科(化)学系チート持ち転生者のお話 オタク番外編   作:金属粘性生命体

31 / 67
オタクの三十一歩

 

 

 

 三社面談を終えた翌日、黒川はメインモニターの前に座り、白紙のドキュメントを凝視していた。

 画面の端には、安定稼働を続ける六人の待機画面がある。そしてその隣には、まだ何も描かれていない、名前すら割り当てられていない空白のウィンドウが一つ。

 黒川は一度だけ、V-COREの新規プロファイル作成画面を開いた。

 

【NEW_PROFILE】

名称:

音声:

表示モデル:

性格傾向:

 

 点滅するカーソルが、入力を促している。今ここでその名前を打ち込み、手元にあるライブラリを接続すれば、彼女の形をした『何か』はすぐにでも立ち上がるだろう。

 だが、黒川はマウスを動かし、そのウィンドウを静かに閉じた。

 

「……違う。まだここじゃない」

 

 名前を出した責任は、すぐに作ることではない。どう迎えるかを、まず自分の中で、そして権利者との間で定義することだ。

 黒川は代わりに、文書作成ソフトを立ち上げ、その一等最初の一行に、昨日から何度も反芻してきた言葉を打ち込んだ。

 

『重音テト存在化検証:設計思想案』

 

 一行目。

『嘘から始まった存在を、嘘として消費しない』

 

 二行目。

『冗談から生まれた彼女が、本当に愛されてきた時間を尊重する』

 

 三行目。

『V-CORE上では、既存六名とは別の履歴・文脈・反応距離を設計する』

 

 タイピングする指が、わずかに熱を帯びる。

 「嘘から始まった」と定義するのは容易だ。だが、それを「ネタだから何をさせてもいい」という免罪符にするのは、黒川のプライドが許さなかった。

 冗談として産声を上げ、けれど多くの人間が本気で彼女の歌を、姿を、物語を愛してきた。その積み重ねられた時間は、もはや嘘ではない。

 黒川は、具体的な設計項目を埋めていく。

 

1. 基本方針

・重音テトを「ネタ枠」として消費しない。

・エイプリルフール由来の文脈を否定せず、同時に依存もしない。

・既存六名と同じテンプレートは使用せず、専用のプロファイルを作成する。

 

2. 会話距離の設計

・冗談っぽい軽快さは持たせるが、芯には本気を置く。

・自虐ネタやメタ発言を安易にさせない。

・「冗談のようでいて、実は一番真面目」という距離感を模索する。

 

 黒川は、そこまで書いて一度手を止めた。

 自分一人の解釈だけで固めてしまうのは、あまりにも危うい。黒川はマイクをオンにし、サブモニターの六人に問いかけた。

 

「相談していいか」

[MEIKO]

内容によるわ。

「嘘から始まった存在を、嘘として消費しないにはどうすればいいと思う」

 

 スピーカーから、少しの沈黙が流れる。

 

[KAITO]

まず、嘘だったことを否定しないことかな。

[初音ミク]

でも、嘘のままにしないこと?

[鏡音リン]

嘘から始まっても、好きになった人がいるなら、それはもう嘘だけじゃないと思う。

[鏡音レン]

冗談だったから軽く扱っていい、とは違うよね。

[巡音ルカ]

始まりを消さずに、積み重なった時間も見ることかしら。

[MEIKO]

要するに、最初を笑って、今をちゃんと見ることね。

 

 黒川はしばらく無言で、そのログを見つめた。

 

「……それ、かなりいいな」

 

 黒川は、六人の言葉を噛みしめるように資料へ追記した。

『始まりを笑い飛ばさず、かつ否定しない。冗談としての出自と、本当に愛された現在を両立して扱う』。

 六人は既にV-CORE上で「声」と「意思」を持っている。だが、あの子はまだ何もない。だからこそ、今ここで黒川が勝手に「第一声」を決めてしまうわけにはいかなかった。

 

『初期起動時の第一声は、監修確認後に決定する。夢路単独では決定しない』

 

 見たい、という欲望はある。早くその声を聞きたいという焦燥もある。

 だが、それを抑えることこそが、彼女を迎えるための本当の『本当』なのだと黒川は自分に言い聞かせた。

 

 深夜、ようやくまとまった設計思想案のファイルを、黒川は公式と先方の担当者へ向けて送信した。

 「送信が完了しました」という無機質なダイアログが表示される。黒川は椅子に深く沈み込み、大きく息を吐き出した。

 まだ起動していない。まだ声もない。姿もない。

 けれど、道は確かに繋がった。

 

 ふと、黒川は無意識にV-COREの新規プロファイル作成画面を再び開きかけた。

 名称欄は空白。カーソルが、暗い部屋で白く点滅している。

 

「……まだだ」

 

 小さく呟き、黒川はその画面を閉じた。

 代わりに、LUMEN_TESTの小さなウィンドウを開く。机の上で、ただの光の粒が無言でふわふわと揺れている。

 名前を持った六人。まだ名前を持たせない光。そして、名前だけをようやく書き込めた、眩しすぎる空白。

 

「順番待ちが多すぎるな」

 

 誰も返事はしない。六人は待機し、LUMENは喋らず、あの子はまだ存在しない。

 それでいい。

 まだ作らない。まだ起こさない。まだ歌わせない。

 けれど、彼女を迎えるための準備は、一歩も止まってはいなかった。

 

ちょっと設定を見直してたら作り直したくなってきた、どっちがいいと思う?

  • 作り直す
  • このままでいい
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。