魂遣いは無自覚曇らせメイカー 〜世界救う代償でみんな僕のこと忘れるしと、最後に曇らせスピーチかました。記憶喪失になったのは僕でした〜 作:ガンバリミトメナイザー
――――真っ暗な視界に、うっすらと光が差す。
深い水底の意識は浮上し出す。目覚めに向けて一直線に。
ぬるま湯みたいな心地よさを振り払い目を開けて、寝室に差し込む光に反射的に目を閉じて。そして気づいた。
……ん? なんか、柔らかくてあったかい。
「んっ……」
声聞こえた。感触が寝具のそれじゃない。
心地よさが急に違和感になる。僕は目を薄く開けて周囲を見渡して…………隣に見つけたんだ。
――――僕に添い寝する、気品ある金髪の美女を。
「れ、レイミヤさん……っ!?」
「わっ。お、おはようございますわ、カナタ」
混乱する僕を見て、バツの悪そうな笑みを浮かべるレイミヤさん。すごすごベッドを降りて、気まずそうに僕を見つめる。
いや、無言じゃなくてなんか言ってよ。
「えっ? ほんとになんでいるんです? 昨日の夜、別々に寝室に入りましたよね?」
混乱の中、僕はそう頭に浮かんだ疑問をそのまま口にしたんだけど。
「もちろん夜は一人で寝ましたわ。実家からは夜に男と同衾するなと口うるさく言われていますもの。………………でも、今は朝ですし。なにか問題ありますの?」
そうして、レイミヤさんは言うのだ。
「わたくしカナタの――――ママ、ですわよ。寝顔くらい見せてくださいなっ」
ひ、開き直った。こんな若いお母さん持った記憶ないよ。レイミヤさん、それよく言ってくるけども。
「任務で同じ宿に泊まった時はこんなことしなかったのに……」
「――当り前ですわ! わたくしキャンベル家の娘として、どんなにこういうことしたくっても、任務に私情はもちこみませんの。でもいまはプライベート。ようやっと昨日、みんな揃って新居に越してきたんですもの!」
僕の意思が介在してない。誤魔化すみたいに早口だし。
まあ僕みたいなちんちくりん、レイミヤさんが気にしてないなら大丈夫なんだろうけどさ……。
「さ、起きたならリビングにおいでなさいな。朝餉を用意してますの。ああ、お手洗いに行くのは忘れませんようにねっ? 顔も洗って、歯も――」
……。お母さんじゃん、ほんとに……。
ということで。
言われたこと全部やってリビングにやってきた僕は、テーブルに並んだご飯を食べてるんだけど。
「――――おい、レイミヤ。お代わりはないのか? これっぽっちではわらわの腹は満たせんぞ……!」
「はいはい、朝から健啖ですのね。お待ちなさいな、すぐ入れますわ」
リビングで朝食をとるのは三人。
エプロンをして金色の髪をおさげにまとめたレイミヤさんは、いま席を立ったけど。僕ともうひとり、真紅の髪の少女ドラ子が、丁寧に作られた美味しい朝食を楽しんでる。
僕は隣で長髪を乱しご飯をかきこむドラ子へと視線を向けた。
「ねえドラ子。……今日、ドラ子のとこにもレイミヤさん来た?」
ご飯を口へ運んでいた手が止まる。ドラ子は瞳孔が縦に割れた黄金の瞳で僕を見ると、忌々しそうに言った。
「来とらんが……なんじゃ? おぬしのところには来たというのか?」
「うん。目が覚めたら添い寝されてた。ママだからって」
「レイミヤのやつめ、まだそんな世迷いごとを。あやつはカナタを見る目が怪しいのじゃ……。わらわに対してもなにかと母親面してきよるし」
「あ、そうなんだ?」
「わらわの寝所に忍び込み、家具やら小物やら勝手に運び込みおったのじゃ。ねぐらに入ってもよいのは、主人であるわらわと、美しきわらわを飾る
でも添い寝はなかったんだ、よかったね。部屋に入られるの嫌がるなんて、なんか思春期の男の子みたい。
「……っああ、そういえばそう、宝物も足りんかったわ。ようやっと決まったねぐらができたのはよいが、もっとわらわが満足できる家にしてもらわねば」
宝物って、僕たちそんなの持ってないじゃん。軍人としての報酬は限られてるし、この家買ったばっかだし、そもそもこの戦時下でそんな余裕どこにもないと思う。
レイミヤさんも最近ちょっとおかしいけど、ドラ子は一貫してわがままだなあ。
「……なんじゃその顔は。まるでわからず屋の子どもを見るかのような」
「あはは」
「笑って誤魔化すでないわ……! わらわのように一人前の
ぷんぷんと怒るドラ子。僕はその言葉に、ドラ子の頭――立派に突き出た二本の角を見る。
竜は宝物が好き、かあ。でも、ないものはないからね。
「ふん。わらわが力を貸してやっているのじゃから、おぬしらにはそれくらいの甲斐性を見せてもらわねば。黄金や宝石がないならせめて…………………………カナタが、わらわの部屋に来てもよいのじゃぞ」
「んん、僕が? なんで?」
いつものしかめっ面で、またよく分からないことを言う。レイミヤさんみたいに添い寝してほしいわけじゃないだろうに、インテリアみたいに突っ立ってろって? さすがにそれはねえ。
なんて考えてたら。ドラ子じゃない声が。
「――――ドラコにとっては、あなたが宝物なのですわ。カナタ」
「! 滅多なことを言うでないわ、レイミヤ……!」
両手にご飯のお代わりを持ってやってきたレイミヤさん。彼女は微笑ましそうな表情で言う。
「竜の習性として、宝物……自身にとって大事なものを懐にしまい込むのでしょう? つまりそういうことですわね」
「きさまレイミヤ、適当なことを……」
「図星でしょう? ドラコ。ただ、あなたがカナタを独り占めだなんて聞くと、なんだかわたくし胸がチクリとしますけど」
「……」
「なんですのこれ?」なんて首を傾げるレイミヤさんに、ドラ子から重たい雰囲気が。
でもそんな空気はすぐに散ると、元通り分かりやすい怒りを見せるドラ子に戻る。
「カナタ。おぬしまさか、今の戯言を信じてなどおらぬじゃろうな?」
「ふふ。大丈夫だよドラ子。僕たち仲良しだけど、宝物なんて言うのはさすがに恥ずかしいもんね?」
「なにも分かっておらぬな……! なんじゃ、その『反抗期の妹』を見るような目は!」
ぎゃいぎゃいと騒ぐドラ子につい笑っちゃう。でもそうしたら余計にドラ子が怒る悪循環が。
そろそろ本気で怒られそうだな、なんて思ってたその時だった。
外から、バキバキィッ、という凄い音が。
次いで聞こえる声――
「――し、しまった……! レイミヤに怒られる……」
これは……庭の方だ。
明らかに何かが壊れた音に、レイミヤさんは顔色を変えて庭に向かう。家選びに一番こだわってたのレイミヤさんだもんね。
僕とドラ子もご飯を置いて追いかける。
そうして庭に着くと、そこにいるのは一人の女性。編み込んだ銀の髪を風にそよがせ、冷たさすら感じるほどの鋭い美貌を、今はどこか物憂げに陰らせてる。僕らの仲間のエルフ、シルバーさんだ。
そして、そんな彼女の視線の先には、幹の真ん中でぽっきりと折れた庭木が一本。
あれ、レイミヤさんが選んで植えた、きれいな花が咲くやつ……。
「……この、シルバー……っ。わたくし言いましたわよ!? 剣の稽古をするのはいいですけど家に傷はつけないでと……!」
「ふうむ……。けれど、ボクが折ったのは木だ。約束通り家は壊していないよ」
「同じですわ! わざわざ余所から持ってきて植えているのですから、庭木も家の一部ですの! どうしてくれますの……!」
おお。めちゃくちゃ怒ってる。
「そうは言われてもね、折れてしまったものはしようがないよ。この世は諸行無常、もっと大きく構えようじゃないか。……ボクが普通のエルフのように魔術でも使えれば話は違ったけれども」
「っこの、脳筋エルフ! おバカ!」
レイミヤさんは折れた木に駆け寄ってなんとかならないか検分を始めて、シルバーさんが興味深そうにそれを見守る。ドラ子は「くだらぬ」なんて言いながら、僕の隣を離れず残ってる。
そんな、トラブル続きで騒がしい朝なんだけど。……僕はなんだか、胸から込み上げる気持ちに笑みがこぼれた。
お母さんみたいに細やかで優しく、時にはしっかり怒るレイミヤさん。ドラ子は年ごろの妹みたいにいつも不機嫌で、でもその素直じゃないところが可愛くって。飄々としたシルバーさんはおばあちゃんかな?
これまで長い間、スラムを一人で生きてきて。みんなと一緒になったのは、生まれてからの十八年のほんの一部だけだけれど。
それでも僕は自信を持って言えるよ。たとえ血がつながっていなくたって――――みんなは僕の、かけがえのない家族だって。
そんな、じんわりと心があったかくなる感情でいっぱいになっていると。
――僕の中から、突然するりと白光が飛び出す。
「!」
光はふよふよと宙を浮き、抗議するみたいに僕の顔の前で左右に揺れて。そして、明滅しながら目の前で像を結んでいく。
現れたのは…………髪も肌も服も真っ白で、後ろがちょっと透けてる、神秘的で儚げな少女。
「メイ」
僕の声に顔をあげた少女――精霊メイルマリンは、いつもの無表情で、けれどどこか不満げに言った。
『カナタは。……わたしの』
僕以外のみんなには聞こえないその声。
僕の感情に反応して出てきちゃったのかな? でも、安心して。もちろん僕はメイのこと忘れてなんかないよ。
僕と一番付き合いが長いのはメイで、一番僕の命を救ってくれたのだってメイだからね。みんなの一員として力を振るえるのもメイがいるからだし。
「心配しないでよ、メイ。僕が死んじゃうその時まで、僕たちはずっと一心同体だよ」
宙に浮くメイにそう優しく告げてあげると。
『……そ。なら、いい』
それだけ言うと、表情をぴくりとも変えないまま、また光の玉になって僕の胸へと飛びこんでくる。
ふふ。メイは家族に例えるとなんだろうね? ドラ子と一緒で妹かな。それとも、彼女が生まれた時から一緒にいるんだから、僕の娘になるのかな?
そんなことを考えていると。
「気に入らんな。ふよふよと虫けらのように飛びおって。…………カナタによからぬことを吹き込んでいやしまいな」
ドラ子がなんだか面白くなさそうに呟く。ドラ子も、レイミヤさんもだけど、メイの姿をはっきり見れないし、声も聞こえないもんね。
ただ、僕以外で唯一メイと話せるシルバーさんはと言うと。
「精霊様は嫉妬深いからねえ」
呑気にそんなこと言って、レイミヤさんに「ちょっと、ちゃんと手伝ってくださいまし! ほらそこを抑えて」なんて怒られてる。
嫉妬深い、かあ。そうだなあ、僕にとっては寂しがりでかまってちゃんのかわいい子なんだけど。いつか小隊の全員と言葉を交わせるようになって、五人全員で仲良くできるといいなあ。
そんな、いつかの未来のことを考えていると――
『――カナタには、わたしだけがいればいい。そして、それはもうじき……』
「ん? なにか言った? メイ」
問いかけるけど返事はない。微かにメイの声が聞えた気がしたけど、空耳かと思いなおして。
そうして……。
僕たちはその後も、戦いばかりの毎日には珍しい休息を楽しんで。次の戦いも絶対にみんなと乗り越えるんだって、そう絆を深められたと思ったのに。
――――これが、全員揃って日常を過ごせた最後の一日だなんて。この時の僕たちは思ってもみなかったんだ。
またみんなで平和にお喋りして笑いあって。
家族みたいに一緒に過ごせるって。
そう、思ってたのに……――
瓦礫ばかりになった王都。
王城は崩れ去って、僕らの家があるはずの区画も更地に。
「――――もう、どうしようもないなら。犠牲になるのは僕一人でいい」
そう呟いて。僕は自身の内側、魂に手をかける。
力が溢れる。ほとんど魔力がない僕でもこれなら。
そうして、体から漏れ出る致命の光を向ける先は――――王都で暴れる、遠大な影の巨人。
「っカナタ、おやめなさい!! あ、あなただけを失って得る勝利だなんて……!」
「よすのじゃ! ……ッ竜たるわらわに気遣いなど!!」
「………………それしかないのかい? 老骨は、不要かな?」
みんなは僕の後ろで地面に伏して。もう傷だらけで、戦うなんてとても。
だから、ね。今度は、いつもみんなに守られてた僕が命をかけて……いいや――――存在をかけて。
だよね? メイ。
『――出しきっちゃえ、ぜんぶ。