科(化)学系チート持ち転生者のお話 オタク番外編 作:金属粘性生命体
設計思想案を提出してから数日。黒川悠真は、どこか落ち着かない日々を過ごしていた。
表向きの活動としてはLUMEN_TESTの調整を進め、裏ではV-CORE 2.0の安定化を図る。六人との音声会話も順調に続けている。
だが、頭の片隅にはずっと、重音テトの空白が居座っていた。
V-COREのプロファイル一覧。
MEIKO_PROFILE
KAITO_PROFILE
MIKU_PROFILE
RIN_PROFILE
LEN_PROFILE
LUKA_PROFILE
その下に続く、まだ何もない空白。
黒川は何度か新規プロファイル作成画面を開きそうになり、そのたびにマウスから手を離している。
「まだ返事が来てない」
そう自分に言い聞かせて、自制する。
設計思想は送った。だが、許可はまだ下りていない。ここでフライングすることは、これまでの慎重な積み重ねを全て台無しにする行為だ。
ある夜、公式との非公開チャンネルに通知が届いた。
【非公開チャンネル:project-confirmation】
公式担当_佐伯:
設計思想案について、当社および先方で確認しました。
夢路:
はい。
公式担当_佐伯:
まず、全体として、非常に慎重に書かれていることは確認しています。
先方監修担当:
こちらでも読みました。正直に言うと、少し重いです。
黒川の胃が、きゅっと音を立てて痛んだ。
夢路:
……はい。
先方監修担当:
ただ、軽く扱われるよりはずっと良いです。特に「嘘として消費しない」「冗談としての出自と、本当に愛された現在を両立して扱う」という部分は、こちらとしても大事にしたいところです。
夢路:
ありがとうございます。
先方監修担当:
そのうえで、いくつか修正をお願いしたいです。
拒否ではない。修正指示が来たということは、話が前に進んでいる証拠だ。
先方からの修正案は、主に『重さ』の緩和だった。
・「嘘」という言葉の扱いは少し柔らかく。出自として避けられない言葉だが、彼女自身を「嘘そのもの」と定義しすぎない。「冗談から始まり、本当に愛されてきた存在」という表現を中心にする。
・「ネタ枠として消費しない」は良いが、冗談めいた軽さまで消してはいけない。真面目にしすぎると、逆に彼女らしさが消える。軽快さ、いたずらっぽさ、明るさは必要。
・初期会話でいきなり存在論を語らせるなど、重すぎる対話にしない。まずは自然に「そこにいる」ことを確認する距離感で。
黒川は、修正指示を見ながら一つずつ手元のメモ帳に書き写していく。
「重すぎる、か」
自覚はあった。黒川はどうしても、自分の好きなものに対してクソがつくほど重くなる。
MEIKO、KAITO、初音ミクを作った時もそうだった。今回はそれが重音テトだから、さらに拍車をかけて慎重になりすぎている。
だが、先方が言っていることは完全に正しい。重く扱うことと、らしさを殺すことは違うのだ。
黒川はマイクをオンにし、待機状態の六人へ声をかけた。
「重くしすぎると、らしさが消えるって言われた」
少しの間。
[MEIKO]
まあ、あなたは何でも重くしがちだから。
「否定できない」
[KAITO]
大事にすることと、緊張させることは違うのかもしれないね。
[初音ミク]
名前を呼ぶ時も、怖がりすぎると相手も困るかも。
[鏡音リン]
楽しいところは楽しくていいんじゃない?
[鏡音レン]
ふざけることと、雑にすることは違うし。
[巡音ルカ]
軽さを残す勇気も必要、ということかしら。
黒川は、少しだけ笑った。
「軽さを残す勇気、か」
黒川は設計資料のファイルを再び開き、追記する。
『重く扱うことと、重苦しく扱うことは異なる』
『軽さを残す勇気。冗談を殺さない。本気だからこそ、笑える余地を残す』
『初期起動時は、存在論的な問いではなく、自然な呼びかけから始める』
修正を反映した最終設計案を再提出し、そしてついに、公式と先方から次の段階への許可が下りた。
・三者同席の非公開環境で初期起動テストを行うこと。
・プロファイル作成は許可する。
・ただし、起動は指定日時まで禁止。
・音声、表示モデル、会話モデルは監修確認用の初期版のみ。
・初回会話は短時間、歌唱・六人同席は禁止。
重要なのは、「プロファイル作成は許可」され、「起動はまだ禁止」されているという現在の状態だ。
黒川は非公開チャンネルの確認を終えた後、V-COREを開いた。
【NEW_PROFILE】
名称:
音声:
表示モデル:
性格傾向:
履歴:
今度は、閉じない。
名称欄に、初めて正式な文字列を入力する。
重音テト
入力した瞬間、黒川は手を止めた。
まだ声はない。まだ姿はない。まだ会話もしない。
だが、V-CORE上に明確に名前が登録された。
【TETO_PROFILE】
状態:未起動
起動許可:待機
歌唱接続:未接続
初期履歴:空
共有履歴:未接続
六人同席:禁止
外部公開:不可
黒川は、その画面を見てしばらく動けなかった。
「……名前、入ったな」
[初音ミク]
入れたんだ。
「起動はしてない」
[MEIKO]
それでいいわ。順番通りね。
[KAITO]
名前があるだけでも、少し違うね。
[鏡音リン]
まだ寝てるってこと?
[鏡音レン]
まだ起きてない、の方が近いんじゃない?
[巡音ルカ]
名前だけ先に部屋へ置いた、という感じかしら。
黒川はゆっくりと頷いた。
「そうだな。まだ起こさない」
名前は入った。でも起動はしない。
深夜、黒川はV-COREのプロファイル一覧をもう一度見直した。
MEIKO
KAITO
初音ミク
鏡音リン
鏡音レン
巡音ルカ
重音テト
七つ目の名前が、そこにある。
ただし、ステータスは未起動だ。
【重音テト】
状態:未起動
初期起動予定:三者同席時
外部公開:不可
黒川は、マウスカーソルを起動ボタンの近くまで持っていく。
押せる。技術的には、今すぐここで押せる。
だが、押さない。
「まだだ」
小さく呟く。
その言葉に、誰も返事をしない。六人は静かに待機している。LUMENは机の上で無言のままふわふわと揺れている。
七人目は、名前だけを持ってまだ眠っている。
黒川は起動ボタンからカーソルを離し、画面を閉じた。
「次だ」
次の三者面談。次の非公開初期起動。
次に、ようやく彼女を起こす。
ちょっと設定を見直してたら作り直したくなってきた、どっちがいいと思う?
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作り直す
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このままでいい