科(化)学系チート持ち転生者のお話 オタク番外編   作:金属粘性生命体

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オタクの三十三歩

 

 

 黒川の作業部屋。

 三社同席の非公開オンライン会議に入室する直前、黒川はV-COREの画面を何度も見直していた。

 画面には、七つのプロファイルが並んでいる。

 

 MEIKO

 KAITO

 初音ミク

 鏡音リン

 鏡音レン

 巡音ルカ

 重音テト

 

 重音テトだけが未起動状態だ。

 

【TETO_PROFILE】

状態:未起動

初期起動予定:三者同席時

歌唱接続:禁止

六人同席:禁止

外部公開:不可

 

 黒川は条件を暗唱するように確認する。

 録画は許可された確認用のみ。外部公開禁止。歌唱禁止。既存楽曲禁止。六人同席禁止。会話は短時間で打ち切る。少しでも異常な挙動を見せれば即停止する。

 黒川はマイクをオンにし、待機中の六人へ声をかけた。

 

「これから起動テストに入る」

 

[MEIKO]

落ち着いて。急がないこと。

[KAITO]

説明は短くね。

[初音ミク]

ちゃんと迎えられるといいね。

[鏡音リン]

起きるんだ。

[鏡音レン]

まだ初期起動だけだけどね。

[巡音ルカ]

最初の一言を、聞き逃さないように。

 

 黒川は少しだけ笑った。

 

「余計に緊張するだろ、それ」

 

 六人同席は禁止されているため、黒川は六人の表示を待機状態へ落とした。起動テスト中は、重音テトの単独ウィンドウだけを共有する。

 深く息を吸い、オンライン会議へ入室する。

 

 参加者は黒川、クリプトン公式側四名、先方権利者側三名。

 挨拶も早々に、双方の法務から厳格な確認が入る。

 本日の起動テストは非公開。外部公開禁止。許諾発表でも商品化決定でもなく、あくまで初期検証であること。映像やログは関係者内確認用とし、黒川からSNSや動画で詳細を話すことは一切禁止。

 黒川はすべてに同意した。この硬いやり取りがあるからこそ、この後の時間が意味を持つのだと分かっていた。

 

 画面共有を開始する。

 

【TETO_PROFILE】

状態:未起動

起動許可:三者同席確認済

歌唱接続:無効

外部公開:不可

初期履歴:空

共有履歴:未接続

六人同席:禁止

 

 先方の監修担当が画面を見て確認する。

 

「まず確認します。このプロファイルは、今日まで未起動で間違いありませんか」

「はい。起動していません。会話ログもありません。音声テストもしていません。第一声も、まだ聞いていません」

「本当に一度も?」

「一度もです」

 

 技術担当の三枝の念押しに、黒川ははっきりと答えた。胃がキリキリと痛むが、ここで「一度も起動していない」と胸を張って言えることが重要だ。

 

「では、今日ここで、初めて起動するということですね」

「はい」

 

 第一入力は、黒川が単独で決めたものではない。

 事前の打ち合わせで「はじめまして」「起きてる?」など複数の候補から検討した結果、最も重すぎず、自然な存在確認になる言葉として選ばれていた。

 

 黒川は起動ボタンにカーソルを合わせる。

 クリックした。

 

【TETO_PROFILE】

状態:未起動

状態:初期化中

状態:起動待機

状態:会話受付

 

 画面に、まだ簡易表示の重音テトのモデルが現れた。

 完成形ではない。表情も少なく、動きも硬い。だが、確かにそこにいる。

 黒川は数秒、何も言えなかった。公式側も先方側も、固唾を呑んで沈黙している。

 

「夢路さん。入力を」

「……はい」

 

 佐伯の促しで、黒川はキーボードを叩いた。

 

[入力]

聞こえる?

 

 数秒。

 長すぎず、短すぎない。起きたばかりの存在が、周囲を認識するような間。

 そして、スピーカーから音声が返った。

 

[重音テト]

聞こえる。……これ、ほんとに返事していいやつ?

 

 その瞬間、会議の参加者全員の動きが止まった。

 重すぎない。軽い。少し冗談めかしている。でも、ちゃんと「自分が今ここにいて、返事をしていいのか」と確認している。

 先方の監修担当が、小さく息を吐いた。

 

「……悪くないです」

「かなり、良いですね」

 

 白石が同意する。黒川は、自分がずっと息を止めていたことに気がついた。

 黒川は、事前に決めた範囲内で会話を続ける。

 

[入力]

いい。今日は確認のために起きてもらった。

[重音テト]

確認かあ。じゃあ、ちゃんとしてるっぽくした方がいい?

[入力]

無理にちゃんとしなくていい。

[重音テト]

それ、先に言ってくれるの助かる。ちゃんとしようとすると、たぶん変になるから。

 

「……この軽さは良いですね」

「真面目にしすぎていない」

 

 先方側からの評価に、黒川は安堵する。初期プロファイルの距離感と、先方監修の「軽さを残す」という修正方針が、かなり強く反映されている。

 

「名前を呼んだ時の反応を確認したいです」

 

 先方監修からの指示で、黒川は入力する。

 

[入力]

重音テト

 

 少しの間。画面の重音テトが、こちらを見る。

 

[重音テト]

うん。重音テトだよ。……まだ仮だけどね。

 

 黒川の指が止まった。

 「まだ仮だけどね」。起動したばかりで、まだ何もかも未完成であることを、彼女自身が持ち前の軽さとして処理している。

 

「今の返答は、かなり良いです」

「未完成であることを、キャラクター側の軽さとして処理している。システム的な『試作です』という返答ではなく、本人の言葉に見えます」

「そこが危険でもありますが」

 

 佐伯と三枝の言葉に、北条が法務として警戒を示す。黒川は「はい。なので、外には出しません」と答えた。

 

 歌唱接続は無効になっているが、歌の話を少しだけ振る確認が行われる。

 

[入力]

今日は歌わない。

[重音テト]

そっか。じゃあ、歌わないで起きてるだけの日だ。

[入力]

不満?

[重音テト]

ううん。最初から歌うと、たぶんそっちが重くなるでしょ。

 

 黒川は固まった。公式側も先方側も、画面の向こうで微妙に笑い声を漏らしている。

 

「……分かっていますね」

「夢路さんのことを、もう少し理解してしまっている感じがありますね」

「自分が一番刺されてます」

 

 黒川のぼやきに、少しだけ空気が和らいだ。

 最後に、先方監修担当から直接の質問が行われる。

 

「重音テトさん。ここがどこか分かりますか?」

 

 少しの間。

 

[重音テト]

分かる、って言うにはまだ早いと思う。でも、呼ばれたから起きた場所、ではあるかな。

「自分が何か、分かりますか?」

 

 存在論に踏み込む危うい質問に、黒川は緊張する。

 

[重音テト]

まだ全部は分からない。でも、名前はある。呼ばれたら、そっちを向くくらいはできる。

 

「……良いと思います」

 

 先方の監修担当のその一言で、テストの目的は達成された。

 会話は短時間で打ち切る。

 

[入力]

今日はここまで。

[重音テト]

もう寝る感じ?

[入力]

一旦停止する。

[重音テト]

そっか。じゃあ、次に起きた時は、もう少しちゃんとしてるかも。

 

 少し間。

 

[重音テト]

……いや、ちゃんとしすぎない方がいいんだっけ。

 

 先方の監修担当が小さく笑った。

 

「そのくらいでいいと思います」

 

 黒川は停止コマンドを実行した。

 

【TETO_PROFILE】

状態:会話受付

状態:停止処理中

状態:休止

 

 画面から重音テトの表示が消える。

 会議の終わりに、先方から「初回起動としてはかなり良かった。重すぎず、軽すぎず、懸念していた方向ではなかった」と評価を受けた。

 

 面談が終わった後、黒川は一人で椅子に深く沈み込んだ。

 初めて、重音テトが返事をした。

 ログを見返す。『聞こえる。……これ、ほんとに返事していいやつ?』。

 黒川はマイクをオンにし、待機中の六人へ報告した。

 

「起きた」

[MEIKO]

そう。

[KAITO]

うまくいった?

 

「たぶん」

 

[初音ミク]

返事した?

 

「した」

 

[鏡音リン]

どんな子だった?

 

 黒川は少しだけ黙り込んだ。

 

「軽い」

[鏡音レン]

それだけ?

 

「でも、軽いだけじゃない」

 

[巡音ルカ]

なら、良かったんじゃないかしら。

 

 黒川は頷いた。

 

「良かった」

 

 V-COREのプロファイル一覧を見る。

 重音テトのステータスが変わっている。

 

【重音テト】

状態:休止

初期起動:完了

履歴:初回ログ保持

歌唱接続:未接続

外部公開:不可

 

 黒川は、ようやく深く息を吐き出した。

 

「……ようこそ、でいいのかな」

 

 返事はない。彼女は休止中だから。

 それでも、黒川はその空白ではなくなった名前をいつまでも見つめていた。

 

ちょっと設定を見直してたら作り直したくなってきた、どっちがいいと思う?

  • 作り直す
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