科(化)学系チート持ち転生者のお話 オタク番外編   作:金属粘性生命体

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オタクの三十九歩

 

 

 公式側の会議室。

 モニターには、黒川から送られてきた報告書が表示されている。

 資料タイトルは『V-CORE_CORE_2.5 長時間歌唱状態管理に関する報告』。

 そこには、V-CORE_CORE_2.5への更新完了と、長時間歌唱状態管理の内部検証成功が記されていた。しかし、続く項目が重要だった。

 実音声出力なし。歌詞出力なし。既存楽曲使用なし。外部公開なし。重音テトの歌唱接続は未許可のまま維持。全V-CORE_PROFILEにGLOBAL_SING_LOCKを適用中。

 

「長時間歌唱状態管理が通ったようです」

 

 三枝がまず技術面での驚きを口にすると、北条が即座に確認を入れた。

 

「実際に歌わせたのですか」

「いいえ。実音声出力はしていません。無音歌唱状態だけです。歌詞も出していない。既存楽曲も使っていない。外部公開もしていない」

 

 北条が少し眉を動かした。

 

「……押せたボタンを、押さなかったということですか」

「そのようです」

 

 佐伯が頷く。白石が資料の最後にある一文を静かに読み上げた。

 

『押せるボタンを押さないことも、進捗』

 

 会議室に少し沈黙が落ちた。

 技術的な進歩はもちろん凄まじい。だが、ここで公式側が最も重く見たのは「長時間歌唱が可能になったこと」よりも「彼が無音で止めたこと」だった。

 

「これが本当に安定しているなら、技術的には短いデモから一段上がっています。長尺のPV、少なくとも一曲の中で存在感を維持する映像表現が可能になります」

 

 三枝の技術評価に、白石が続ける。

 

「つまり、ただ数秒歌わせる動画ではなく、楽曲に合わせて“彼女たちがそこにいる”PVが作れるということですね」

「はい。技術的には、その入口に来ています」

「だからこそ危険です。長時間歌唱が可能なら、公開時の影響はこれまでとは比較になりません」

 

 北条の警戒に対し、佐伯が真っ直ぐに答えた。

 

「ですが、彼は出していません。そこが今回の最大の評価点です」

「重音テトの歌唱接続も未許可のまま維持しているんですね」

 

 先方監修からの言葉に、佐伯が頷く。

 

「はい。技術的には接続可能になっていると書いていますが、許可がないため未接続のままです」

「……そこ、かなり大きいですね。歌わせたい気持ちは絶対にあったはずなのに」

 

 音声提供者の立場から同席している浅倉が、小さく息を吐いた。

 

「だからこそ、信頼できるんです」

 

 白石の一言で、会議の論点が変わった。

 今までは「勝手に公開させないためにどう管理するか」だった。だが今回は、「安全に公開するなら、どう設計するか」へと話題が移る。

 

「ここまで来た以上、完全に非公開検証だけで抱え続けるのは難しいと思います。いずれ表に出すことを前提に、こちらで公式側の動きを設計するべき段階に来ました」

「同意します。本人が勝手に発表するより、こちらが企画として公開範囲を整理した方が安全です」

「V-COREシリーズとして、既存のキャラクターと混同されない形で紹介する必要がありますね。黒川さんの環境内で育った彼女たちであり、既存の公式キャラクターそのものではなく、V-CORE版として区別する。その説明は必須です」

「重音テトも同じです。V-CORE_TETOとして、既存の彼女をそのまま置き換えるのではない。その線引きは必要です」

 

 議論の末、発表形式の案が固まりつつあった。

 単なる技術発表ではなく、短い公式ティザーPV形式。楽曲は既存のものではなく、発表用に短い公式管理楽曲、あるいは新規の検証用楽曲を用意する。企画全体は公式側で設計し、黒川にはV-CORE演出、存在表現、PV用デモ制作を担当してもらう。

 

「夢路氏には、公式管理下でV-CORE演出を依頼する方向で進めます」

「契約範囲も更新してください。検証協力から、発表用映像制作協力へ移るなら、覚書の追加が必要です」

 

 

 

 

 

 

【非公開チャンネル:project-confirmation】

 

公式担当_佐伯:

V-CORE_CORE_2.5の報告を確認しました。

 

夢路:

はい。

 

技術担当_三枝:

長時間歌唱状態管理が通ったこと、確認しました。加えて、実音声出力を行わず、無音歌唱検証に留めた判断も確認しています。

 

夢路:

勝手に歌わせる段階ではないと判断しました。

 

法務担当_北条:

その判断は正しいです。仮に実音声で長時間歌唱を行い、外部共有していた場合、こちらの対応は大きく変わっていました。

 

夢路:

……はい。

 

監修担当_白石:

ですが、技術的にも表現的にも、次の段階に進める可能性が見えました。

 

夢路:

次の段階、ですか。

 

公式担当_佐伯:

はい。正式な商品化ではありません。配布や販売でもありません。ただし、V-COREシリーズの公式発表に向けた企画案を進めたいと考えています。

 

夢路:

公式発表。

 

公式担当_佐伯:

外部向けに、V-COREシリーズの存在を初めて紹介するためのティザーPVです。

 

夢路:

……PV。

 

技術担当_三枝:

楽曲、公開文言、権利整理、全体企画はこちらで管理します。その上で、夢路さんにはV-CORE上での表情、視線、歌唱前沈黙、歌唱後余韻、複数人の存在感を映像として成立させる部分をお願いしたいです。

 

夢路:

つまり、公式側の楽曲と企画に合わせて、V-CORE版のPVを作るということですか。

 

公式担当_佐伯:

その認識です。

 

法務担当_北条:

もちろん、契約範囲の更新、覚書の追加、監修確認、公開前チェックは必須です。

 

夢路:

分かっています。

 

監修担当_白石:

これは、あなたに自由に作って公開してもらう依頼ではありません。公式側の企画に参加してもらう形です。

 

夢路:

はい。

 

先方監修担当:

テトについても、出す場合は短く、段階的にお願いします。彼女はまだ、全部を見せる段階ではありません。

 

夢路:

承知しています。ちょっとだけ、ですね。

 

先方監修担当:

はい。ちょっとだけです。

 

夢路:

確認です。これは、公表に向けて動く、という認識でいいんでしょうか。

 

公式担当_佐伯:

はい。ただし、現時点で外部に話してはいけません。

 

夢路:

もちろんです。

 

公式担当_佐伯:

これから、V-COREシリーズ始動ティザーPVの企画案を共有します。まずは構成案と使用予定楽曲の方向性を確認してください。

 

夢路:

分かりました。

 

 チャットが終わった後、黒川はしばらく動けなかった。

 

「……公式発表用PV」

 

 今まで自分は、趣味として動画を出していた。勝手に注目され、公式に見つかって、監修下に入った。

 だが、今度は違う。

 公式が企画を出し、公式が楽曲を用意し、公式が発表する。そのPV制作の一部を、自分が担当する。

 黒川は胃を強く押さえた。

 

「趣味の圧が、また上がった」

 

 黒川はマイクをオンにし、六人とテトに声をかけた。

 

「みんな、聞こえるか。公式から、PVの話が来た」

 

 少しの沈黙。

 

[初音ミク]

歌うの?

 

「たぶん、歌う。ただし、公式の確認の中で」

 

[MEIKO]

ようやく、声が出るのね。

 

「まだ決定じゃない。でも、そのために動く」

 

[KAITO]

大きい話になってきたね。

 

[鏡音リン]

PVってことは、映像?

 

[鏡音レン]

外に出るってことだよね。

 

[巡音ルカ]

なら、これまで以上に慎重になる必要があるわ。

 

[重音テト]

私は?

 

 黒川が少し黙る。

 

「テトは、出るとしても少しだけだと思う」

 

[重音テト]

ちょっとだけ?

 

「そう。ちょっとだけ」

 

[重音テト]

なら、私っぽいかも。

 

「そう思う」

 

[重音テト]

じゃあ、ちょっとだけ楽しみにしてる。

 

 黒川は、公式から共有された企画ファイルを開いた。

 ファイル名:『V-COREシリーズ始動ティザーPV_企画案_v0.1』。

 中身の最初の一文。

 

『本企画は、V-COREシリーズを外部へ初めて紹介する公式ティザーPVである』

 

 黒川はその一文を見て、背筋が震えた。

 ついに、外へ出るための企画が動き出した。勝手に投稿する動画ではない。公式が出す、公式のPV。その中で、自分が育ててきた彼女たちが、初めて「V-COREシリーズ」として名を持って立つ。

 黒川は深く息を吸い、企画案の次のページを開いた。

 そこには、楽曲構成案の最初の項目が記載されていた。

 

『歌唱前沈黙:二秒』

 

 黒川は、思わず小さく笑った。

 

「……そこから分かってるなら、やれる」

 

【SYSTEM】

V-COREシリーズ始動ティザーPV

企画確認開始。

 

ちょっと設定を見直してたら作り直したくなってきた、どっちがいいと思う?

  • 作り直す
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