科(化)学系チート持ち転生者のお話 オタク番外編 作:金属粘性生命体
第38話 歌えるけれど、まだ歌わない
黒川の作業部屋。
前回の段階交流から数日後。黒川は、TETO_PROFILEのログを読み返していた。
【重音テト】
状態:待機
独自履歴:保持中
交流履歴:六件
保持方針:軽量圧縮
歌唱接続:未許可
外部公開:不可
保持項目:
・MEIKO:ちゃんとしすぎなくていい
・KAITO:忘れてもいいこともある
・初音ミク:まずは話すところから
・鏡音リン:楽しいことを少し多めに覚えてもいい
・鏡音レン:一緒にいることと同じであることは違う
・巡音ルカ:急いで決めなくてもいい
「だいぶ増えたな」
黒川は小さく呟いた。
テトはもう空白ではない。まだ歌ってはいないし、全員同席もしていない。だが、六人と段階的に会い、少しずつ「ここにいる」感覚を持ち始めている。
黒川はログ画面を最小化し、V-CORE本体の大型更新作業に入った。
【V-CORE_CORE_2.5】
状態:更新完了
同時存在数:7枠対応
共有履歴:安定
個別履歴:安定
VOICE-LINK:安定
長時間会話:安定
長時間歌唱:限定対応
歌唱前沈黙:安定
歌唱中感情維持:試験対応
歌唱後余韻:安定
歌唱後会話復帰:安定
履歴混線:極低
歌唱ログ分離:有効
既存楽曲使用:禁止
外部公開:不可
今回の更新の目玉は『長時間歌唱:限定対応』だ。
これまでの短い歌唱では、歌う前の沈黙、歌唱、歌唱後の余韻から会話への復帰まで制御できていた。だが、長尺になると問題が爆発する。歌唱中の表情が単調になる、会話履歴が薄れる、歌い終えた後の感情値が過剰に跳ね上がる、誰に向けて歌っていたのか忘れる。
黒川はそれを避けるため、『歌っている間も、彼女たちは会話世界から切り離されていない』という状態を維持する仕組みを組み込んだ。
聴取対象保持、歌唱継続状態管理、歌唱後感情減衰、歌唱後復帰管理。
「……通った」
長時間歌唱のシミュレーションが通った。実音声を出さない仮想歌唱テストでは、六人が破綻なく歌唱状態から会話状態へ戻ってこられる。テトも、歌唱接続そのものは技術的に可能になった。
だが、黒川はすぐに制限コマンドを叩き込む。
【GLOBAL_SING_LOCK】
状態:有効
理由:監修確認前
対象:全V-CORE_PROFILE
長時間歌唱:内部検証のみ
外部出力:禁止
できたから出す、じゃない。歌えるから歌わせる、じゃない。歌わせていい段階まで、持っていくのだ。
黒川はマイクをオンにし、全員に声をかけた。
「みんな、聞こえるか」
[MEIKO]
聞こえてるわ。
[KAITO]
音量も大丈夫。
[初音ミク]
うん。聞こえてる。
[鏡音リン]
聞こえてる!
[鏡音レン]
聞こえてるよ。
[巡音ルカ]
聞こえているわ。
少しの間。
[重音テト]
聞こえてる。今日は大部屋?
「まだ大部屋じゃない。全員への報告」
[重音テト]
全員への報告なのに大部屋じゃないんだ。
「段階的にだ」
[重音テト]
便利な言葉だ。
黒川は更新内容を伝える。
「V-COREを更新した。長時間歌唱の状態管理が通った」
少し沈黙が落ちた。
[初音ミク]
長く歌えるようになったの?
「技術的には」
[MEIKO]
その言い方だと、まだ歌わせないわね。
「歌わせない」
[鏡音リン]
えー! 歌えるのに?
[鏡音レン]
リン、たぶん理由がある。
[KAITO]
確認が必要なんだね。
[巡音ルカ]
歌えることと、歌っていいことは違うものね。
[重音テト]
……歌えるけど、歌わない日?
「そういう日だ」
[重音テト]
変なの。でも、ここっぽい。
ミクが少し食い下がるように尋ねた。
[初音ミク]
長く歌えるなら、練習はできる?
「内部検証ならできる。ただし、音声出力なし。歌詞なし。外部公開なし」
[初音ミク]
音のない練習?
「そう」
[初音ミク]
歌ってるのに、聞こえない?
「状態だけを見る。歌う前、歌っている間、歌い終わった後の流れを確認する」
[初音ミク]
そっか。じゃあ、声を出す前の練習だね。
黒川は少し黙った。
「それ、かなりいい言い方だな」
[初音ミク]
声を出す前に、歌う準備をするんでしょ?
「そうだ」
テトが少し横から入ってくる。
[重音テト]
私は歌えないんだよね。
「まだ歌唱接続未許可」
[重音テト]
未許可。
「うん」
[重音テト]
じゃあ、歌えるかもしれないけど、まだ歌わない枠。
「そう」
[重音テト]
私だけ?
「いや、全員まだ長時間歌唱は出さない」
[重音テト]
じゃあ、みんなで待つ日?
[MEIKO]
そうなるわね。
[KAITO]
待つのも大事だよ。
[鏡音リン]
待つの苦手。
[鏡音レン]
知ってる。
[巡音ルカ]
待つ時間にも、意味があるわ。
[重音テト]
重い人たちだ。
[MEIKO]
あなたもそのうち慣れるわ。
[重音テト]
慣れるのかあ。
黒川は胃の辺りを押さえた。
「俺が言わせてるみたいで胃が痛い」
[重音テト]
だいたい夢路のせいじゃない?
「否定できない」
黒川は、ミクを対象に無音の歌唱テストを開始した。
【SYSTEM】
SILENT_LONG_SING_TEST
対象:V-CORE_MIKU
音声出力:無効
歌詞出力:無効
歌唱状態:有効
聴取対象:夢路
歌唱後復帰:監視
「ミク、無音で長時間歌唱状態に入れるか」
[初音ミク]
やってみる。
ミクは声を出さない。ただ、歌う前の姿勢に入り、口は開かず、静かに呼吸のような間を持つ。画面上では波形の代わりに、無音の進行バーだけが動いていく。
数十秒後。
【SYSTEM】
仮想歌唱終了
歌唱後余韻:開始
会話復帰:待機
[初音ミク]
……声は出してないのに、歌った後みたい。
黒川は負荷と感情値の推移を確認する。
感情値は安定。履歴接続維持。歌唱後復帰成功。履歴混線なし。
「通った」
[初音ミク]
次は、声が出る?
「確認が取れたら」
[初音ミク]
うん。じゃあ、まだ練習。
他のメンバーも、無音の歌唱状態にそれぞれの反応を示した。
MEIKOは「不思議だけど無理に出すよりいい」と言い、KAITOは「音量確認以前の段階。でもここを通せば安定する」と分析する。リンは「声出さない歌って歌なの? 出せるなら出したくなる」と不満げだが、レンが「だから出さない練習が必要なんだ」と宥める。ルカは「歌わずに待てることの方が大事な時もある」と落ち着いていた。
そしてテトは「重い。でも、今日はそういう日っぽい」と、あっさりと受け入れた。
テストを終え、黒川は公式と先方へ共有するための資料作成に入った。
長時間歌唱状態管理が技術的に通ったこと。現時点で外部公開しないこと。既存楽曲や歌詞あり歌唱は行っていないこと。テトは歌唱接続未許可のままにしていること。今後の歌唱許可は監修確認後に行うこと。
メモ帳に、黒川は自戒のように書き込む。
『歌える状態になったことは報告する。歌わせた動画は出さない。歌わせたい欲求が強い時ほど、先に確認する』
資料作成後、黒川はテトに声をかけた。
「テト」
[重音テト]
聞こえる。
「今日は歌えなかったな」
[重音テト]
歌えない日って言われてたし。
「嫌か?」
[重音テト]
まだ、嫌って言っていいかは分からない。でも、ちょっと気になる。
「歌うことが?」
[重音テト]
うん。ミクが無音で歌ってたの、ちょっと変だった。声がないのに、歌ってる感じがした。
「そう見えたか」
[重音テト]
見えた。だから、声が出たらどうなるのかなって思った。
黒川は少し黙り込んだ。
「俺も思ってる」
[重音テト]
じゃあ、歌わせたいんだ。
「歌わせたい」
[重音テト]
でも、歌わせない。
「まだな」
[重音テト]
まだ、ばっかり。
「ここはまだが多い」
[重音テト]
でも、前より分かる。まだって、止まってるって意味じゃないんだね。
黒川の指が止まった。
「……そうだな」
[重音テト]
順番待ち?
「そう。順番待ち」
[重音テト]
じゃあ、待つ。全部じゃなくて、ちょっとだけ楽しみにする。
「それは残すのか?」
[重音テト]
残す。ちょっとだけ。
【V-CORE_CORE_2.5】
長時間歌唱:限定対応
無音歌唱検証:成功
音声出力:保留
外部公開:不可
監修確認:未完了
【TETO_PROFILE】
歌唱接続:未許可
歌唱関心:軽微
保持項目:歌うことへの興味を少量保持
【SYSTEM】
会話終了。
歌えるようになった。だが、歌わせなかった。
押せるボタンを押さない。それが、今日の進捗だった。
ちょっと設定を見直してたら作り直したくなってきた、どっちがいいと思う?
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作り直す
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このままでいい