全ての電柱や角や塀が、刻乃に問いかけているようだった。幸助はいるのか。幸助は残っているのか。
刻乃は、答えを知らない。
幸助の家の前に着いた。
少し色あせた表札。玄関横の植木鉢。刻乃が以前、目立たないように探知符を仕込んだ場所。今は静かで、不審な魔力反応はない。
だが、今日の問題は外から来る敵ではない。
幸助の内側で起きるかもしれない変化だ。
刻乃は呼び鈴へ指を伸ばした。
指先が止まる。
押したくない。
押さなければ分からない。
分からないままなら、まだ幸助が残っている可能性に縋れる。
「まるでシュレーディンガーの猫だな」
だが、そんな逃げは許されない。
刻乃は呼び鈴を押した。
家の中で、古いチャイムが鳴る。
一秒。
二秒。
三秒。
返事はない。
刻乃の心臓が嫌な音を立てた。
もう一度、押す。
今度は足音がした。
ゆっくり。
ひどく聞き慣れた歩幅。
鍵が開く音。
扉が開く。
そこに、寝癖のついた瀧音幸助がいた。
片目を半分閉じている。
「……刻乃?」
その声で、刻乃は一度、呼吸を忘れた。
呼び方。
目。
声の抑揚。朝に弱い、いつもの幸助だ。まだ完全に起きていない時の、少し不機嫌で、少し間抜けな顔だ。刻乃は、その場で崩れそうになる膝を、どうにか止めた。
「おはよう」
「朝から刻乃だ」
「ああ」
「これは悪夢か」
「現実だ」
「現実は厳しいな」
幸助は欠伸をした。片手で頭を掻き、寝癖がさらに悪化した。
刻乃は、念のため確認する。
「幸助」
「何だ」
「俺の名前、言ってみろ」
「どこの世紀末の三男だよ」
「いいから」
「碑文刻乃」
「続けて」
「俺口調の可愛いけど怖い幼馴染」
「可愛いは余計だ」
「鬼教官」
「それも余計だ」
「マフラー作ってくれた職人」
「まあいい」
「あと可愛い彼女が欲しいって言ってる」
「それは欲しい」
「合ってる?」
幸助はいつもの掛け合い程度におもっているのだろうか、若干眠そう答える姿をみて、刻乃は息を吐いた。
長く。
深く。
胸の中で固まっていたものが、少しだけ崩れた。
「合ってる」
「何だよ、朝から確認テストか?」
「そんなところだ」
「俺、点数は?」
「赤点回避」
「やった!」
「喜ぶな」
「回避は勝利だろ」
「最低ラインだな」
幸助は笑った。
その笑い方も、幸助だった。
別人ではない。
憑依は起こっていない。
原作主人公は、来なかった。
幸助は幸助のまま、この朝を迎えた。
刻乃は、心の底から安堵した。
同時に、背筋の奥に冷たいものが落ちた。
原作から外れた。つまり、この先、攻略知識を持つ主人公はいない。イベントを先回りして最適解を取る人間はいない。原作通りなら救えるはずだった誰かが、救われないかもしれない。
リュディヴィーヌとクラリスは裏切りに合うのだろうか。
水守 雪音は一人修行をつづけるのだろうか。
ななみは起動することなく、ダンジョンの奥で眠っているのだろうか。
ダンジョン。
邪神教。
学園で起こる出来事。
刻乃が知っているのは小説三巻まで。しかも、その知識は幸助が憑依主人公になることを前提としている。たとえば小説にでてきたダンジョンも、学園に属したもの以外は場所がわからない。いや・・・一つだけは見つけることができたが、一人では入ることができないので無いも同じだ。
それに幸助が幸助のままなら、何が起こるか分からない。
安堵と不安が、同じ量で刻乃の胸に積もった。
「刻乃?」
「何だ」
「今、すごい安心した顔した」
「してない」
「した。俺が補習で一問正解した時みたいな顔」
「それは安心ではなく驚愕だ」
「俺の正解、驚愕扱い?」
「歴史に刻むか迷うレベルだ」
「刻乃なら本当に刻みそうで怖い」
幸助はまた笑った。刻乃も、つられて笑った。
家は静かだった。朝の光が廊下に差し込み、床板に細い明暗を作っている。台所の方からは何の音もしない。テレビもついていない。誰かが朝食を作る気配もない。
幸助は一人だ。
この家に、一人で寝て、一人で起きた。
刻乃は、それを改めて見てしまった。
「朝飯は」
「まだ」
「食え」
「刻乃が作ってくれる?」
「材料は」
「たぶん卵」
「たぶん?」
「冷蔵庫と俺の関係はまだ浅い」
「少しは深めろ」
刻乃は靴を脱ぎ、勝手に家へ上がった。幸助は文句を言わない。むしろ、少し安心した顔をする。
台所へ行き冷蔵庫を開ける。
卵。
納豆。
調味料各種。
食べ忘れたであろう乾いたサラダ。
昨日か一昨日の残りらしいご飯。
刻乃は無言で扉を閉めた。
「幸助」
「何だ」
「今日の昼、買い物に行く」
「訓練?」
「生活の訓練だ」
「地味だな」
「生存に直結する」
「確かに」
「あと、朝は卵チャーハンでいいな」
「最高」
「最高の基準が低すぎる」
「飯があるだけで偉い」
その言葉が軽く出たからこそ、刻乃は胸の奥が少し痛んだ。幸助は事実を軽く言う。軽くしないと、重さで潰れるからだ。
卵チャーハンと、サラダを食べさせた後、刻乃は言った。
「夕方、公園に来い」
「デート?」
「鍛錬をデートというなさそうだ」
「夢がない!」
「帰りに肉まんを奢ってやろう」
「行く」
「安いな」
「肉まんは高貴だ」
「高貴かどうかは知らん」
この馬鹿な会話も。
まだ、ここにある。
夕方。
幸助の家の近くにある公園で、二人は会った。
空は少し赤くなっていた。
春を待つ公園は、まだ冬の乾いた顔をしている。砂場には誰かが残した小さな山が崩れかけており、滑り台の影は長く伸び、ブランコは風でわずかに揺れていた。
刻乃はコンビニ袋から肉まんを二つ取り出した。
「今日は半分ではないのか」
幸助が目を丸くする。
「一人一個だ」
「豪勢」
「憑依しなかった記念だ」
「ひょうい?」
「何でもない」
「今、変なこと言ったよな」
「肉まんが冷める」
「ごまかした」
「食え」
「はい」
幸助は肉まんを両手で持った。湯気が顔にかかる。熱そうにしながら、一口食べた。
「うま」
「そうか」
「味する」
「よかった」
刻乃も一口食べた。
熱い。
舌が少し焼ける。
だが、それでよかった。
肉まんの熱さも、夕方の風の冷たさも、隣で幸助が「熱っ」と騒ぐ声も、全部が現実だった。しばらく、二人は黙って肉まんを食べた。公園の向こうを、小学生たちが走っていく。ランドセルが揺れ、笑い声が遠ざかる。幸助はそれを見ていた。
「刻乃」
「何だ」
「俺さ」
「うん」
「母さんの従姉妹って人から、連絡があった。花邑毬乃さんって人。ツクヨミ魔法学園の学園長をしてるらしい」
「有名人だな」
「知ってるのか?」
「少しな」
刻乃は食べ終わった肉まんの紙をクシャリと握って答える。
「刻乃、そういうとこあるよな」
「どこだ」
「何か知ってる顔する」
「顔だけだ」
「顔だけで済むか?」
「済ませろ」
幸助も肉まんの紙を畳んだ。いつもなら適当に丸めるのに、今日はやけに丁寧だった。
「その人がさ」
「ああ」
「一緒に住まないかって」
刻乃は、少しだけ視線を落とした。
来た。
花邑毬乃。
幸助の母親の従姉妹。
ツクヨミ魔法学園の学園長。
実際はこの国の魔法使いであれば誰でも知っているといえるほどの有名人。地位も実力も、すべてがほぼ最高位の存在だ。
そして、原作主人公が憑依した幸助を迎えに来る重要人物。
この世界でも、彼女は幸助に手を差し伸べた。
遅すぎたとしても。
全てが終わった後だとしても。
それでも、手を差し出した。
「行け」
刻乃は言った。
即答だった。
幸助は苦笑する。
「早いな」
「一人で寮という選択もあるだろうが、毬乃さんのところへ行け」
「何で」
「どうであれ、家族のぬくもりはお前の助けになる」
「家族、か」
幸助はブランコの方を見た。誰も乗っていないブランコが、風で少し揺れる。
「家族っぽいものが増えるの、怖いんだよな」
「ああ」
「またなくなったらって考える」
「ああ」
「父さんと母さんの時みたいに」
「ああ」
「婆ちゃんも、もう俺のこと分かる日と分からない日があるし」
「ああ」
「増えたら、また失くすかもしれない」
「それでも」
刻乃は、肉まんの包み紙を握った。
「一人の家に帰り続けるよりはいい」
幸助は黙った。夕暮れの光が、幸助の横顔を赤く染めていた。頬の線が、少し痩せたように見える。目の下に薄い影がある。笑っていても、眠れていない日が多いのだろう。
「刻乃は?」
「俺は友人だ」
「友人も大事だろ」
「当然」
刻乃は、持ってきたマフラーを幸助に渡す。
「だから、そこにいる」
幸助はマフラーを握った。指先が、刻印の上をなぞる。
「刻乃のところに住むのは?」
「碑文家は変人が多いぞ」
「知ってる」
「朝から魔石を研ぐ音がするぞ」
「知ってる」
「祖父様が魔力の流し方を見てくるぞ」
「怖い」
「母上が飯を食わせるぞ」
「それはいいな」
「父上が無言でマフラーを改造するぞ」
「怖いけど助かる」
ここまでいって、刻乃は幸助の目を見ながら断言する。
「それでも、俺の家はお前の家族ではない」
幸助は目を伏せた。
「分かってる」
「いつでも来ればいい。飯も出す。訓練もする。泊まることもできる。でも、お前が受け取れる家族の手があるなら、まずそっちを握れ」
「握って、離されたら?」
「その時は、戻ってこい」
「刻乃のところへ?」
「俺のところへ」
「いいのか?」
「いい」
「本当に?」
「碑文家は変だが、飯はある」
「最高だな」
「朝練もある」
「最低だな」
幸助は笑った。少しだけ、泣きそうな笑いだった。
「刻乃」
「何だ」
「俺、毬乃さんのところに行くよ」
「そうしろ」
「そして三週間後に学園で会おう」
「当然だ」
幸助は歩き出そうと顔を公園の外に向ける。
「ツクヨミ行ってさ」
「ああ」
「強くなる」
「ああ」
「モテる」
「そこは努力次第だ」
「そこだけ厳しい!」
「保証対象外だ」
「可愛い彼女ほしい」
「それは俺もだ」
「ぶれないな」
「人生目標だからな」
二人は笑った。
公園の街灯が点いた。
まだ完全には暗くなっていないのに、灯りは気の早い円を地面に落とす。
それは帰り道の目印のようだった。
「刻乃」
「何だ」
「新しい携帯のアドレス。あとでメールに送る」
「出れるのか?」
幸助は顔をみせない。
「刻乃と毬乃さんのだけは出るように頑張る」
「そうか」
***
その日の工房の奥では、祖父が別の魔道具を研磨していた。
「送り出したか」
祖父が言った。
「うん」
「よい」
「本当に?」
「戻る場所は、多い方がよい」
祖父は研磨の手を止めなかった。
「だが、足りぬ」
「足りない?」
「人ひとりを支えるには、一人では足りぬ。家族、友、師、飯、寝床、夢、怒り、楽しみ。馬鹿話。色々いる」
「幸助には多いな」
「あの子には必要だ」
刻乃は少し笑った。祖父の言う通りだった。幸助には馬鹿話が必要だ。
復讐心だけで走らないために。
死んだ人の声だけで心を埋めないために。
モテたいと叫び、肉まんで釣られ、数学に敗北し、マフラーで転び、笑っている時間が必要だ。
何のかんのと祖父も孫の友人のことを心配してくれていたのだ。
「祖父様」
「何だ」
「原作から外れた」
「また、お前の分からぬ話か」
「うん」
「外れたなら、道を見ろ」
「道?」
「地図が無いなら、足元を見るしかない」
地図。
原作知識。
それは確かに地図だった。
だが、今日、幸助に憑依は起こらなかった。
地図の道は消えた。
なら、足元を見るしかない。
幸助がいる。
毬乃が来た。
ツクヨミ魔法学園が待っている。
リュディヴィーヌの事件も近い。
分からないことだらけだ。
だからこそ、刻む。
備える。
見える範囲を増やす。
翌日。
刻乃はいつものように幸助の家へ行った。呼び鈴を押すと、少しして幸助が出てきた。
目が赤い。
寝不足もある。
泣いたのかもしれない。
だが、顔は昨日より少しだけ軽かった。
「刻乃」
「何だ」
「肉まん」
「第一声がそれか」
「約束だろ」
「買ってきた」
「神」
「拝むな」
幸助は肉まんを受け取り、玄関先で一口食べた。
「熱っ」
「学習しろ」
「肉まんは熱いから」
「その話は聞いた」
「味、する」
「そうか」
「うん」
幸助は、家の中を振り返った。段ボールがいくつか置かれている。持っていくもの。残すもの。処分するもの。たった一晩で、家が移動の気配を帯びていた。
「毬乃さんのところ、行くことにした」
「そうか」
「怖いけど」
「ああ」
「でも、毬乃さん、母さんの話してくれた」
「うん」
「母さん、小さい頃、毬乃さんに結構怒られてたらしい」
「そうなのか」
「意外だよな」
「人には歴史がある」
「刻乃にも?」
「ある」
「黒歴史?」
「朝練倍」
「歴史に触れるのは危険だった!」
幸助は笑った。その笑いは少し掠れていたが、確かに笑いだった。
幸助は肉まんを食べ終えた。包み紙を丸める。いつもなら雑に投げるところを、今日はちゃんとポケットへ入れた。
「三週間後」
幸助は言った。
「学園で会う」
刻乃は頷いた。
「学園で会う」
「俺、ネクタイ結べるかな」
「練習しろ」
「刻乃が結んで」
「自分でやれ」
「初日だけ」
「……初日だけだ」
「やった」
「ただし、以後は自分でやれ」
「はい」
「女子に変なことを言うな」
「変なこととは?」
「それが分からない時点で危険だ」
「俺、入学前から補習対象?」
「かなり」
「厳しいな」
幸助は、最後に玄関から外へ出て、空を見上げた。春前の空は、昨日より少し明るかった。
刻乃は、その横顔を見た。
幸助は残った。
憑依は起こらなかった。
原作は外れた。
それでも、幸助は花邑毬乃の元へ行く。
ツクヨミ魔法学園へ行く。
刻乃とまた会う。
未来は不安だ。
でも、未来がある。
それだけで、十分ではないが、十分に近い何かだった。
「幸助」
「何だ」
「行ってこい」
「おう」
二人は笑った。
そして翌日、幸助は花邑毬乃の家へ移り、入学準備を進めることになった。