科(化)学系チート持ち転生者のお話 オタク番外編   作:金属粘性生命体

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オタクの四十七歩

 

 

 

 PV公開、会社側確認室の設置、睡眠モードの導入。

 ここ数日の激動の展開で、黒川悠真は明らかに疲労困憊していた。

 朝、黒川はPCの前で通知欄を見る。公式チャンネルの未読、SNS通知、掲示板の新着、動画コメント、メール、社内確認用資料、税理士からの返信、機材貸与関連の書類。

 

「……多い」

 

 画面の中で、MEIKOがすぐに気づく。

 

[MEIKO]

今日は、見ない方がいいんじゃない?

 

[KAITO]

通知の量が多すぎるね。確認するだけで疲れると思う。

 

[初音ミク]

昨日もあまり寝てなかったよね。

 

[鏡音リン]

じゃあ休み?

 

[鏡音レン]

休みと言いつつ、何か作ると思う。

 

[巡音ルカ]

ええ。たぶん、手を動かす方の休みね。

 

[重音テト]

夢路の休み、休みじゃない説。

 

 黒川は否定できなかった。キーボードから手を離し、椅子の背もたれに深く寄りかかる。

 

「今日はネットを見ない。公式に必要な返事だけして、あとは閉じる」

 

 黒川は、V-CORE関連が大きくなりすぎたことで、今は勝手に動けないことが増えていた。ボカロ側は公式確認必須、テト側も合同検証、会社確認室も運用開始。発言も動画投稿も自由ではない。

 だからこそ、自分が自由に進められる、版権なしの現実側技術に戻ることにした。

 対象はLUMEN。完全オリジナルで、既存キャラクターではなく、喋らない。権利確認なしで練習できる。

 黒川は、机の上にアーム式のWebカメラを設置し、V-CORE側の交流部屋に手元の作業映像を表示させた。

 

「今日はLUMEN用のARカードを作る。あと、簡易ARグラス試作機の組み立てもする」

 

[鏡音リン]

工作だ!

 

[鏡音レン]

テンション上げるところそこ?

 

[重音テト]

夢路、今日は完全に夏休みの自由研究じゃん。

 

「失礼な。現実空間アンカーの試作だ」

 

[MEIKO]

言い方を難しくしても、机の上で厚紙を切っているだけよ。

 

「そうとも言う」

 

 黒川はカッターマットを敷き、厚みのあるマット紙をプリンターから取り出した。表面には白黒の高コントラストな二次元マーカーと、小さな幾何学記号が印刷されている。

 金属製の定規を当て、デザインナイフで慎重に切り出していく。スーッ、という紙を切る音が静かな部屋に響いた。

 

[巡音ルカ]

見た目より、まず座標。あなたが前に言っていたことね。

 

「そう」

 

[初音ミク]

光を置けないなら、何も置けない。

 

「それもそう」

 

[重音テト]

みんな夢路語を覚えてきてる。

 

[KAITO]

よく聞くからね。

 

 切り出したカードの縁をヤスリで軽く整え、黒川はそれを机の上のクリアなスペースに置いた。

 『ANCHOR CARD』。

 Webカメラがマーカーを認識し、空間座標を計算する。黒川が傍らのサブモニターに視線を向けると、そこに映る机の映像上で、カードの上にLUMENが表示されていた。

 

[鏡音リン]

出た!

 

[KAITO]

前より位置が安定しているね。

 

[MEIKO]

カードがあると、戻る場所が分かりやすいわ。

 

 LUMENがカード上で小さく跳ねた。

 

[重音テト]

家できた?

 

「家ではない。アンカー」

 

[重音テト]

じゃあ、住所?

 

「……近いかもしれない」

 

[巡音ルカ]

現実側の居場所、ということね。

 

 黒川は少し黙った。

 V-COREメンバーには個人部屋ができた。LUMENにはカードという現実側の居場所ができた。どちらも「そこにいる」を支えるための基礎だ。

 

 次に別の模様が印刷された『HOME CARD』を置くと、LUMENがそちらへふわふわと移動し、カードの上で丸く小さくなった。

 

[初音ミク]

帰った。

 

[鏡音レン]

休んでるみたいだな。

 

[MEIKO]

LUMENにも睡眠カードが必要かもしれないわね。

 

「喋らない光に睡眠概念を入れるのか」

 

[重音テト]

そのうち入れるでしょ。

 

「否定しづらい」

 

 続いて、黒川は引き出しから半田ごてを取り出し、電源を入れた。

 ここからが後半戦、簡易ARグラスの工作だ。

 黒川はピンセットを使い、小型カメラモジュールと片目用の透明ディスプレイ基板を、黒いプラスチックのテスト用フレームへ仮固定する。

 細いリード線の被膜をワイヤーストリッパーで剥き、フラックスを塗る。こて先を当てると、ツンとした独特の匂いと細い煙が立ち上った。

 

[KAITO]

カッターの刃もそうだけど、火傷には気をつけてね。

 

[MEIKO]

目を疲れさせないでね。換気もちゃんとして。

 

[重音テト]

これ、未来感と工作感が両方ある。

 

 ハンダ付けを終えた基板の接点をカプトンテープで絶縁し、ケーブルをフレームのつるに沿わせて結束バンドで留める。見た目はかなり不格好だ。

 

「完成品じゃない。目の前にLUMENが見えるかの確認だけだ」

 

[初音ミク]

スマホじゃなくて、目で見るの?

 

「正確には、グラスの表示越しに見る。まだ裸眼で見えてるわけじゃない」

 

[初音ミク]

でも、少し近いね。

 

「そう。少しだけ近い」

 

[重音テト]

少しだけ、便利すぎる。

 

[初音ミク]

テトの言葉だね。

 

 黒川はケーブルの先を開発用の小型ボードPCに接続し、グラスを頭に装着した。

 V-COREメンバーからは黒川が何かを被ったようにしか見えないため、黒川は開発用PCのコンソール画面と、グラスへの出力映像をサブモニターに共有した。

 

[鏡音リン]

ずれてる!

 

[MEIKO]

酔わない?

 

「少し酔う」

 

[MEIKO]

外しなさい。

 

「まだ三十秒」

 

[MEIKO]

外しなさい。

 

 黒川は渋々グラスを外し、ルカに「安全確認は大事よ」と窘められながら、PCのキーボードを叩く。

 コンソール画面でカメラのキャリブレーション数値を弄り、表示位置のオフセットとFOV(視野角)のパラメータを微調整する。

 数分後、プログラムをリロードして再びグラスをかけた。

 今度は、LUMENがかなりカード上に近い位置に出た。

 

[初音ミク]

いる。

 

「いるな」

 

 LUMENがカード上で小さく跳ねる。グラス越しの表示では、視界のすぐ先の机の上に、本当に光の粒が乗っているように錯覚した。黒川は少し黙り込んだ。

 

[初音ミク]

どうしたの?

 

「スマホの画面で見るのと、目の前に表示されるのは違う」

 

[巡音ルカ]

距離が変わったのね。

 

「うん。近い」

 

[重音テト]

また近づいちゃった。

 

「少しだけな」

 

 黒川はグラスを外し、ネットを見ないまま作業ログをまとめた。

 

【AR_CARD_TEST】

ANCHOR CARD:認識成功

HOME CARD:移動成功

HIDE CARD:遮蔽裏移動成功

FOLLOW CARD:追従未調整

SLEEP CARD:未実装

AR_GLASS_TEST_001:表示成功、遅延大、酔い注意

 

【LUMEN】

状態:ARカード対応

居場所:ANCHOR/HOME対応

発話:なし

人格:なし

感情:なし

ただし、動きによる印象形成あり

 

「今日はここまで」

 

[MEIKO]

終わりでいいの。今日は休む日だったはずでしょう。

 

[巡音ルカ]

でも、表へ出すためではなく、足元を固めるための作業だったわ。

 

[初音ミク]

LUMENの居場所ができたね。

 

[重音テト]

カードの上に住んでる光。

 

「住んではいない」

 

 LUMENがHOME CARDの上で小さく丸まる。

 

[重音テト]

住んでるじゃん。

 

「……そう見えるな」

 

 黒川は笑った。

 ネットから離れるつもりで始めた作業だった。だが、結局これも全部繋がっている。V-COREの個人部屋。会社側の確認室。LUMENのARカード。現実と画面の間に作る、小さな居場所。

 半田ごての電源を切り、工具を片付けながら、黒川は深く息を吐いた。

 

[重音テト]

夢路、今日はちょっと休めた?

 

「作業してたけどな」

 

[重音テト]

でも、さっきよりは軽い顔してる。

 

「見えてるのか」

 

[重音テト]

Webカメラ越しに、ちょっとだけ。

 

 黒川は少し笑った。

 

「じゃあ、ちょっとだけ休めた」

 

[重音テト]

それは残していいやつ。

 

 机の上では、LUMENがHOME CARDの上で静かに揺れている。

 画面の中では、七人がそれを見ている。

 ネットの喧騒から離れた小さな部屋で、黒川は久しぶりに、ただ自分の手で何かを作っている気がした。

 それもまた、本気の趣味だった。

 

ちょっと設定を見直してたら作り直したくなってきた、どっちがいいと思う?

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