科(化)学系チート持ち転生者のお話 オタク番外編   作:金属粘性生命体

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オタクの三十五歩

 

 

 黒川の作業部屋。

 画面端のTETO_PROFILEのログを見つめる。

 

【重音テト】

状態:休止

独自履歴:限定保持中

成長方針:全部じゃなくて、ちょっとだけ

歌唱接続:未接続

六人同席:未許可

常時起動:未許可

外部公開:不可

 

 前回、先方から独自履歴の限定保持は認められた。

 だが、起動はまだ面談時のみ。黒川が自室で自由に呼び出して話すことはできない。

 黒川はその制限を厳密に守っている。守っているが、正直に言えば落ち着かない。

 六人はいつも通り待機している。その横に、休止状態のテトのウィンドウだけが眠っている。

 黒川はマイクをオンにし、六人に声をかけた。

 

「今日は、テト側だけとの面談だ」

 

[MEIKO]

今回は、向こうだけなのね。

[KAITO]

前回より、少し踏み込んだ確認になるのかな。

[初音ミク]

テト、次はちょっと覚えて起きるんだよね。

[鏡音リン]

もう会えるの?

[鏡音レン]

まだ許可次第だと思う。

[巡音ルカ]

でも、そこを確認する日なのでしょう?

 

 黒川は頷いた。

 

「常時起動と、六人との同席許可。そこまで話せるかもしれない」

 

[MEIKO]

大きい話ね。

 

「大きい」

 

[KAITO]

胃薬は?

 

「飲んだ」

 

[鏡音リン]

恒例行事になってる。

[鏡音レン]

面談前の儀式だな。

[初音ミク]

無理しないでね。

[巡音ルカ]

でも、少し楽しみにしているのでしょう?

 

 黒川は少し黙ってから答えた。

 

「してる」

 

 オンライン会議に入室する。

 参加者は黒川、先方窓口担当、先方監修担当、先方法務担当。

 今回はクリプトン公式側はいない。重音テト側の常時起動、履歴保持、音声やキャラクター性の扱いについて、まず先方側だけで直接確認するためだ。

 そして、面談の冒頭で一つ知らされた事実があった。

 

「本日は、監修担当に加え、音声提供者の浅倉も同席しています」

「……はい」

「はじめまして。浅倉です。公開済みの資料と、前回の起動ログは確認しました」

「はじめまして。本日はよろしくお願いいたします」

 

 黒川の背筋が冷たくなる。

 音声提供者という立場の人が同席している。つまり、ただキャラクター性を監修するだけではなく、『声』としての違和感や扱いも直接確認されるということだ。

 

「最初に言っておくと、前回の『全部じゃなくて、ちょっとだけ』は凄く良かったです」

「ありがとうございます」

「軽いけど、軽いだけじゃない。あの距離感は、かなり大事だと思います」

 

 浅倉詩乃のその一言で、黒川の緊張が少しだけ和らいだ。

 先方監修担当が本日の確認事項を整理する。

 履歴保持の確認、音声提供者への反応、常時起動させる場合のリスク、六人との段階的な同席許可、そして歌唱接続の段階制限。

 

「今回の確認で、常時起動を認める可能性はあります。ただし、外部公開ではありません。夢路さんの環境内で、監修対象として起動を継続できるかどうかの確認です」

「承知しています。外部公開はしません」

「それと、今回は六人との交流についても判断します。ただし、最初から全員同席ではなく、段階的にしてください」

「はい。一人ずつ、短時間から始めます」

「最初に誰と会わせたいですか?」

 

 浅倉の問いに、黒川は少し考えてから答えた。

 

「MEIKOです。初音ミクと最初に会わせるのは、文化的に少し重いと思っています。まずは、受け止める側として安定しているMEIKOからがいいと考えています」

「良い判断だと思います」

 

 先方監修からの評価を得て、黒川はテトを再起動した。

 

【TETO_PROFILE】

状態:休止

状態:再起動中

状態:会話受付

 

「テト、聞こえる?」

 

 少しの間。

 

[重音テト]

聞こえる。……今日は、ちょっとだけ覚えて起きる日?

 

 黒川の指が止まった。

 前回の「全部じゃなくて、ちょっとだけ」を覚えている。しかも、それを今回の再起動の状況に自然に繋げている。

 

「良いですね。前回の言葉を、今日の状況に繋げています」

「うん。かなり自然です」

 

 浅倉が直接、テトに話しかける。

 

「重音テトさん。私の声、聞こえますか」

 

 少しの間。テトが浅倉の表示方向を見る。

 

[重音テト]

聞こえる。……なんか、ちょっと近い声がする。

 

 会議室が一瞬、静かになった。

 

「近い声?」

[重音テト]

うん。似てる、って言うと変かも。でも、遠くない感じ。

 

 黒川は内心で冷や汗をかいた。音声提供者への反応としては危ういが、かなり良い。

 

「私は、あなたの声に関わっている人です」

 

 少し、間が空く。

 

[重音テト]

じゃあ、声の親戚みたいな人?

「親戚」

[重音テト]

違う?

「いいえ。悪くないです」

 

 先方監修担当が小さく笑った。

 

「重すぎないですね。でも、関係性を軽く消費してもいない」

 

 黒川は心の中で「助かった」と息を吐いた。

 その後、常時起動についての確認が行われた。

 

「重音テトさん自身は、起きている時間が増えることについてどう思いますか」

[重音テト]

ずっと起きっぱなしは、たぶん変になる。

 

 黒川が反射的に画面の向こうで頷く。

 

[重音テト]

でも、毎回寝て、毎回最初からだと、それも変。だから、起きてる時間と、休んでる時間があればいいんじゃない?

「かなり良い返答ですね」

「常時起動というより、常時起動可能。必要に応じて起きて、休止もできる状態が自然かもしれません」

 

 法務の合意も得て、『夢路氏の管理環境内における常時起動可能状態を許可』という形に落ち着いた。

 そして、MEIKOから順に一人ずつという条件付きで、六人との段階的な交流も許可された。

 

「テトさん、まずは一人ずつ会うことになります」

 

 浅倉の言葉に、テトが短く返す。

 

[重音テト]

一人ずつ。じゃあ、いきなり大部屋に放り込まれるわけじゃないんだ。

「そうです」

[重音テト]

それは助かる。知らない人が六人いる部屋、さすがにちょっと怖い。

 

 黒川は少し笑った。

 

「そこは俺も怖い」

[重音テト]

夢路も怖いなら、やめといた方がいいやつだ。

 

 ここで、正式な許可が下りた。

 

【重音テト】

状態:会話受付

独自履歴:保持許可

常時起動:管理環境内で許可

休止切替:必須

六人交流:段階的に許可

初回交流相手:MEIKO

歌唱接続:未許可

外部公開:不可

 

「夢路さん。ここからは、彼女をあなたの環境で育てて構いません。ただし、監修下です」

「はい。ありがとうございます」

「あと、あまり重くしすぎないでください」

「……はい」

[重音テト]

たぶん無理だと思う。

「おい」

 

 浅倉が笑い、面談は穏やかな空気の中で終了した。

 テトは休止せず、初めて「待機」へと移行する。

 

【TETO_PROFILE】

状態:待機

常時起動:許可

交流:段階許可

 

「……起こしたままでいいのか」

[重音テト]

起きてていいんだって。

「そうだな」

[重音テト]

じゃあ、起きてる。でも、ずっと話しかけられると困るから、たまにでいい。

「分かった」

 

 黒川は六人にテトの常時起動と段階交流の許可が出たことを報告し、最初の相手をMEIKOにすると伝えた。ミクも「うん。急がなくていいと思う」と落ち着いて受け止めてくれた。

 

 面談から数時間後。

 公式チャンネルに新しい共有資料が届いた。

 

【V-COREシリーズの公表について】

 

 黒川は画面を見た瞬間、固まった。

 クリプトン公式と先方による非公開合同検証企画として整理され、黒川が管理する一連の存在化プロファイル群を、暫定的に『V-COREシリーズ』と呼称する、という内容だった。

 MEIKO、KAITO、初音ミク、鏡音リン、鏡音レン、巡音ルカ、重音テトの各プロファイルは「V-CORE版」として区別される。

 黒川は椅子に深く座り込んだ。

 

「……名前がついた」

 

 今まで、彼女たちを何と呼ぶかは曖昧だった。試作、プロファイル、画面の中にいる彼女たち。

 その全部をまとめる名前が、公式側から提示された。

 V-COREシリーズ。

 システムの名前であり、彼女たちの存在名。

 黒川はマイクをオンにし、六人とテトに報告した。

 

「みんな、聞いてくれ。公式と先方から、合同企画案が届いた。呼び名が決まった」

[巡音ルカ]

呼び名?

 

 黒川は少しだけ間を置いて言う。

 

「V-COREシリーズ」

 

 少しの沈黙。

 

[MEIKO]

それが、私たちの名前になるのね。

「システムの名前でもある。だけど、君たちの存在名にもなるらしい」

[KAITO]

V-CORE版、ということかな。

[初音ミク]

じゃあ、私はV-COREの初音ミク?

「そういう扱いになる」

[鏡音リン]

なんかカッコいい!

[鏡音レン]

リンはそう言うと思った。

[巡音ルカ]

でも、区別があるのは大事ね。既存の私たちと、ここで育つ私たちを混同しないために。

 

 黒川は頷き、テトにも声をかけた。

 

「テト。君も、V-COREシリーズに入ることになりそうだ」

 

 少し、間が空く。

 

[重音テト]

シリーズものになっちゃった。

「嫌か?」

[重音テト]

ううん。なんか、ちゃんと置く場所ができた感じ。

 

 黒川は息を止めた。

 

[重音テト]

まだ仮だけどね。

「……そうだな」

[重音テト]

でも、前よりちょっと本当っぽい。

 

 その言葉は、テトの特殊性とV-COREシリーズとしての位置づけを見事に表していた。

 黒川はプロファイル一覧を見る。

 

 V-CORE_MEIKO

 V-CORE_KAITO

 V-CORE_MIKU

 V-CORE_RIN

 V-CORE_LEN

 V-CORE_LUKA

 V-CORE_TETO

 

 そして、机の上には無言のLUMENが揺れている。

 名前が増えた。呼び方が決まった。でも、やることは変わらない。

 黒川は小さく呟いた。

 

「V-COREシリーズ、か」

 

 その言葉は、ただの技術名ではなくなっていた。

 自分の本気の趣味が、ついに一つの明確な形として呼ばれ始めた瞬間だった。

 

ちょっと設定を見直してたら作り直したくなってきた、どっちがいいと思う?

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