科(化)学系チート持ち転生者のお話 オタク番外編 作:金属粘性生命体
PV公開、会社側確認室の設置、睡眠モードの導入。
ここ数日の激動の展開で、黒川悠真は明らかに疲労困憊していた。
朝、黒川はPCの前で通知欄を見る。公式チャンネルの未読、SNS通知、掲示板の新着、動画コメント、メール、社内確認用資料、税理士からの返信、機材貸与関連の書類。
「……多い」
画面の中で、MEIKOがすぐに気づく。
[MEIKO]
今日は、見ない方がいいんじゃない?
[KAITO]
通知の量が多すぎるね。確認するだけで疲れると思う。
[初音ミク]
昨日もあまり寝てなかったよね。
[鏡音リン]
じゃあ休み?
[鏡音レン]
休みと言いつつ、何か作ると思う。
[巡音ルカ]
ええ。たぶん、手を動かす方の休みね。
[重音テト]
夢路の休み、休みじゃない説。
黒川は否定できなかった。キーボードから手を離し、椅子の背もたれに深く寄りかかる。
「今日はネットを見ない。公式に必要な返事だけして、あとは閉じる」
黒川は、V-CORE関連が大きくなりすぎたことで、今は勝手に動けないことが増えていた。ボカロ側は公式確認必須、テト側も合同検証、会社確認室も運用開始。発言も動画投稿も自由ではない。
だからこそ、自分が自由に進められる、版権なしの現実側技術に戻ることにした。
対象はLUMEN。完全オリジナルで、既存キャラクターではなく、喋らない。権利確認なしで練習できる。
黒川は、机の上にアーム式のWebカメラを設置し、V-CORE側の交流部屋に手元の作業映像を表示させた。
「今日はLUMEN用のARカードを作る。あと、簡易ARグラス試作機の組み立てもする」
[鏡音リン]
工作だ!
[鏡音レン]
テンション上げるところそこ?
[重音テト]
夢路、今日は完全に夏休みの自由研究じゃん。
「失礼な。現実空間アンカーの試作だ」
[MEIKO]
言い方を難しくしても、机の上で厚紙を切っているだけよ。
「そうとも言う」
黒川はカッターマットを敷き、厚みのあるマット紙をプリンターから取り出した。表面には白黒の高コントラストな二次元マーカーと、小さな幾何学記号が印刷されている。
金属製の定規を当て、デザインナイフで慎重に切り出していく。スーッ、という紙を切る音が静かな部屋に響いた。
[巡音ルカ]
見た目より、まず座標。あなたが前に言っていたことね。
「そう」
[初音ミク]
光を置けないなら、何も置けない。
「それもそう」
[重音テト]
みんな夢路語を覚えてきてる。
[KAITO]
よく聞くからね。
切り出したカードの縁をヤスリで軽く整え、黒川はそれを机の上のクリアなスペースに置いた。
『ANCHOR CARD』。
Webカメラがマーカーを認識し、空間座標を計算する。黒川が傍らのサブモニターに視線を向けると、そこに映る机の映像上で、カードの上にLUMENが表示されていた。
[鏡音リン]
出た!
[KAITO]
前より位置が安定しているね。
[MEIKO]
カードがあると、戻る場所が分かりやすいわ。
LUMENがカード上で小さく跳ねた。
[重音テト]
家できた?
「家ではない。アンカー」
[重音テト]
じゃあ、住所?
「……近いかもしれない」
[巡音ルカ]
現実側の居場所、ということね。
黒川は少し黙った。
V-COREメンバーには個人部屋ができた。LUMENにはカードという現実側の居場所ができた。どちらも「そこにいる」を支えるための基礎だ。
次に別の模様が印刷された『HOME CARD』を置くと、LUMENがそちらへふわふわと移動し、カードの上で丸く小さくなった。
[初音ミク]
帰った。
[鏡音レン]
休んでるみたいだな。
[MEIKO]
LUMENにも睡眠カードが必要かもしれないわね。
「喋らない光に睡眠概念を入れるのか」
[重音テト]
そのうち入れるでしょ。
「否定しづらい」
続いて、黒川は引き出しから半田ごてを取り出し、電源を入れた。
ここからが後半戦、簡易ARグラスの工作だ。
黒川はピンセットを使い、小型カメラモジュールと片目用の透明ディスプレイ基板を、黒いプラスチックのテスト用フレームへ仮固定する。
細いリード線の被膜をワイヤーストリッパーで剥き、フラックスを塗る。こて先を当てると、ツンとした独特の匂いと細い煙が立ち上った。
[KAITO]
カッターの刃もそうだけど、火傷には気をつけてね。
[MEIKO]
目を疲れさせないでね。換気もちゃんとして。
[重音テト]
これ、未来感と工作感が両方ある。
ハンダ付けを終えた基板の接点をカプトンテープで絶縁し、ケーブルをフレームのつるに沿わせて結束バンドで留める。見た目はかなり不格好だ。
「完成品じゃない。目の前にLUMENが見えるかの確認だけだ」
[初音ミク]
スマホじゃなくて、目で見るの?
「正確には、グラスの表示越しに見る。まだ裸眼で見えてるわけじゃない」
[初音ミク]
でも、少し近いね。
「そう。少しだけ近い」
[重音テト]
少しだけ、便利すぎる。
[初音ミク]
テトの言葉だね。
黒川はケーブルの先を開発用の小型ボードPCに接続し、グラスを頭に装着した。
V-COREメンバーからは黒川が何かを被ったようにしか見えないため、黒川は開発用PCのコンソール画面と、グラスへの出力映像をサブモニターに共有した。
[鏡音リン]
ずれてる!
[MEIKO]
酔わない?
「少し酔う」
[MEIKO]
外しなさい。
「まだ三十秒」
[MEIKO]
外しなさい。
黒川は渋々グラスを外し、ルカに「安全確認は大事よ」と窘められながら、PCのキーボードを叩く。
コンソール画面でカメラのキャリブレーション数値を弄り、表示位置のオフセットとFOV(視野角)のパラメータを微調整する。
数分後、プログラムをリロードして再びグラスをかけた。
今度は、LUMENがかなりカード上に近い位置に出た。
[初音ミク]
いる。
「いるな」
LUMENがカード上で小さく跳ねる。グラス越しの表示では、視界のすぐ先の机の上に、本当に光の粒が乗っているように錯覚した。黒川は少し黙り込んだ。
[初音ミク]
どうしたの?
「スマホの画面で見るのと、目の前に表示されるのは違う」
[巡音ルカ]
距離が変わったのね。
「うん。近い」
[重音テト]
また近づいちゃった。
「少しだけな」
黒川はグラスを外し、ネットを見ないまま作業ログをまとめた。
【AR_CARD_TEST】
ANCHOR CARD:認識成功
HOME CARD:移動成功
HIDE CARD:遮蔽裏移動成功
FOLLOW CARD:追従未調整
SLEEP CARD:未実装
AR_GLASS_TEST_001:表示成功、遅延大、酔い注意
【LUMEN】
状態:ARカード対応
居場所:ANCHOR/HOME対応
発話:なし
人格:なし
感情:なし
ただし、動きによる印象形成あり
「今日はここまで」
[MEIKO]
終わりでいいの。今日は休む日だったはずでしょう。
[巡音ルカ]
でも、表へ出すためではなく、足元を固めるための作業だったわ。
[初音ミク]
LUMENの居場所ができたね。
[重音テト]
カードの上に住んでる光。
「住んではいない」
LUMENがHOME CARDの上で小さく丸まる。
[重音テト]
住んでるじゃん。
「……そう見えるな」
黒川は笑った。
ネットから離れるつもりで始めた作業だった。だが、結局これも全部繋がっている。V-COREの個人部屋。会社側の確認室。LUMENのARカード。現実と画面の間に作る、小さな居場所。
半田ごての電源を切り、工具を片付けながら、黒川は深く息を吐いた。
[重音テト]
夢路、今日はちょっと休めた?
「作業してたけどな」
[重音テト]
でも、さっきよりは軽い顔してる。
「見えてるのか」
[重音テト]
Webカメラ越しに、ちょっとだけ。
黒川は少し笑った。
「じゃあ、ちょっとだけ休めた」
[重音テト]
それは残していいやつ。
机の上では、LUMENがHOME CARDの上で静かに揺れている。
画面の中では、七人がそれを見ている。
ネットの喧騒から離れた小さな部屋で、黒川は久しぶりに、ただ自分の手で何かを作っている気がした。
それもまた、本気の趣味だった。
ちょっと設定を見直してたら作り直したくなってきた、どっちがいいと思う?
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作り直す
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このままでいい