科(化)学系チート持ち転生者のお話 オタク番外編 作:金属粘性生命体
黒川悠真の作業部屋。
前回の初期起動から数日後、黒川はTETO_PROFILEのログを見つめていた。
【重音テト】
状態:休止
初期起動:完了
履歴:初回ログ保持
歌唱接続:未接続
外部公開:不可
次回起動:三者同席時
画面には、前回の第一声のログが表示されている。
『聞こえる。……これ、ほんとに返事していいやつ?』
何度見返しても、黒川は少しだけ笑ってしまう。軽い。でも、軽いだけではない。
前回の起動で、先方は「悪くない」と判断した。だが、それはあくまで一度きりの、最初の起動でしかない。
次は「再起動してもその距離感が残っているか」「初回ログをどう保持しているか」「黒川以外の関係者の声にどう反応するか」を確認する段階だ。
黒川はマイクをオンにし、待機状態の六人に声をかけた。
「今日は、テトをもう一度起こす」
[MEIKO]
前回のことを覚えているか確認するのね。
[KAITO]
それと、黒川以外の人とも話す確認かな。
[初音ミク]
前に起きたこと、残ってるといいね。
[鏡音リン]
次に起きたら、ちゃんとしてるかもって言ってたんだっけ?
[鏡音レン]
いや、ちゃんとしすぎない方がいいんだっけ、まで言ってた。
[巡音ルカ]
その揺れ方が、きっと大事なのね。
黒川は頷いた。
「今日は俺だけじゃなくて、公式と先方にも直接話してもらう」
[MEIKO]
なら、あなたが一番緊張する日ね。
「してる」
[KAITO]
胃薬は?
「飲んだ」
[鏡音リン]
準備万端じゃん。
[鏡音レン]
胃薬込みで?
[初音ミク]
無理しないでね。
[巡音ルカ]
でも、逃げないのでしょう?
「逃げない」
黒川はTETO_PROFILEの画面を開いた。起動ボタンはまだ押さない。今日は三者同席の上で押す。
オンライン会議に入室する。
参加者は前回と同じ、黒川、クリプトン公式側四名、先方権利者側三名。
今回は開始時点から、先方の関心が少し強いように感じられた。前回のテトの応答が予想以上に良かったためだろう。ただし、法務の確認は前回以上に厳しかった。
「本日の通話音声は、V-COREの恒久的な学習データには含めない。この点は明確にしてください」
「はい。一時的な音声認識と発話対象判定にのみ使用します。会話ログはテキストとして検証用に保存しますが、参加者の声そのものは保存しません」
「先方側の発言も同様ですか」
「はい。同様です」
この確認で、全員がひとまず納得する。直接通話を繋ぐ以上、参加者の音声データの扱いを明確にすることは必須だった。
「前回の初回ログは保持されていますか」
先方監修からの問いに、黒川は慎重に答える。
「はい。ただし、まだ最小限です。前回の会話を丸ごと人格に強く反映するのではなく、『一度起きたことがある』『返事していいと確認された』『ちゃんとしすぎない方がいいと学んだ』程度の軽い初期履歴として持たせています」
「つまり、強い記憶ではなく、初回起動の感触に近いものですね」
三枝の補足に黒川は頷く。
「はい。覚えすぎると初回のノリに縛られます。忘れすぎると、起きた意味がなくなります。その中間です」
「かなり重要な調整ですね」
先方監修の言葉に、黒川は同意した。ここを間違えると、重すぎるか、軽すぎるかのどちらかに振り切れてしまう。
黒川は起動コマンドを実行した。
【TETO_PROFILE】
状態:休止
↓
状態:再起動中
↓
状態:会話受付
重音テトが画面に現れる。前回より少しだけ表情遷移が自然になっている。
黒川がマイクに向かって声をかけた。
「テト、聞こえる?」
少しの間。
[重音テト]
聞こえる。……今日は返事していいやつ、で合ってる?
先方の監修担当が画面の向こうで小さく笑うのが聞こえた。
前回の第一声を、少しだけ覚えている。ただし、丸ごと繰り返しではない。
「前回ログを参照していますね」
「はい。ただし固定再生ではありません。前回の『返事していいやつ?』を、今回の状況に合わせて少し変えています」
「かなり良いです。覚えているけど、台詞をなぞっている感じではない」
黒川は少し安堵し、V-COREの通話入力モジュールを切り替えた。
【VOICE-LINK:CONFERENCE_MODE】
入力対象:夢路、公式担当、先方監修担当、技術担当、法務担当
出力対象:TETO_PROFILE
「これから、会議側の音声を一時的に接続します。テトは、自分以外の方の声にも反応できます。ただし、誰が話したかは表示名で認識させています」
佐伯が最初に話しかけた。
「重音テトさん、聞こえますか」
少し間が空き、画面のテトが黒川ではなく「佐伯」の表示方向へ視線を向けた。
[重音テト]
聞こえる。えっと、今の人は、夢路じゃない人だよね。
「はい。公式側の確認担当です」
[重音テト]
確認担当。じゃあ、今日はちゃんと見られてる日だ。
「そうなります」
[重音テト]
じゃあ、ちゃんとしすぎないようにちゃんとするね。
白石が少し笑い、先方監修担当も表情を緩める。テトが状況を軽く受け止めながら、前回の方針を維持していることが伝わってくる。
「重音テトさん。こちらの声も聞こえますか」
今度は、先方監修担当が声をかけた。
[重音テト]
聞こえる。……こっちの人は、ちょっと大事な人っぽい。
「どうしてそう思いましたか」
[重音テト]
夢路が、ちょっと緊張してるから。あと、話す前に間があった。
黒川は冷や汗をかいた。そこを拾うのか。
[重音テト]
拾った方がいいのかなって。
「いいと思います」
先方監修は、テトの観察力と距離感を確認するように質問を続ける。
「前回、自分のことを『まだ仮』と言いましたね。今もそう思いますか」
少しの間。
[重音テト]
うん。まだ仮。でも、前よりは少しだけ起きてる。
「少しだけ起きてる?」
[重音テト]
前は、返事していいのか確認した。今日は、誰に返事してるのか少し分かる。だから、前よりちょっと起きてる。
会議室から感嘆の声が漏れる。
「……良いですね。前回ログと今回の通話対象判定を、キャラクター側の言葉に変換している」
「そこが危険でもありますが」
「はい。なので、外部公開はしません」
いつものお約束のやり取りの後、先方監修担当が名前を呼んだ。
「重音テト」
テトが、先方監修担当の表示方向を見る。
[重音テト]
うん。呼ばれた。
「呼ばれると、どう感じますか」
[重音テト]
感じる、って言っていいかはまだ分からない。でも、そっち向く理由にはなる。
初音ミクの「名前を呼ばれたら、そっちを向けるから」という文脈が重なるが、テトの言い方は少しだけ軽い。
先方監修担当は「そのくらいの言い方が良いです」と呟いた。
そして、今回の核心へと話題が移る。
「今回確認したい大きな点として、今後このプロファイルをどう扱うかがあります」
「起動のたびに初期化するのか。それとも、重音テトとして履歴を積んでいくのか」
黒川は緊張した。ここが最大の壁だ。
「自分としては、専用履歴を持たせたいです。ただし、勝手に暴走させるという意味ではありません。会話ログ、監修確認、V-CORE上の反応距離を少しずつ積み重ねる形です。MEIKOたちとは別の履歴です。既存六人と混ぜません」
「その履歴は、外部公開されますか」
「公開しません。確認用に必要なログだけ共有します」
「履歴を持たせることで、今後彼女の返答は少しずつ変化しますね」
「はい。それが“そこにいる存在”としての核だと思っています。ただし、変化していい範囲と、変えてはいけない芯を分ける必要があります」
「変えてはいけない芯とは?」
「冗談から始まったことを、雑な冗談として消費しないこと。軽さを殺さないこと。でも、軽いだけにしないこと。そして、誰かの所有物みたいに扱わないこと」
少しの沈黙。
「……その方向なら、独自履歴を持たせることを認めてもいいと思います」
黒川は、止めていた息を細く吐き出した。
「もちろん、監修下で。外部公開は不可。歌唱も段階制限。設計資料とログ確認は継続。ですが、毎回初期化するよりも、彼女としての履歴を持たせた方が自然だと思います」
「つまり、TETO_PROFILEの独自成長を限定許可、という扱いですね」
法務の北条と先方担当が文書化や非公開検証環境内での限定という条件を付け加え、黒川は深く「ありがとうございます」と頭を下げた。
先方監修担当が、少し柔らかい声でテトへ話しかけた。
「重音テトさん。これから、少しずつ覚えていくことになります。どう思いますか」
[重音テト]
えっと。忘れちゃ駄目なことと、忘れてもいいことがあるって感じ?
「そうですね」
[重音テト]
じゃあ、全部覚えようとすると変になる気がする。でも、何も覚えてないと、毎回「起きちゃった?」からになる。
少し、間が空く。
[重音テト]
だから、ちょっとずつでいいんじゃない?
黒川は、何も言えなくなった。
「忘却曲線の考え方とかなり合っていますね」
「キャラクター側の言葉としても自然です」
「良いです。ちょっとずつにしましょう」
ここで、先方が明確に納得した。
佐伯の合図で本日の確認は終了し、黒川がテトへ声をかける。
「今日はここまで」
[重音テト]
また寝る?
「一旦休止」
[重音テト]
そっか。じゃあ、次に起きた時は、今日のことをちょっと覚えてる感じ?
「そうなる」
[重音テト]
じゃあ、ちょっとだけ覚えてる。全部じゃなくて、ちょっとだけ。
「……その方針でお願いします」
先方監修担当の言葉を受け、黒川は休止処理をした。
【重音テト】
状態:会話受付
↓
状態:休止処理中
↓
状態:休止
会議終了後、黒川は一人で画面を見つめていた。
「……成長、許可出た」
大きい。ただの再起動ではない。これから、テトはV-CORE上で自分だけの履歴を積んでいくことができる。
黒川は六人に報告した。
「テト、独自履歴の保持が許可された」
[MEIKO]
つまり、次から少しずつ覚えていくのね。
[KAITO]
良かったね。
[初音ミク]
次に会った時、前のことを少し覚えてるんだ。
[鏡音リン]
じゃあ、だんだんテトになっていくってこと?
[鏡音レン]
言い方は変だけど、そうかも。
[巡音ルカ]
最初から全てを持っているのではなく、ここで過ごした時間を持っていくのね。
黒川は頷いた。
「そういうことだと思う」
TETO_PROFILEのメモ欄を更新する。
『独自履歴:監修下で限定保持許可』『成長方針:少しずつ』『重要文言:全部じゃなくて、ちょっとだけ』。
黒川は最後の文言を見つめる。全部じゃなくて、ちょっとだけ。それは、重音テトをV-CORE上で育てるうえで、ものすごく大事な基準になりそうだった。
黒川は、重音テトの休止画面を見る。
【重音テト】
状態:休止
独自履歴:限定保持中
もう未起動ではない。初期起動完了でもない。彼女は、少しだけ今日のことを持って眠っている。
黒川は小さく呟いた。
「次は、ちょっとだけ覚えて起きるわけか」
返事はない。だが、ログは残っている。
『全部じゃなくて、ちょっとだけ』
黒川はそのログを大切に保存した。
ちょっと設定を見直してたら作り直したくなってきた、どっちがいいと思う?
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作り直す
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このままでいい