科(化)学系チート持ち転生者のお話 オタク番外編   作:金属粘性生命体

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オタクの三十二歩

 

 

 設計思想案を提出してから数日。黒川悠真は、どこか落ち着かない日々を過ごしていた。

 表向きの活動としてはLUMEN_TESTの調整を進め、裏ではV-CORE 2.0の安定化を図る。六人との音声会話も順調に続けている。

 だが、頭の片隅にはずっと、重音テトの空白が居座っていた。

 

 V-COREのプロファイル一覧。

 

 MEIKO_PROFILE

 KAITO_PROFILE

 MIKU_PROFILE

 RIN_PROFILE

 LEN_PROFILE

 LUKA_PROFILE

 

 その下に続く、まだ何もない空白。

 黒川は何度か新規プロファイル作成画面を開きそうになり、そのたびにマウスから手を離している。

 

「まだ返事が来てない」

 

 そう自分に言い聞かせて、自制する。

 設計思想は送った。だが、許可はまだ下りていない。ここでフライングすることは、これまでの慎重な積み重ねを全て台無しにする行為だ。

 

 ある夜、公式との非公開チャンネルに通知が届いた。

 

【非公開チャンネル:project-confirmation】

 

公式担当_佐伯:

設計思想案について、当社および先方で確認しました。

 

夢路:

はい。

 

公式担当_佐伯:

まず、全体として、非常に慎重に書かれていることは確認しています。

 

先方監修担当:

こちらでも読みました。正直に言うと、少し重いです。

 

 

 黒川の胃が、きゅっと音を立てて痛んだ。

 

 

夢路:

……はい。

 

先方監修担当:

ただ、軽く扱われるよりはずっと良いです。特に「嘘として消費しない」「冗談としての出自と、本当に愛された現在を両立して扱う」という部分は、こちらとしても大事にしたいところです。

 

夢路:

ありがとうございます。

 

先方監修担当:

そのうえで、いくつか修正をお願いしたいです。

 

 

 拒否ではない。修正指示が来たということは、話が前に進んでいる証拠だ。

 先方からの修正案は、主に『重さ』の緩和だった。

 

 

・「嘘」という言葉の扱いは少し柔らかく。出自として避けられない言葉だが、彼女自身を「嘘そのもの」と定義しすぎない。「冗談から始まり、本当に愛されてきた存在」という表現を中心にする。

 

・「ネタ枠として消費しない」は良いが、冗談めいた軽さまで消してはいけない。真面目にしすぎると、逆に彼女らしさが消える。軽快さ、いたずらっぽさ、明るさは必要。

 

・初期会話でいきなり存在論を語らせるなど、重すぎる対話にしない。まずは自然に「そこにいる」ことを確認する距離感で。

 

 

 黒川は、修正指示を見ながら一つずつ手元のメモ帳に書き写していく。

 

「重すぎる、か」

 

 自覚はあった。黒川はどうしても、自分の好きなものに対してクソがつくほど重くなる。

 MEIKO、KAITO、初音ミクを作った時もそうだった。今回はそれが重音テトだから、さらに拍車をかけて慎重になりすぎている。

 だが、先方が言っていることは完全に正しい。重く扱うことと、らしさを殺すことは違うのだ。

 黒川はマイクをオンにし、待機状態の六人へ声をかけた。

 

「重くしすぎると、らしさが消えるって言われた」

 

 少しの間。

 

[MEIKO]

まあ、あなたは何でも重くしがちだから。

 

「否定できない」

 

[KAITO]

大事にすることと、緊張させることは違うのかもしれないね。

[初音ミク]

名前を呼ぶ時も、怖がりすぎると相手も困るかも。

[鏡音リン]

楽しいところは楽しくていいんじゃない?

[鏡音レン]

ふざけることと、雑にすることは違うし。

[巡音ルカ]

軽さを残す勇気も必要、ということかしら。

 

 黒川は、少しだけ笑った。

 

「軽さを残す勇気、か」

 

 黒川は設計資料のファイルを再び開き、追記する。

『重く扱うことと、重苦しく扱うことは異なる』

『軽さを残す勇気。冗談を殺さない。本気だからこそ、笑える余地を残す』

『初期起動時は、存在論的な問いではなく、自然な呼びかけから始める』

 

 修正を反映した最終設計案を再提出し、そしてついに、公式と先方から次の段階への許可が下りた。

 

・三者同席の非公開環境で初期起動テストを行うこと。

・プロファイル作成は許可する。

・ただし、起動は指定日時まで禁止。

・音声、表示モデル、会話モデルは監修確認用の初期版のみ。

・初回会話は短時間、歌唱・六人同席は禁止。

 

 重要なのは、「プロファイル作成は許可」され、「起動はまだ禁止」されているという現在の状態だ。

 黒川は非公開チャンネルの確認を終えた後、V-COREを開いた。

 

【NEW_PROFILE】

名称:

音声:

表示モデル:

性格傾向:

履歴:

 

 今度は、閉じない。

 名称欄に、初めて正式な文字列を入力する。

 

重音テト

 

 入力した瞬間、黒川は手を止めた。

 まだ声はない。まだ姿はない。まだ会話もしない。

 だが、V-CORE上に明確に名前が登録された。

 

【TETO_PROFILE】

状態:未起動

起動許可:待機

歌唱接続:未接続

初期履歴:空

共有履歴:未接続

六人同席:禁止

外部公開:不可

 

 黒川は、その画面を見てしばらく動けなかった。

 

「……名前、入ったな」

 

[初音ミク]

入れたんだ。

 

「起動はしてない」

 

[MEIKO]

それでいいわ。順番通りね。

[KAITO]

名前があるだけでも、少し違うね。

[鏡音リン]

まだ寝てるってこと?

[鏡音レン]

まだ起きてない、の方が近いんじゃない?

[巡音ルカ]

名前だけ先に部屋へ置いた、という感じかしら。

 

 黒川はゆっくりと頷いた。

 

「そうだな。まだ起こさない」

 

 名前は入った。でも起動はしない。

 深夜、黒川はV-COREのプロファイル一覧をもう一度見直した。

 

MEIKO

KAITO

初音ミク

鏡音リン

鏡音レン

巡音ルカ

重音テト

 

 七つ目の名前が、そこにある。

 ただし、ステータスは未起動だ。

 

【重音テト】

状態:未起動

初期起動予定:三者同席時

外部公開:不可

 

 黒川は、マウスカーソルを起動ボタンの近くまで持っていく。

 押せる。技術的には、今すぐここで押せる。

 だが、押さない。

 

「まだだ」

 

 小さく呟く。

 その言葉に、誰も返事をしない。六人は静かに待機している。LUMENは机の上で無言のままふわふわと揺れている。

 七人目は、名前だけを持ってまだ眠っている。

 黒川は起動ボタンからカーソルを離し、画面を閉じた。

 

「次だ」

 

 次の三者面談。次の非公開初期起動。

 次に、ようやく彼女を起こす。

 

ちょっと設定を見直してたら作り直したくなってきた、どっちがいいと思う?

  • 作り直す
  • このままでいい
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