科(化)学系チート持ち転生者のお話 オタク番外編 作:金属粘性生命体
公開したロードマップ動画は、狙い通りの反響を呼んでいた。
コメント欄には『相棒AR』『探索デバイス』『カード/ホビー』といった言葉から、夢路の今後の展開を察する声が溢れている。だが、黒川悠真はそれらを深追いすることなく、早々にブラウザを閉じた。
ロードマップは出した。名前は出していない。なら、次にやるのは説明じゃない。作ることだ。
黒川は、新しい完全個人研究用フォルダを作成した。
【BIO-CORE_PRIVATE】
中には短い注意メモだけを置く。個人研究用、外部共有なし、公式案件とは分離、流出禁止、既存データ流用禁止、理解するために作る。
言い訳はしない。黒川はもう、止まる理由を探す段階を終えていた。作るために手を動かす段階だ。
黒川は、最初のテスト項目として三つの名前を打ち込む。
ヒトカゲ。フシギダネ。ゼニガメ。
キーボードの上で、一瞬だけ指が止まる。
「……作るか」
開発が始まった。
最初、黒川はV-COREのシステムの一部――呼名反応、視線制御、接近判定などを流用しようと考えた。だが、すぐに致命的な違和感に気づく。
V-COREは言葉で距離を作り、歌で存在を示し、沈黙や余韻で人間的な間を作る。名前を呼ばれれば返事をする。
しかし、彼らは違う。
人間の言葉で返事はしない。歌う存在ではない。動き、近づき、警戒し、懐き、眠り、遊び、そして何より――触れたくなる存在だ。
黒川はメモに力強く書き込んだ。
【V-COREではない】
歌唱存在ではなく、生物存在。
返事ではなく、反応。言葉ではなく、体。会話履歴ではなく、接触履歴。沈黙ではなく、呼吸。余韻ではなく、動作後の間。
黒川は新しいシステム名を仮定義した。
【BIO-CORE_TEST】
目的:AR上に表示される小型生物型存在の行動制御。
重視項目:呼吸、体重、重心、姿勢、視線、鳴き声、警戒、好奇心、接近許容、懐き、睡眠、遊び、種族差、個体差、触覚応答。
「V-COREは、名前を呼ばれたら返事をする。BIO-COREは、名前を呼ばれたら、こっちを見る。それだけでいい。いや……それが難しい」
黒川はモデリングを始める前に、アニメを見直す作業に入った。目的はストーリーを追うことではなく、動き、距離感、生き物らしさの徹底的な観察だ。
『ヒトカゲ』
二足歩行だが人間っぽくしてはいけない。警戒時、体より先に尻尾の炎が揺れる。火があるので、近づく時に危険な気配がある。嬉しい時の跳ね方、振り向き方。雨、寒さへの反応が重要。
『フシギダネ』
四足歩行の重心。背中のタネが軽いと偽物っぽい。落ち着いた待機姿勢。媚びすぎない距離感。ツルを出す前の体の沈み込み。
『ゼニガメ』
甲羅の重さ。歩き出しと止まり際の揺れ。首を引っ込める反射。腕の動かし方。甲羅に引っ張られる重心。
黒川はひたすらメモを取り続けた。人型より難しい。表情と声で補正できたV-COREとは違い、体の説得力がないと一瞬で偽物になる。
『かわいいだけでは足りない。生き物としての重さが必要。種族としての自然さが先。まずは“その種族がそこにいる”こと』
モデリングは、高品質なものではなくローポリの基礎モデルから始めた。見た目を作り込みすぎると、動きの違和感を見逃すからだ。
共通骨格は作らない。体型が違いすぎる三匹を同じ型に押し込めば、生き物らしさが死ぬ。「効率化するな。ここを雑にしたら全部終わる」。
最初にSTAGE CARD上に表示したのはヒトカゲだ。
ローポリで質感は粗いが、尻尾の炎だけは細かく揺れている。黒川が手を近づけると、ヒトカゲは一歩下がり、尻尾の炎が少し強く揺れた。
「……火があると、一気に生き物っぽいな」
見る側が勝手に感情を読むLUMENとは違う。ヒトカゲは、最初から「感情がありそうな生き物」として見えてしまう。
黒川は炎の揺れ方を何度も調整した。強すぎると興奮して見え、弱すぎると元気がないように見える。一定だと生きていない。呼吸と連動しつつ、視線移動や警戒時にわずかに変化する絶妙なラインを探った。
次はフシギダネだ。
問題は四足歩行の重心。足が滑り、背中のタネが軽く見え、体がふわふわして地面にいる感じが出ない。黒川はアニメを見返し、重心を徹底的に下げた。
『フシギダネは止まっている時間が大事。速く動かすより、そこに座っている説得力。首の角度だけで反応を作れる』
黒川が手を近づける。フシギダネは逃げず、少しだけ首を傾け、背中のタネがわずかに揺れた。
「……今のは、良い」
最後にゼニガメ。ここで黒川は最も苦戦した。
甲羅が軽く、歩き方が人間っぽくなり、止まり方に重さがない。
「違う。これはゼニガメの形をした軽い人形だ。甲羅がある生き物の動きじゃない」
歩き出しと止まり際を何度も修正する。甲羅の重さで体がほんの少し遅れてついてくるように。止まった時、重心が前に流れてから戻るように。
ようやく、ゼニガメが一歩進み、止まった時に甲羅の分だけ体がわずかに揺れた。
「……やっとゼニガメっぽくなった」
深夜。STAGE CARD上に、ローポリの三匹が並んだ。
ヒトカゲは尻尾の炎を揺らしながら少し落ち着かなく立ち、フシギダネは低く座りゆっくり瞬きをし、ゼニガメは甲羅の重さを残しながら立っている。
まだ粗い。触れないし、遊べない。でも、三匹は明らかにLUMENともV-COREとも違った。
「……これは、相棒として見てしまうな」
その一言が重要だった。画面内にいるだけでは、距離が遠すぎる。ポケモンは、撫でたい、近づきたい、触れたい存在だ。
「見るだけじゃ足りない」
黒川は次の開発ファイルを作成した。
【TACTILE_HOLOGRAM_TEST】
目的:視覚上の存在に、触れたような反応を与える。
初期対象:LUMEN
次段階:BIO-CORE試験体
指先用触覚フィードバック、超音波触覚、温度変化、微振動。あらゆる技術候補をリストアップするが、三匹にはまだ使わないと決めた。
「名前のある子に触れる前に、まず光で試す」
黒川はNEXT CARDの横に、新しい白紙カードを置き、そこに小さく書き込んだ。
『TACTILE』
LUMENがそのカードの近くへ移動し、一度だけ明滅する。何も起きない。まだ触れない。だが、次の道は置かれた。
黒川は開発ログを整理する。
『V-COREは、名前を呼べるようにした。LUMENは、場所を作れるようにした。BIO-COREは、生き物がそこにいるようにする。TACTILEは、触れた時に嘘を減らす』
最後に、STAGE CARD上の三匹を見る。まだ小さく、粗く、未完成。それでも、自分の中ではもう明確に「ただのモデル」ではなくなり始めていた。
「まだ相棒じゃない。でも、相棒になるための形は見えた」
最後の一文を打ち込む。
『BIO-CORE、起動開始』
ちょっと設定を見直してたら作り直したくなってきた、どっちがいいと思う?
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作り直す
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このままでいい