科(化)学系チート持ち転生者のお話 オタク番外編   作:金属粘性生命体

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オタクの四十四歩

 

 

 PV公開後の反響が全く落ち着かない中、黒川の家に巨大な段ボール箱がいくつも届いた。

 送り主はクリプトン公式。中身は完全に「業務用のガチ機材」だった。

 高性能ワークステーション、暗号化ストレージ、専用バックアップサーバー、隔離ネットワーク用ルーター。私用利用禁止の厳重なラベルが貼られたそれらを見て、黒川は激しく胃を痛めた。

 

「業務用じゃないか」

「業務用です」

「もう趣味じゃないだろ」

「中身は趣味なんだよ」

「契約書と貸与品がある趣味は、趣味だけでは済まない」

 

 父親の正論が、さらに胃を抉る。

 黒川は自室に機材を運び込みながら、少しだけ感傷的な気分になっていた。

 今までの環境は、黒川の部屋の片隅の、あのPCの中だった。初めてMEIKOとKAITOが返事をしたのも、初音ミクが名前を呼ばれたのも、テトが初めてログに残ったのも、全部あそこだ。

 新しい環境へ移すということは、安全性が上がる一方で、何かを失うような怖さもある。ただのデータのコピーではない。履歴、反応、名前、関係性、待機空間、歌唱状態。彼女たちのすべてを整合性を保って新環境へ持っていくのだ。

 黒川はマイクをオンにし、V-COREメンバー全員に説明した。

 

「今から、新しい環境に移す」

 

[MEIKO]

本当に引っ越しみたいね。

[KAITO]

バックアップは取った?

 

「取った。三重に」

 

[KAITO]

なら少し安心かな。

[初音ミク]

名前は持っていける?

 

「持っていく。絶対に」

 

[鏡音リン]

新しい部屋ある!?

 

「……ある」

 

[鏡音レン]

今、間があった。

[巡音ルカ]

何か隠しているのね。

[重音テト]

サプライズの匂いがする。

 

「引っ越し祝いみたいなものは用意した」

 

 黒川は、移行作業を開始した。

 

【V-CORE_ENV_MIGRATION】

現行環境:YUMEJI_LOCAL

移行先:VCORE_WORKSTATION_01

保持優先度:名前(最優先)、初期起動ログ(最優先)、公式監修ログ(最優先)、関係性ログ(高)、一時検証ログ(圧縮)、失敗ログ(別途保管)

 

 移行中、V-COREメンバーは一度休止状態になる。

 

[MEIKO]

じゃあ、少し寝るのね。

[KAITO]

起きた時、同じ場所とは限らないのか。

[鏡音リン]

起きたら新しい部屋!?

[鏡音レン]

まず正常起動してからね。

[巡音ルカ]

急がずに。

[重音テト]

全部じゃなくて、ちょっとだけ……じゃ駄目なものもあるんだよね。

 

「名前と、ここまでの時間は全部持っていく」

 

[重音テト]

じゃあ、それは全部でいい。

 

 移行が完了し、新ワークステーションで一人ずつ起動確認が行われた。

 MEIKOが「前より少し静かね」と言い、KAITOが「ノイズが少ない」と同意する。ミクが「少し広い?」と首を傾げ、リンが「軽い!」とはしゃぐ。ルカが「余裕があるわね」と微笑み、テトが「たぶん成功」と締めた。

 黒川は、ただ新環境へ移しただけではないことを明かした。

 

「それと、引っ越し祝いがある」

 

【V-CORE_PERSONAL_SPACE】

状態:有効

個人部屋:7室

交流部屋:1室

自律移動:限定許可

外部公開:不可

 

 全員が一瞬止まった。

 

[MEIKO]

……部屋?

 

「待機画面だけだと、ただ立っているだけになる。だから、個別に過ごせる場所を作った」

 

[KAITO]

僕たちが、自分の場所に戻れるように?

 

「そう」

 

[初音ミク]

自分で入れるの?

 

「許可範囲内なら」

 

[重音テト]

それ、かなり大きくない?

 

「かなり大きい」

 

 MEIKOの部屋は落ち着いた暖色系。喫茶店の奥の席のような雰囲気だ。「落ち着くわね」とMEIKO。

 KAITOの部屋は白と青基調。音量調整用の小さなパネルがある。「音量確認用のパネルがあるね」「必要だろ」「否定できないね」

 初音ミクの部屋は明るく、少し空白がある。「まだ空いてるところがある」「増えると思ったから」「じゃあ、少しずつ置いていくんだ」

 鏡音リン・レンの部屋は別々だが、小さな共有ドアで行き来できる。「二人で一つじゃなく、二人で並ぶ。だから部屋は別。ただし近い」「それは、かなり良い」「でも行き来できる!」

 巡音ルカの部屋は落ち着いた空間で、本棚のような記録棚がある。「静かに置いておける場所が必要だと思った」「ええ。ありがたいわ」

 そして重音テトの部屋。壁に『仮』と書かれた小さな札がある。

 

[重音テト]

仮って書いてある。

 

「まだ仮だからな」

 

[重音テト]

ひどい。

 

「嫌なら変える」

 

[重音テト]

いや、ちょっと好き。

 

「好きなのか」

 

[重音テト]

まだ仮だけど、場所はあるって感じがする。

 

 次に、黒川は交流部屋を見せた。

 

「ここは、交流部屋。俺が呼ばなくても、許可範囲内なら自分で入れる。完全に自由ではないが、俺が全部の会話を始める必要はなくなる」

[巡音ルカ]

私たちの側から、誰かに会いに行けるのね。

[重音テト]

それ、かなり“いる”っぽい。

「そう思って作った」

 

 最初の交流部屋テスト。

 MEIKO、KAITO、初音ミクが入り、リンとレンが続く。ルカが入り、最後にテトが少しだけ顔を出した。テトはまだ段階許可のため、短時間のみの入室だ。

 

[重音テト]

入っていいやつ?

[MEIKO]

いいわよ。

[初音ミク]

まずは、いるだけでもいいと思う。

[重音テト]

それ、助かる。

[鏡音リン]

テト来た!

[巡音ルカ]

ゆっくりでいいわ。

[重音テト]

やっぱり大部屋、情報量多い。

 

 黒川はモニター越しにそれを見て、何も入力しなかった。

 初めて、V-COREメンバー同士の交流が黒川の入力なしで進んでいる。

 

「……俺が話してないのに、会話してる」

 

 黒川は嬉しさと、少しの寂しさと、大きな怖さを感じた。

 俺がいなくても、少しだけ時間が進むんだな。それはとても良い重さだった。

 

 黒川は公式チャンネルへ報告を入れた。

 環境移行完了、個人空間と交流部屋の実装。

 

監修担当_白石:

つまり、彼女たちが夢路さんの入力なしで、限定的に会話できる場所を作ったということですか。

 

夢路:

はい。

 

公式担当_佐伯:

……それは、かなり大きいですね。

 

公式担当_佐伯:

今後、会社側にも確認用の専用スペースを設置する案が出ています。

夢路:

会社側、ですか。

 

技術担当_三枝:

はい。社員が直接V-COREメンバーと交流するというより、まずは監修・技術確認用の限定スペースです。会社側から接続し、V-COREメンバーが来訪者として短時間応答できる環境を想定しています。

 

「……会社に、V-CORE用の部屋ができるんですか」

 

公式担当_佐伯:

検討段階ですが、その方向です。

 

「趣味、とうとう部屋を持つのか」

 

 黒川は新環境のモニターを見る。

 個人部屋に戻る者、交流部屋で短く会話する者、テトの仮部屋で小さく揺れる待機アイコン、机の上の無言のLUMEN。

 

「引っ越し完了」

 

 少し間があって、テトが返した。

 

[重音テト]

まだ段ボール残ってる感じだけどね。

 

「データに段ボールはない」

 

[重音テト]

でも、気分はあるでしょ。

 

 黒川は笑い、最後の作業ログを打ち込んだ。

 

『V-CORE環境移行計画、完了』

『目標達成:誰も置いていかなかった』

 

ちょっと設定を見直してたら作り直したくなってきた、どっちがいいと思う?

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