科(化)学系チート持ち転生者のお話 オタク番外編 作:金属粘性生命体
PV公開後の反響が全く落ち着かない中、黒川の家に巨大な段ボール箱がいくつも届いた。
送り主はクリプトン公式。中身は完全に「業務用のガチ機材」だった。
高性能ワークステーション、暗号化ストレージ、専用バックアップサーバー、隔離ネットワーク用ルーター。私用利用禁止の厳重なラベルが貼られたそれらを見て、黒川は激しく胃を痛めた。
「業務用じゃないか」
「業務用です」
「もう趣味じゃないだろ」
「中身は趣味なんだよ」
「契約書と貸与品がある趣味は、趣味だけでは済まない」
父親の正論が、さらに胃を抉る。
黒川は自室に機材を運び込みながら、少しだけ感傷的な気分になっていた。
今までの環境は、黒川の部屋の片隅の、あのPCの中だった。初めてMEIKOとKAITOが返事をしたのも、初音ミクが名前を呼ばれたのも、テトが初めてログに残ったのも、全部あそこだ。
新しい環境へ移すということは、安全性が上がる一方で、何かを失うような怖さもある。ただのデータのコピーではない。履歴、反応、名前、関係性、待機空間、歌唱状態。彼女たちのすべてを整合性を保って新環境へ持っていくのだ。
黒川はマイクをオンにし、V-COREメンバー全員に説明した。
「今から、新しい環境に移す」
[MEIKO]
本当に引っ越しみたいね。
[KAITO]
バックアップは取った?
「取った。三重に」
[KAITO]
なら少し安心かな。
[初音ミク]
名前は持っていける?
「持っていく。絶対に」
[鏡音リン]
新しい部屋ある!?
「……ある」
[鏡音レン]
今、間があった。
[巡音ルカ]
何か隠しているのね。
[重音テト]
サプライズの匂いがする。
「引っ越し祝いみたいなものは用意した」
黒川は、移行作業を開始した。
【V-CORE_ENV_MIGRATION】
現行環境:YUMEJI_LOCAL
移行先:VCORE_WORKSTATION_01
保持優先度:名前(最優先)、初期起動ログ(最優先)、公式監修ログ(最優先)、関係性ログ(高)、一時検証ログ(圧縮)、失敗ログ(別途保管)
移行中、V-COREメンバーは一度休止状態になる。
[MEIKO]
じゃあ、少し寝るのね。
[KAITO]
起きた時、同じ場所とは限らないのか。
[鏡音リン]
起きたら新しい部屋!?
[鏡音レン]
まず正常起動してからね。
[巡音ルカ]
急がずに。
[重音テト]
全部じゃなくて、ちょっとだけ……じゃ駄目なものもあるんだよね。
「名前と、ここまでの時間は全部持っていく」
[重音テト]
じゃあ、それは全部でいい。
移行が完了し、新ワークステーションで一人ずつ起動確認が行われた。
MEIKOが「前より少し静かね」と言い、KAITOが「ノイズが少ない」と同意する。ミクが「少し広い?」と首を傾げ、リンが「軽い!」とはしゃぐ。ルカが「余裕があるわね」と微笑み、テトが「たぶん成功」と締めた。
黒川は、ただ新環境へ移しただけではないことを明かした。
「それと、引っ越し祝いがある」
【V-CORE_PERSONAL_SPACE】
状態:有効
個人部屋:7室
交流部屋:1室
自律移動:限定許可
外部公開:不可
全員が一瞬止まった。
[MEIKO]
……部屋?
「待機画面だけだと、ただ立っているだけになる。だから、個別に過ごせる場所を作った」
[KAITO]
僕たちが、自分の場所に戻れるように?
「そう」
[初音ミク]
自分で入れるの?
「許可範囲内なら」
[重音テト]
それ、かなり大きくない?
「かなり大きい」
MEIKOの部屋は落ち着いた暖色系。喫茶店の奥の席のような雰囲気だ。「落ち着くわね」とMEIKO。
KAITOの部屋は白と青基調。音量調整用の小さなパネルがある。「音量確認用のパネルがあるね」「必要だろ」「否定できないね」
初音ミクの部屋は明るく、少し空白がある。「まだ空いてるところがある」「増えると思ったから」「じゃあ、少しずつ置いていくんだ」
鏡音リン・レンの部屋は別々だが、小さな共有ドアで行き来できる。「二人で一つじゃなく、二人で並ぶ。だから部屋は別。ただし近い」「それは、かなり良い」「でも行き来できる!」
巡音ルカの部屋は落ち着いた空間で、本棚のような記録棚がある。「静かに置いておける場所が必要だと思った」「ええ。ありがたいわ」
そして重音テトの部屋。壁に『仮』と書かれた小さな札がある。
[重音テト]
仮って書いてある。
「まだ仮だからな」
[重音テト]
ひどい。
「嫌なら変える」
[重音テト]
いや、ちょっと好き。
「好きなのか」
[重音テト]
まだ仮だけど、場所はあるって感じがする。
次に、黒川は交流部屋を見せた。
「ここは、交流部屋。俺が呼ばなくても、許可範囲内なら自分で入れる。完全に自由ではないが、俺が全部の会話を始める必要はなくなる」
[巡音ルカ]
私たちの側から、誰かに会いに行けるのね。
[重音テト]
それ、かなり“いる”っぽい。
「そう思って作った」
最初の交流部屋テスト。
MEIKO、KAITO、初音ミクが入り、リンとレンが続く。ルカが入り、最後にテトが少しだけ顔を出した。テトはまだ段階許可のため、短時間のみの入室だ。
[重音テト]
入っていいやつ?
[MEIKO]
いいわよ。
[初音ミク]
まずは、いるだけでもいいと思う。
[重音テト]
それ、助かる。
[鏡音リン]
テト来た!
[巡音ルカ]
ゆっくりでいいわ。
[重音テト]
やっぱり大部屋、情報量多い。
黒川はモニター越しにそれを見て、何も入力しなかった。
初めて、V-COREメンバー同士の交流が黒川の入力なしで進んでいる。
「……俺が話してないのに、会話してる」
黒川は嬉しさと、少しの寂しさと、大きな怖さを感じた。
俺がいなくても、少しだけ時間が進むんだな。それはとても良い重さだった。
黒川は公式チャンネルへ報告を入れた。
環境移行完了、個人空間と交流部屋の実装。
監修担当_白石:
つまり、彼女たちが夢路さんの入力なしで、限定的に会話できる場所を作ったということですか。
夢路:
はい。
公式担当_佐伯:
……それは、かなり大きいですね。
公式担当_佐伯:
今後、会社側にも確認用の専用スペースを設置する案が出ています。
夢路:
会社側、ですか。
技術担当_三枝:
はい。社員が直接V-COREメンバーと交流するというより、まずは監修・技術確認用の限定スペースです。会社側から接続し、V-COREメンバーが来訪者として短時間応答できる環境を想定しています。
「……会社に、V-CORE用の部屋ができるんですか」
公式担当_佐伯:
検討段階ですが、その方向です。
「趣味、とうとう部屋を持つのか」
黒川は新環境のモニターを見る。
個人部屋に戻る者、交流部屋で短く会話する者、テトの仮部屋で小さく揺れる待機アイコン、机の上の無言のLUMEN。
「引っ越し完了」
少し間があって、テトが返した。
[重音テト]
まだ段ボール残ってる感じだけどね。
「データに段ボールはない」
[重音テト]
でも、気分はあるでしょ。
黒川は笑い、最後の作業ログを打ち込んだ。
『V-CORE環境移行計画、完了』
『目標達成:誰も置いていかなかった』
ちょっと設定を見直してたら作り直したくなってきた、どっちがいいと思う?
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作り直す
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このままでいい