科(化)学系チート持ち転生者のお話 オタク番外編 作:金属粘性生命体
会議室のモニターには、夢路から送られてきた資料の一部が表示されていた。
『追加候補:権利確認前。作成禁止。橋渡し相談中』
その一行を眺めながら、窓口担当の佐伯が口を開いた。
「では、夢路氏から相談のあった追加候補についてです」
「まず大前提として、これは当社だけで判断できる案件ではありません」
法務の北条が即座に、事務的なトーンで釘を刺した。それに続くように、技術担当の三枝が深く頷く。
「技術面でも、監修面でも、そして権利面でも、完全に別枠ですね」
キャラクター監修担当の白石は、少しだけ困ったように、けれどどこか楽しげに笑った。
「ただ、分かる人にははっきりと分かる言い方でしたね」
「もう少しでエイプリルフール。御社のキャラクターではない。少し特殊な経緯を持つ彼女、ですか」
佐伯が資料の文言を読み上げると、三枝が小さく呟いた。
「隠しているようで、隠し切れていませんね」
「だからこそ、文書に名前を出さなかった夢路氏の判断は正しいです。ここで名前を明記されていたら、資料の扱いと保管の責任が一段重くなっていました」
北条は手元のペンを置き、改めてリスクを整理し始める。
「確認します。今回の追加候補は、当社の管理下にあるキャラクターではありません。当然、当社が許可を出すことはできませんし、仮に橋渡しをする場合でも、こちらが勝手に話を進めていると先方に誤解される危険があります。また、夢路氏の技術は影響が大きい。先方に伝える情報の範囲も慎重に決める必要があります」
「つまり、先方へ共有する段階では、夢路氏の詳細な技術資料やデモ動画を勝手に渡すべきではないと」
「はい。まずは概要だけです。夢路氏という投稿者がこういう相談をしている。本人は作成前に権利確認を希望している。現時点で制作はしていない。橋渡しの可否を伺いたい。この程度から始めるべきです」
三枝が少し身を乗り出して尋ねる。
「V-COREの技術詳細は?」
「出しません。相手から求められた場合でも、夢路氏本人の明確な同意なしには絶対に出せません」
「ただ、先方が興味を持つには、ある程度の文脈は必要ですね」
白石の指摘に、佐伯がタブレットを操作しながら答えた。
「公開済み動画と、本人の方針説明程度なら問題ないでしょうか」
「公開済みのものは問題ありません。ただし、こちらが彼の技術を推奨や保証しているように見えない言い方にしてください」
「公式側の面倒な部分が出てきましたね」
「面倒で済むならまだいい方です」
慎重な議論がしばらく続いた後、白石がふと、窓の外を眺めるようにして本音を漏らした。
「……ただ、個人的には見たいです」
会議室の空気が一瞬だけ止まる。佐伯が「白石さん」とたしなめるように名前を呼んだ。
「もちろん、監修担当としては慎重に進めるべきだと思っています。勝手に作るのは論外ですし、権利確認前に名前を出すのも危険です。でも、夢路さんがあの子をどう扱うのかは、正直見てみたいです」
三枝が少し笑った。
「分かります。技術担当としても、V-CORE上であの特殊な文脈をどう扱うのかは非常に興味があります。既存の六人とは違う、全く別の設計が必要になるはずですから」
「私も、個人的な意見を言わせてもらえば同感です。夢路氏が事前に踏み止まったからこそ、見てみたいと思える」
佐伯の言葉に、白石が強く頷く。
「そうなんです。勝手に作って動画に出していたら、こちらも先方もまず止める話になっていたはずです。でも彼は止まった。名前も出さなかった。フォルダすら作らなかった。だからこそ、期待してしまうんです」
北条は小さく息を吐いた。
「……その感情自体は否定しません。ただし、公式としては順番を守る。それだけです」
「はい。順番を守った上で、前向きに橋渡しを検討しましょ」
数日後、佐伯が会議室に再び三人を集めた。
「先方から返信がありました」
「反応は?」
「かなり前向きです。公開済みの夢路氏の動画は、既に確認済みだったようです」
三枝が少し驚いたように眉を上げた。
「見られていたんですね」
「はい。特に、初音ミクにまず話してもらった動画と、歌唱テストは把握されていました。無断使用や過剰な人格化への懸念は当然ありましたが、夢路氏が作成前に橋渡しを求めたことは、かなり好意的に受け取られています」
「やはり、そこが大きいですね」
「さらに、先方からは条件を整理した上で、非公開の三者間打ち合わせなら検討可能という返答がありました」
「つまり」
「合同検証企画として進められる可能性があります」
北条がすぐさま牽制を入れる。
「まだ決定ではありません」
「もちろんです。ですが、少なくとも拒否ではありません。大きな一歩です」
会議は一気に具体的な調整へと移っていった。
夢路の姿勢への信頼。V-COREが『文化を尊重した存在表現』に見えるという評価。そして、エイプリルフールに縁のある彼女という文脈と、夢路の情熱の相性。
「技術的にも、彼女はかなり面白い対象です。クリプトン勢とは違う成り立ちを、V-COREがどう扱うのか」
「面白いから進める、ではありません」
「分かっています。面白いからこそ、正しく管理するべきだと言っているんです」
佐伯は議論をまとめ、方針を確定させた。
三者間打ち合わせを設定すること。夢路氏には打ち合わせ完了まで制作を開始させないこと。条件が整えば非公開の合同検証企画へ。外部発表は行わず、名前もまだ出さない。
「では、前向きに進めましょう。慎重に、ですが」
「慎重に、です」
「見たいからこそ、慎重に、ですね」
その日の夜、公式との非公開チャンネルが開かれた。
【非公開チャンネル:project-confirmation】
公式担当_佐伯:
先日ご相談いただいた追加候補について、社内で検討しました。
夢路:
はい。
公式担当_佐伯:
当社単独では判断できないため、関係権利者側へ概要を共有しました。先方から、非公開の三者間打ち合わせであれば検討可能との返答がありました。
夢路:
……本当ですか。
公式担当_佐伯:
はい。ただし、これは許可ではありません。制作開始の許諾でも、外部発表でもありません。
夢路:
分かっています。
法務担当_北条:
改めて確認します。対象候補に関する制作作業は、打ち合わせが終わるまで開始しないでください。
夢路:
はい。まだ作っていません。フォルダもありません。メモだけです。
法務担当_北条:
その状態を維持してください。
夢路:
承知しました。
公式担当_佐伯:
今後、当社、先方、夢路氏の三者で非公開打ち合わせを行います。条件次第では、合同検証企画として扱う可能性があります。
技術担当_三枝:
現段階では、あくまで非公開の検証です。ただし、先方も関心を持っています。
夢路:
……分かりました。慎重にやります。
監修担当_白石:
その上で、一つだけ。個人的には、私も見たいです。
夢路:
え。
監修担当_白石:
だからこそ、順番を守ってください。
夢路:
はい。絶対に、勝手には作りません。
チャットを閉じた後、黒川悠真はしばらく動けなかった。
先方が乗り気であること。三者間打ち合わせという異例の事態。合同検証という響き。まだ許可が出たわけではないし、名前を呼んでいいわけでもない。
だが、拒否ではなかった。
「……本当に、橋がかかった」
まだ渡ってはいけない橋だ。でも、橋の形ははっきりと見えた。
黒川はメモ帳を開き、震える指で追記した。
『先方確認:三者間打ち合わせ予定。制作開始禁止継続』
名前はまだ、書かない。
黒川はサブモニターに並ぶ六人の待機画面を見た。MEIKO、KAITO、初音ミク、鏡音リン、鏡音レン、巡音ルカ。その向こう側にある空白を見つめる。
「……まだ名前は呼ばない」
自分自身に言い聞かせるように呟く。
「でも、迎える準備はする」
黒川は保存ボタンを押し、眩しすぎる空白から視線を外した。
ちょっと設定を見直してたら作り直したくなってきた、どっちがいいと思う?
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作り直す
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このままでいい