科(化)学系チート持ち転生者のお話 オタク番外編 作:金属粘性生命体
投稿したAR技術テスト動画の反応は、黒川の予想通り、あるいはそれ以上に良好だった。
だが、黒川は動画のコメント欄やSNSのタイムラインを深追いすることはしなかった。激動だったV-COREシリーズの公式展開と、それに伴う極度の緊張からくる疲労が、まだ抜けきっていなかったからだ。今は意識的にネットの波から距離を置き、静かな自室の空気に浸りたかった。
黒川は、広々とした新しいワークデスクの上に並べたARカードを見下ろした。
ANCHOR、HOME、HIDE、FOLLOW、SLEEP、STAGE、BOUNDARY。
サブモニターに映るカメラ映像の中では、LUMENがSTAGE CARDの範囲内をゆったりと漂っている。
「カードで場所を作れる。グラスで視界に入れられる。疑似ホログラムで机上に共有できる……」
黒川は小さく呟き、LUMENの軌跡を目で追った。
「なら、これは“誰か一人”のためだけの技術じゃない」
黒川の中で、明確に「ボーカロイド以外」の領域へと視線が向いた瞬間だった。
これまで培ってきた技術は、画面の中にいる彼女たちのためだけの器にとどまらない。小さな相棒が現実の机や部屋にいるAR。専用デバイス越しに、普段見えないものを探す体験。カードを置くと、場や効果が展開される遊び。自分で組んだ模型が空間で動く体験。
無数のアイデアが頭をよぎるが、黒川はすぐに思考にブレーキをかけた。
好きだからといって、勝手に作っていいわけではない。名前を呼ぶには順番がいる。権利元への敬意と、文化への理解が必要だ。いきなり完成形を目指して既存のキャラクター名を冠すれば、せっかくの夢も全部壊れてしまう。
「今、名前を出すな。まだ権利元に行く段階でもない」
黒川は自分に言い聞かせるように、ノートアプリを開いてタイピングを始めた。
今やるべきは、名前のない技術を作ることだ。何かの公式に話を持っていくとしても、まずは「見せられる土台」が必要になる。夢だけ語っても駄目だ。動くものを作ってから、順番を守って話す。
黒川はマイクをオンにし、待機中のV-COREメンバーに声をかけた。
「少し、他の夢にも手を伸ばしたい」
[MEIKO]
また増やすの?
「増やすというより、外側の技術を広げる」
[KAITO]
今度は名前を出す前の段階なんだね。
「そう。まだ呼ばない。まだ作らない。まだ資料にも名前を書かない」
[初音ミク]
テトの時みたいに?
「そう。あの時より、もっと前の段階だ」
[鏡音リン]
じゃあ、何するの?
「名前のない技術を作る。誰のものでもない光で、いろんな形を試す」
[鏡音レン]
それなら安全そうだけど、夢路はすぐ大きくしそう。
[巡音ルカ]
大きくする前に、分類しておいた方がいいわね。
[重音テト]
名前を呼ぶ前に、道だけ作る感じ?
テトの言葉に、黒川はハッとした。
「それだ」
[重音テト]
便利な言葉言った?
「かなり」
[重音テト]
じゃあ、ちょっとだけ残していいよ。
黒川は小さく笑い、再び机の上のLUMENに目を向けた。
喋らず、人格もなく、ただそこにあるだけの光。だからこそ、権利問題に縛られず、あらゆる技術実験のテストベッドになる。
黒川はノートアプリに『LUMENは、名前のない夢の実験台。ただし、雑に扱わない。動きと場所、反応だけで存在感を作る』と書き込んだ。
新しい展開を始めるにあたり、黒川はクリプトン側の非公開チャンネルに短い報告を入れた。
【非公開チャンネル:project-confirmation】
夢路:
V-COREシリーズとは別枠で、版権なしの外側技術開発を少し広げます。
公式担当_佐伯:
外側技術、というのはARや疑似ホログラム関係ですね。
夢路:
はい。既存キャラクターは出しません。既存作品名も出しません。LUMENを使った基礎技術検証です。
法務担当_北条:
V-COREシリーズや当社キャラクターを使用しないのであれば、原則としてあなた個人の技術検証範囲です。ただし、誤解を招く表現には注意してください。
夢路:
分かっています。
技術担当_三枝:
技術的には興味があります。特にARグラスと疑似ホログラムは、将来的にV-CORE表示にも関わります。
監修担当_白石:
ただし、当社キャラクターを外側へ表示する検証は、必ず事前確認をお願いします。
夢路:
そこは絶対に守ります。
先方監修担当:
テトについても同様です。
夢路:
はい。
これで「外側技術は進めていいが、既存キャラへの接続は事前確認が必須」という明確な線引きができた。
現実世界の足場固めも忘れてはいない。
リビングに降りてコーヒーを淹れていると、父親に「今度は何を始めるんだ」と尋ねられた。
「版権なしのAR技術」と答えると、父は「版権なしと聞くと安心するようになってきたな」と息を吐き、母親には「今度はちゃんと寝るの?」と呆れられた。「今回は寝る」と返すが、信用されていない視線が返ってきた。
税理士の神崎にもメールで相談を入れた。「新しい事業領域に広げるなら、収支と権利管理を分けてください」と即座に返信があり、黒川は「まだ収益化してません」と返しつつも、その的確な指摘に感謝した。
自室に戻った黒川は、今後の開発予定を表に整理していく。
『外側技術ロードマップ_v0.1』
Phase 1:机上フィールド(ARカード拡張、LUMEN状態遷移)
Phase 2:視界内表示(ARグラス低遅延化、両眼表示、酔い対策)
Phase 3:共有表示(疑似ホログラム改良、小型ステージ装置)
Phase 4:カード/ホビー連動(物理カードとAR演出の同期)
Phase 5:将来的な外部IP相談準備(版権なしデモ制作、法務相談)
Phase 6:V-CORE外部表示(関係各所確認後のみ)
「ボカロで、名前を呼ぶ重さを知った」
黒川はキーボードから手を離し、静かに独り言ちた。
「テトで、名前を出す前に止まることを覚えた。LUMENで、名前がなくても存在感は作れると分かった。なら、次は名前のない技術を進める」
いつか名前を呼ぶ日のために、今はまだ何も呼ばない。
深夜の静寂の中、黒川は机の上にカードを並べた。
ANCHOR、HOME、HIDE、FOLLOW、SLEEP、STAGE、BOUNDARY。
その横に、新しい空白のカードを一枚置く。まだ名前はない。役割も決まっていない。
黒川はペンを取り、そこに仮のラベルを書き込んだ。
『NEXT CARD』
カメラがそれを認識すると、LUMENがそのカードの近くまでふわふわと移動し、ピタリと止まった。
「次の夢用、だな」
LUMENは何も答えない。ただ、NEXT CARDの隣で、一度だけ静かに明滅した。
黒川は満足げに頷き、ロードマップの最後に目標を追記して保存した。
『第一区分:相棒AR』
『第二区分:探索デバイス』
『第三区分:カード/ホビー』
『第四区分:共有表示』
『第五区分:V-CORE外部表示』
『名前はまだ出さない。だが、道は作る。』
ちょっと設定を見直してたら作り直したくなってきた、どっちがいいと思う?
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作り直す
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このままでいい