科(化)学系チート持ち転生者のお話 オタク番外編   作:金属粘性生命体

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オタクの一歩

 

 

 

 

 二度目の人生で最初に確認したのは、家族の顔でも、己の新しい名前でもなかった。

 この世界に、初音(はつね)ミクがいるかどうかだった。

 

 結果として、いた。

 ミクも、ポケモンも、カードゲームも、ロボアニメも。

 前世で好きだったものは、この世界にもちゃんと存在していた。

 

 なら、まあ。

 生きる理由としては十分だった。

 

 事の始まりは、よくある転生というやつだ。

 前世の記憶を持ったまま新しい命として生を受け、そしてどういうわけか、頭の中にとんでもない知識が詰まっていた。

 どうすれば作れるのか、妙に筋道が見えたのだ。

 普通なら夢物語で終わるはずのものが、具体的な部品と手順に分解されていく。それが前世の記憶の延長なのか、転生特有のボーナスなのかは分からない。

 

 ただ、作れる気がした。

 世界を変えるとか、歴史に名を残すとか、そういう大層な話ではない。

 子供の頃に欲しかったものを、自分の手で作ってみたかっただけだ。

 

 とはいえ、子供の身体で天才ムーブをするのは簡単だが、その後に親が泣く。

 突然、三歳児が謎の電子機器を組み上げたり、五歳児がプログラミング言語で複雑なアルゴリズムを書き殴り始めたりすれば、どう考えても病院に連れて行かれるか、良くて気味悪がられるのがオチだ。下手すればお祓い案件である。

 

 それは流石に御免だった。

 

 趣味に生きたいのであって、家族を不安にさせたいわけではない。

 だから、しばらくは普通の子供として過ごすことにした。

 泣きたい時は泣き、おもちゃを与えられれば遊び、学校に行けと言われれば大人しくランドセルを背負う。極めて真っ当で、親孝行なスローライフである。

 

 もちろん、その間も頭の中は忙しい。

 少しずつPCを触れる年齢になると、ローカルフォルダの奥底に『趣味ノート』と名付けたテキストファイルを作り、そこへ日々の妄想を書き溜めていった。

 

 ボーカロイドを返事できる存在にする。

 カードからモンスターを出す。

 ポケモンと散歩する。

 妖怪ウォッチを作る。

 ロボットのコックピットに座る。

 

 どれも今すぐ作る気はない。

 けれど、いつか必ず作る。

 そう決めて、ノートの端に少しずつ夢を書き足しながら、至って平凡な学生生活を謳歌した。

 

 やがて高校生も後半に差し掛かった頃、本格的に動き始めるための準備に着手した。

 そこで最初にぶつかったのは、あまりにも現実的な壁だった。

 資本主義という名の、強固な壁である。

 

 夢を見るだけなら無料だ。

 けれど、夢を作るには金がいる。

 

 演算機、精密な部品、専用の工具、そして何より試作と実験を繰り返すための環境。

 どれを取っても、高校生の小遣いでどうにかなる額ではない。趣味には金がいるし、本気の趣味にはもっと金がかかるのだ。

 いくら頭の中に()()()()()が完成していようと、それを現実に出力するための素材が買えなければ宝の持ち腐れである。

 

 そこで、趣味の資金を作るためにアプリゲームの開発を始めた。

 株や仮想通貨で荒稼ぎするのは目立ちすぎるし、怪しい会社を立ち上げるのも面倒だ。その点、スマートフォン向けのアプリ開発なら、高校生が個人でやっていてもギリギリ不自然ではない。

 

 とはいえ、金は欲しいが、金のために嫌いなゲームを作るのは違う。

 露骨な集金システムや、やたらと広告が挟まる邪悪なゲームなんて作りたくない。趣味の資金源が、自分の嫌いなシステムであっていいはずがないのだ。

 

 どうせ作るなら、自分が遊んでも楽しいものがいい。

 

 そうしてひっそりとリリースされたのが『星屑工房』というアプリだった。

 小さな工房で星屑を集め、道具を作り、少しずつ不思議な世界を広げていく放置系のクラフトゲームである。

 

 広告は控えめ。

 課金は便利機能と見た目の変更が中心。

 触っていると、少しだけ次の素材が欲しくなる。その少しが積み重なって、気づけば一日が溶ける。

 

 そんな、自分の趣味へのスタンスをそのまま形にしたようなゲームだった。

 結果として、これが思いのほかハネた。

 

 SNSでの口コミを皮切りに、課金圧の低さと異常なテンポの良さが評価された。

『個人制作のレベルを超えてる』『一生遊べる』『作者にお布施させろ』といった声が広がり、有志の攻略サイトが勝手に立ち上がる頃には、口座にはちょっとした非日常的な数字が並ぶようになっていた。

 

 有名になりたいわけではない。

 でも、自分の作ったものに人が熱中しているのを見るのは、素直に楽しかった。

 

 しかし、流石に口座の桁が変わり始めると親の目を誤魔化しきれなくなる。

 ある日の夜、リビングのテーブルに通帳とスマートフォンを並べ、両親と向き合った。

 

「危ないことはしてない」

「……本当に?」

「ただ、ゲームを作った」

「ゲーム?」

「スマホのアプリ。ちょっと遊ばれてる」

「ちょっとって、どのくらい?」

「……思ったより」

 

 両親は当然心配した。

 高校生の息子が、突然大金を稼いでいたのだから当たり前だ。通帳の数字を見た時の父親のひきつった顔は、恐らく一生記憶に残るだろう。

 

 それでも、犯罪でも怪しい投資でもなく、自分で組んだアプリの正当な収益だと分かると、両親の表情は少しずつ和らいでいった。

 変に大人ぶらず、素直に相談を持ちかけたのも良かったのかもしれない。

 

 学業を疎かにしないこと。

 税金や契約のことは大人に相談すること。

 顔や個人情報を絶対に出さないこと。

 

 いくつか条件は増えたが、頭ごなしに止められはしなかった。

 

 やがて季節は巡り、高校卒業と大学進学のタイミングで、一人暮らしの部屋を借りて本格的な作業スペースを整えた。

 複数のモニター、電子工作の機材、3Dプリンター、そして古いフィギュアやカードゲームの束。

 表向きは『プログラミングと電子工作が趣味の学生』の部屋だが、その実態は、長年の夢を出力するための工房だ。

 

 資金はできた。

 環境も整った。

 いよいよ、本命のプロジェクトを起動する時だ。

 

 一番最初に作るのは、初音ミクではない。

 MEIKOとKAITOだった。

 

 知名度や流行りだけで選ぶなら、ミクから始めるのが一番分かりやすいだろう。

 でも、作りたいのは初音ミクだけではない。

 ボーカロイドという文化そのものを、そこにいる存在として現実へ迎えたいのだ。

 

 なら、まずは最初期を支えた彼らからだと思った。

 順番に、一つずつ、丁寧に現実へと引っ張り出していく。それがオタクとしての礼儀というやつだ。

 

 キーボードを引き寄せ、これから使う名義を決める。

 表舞台に立つ気はないが、誰にも見せない気もない。せっかく作るなら、同じ趣味を持つ人間たちに見せびらかしたい。

 

 掲示板で使う名前は、空想作成者。

 動画を上げる時の名前は、夢路。

 

 顔も本名も出さない。

 けれど、作ったものは見せる。

 驚かれたいし、笑われたいし、欲しいと言われたい。

 

 そのくらいの承認欲求は、趣味には必要だ。

 

 デスクトップに新しいフォルダを作成した。

 フォルダ名は、MEIKO_KAITO_Project。

 

 その中に、新しいテキストファイルを一つ作る。

 

『まずは、声に返事をしてもらうところから』

 

 書いて、少し笑った。

 

 ブラウザを立ち上げ、日頃から眺めている巨大掲示板を開く。

 電子工作・技術系の板でスレッド作成画面を開き、指を置く。

 

【本気の趣味】ボーカロイドを“そこにいる存在”として作りたい【まずMEIKO・KAITO】

 

 送信。

 

 ようやく、一つ目の趣味が始まった。

 

ちょっと設定を見直してたら作り直したくなってきた、どっちがいいと思う?

  • 作り直す
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