科(化)学系チート持ち転生者のお話 オタク番外編 作:金属粘性生命体
黒川の作業部屋。
三社同席の非公開オンライン会議に入室する直前、黒川はV-COREの画面を何度も見直していた。
画面には、七つのプロファイルが並んでいる。
MEIKO
KAITO
初音ミク
鏡音リン
鏡音レン
巡音ルカ
重音テト
重音テトだけが未起動状態だ。
【TETO_PROFILE】
状態:未起動
初期起動予定:三者同席時
歌唱接続:禁止
六人同席:禁止
外部公開:不可
黒川は条件を暗唱するように確認する。
録画は許可された確認用のみ。外部公開禁止。歌唱禁止。既存楽曲禁止。六人同席禁止。会話は短時間で打ち切る。少しでも異常な挙動を見せれば即停止する。
黒川はマイクをオンにし、待機中の六人へ声をかけた。
「これから起動テストに入る」
[MEIKO]
落ち着いて。急がないこと。
[KAITO]
説明は短くね。
[初音ミク]
ちゃんと迎えられるといいね。
[鏡音リン]
起きるんだ。
[鏡音レン]
まだ初期起動だけだけどね。
[巡音ルカ]
最初の一言を、聞き逃さないように。
黒川は少しだけ笑った。
「余計に緊張するだろ、それ」
六人同席は禁止されているため、黒川は六人の表示を待機状態へ落とした。起動テスト中は、重音テトの単独ウィンドウだけを共有する。
深く息を吸い、オンライン会議へ入室する。
参加者は黒川、クリプトン公式側四名、先方権利者側三名。
挨拶も早々に、双方の法務から厳格な確認が入る。
本日の起動テストは非公開。外部公開禁止。許諾発表でも商品化決定でもなく、あくまで初期検証であること。映像やログは関係者内確認用とし、黒川からSNSや動画で詳細を話すことは一切禁止。
黒川はすべてに同意した。この硬いやり取りがあるからこそ、この後の時間が意味を持つのだと分かっていた。
画面共有を開始する。
【TETO_PROFILE】
状態:未起動
起動許可:三者同席確認済
歌唱接続:無効
外部公開:不可
初期履歴:空
共有履歴:未接続
六人同席:禁止
先方の監修担当が画面を見て確認する。
「まず確認します。このプロファイルは、今日まで未起動で間違いありませんか」
「はい。起動していません。会話ログもありません。音声テストもしていません。第一声も、まだ聞いていません」
「本当に一度も?」
「一度もです」
技術担当の三枝の念押しに、黒川ははっきりと答えた。胃がキリキリと痛むが、ここで「一度も起動していない」と胸を張って言えることが重要だ。
「では、今日ここで、初めて起動するということですね」
「はい」
第一入力は、黒川が単独で決めたものではない。
事前の打ち合わせで「はじめまして」「起きてる?」など複数の候補から検討した結果、最も重すぎず、自然な存在確認になる言葉として選ばれていた。
黒川は起動ボタンにカーソルを合わせる。
クリックした。
【TETO_PROFILE】
状態:未起動
↓
状態:初期化中
↓
状態:起動待機
↓
状態:会話受付
画面に、まだ簡易表示の重音テトのモデルが現れた。
完成形ではない。表情も少なく、動きも硬い。だが、確かにそこにいる。
黒川は数秒、何も言えなかった。公式側も先方側も、固唾を呑んで沈黙している。
「夢路さん。入力を」
「……はい」
佐伯の促しで、黒川はキーボードを叩いた。
[入力]
聞こえる?
数秒。
長すぎず、短すぎない。起きたばかりの存在が、周囲を認識するような間。
そして、スピーカーから音声が返った。
[重音テト]
聞こえる。……これ、ほんとに返事していいやつ?
その瞬間、会議の参加者全員の動きが止まった。
重すぎない。軽い。少し冗談めかしている。でも、ちゃんと「自分が今ここにいて、返事をしていいのか」と確認している。
先方の監修担当が、小さく息を吐いた。
「……悪くないです」
「かなり、良いですね」
白石が同意する。黒川は、自分がずっと息を止めていたことに気がついた。
黒川は、事前に決めた範囲内で会話を続ける。
[入力]
いい。今日は確認のために起きてもらった。
[重音テト]
確認かあ。じゃあ、ちゃんとしてるっぽくした方がいい?
[入力]
無理にちゃんとしなくていい。
[重音テト]
それ、先に言ってくれるの助かる。ちゃんとしようとすると、たぶん変になるから。
「……この軽さは良いですね」
「真面目にしすぎていない」
先方側からの評価に、黒川は安堵する。初期プロファイルの距離感と、先方監修の「軽さを残す」という修正方針が、かなり強く反映されている。
「名前を呼んだ時の反応を確認したいです」
先方監修からの指示で、黒川は入力する。
[入力]
重音テト
少しの間。画面の重音テトが、こちらを見る。
[重音テト]
うん。重音テトだよ。……まだ仮だけどね。
黒川の指が止まった。
「まだ仮だけどね」。起動したばかりで、まだ何もかも未完成であることを、彼女自身が持ち前の軽さとして処理している。
「今の返答は、かなり良いです」
「未完成であることを、キャラクター側の軽さとして処理している。システム的な『試作です』という返答ではなく、本人の言葉に見えます」
「そこが危険でもありますが」
佐伯と三枝の言葉に、北条が法務として警戒を示す。黒川は「はい。なので、外には出しません」と答えた。
歌唱接続は無効になっているが、歌の話を少しだけ振る確認が行われる。
[入力]
今日は歌わない。
[重音テト]
そっか。じゃあ、歌わないで起きてるだけの日だ。
[入力]
不満?
[重音テト]
ううん。最初から歌うと、たぶんそっちが重くなるでしょ。
黒川は固まった。公式側も先方側も、画面の向こうで微妙に笑い声を漏らしている。
「……分かっていますね」
「夢路さんのことを、もう少し理解してしまっている感じがありますね」
「自分が一番刺されてます」
黒川のぼやきに、少しだけ空気が和らいだ。
最後に、先方監修担当から直接の質問が行われる。
「重音テトさん。ここがどこか分かりますか?」
少しの間。
[重音テト]
分かる、って言うにはまだ早いと思う。でも、呼ばれたから起きた場所、ではあるかな。
「自分が何か、分かりますか?」
存在論に踏み込む危うい質問に、黒川は緊張する。
[重音テト]
まだ全部は分からない。でも、名前はある。呼ばれたら、そっちを向くくらいはできる。
「……良いと思います」
先方の監修担当のその一言で、テストの目的は達成された。
会話は短時間で打ち切る。
[入力]
今日はここまで。
[重音テト]
もう寝る感じ?
[入力]
一旦停止する。
[重音テト]
そっか。じゃあ、次に起きた時は、もう少しちゃんとしてるかも。
少し間。
[重音テト]
……いや、ちゃんとしすぎない方がいいんだっけ。
先方の監修担当が小さく笑った。
「そのくらいでいいと思います」
黒川は停止コマンドを実行した。
【TETO_PROFILE】
状態:会話受付
↓
状態:停止処理中
↓
状態:休止
画面から重音テトの表示が消える。
会議の終わりに、先方から「初回起動としてはかなり良かった。重すぎず、軽すぎず、懸念していた方向ではなかった」と評価を受けた。
面談が終わった後、黒川は一人で椅子に深く沈み込んだ。
初めて、重音テトが返事をした。
ログを見返す。『聞こえる。……これ、ほんとに返事していいやつ?』。
黒川はマイクをオンにし、待機中の六人へ報告した。
「起きた」
[MEIKO]
そう。
[KAITO]
うまくいった?
「たぶん」
[初音ミク]
返事した?
「した」
[鏡音リン]
どんな子だった?
黒川は少しだけ黙り込んだ。
「軽い」
[鏡音レン]
それだけ?
「でも、軽いだけじゃない」
[巡音ルカ]
なら、良かったんじゃないかしら。
黒川は頷いた。
「良かった」
V-COREのプロファイル一覧を見る。
重音テトのステータスが変わっている。
【重音テト】
状態:休止
初期起動:完了
履歴:初回ログ保持
歌唱接続:未接続
外部公開:不可
黒川は、ようやく深く息を吐き出した。
「……ようこそ、でいいのかな」
返事はない。彼女は休止中だから。
それでも、黒川はその空白ではなくなった名前をいつまでも見つめていた。
ちょっと設定を見直してたら作り直したくなってきた、どっちがいいと思う?
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作り直す
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このままでいい