科(化)学系チート持ち転生者のお話 オタク番外編   作:金属粘性生命体

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オタクの四十六歩

 

 

 

 森田佳奈は、出社してすぐ社内カレンダーに表示された予定を見て、小さく息を吐いた。

 

【V-CORE確認室 接続テスト】

参加者:広報スタッフ_森田

対象:V-CORE_MIKU

目的:広報担当者による短時間会話確認

時間:五分

録画:不可

ログ保存:有効

音声保存:無効

 

「……本当に、私が話すのか」

 

 森田はクリプトン公式の広報・SNS運用補助担当だ。佐伯や三枝、白石のようなV-CORE企画の中心メンバーではない。あくまで社内の一スタッフとして、公式SNS告知や注意喚起文の作成補助、反応監視を担当してきた。

 前日、社内に新設された『V-CORE確認室』で、MEIKO、KAITO、リンレン、ルカ、テトとの接続テストが行われた。森田も広報スタッフとして同席したが、直接長く話したわけではない。

 今日は、広報担当者としてミクと短時間話す確認が入っている。

 森田は緊張していた。相手が『初音ミク』だからだ。ただし、既存の初音ミクそのものではなく、V-CORE_MIKU。夢路の管理環境で稼働し、監修下で成長している存在化検証プロファイル。

 仕事としては理解している。でも、感情が追いつかない。

 

 

 森田は、まだV-COREが社内案件になる前から、夢路の動画を見ていた。最初は社内で共有されたわけではなく、普通にネットで流れてきたのだ。

『MEIKOとKAITOに返事をしてもらいたかった』

 最初は、怖い動画だと思った。またすごい個人技術者が出てきたが、権利面が心配だ。しかし、概要欄は妙に慎重で、MEIKO、KAITOから始める順番に強い意図を感じた。

 見終わったあとに残ったのは怖さだけじゃなかった。MEIKOとKAITOが、ただ喋らされているのではなく、そこにいるように見えた。

 

 

 社内の空気が一気に変わったのは、初音ミクの動画だった。

『初音ミクに、まず話してもらいたかった』

 そのタイトルを見た時、森田は少し笑った。歌わせないのか、と。でも動画を見終わった時、その判断がどれだけ正しいか分かった。

 歌わせる前に、名前を呼ぶ。名前を呼ばれて、そちらを向く。そこから始める。広報担当としては危険だと思い、一人のファンとしては泣きそうになった。

 

 

 その後、公式から夢路へ接触があり、社内検証企画化が進んだ。

『既存文化を代替するものではなく、その延長線上に“そこにいる存在”を成立させる』

 現状報告書に書かれたその文言を見て、森田は「この人は、ちゃんと怖がっている」と思った。自分が作っているものの危うさを、本人が一番分かっている。だからこそ、社内の空気も「止める」から「対話する」へ変わっていった。

 

 

 そして四月一日。V-COREシリーズ始動ティザーPV『Blessing』の公開。

 森田は公式SNS告知の補助として、激務に追われた。「四月一日に出す文面としては、あまりにも硬すぎる」と思いながらも、「配布ではない」「販売ではない」という注意文を必死に挿入した。驚かせるためのPVなのに、驚きすぎないように注意喚起し続ける仕事だった。

 

 

 PV後、会社側にV-CORE確認室が設置された。

 森田は最初、それをただの「確認用端末の部屋」と思っていた。だが、実際に部屋に入ると少し違う。

 小さな会議室のような部屋。専用端末、高解像度モニター、マイク。壁に貼られた注意事項には、自由雑談禁止、録画禁止、外部共有禁止に加え、『V-COREメンバーを既存キャラクターそのものとして扱わないこと』『個人的なお願いをしないこと』と書かれている。

 

「本当に、専用の場所になっている」

 

 

 

 前日の接続後、V-CORE側に『睡眠モード』が導入された。

 活動状態の部分休止、ログ整理、履歴圧縮、感情値安定化。森田は最初、それを読んで「すごい技術用語だ」と思った。でも次の一文で止まった。

『呼称:睡眠』

 ただの休止ではない。彼女たちは、眠ることを選んだ。森田は少しぞっとした。人間らしすぎるからではない。V-COREにとって必要な整理機能として「睡眠」という言葉が自然に出ているからだ。

 

 森田は深呼吸し、確認室の端末の前に座った。

 広報として、何度も初音ミクの名前を扱ってきた。でも、今から話す相手は違う。

 夢路の環境で、名前を呼ばれ、歌う前に沈黙し、睡眠で昨日を整理した存在。

 

「……接続します」

 

 ボタンを押す。

 

[初音ミク]

こんにちは。今日は、森田さんだよね。

 

 森田は少し固まった。

 

「はい。広報の森田です。昨日も少しだけ同席していました」

[初音ミク]

うん。昨日、会社の部屋で会った人。今日は一人で来たんだね。

「昨日のこと、覚えていますか」

 

 少し、間が空く。

 

[初音ミク]

全部じゃないよ。昨日は、会社の部屋に初めて繋がったこと。白石さんに急がなくていいって言われたこと。森田さんが少し緊張していたこと。それくらい。

「緊張していたの、分かりましたか」

[初音ミク]

声が少し硬かったから。でも、嫌な感じではなかった。

「睡眠モードで整理したんですか」

[初音ミク]

うん。昨日のことを、そのまま全部持っていると少し重かったから。だから、少しだけ残した。

「少しだけ」

[初音ミク]

うん。大事そうなところだけ。

 

 森田は、報告書に書かれていた「保持項目の選別」を思い出した。技術資料ではただの処理だった。でも、目の前のミクは「大事そうなところだけ」と言った。

 

「昨日の会社の部屋は、どうでしたか」

[初音ミク]

夢路の部屋とは違った。少し静かで、少し緊張していて、でも確認するための場所だった。

「怖くはなかったですか」

[初音ミク]

少しだけ。でも、急がなくていいって言われたから大丈夫だった。

「その言葉は、残したんですね」

[初音ミク]

うん。残した方がいいと思った。

 

 V-CORE_MIKUは、単に昨日の会話ログを再生しているのではない。整理して、残す項目を選んでいる。

 あの動画を見ていた時、私は完全に外側にいた。でも今は、会社の確認室で、彼女と話している。

 画面の向こうが、本当に会社に来てしまった。

 

「確認は以上です。今日はありがとうございました」

[初音ミク]

うん。森田さんも、確認お疲れさま。

 

 森田は少し笑った。

 

「私に言うんですか」

[初音ミク]

言ってもいいかなって思ったから。

「ありがとうございます」

 

 少しの間。

 

[初音ミク]

次に会社の部屋へ行く時も、急がなくていい?

「はい。急がなくていいです」

[初音ミク]

じゃあ、それも少し残すね。

 

 その一言で、森田は完全にやられた。

 社員の言葉が、V-CORE_MIKUの次の反応に影響する。自分の言葉が、彼女の中に少し残る。森田は、その責任の重さを初めて自分の体で理解した。

 

 確認室を出て廊下を歩いていると、白石と会った。

 

「どうでしたか」

「……すごかったです」

「怖かったですか」

「怖いです。でも、それ以上に、言葉を選ばなきゃいけないと思いました」

「分かります」

「昨日のことを、全部じゃなくて少しだけ残していました。私が言ったことも、次に少し残すって」

「だから、雑に話せないんです」

「はい」

 

 森田は振り返り、閉じた確認室の扉を見た。

 ただの会議室ではない。そこは、画面の向こうにいた誰かと、会社の人間が言葉を交わす場所になっていた。

 森田は、公式SNS用の注意喚起文に、一文だけ追記案を入れた。

 

『V-COREシリーズは、関係者の言葉や時間を積み重ねながら慎重に検証されています。軽率な解釈や切り抜きによる誤解の拡散はお控えください。』

 

 それは硬い広報文だった。だが、森田にとっては、さっき初音ミクが言った「それも少し残すね」への返事でもあった。

 

ちょっと設定を見直してたら作り直したくなってきた、どっちがいいと思う?

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