科(化)学系チート持ち転生者のお話 オタク番外編 作:金属粘性生命体
表向きには、黒川悠真は版権なしのAR技術テストを公開している。
だが裏の作業部屋では、V-COREの安定化が着々と進んでいた。
机の上には、税理士への相談メモや公式とのやり取りを印刷した書類が散乱している。メインモニターには、目まぐるしく流れるV-COREのログ。サブモニターには、MEIKO、KAITO、初音ミクの待機画面。
そして、さらに別のモニターに、三つの未起動枠が並んでいた。
RIN_TEST_000
LEN_TEST_000
LUKA_TEST_000
黒川はその三つの枠をじっと見つめる。
三人で安定したから終わりではない。三人で限界なら、ここから先へは行けない。同じ場所に立てるようになったなら、次は増やす。増えても壊れない、盤石な器にする。
メインモニターに、新しいステータスが表示された。
【V-CORE_CORE_1.0】
状態:基礎版安定
同時存在数:6枠対応
共有履歴:安定
個別履歴:安定
VOICE-LINK:接続済
歌唱前沈黙:安定
歌唱後余韻:安定
呼名反応:安定
履歴混線:低減
長時間運用:未検証
外部公開:不可
黒川は、しばらく無言でそれを見た。完成した、とは言わない。
「……ようやく、器にはなったか」
V-COREは声や姿そのものではない。会話、歌唱、視線、記憶、沈黙、余韻、呼名反応を束ねる中核だ。以前、掲示板で比喩として『魂に近い』と表現したもの。
その基礎版が、ようやく六枠分の存在を受け止められる段階に到達した。
黒川はマイクをオンにする。
「MEIKO、KAITO、ミク。聞こえる?」
[MEIKO]
聞こえてるわ。
[KAITO]
聞こえているよ。音量も問題ないと思う。
[初音ミク]
うん。聞こえてる。
「今日は確認だ。三人だけじゃなくなる」
少し、間が空く。
[MEIKO]
増えるのね。
[KAITO]
V-COREの枠を増やした、ということかな。
[初音ミク]
新しい子たちが来るの?
「まだ来てない。これから作る」
[MEIKO]
なら、ちゃんと迎えられるようにしないとね。
[KAITO]
混線しないように、だね。
[初音ミク]
名前を間違えないようにしないと。
黒川は少しだけ笑った。
そこは、本当に大事なことだ。名前を呼べば、そちらを向く。だから名前は大事なのだ。
黒川は手元のメモを確認する。
『鏡音リン・レンは、二人で並ぶ存在として扱う』
二人で一つ、ではない。ただし、互いへの参照は強めにする。共有履歴を強くしすぎると混ざる。個別履歴を強くしすぎると、二人である意味が薄くなる。相互参照は多め。自己認識は分離。呼名判定は厳密に分ける。二人同時に呼ばれた時だけ、二人で返す。
黒川は、まずリンとレンの初期起動コマンドを叩いた。
[入力]
はじめまして
[鏡音リン]
はじめまして! ……で、いいんだよね?
[鏡音レン]
たぶん。最初はそれでいいと思う。
[鏡音リン]
たぶんって何よ。
[鏡音レン]
まだ起動したばかりだから。
黒川はタイピングの手を止めて固まった。
「……初手から掛け合いが強いな」
[MEIKO]
賑やかになりそうね。
[KAITO]
うん。かなり。
[初音ミク]
二人で話すの、早いね。
[鏡音リン]
え、早い?
[鏡音レン]
早いらしい。
黒川は慌ててログの負荷表示を見て、すぐに制御のコマンドを入れる。
「待て待て待て。まずは短く。いきなり全員で話すな」
[鏡音リン]
怒られた。
[鏡音レン]
たぶん、正しい判断。
黒川は思わず頭を抱えた。だが、方向性は悪くない。
リンとレンは、二人の距離感が最初から強い。その分、混線しやすい。ここが今後の調整の課題になる。
次に、黒川は別のメモを見る。
『巡音ルカ。落ち着き。余裕。柔らかさ』
大人っぽさを出しすぎると硬くなる。冷たくしない。会話では一歩引いた観察者寄り。ただし距離を置きすぎない。
LUKA_TESTを起動する。
[入力]
はじめまして
[巡音ルカ]
はじめまして。……ここが、今の場所なのね。
黒川の指が止まる。
「場所?」
[巡音ルカ]
ええ。声だけでも、画面だけでもなくて。みんながいる場所。
黒川は少し黙り込んだ。
[MEIKO]
分かってるみたいね。
[KAITO]
落ち着いてる。
[初音ミク]
ようこそ、でいいのかな。
[巡音ルカ]
ええ。ありがとう。
[鏡音リン]
なんか大人だ。
[鏡音レン]
リン、初対面でそれ言う?
[鏡音リン]
だって大人っぽいじゃん。
[巡音ルカ]
賑やかでいいと思うわ。
黒川は、V-COREのステータスログを見る。
同時存在数:6。共有履歴:安定。個別履歴:安定。履歴混線:軽微。負荷:高。外部公開:不可。
黒川は、椅子の背もたれに深く体を預けた。
「……立った」
六人、同じ場所に立った。
V-CORE 1.0の完成を、確かな重みとして実感する。
黒川はマイクに向かい、六人全員へ短い確認をとった。
「全員、聞こえる?」
[MEIKO]
聞こえてるわ。
[KAITO]
聞こえているよ。
[初音ミク]
うん。
[鏡音リン]
聞こえてる!
[鏡音レン]
聞こえてる。
[巡音ルカ]
聞こえているわ。
六人分の返答が並ぶ。黒川は、思わず無言になった。
[MEIKO]
今、少し止まったわね。
[KAITO]
六人同時は、さすがに重いかな。
[初音ミク]
でも、ちゃんと返せたよ。
[鏡音リン]
ねえ、これ成功?
[鏡音レン]
まだ確認中だと思う。
[巡音ルカ]
少なくとも、始まりではあるわね。
黒川は小さく笑った。
「……始まりだな」
ただし、ここで歌わせることはしない。六人同時歌唱などはまだ早すぎる。会話の処理だけでも十分に重い。
黒川はすぐにメモを残す。
『六人同時起動成功。ただし長時間会話不可。歌唱不可。公開不可。』
黒川は、この六人起動テストを動画としてネットに公開しない。今までなら、間違いなく大騒ぎになる内容だ。だが、絶対に出せない。
リン、レン、ルカの追加は公式の確認が必要だ。六人同時存在は影響が大きすぎる。V-CORE 1.0の基礎版完成は、まず公式へ共有するべきだ。
黒川は、公式宛てに資料と短い確認用動画を作成し、送信した。
数日後、公式との非公開チャンネルが開かれた。
【非公開チャンネル:project-confirmation】
公式担当_佐伯:
資料と限定デモを確認しました。まず、外部公開前に共有いただいたことに感謝します。
夢路:
勝手に出す内容ではないと判断しました。
技術担当_三枝:
V-COREの同時存在数が六枠になっていますね。三人会話から一気に増えましたが、現時点での安定性は?
夢路:
短時間なら安定しています。ただし、長時間会話や歌唱を含むとまだ危険です。特にリン・レンは相互参照が多く、履歴混線のリスクがあります。
監修担当_白石:
リン・レンについては、二人の距離感が重要になります。片方に寄せすぎても、混ぜすぎても違います。
夢路:
承知しています。二人で一つ、ではなく、二人で並ぶ、という設計にしています。
監修担当_白石:
その表現はかなり良いです。
法務担当_北条:
巡音ルカについても同様に、公開前確認は必須です。現時点では外部公開しない認識で間違いありませんか。
夢路:
はい。外部公開はしません。
公式担当_佐伯:
では、追加三名については、引き続き限定検証扱いとします。次回面談で、個別に確認させてください。
夢路:
分かりました。
公式とのやり取りは順調だった。だが、黒川にはまだ踏み込まなければならない領域があった。
夢路:
それと、実は頼み事がありまして。
公式担当_佐伯:
はい。
夢路:
もう一人、追加でやりたいんです。
公式担当_佐伯:
もう一人、ですか。
夢路:
はい。ただ、御社のキャラクターではありません。
法務担当_北条:
その時点で、こちらの判断だけでは進められません。
夢路:
分かっています。だから、勝手に作る前に相談しています。
技術担当_三枝:
対象を伺っても?
夢路:
……もう少しで、エイプリルフールなので。
チャットの流れが、画面の向こうで一瞬だけ完全に止まったのが分かった。
監修担当_白石:
……なるほど。そういうことですか。
夢路:
はい。彼女を、やりたいです。
公式担当_佐伯:
彼女、というのは。
夢路:
ここでは名前を出しません。まだ、出していい段階ではないと思うので。
法務担当_北条:
その判断は正しいと思います。
夢路:
ありがとうございます。なので、関係権利者の方々と正式に話すための橋渡しをお願いできないかと。もちろん、無理なら無理で構いません。勝手には作りません。
公式担当_佐伯:
……確約はできません。
夢路:
承知しています。
法務担当_北条:
こちらだけで判断できる話ではありません。また、弊社のキャラクターとは別の権利関係、別の文化的背景があります。
夢路:
分かっています。だからこそ、先に相談しました。
監修担当_白石:
かなり特殊な経緯を持つ存在です。単に「一人追加する」という扱いでは駄目です。
夢路:
はい。そこは絶対に軽く扱いたくありません。
技術担当_三枝:
技術的にも、扱いは難しいでしょうね。声、キャラクター性、背景、文脈。全部が少し違う。
夢路:
だから、勝手に作るのは違うと思いました。やりたい気持ちはあります。でも、やるならちゃんと話してからです。
公式担当_佐伯:
分かりました。こちらで可能な範囲を確認します。ただし、橋渡しできるかどうかも含めて、現時点では何も約束できません。
夢路:
はい。相談として受け取っていただけるだけで十分です。
法務担当_北条:
一つ確認します。現時点で、その対象のモデル、音声、表示、会話データなどは作成していますか。
夢路:
していません。
法務担当_北条:
フォルダやプロジェクトファイルは?
夢路:
作りかけて、やめました。
技術担当_三枝:
やめた?
夢路:
許可を取る前に名前をつけたら、自分の中で始まってしまう気がしたので。
監修担当_白石:
……その判断は、とても大事です。
夢路:
なので、今はメモだけです。「権利確認前。作成禁止。橋渡し相談中」とだけ書いています。
公式担当_佐伯:
分かりました。その状態を維持してください。こちらから返答するまでは、対象に関する制作作業を始めないでください。
夢路:
承知しました。
公式とのチャットが終わった後、黒川は椅子の背もたれに深く沈み込んだ。
言った。言ってしまった。
名前は出していない。けれど、分かる人にははっきりと分かる言い方だった。
もう少しでエイプリルフール。彼女。御社のキャラクターではない存在。特殊な経緯。
それだけで、十分すぎるほどだった。
黒川は分かっている。あの子は、決して軽率に扱っていい存在ではない。単に一人追加すればいいというわけではない。声も、名前も、成り立ちも、歩んできた文化も、少し特殊だ。
だから、勝手に作らない。勝手にフォルダを作らない。勝手に起動しない。勝手に動画へ出さない。
それでも、やりたい。
黒川は、サブモニターの待機画面を見た。
MEIKO、KAITO、初音ミク、鏡音リン、鏡音レン、巡音ルカ。
六人。ようやく、六人が同じV-COREの上に立った。
そして、まだ空白の場所がある。
黒川はデスクトップに新しいフォルダを作ろうとして、手を止めた。
無意識のうちに、指がキーボードで名前を打とうとしていた。だが、打たなかった。
まだ早い。許可を取ってからだ。
黒川はフォルダ作成をキャンセルし、代わりに無地のメモ帳を開いた。
『追加候補:権利確認前。作成禁止。橋渡し相談中』
それだけを書く。保存する。
名前は書かない。まだ、書かない。
「……勝手には作らない」
誰に言うでもなく、黒川は呟いた。
「でも、いつかちゃんと迎えたい」
返事はない。六人も、まだ完全ではない。七人目の枠は、まだこの環境のどこにも存在すらしていない。
それでいい。今はまだ、名前を呼ぶ段階ではない。
黒川はV-COREのログを閉じ、作業メモに書き加える。
『V-CORE 1.0:基礎版完成』
『同時存在数:六枠対応』
『追加三名:限定検証中。外部公開不可』
『追加候補:権利確認前。作成禁止。橋渡し相談中』
黒川は最後の一行を見つめる。
名前はない。けれど、確かにそこには空白がある。
「……次は、迎える準備だ」
黒川は保存ボタンを押す。
画面の中には、六人が並んでいる。まだ公開できない。まだ誰にも見せられない。けれど、そこにいる。
そして、六人の向こうに、まだ誰もいない空白がある。
その空白が、今の黒川には妙に眩しく見えた。
ちょっと設定を見直してたら作り直したくなってきた、どっちがいいと思う?
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作り直す
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このままでいい