科(化)学系チート持ち転生者のお話 オタク番外編   作:金属粘性生命体

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オタクの五十三歩

 

 

 公開したロードマップ動画は、狙い通りの反響を呼んでいた。

 コメント欄には『相棒AR』『探索デバイス』『カード/ホビー』といった言葉から、夢路の今後の展開を察する声が溢れている。だが、黒川悠真はそれらを深追いすることなく、早々にブラウザを閉じた。

 ロードマップは出した。名前は出していない。なら、次にやるのは説明じゃない。作ることだ。

 黒川は、新しい完全個人研究用フォルダを作成した。

 

【BIO-CORE_PRIVATE】

 

 中には短い注意メモだけを置く。個人研究用、外部共有なし、公式案件とは分離、流出禁止、既存データ流用禁止、理解するために作る。

 言い訳はしない。黒川はもう、止まる理由を探す段階を終えていた。作るために手を動かす段階だ。

 黒川は、最初のテスト項目として三つの名前を打ち込む。

 

 ヒトカゲ。フシギダネ。ゼニガメ。

 

 キーボードの上で、一瞬だけ指が止まる。

 

「……作るか」

 

 開発が始まった。

 最初、黒川はV-COREのシステムの一部――呼名反応、視線制御、接近判定などを流用しようと考えた。だが、すぐに致命的な違和感に気づく。

 V-COREは言葉で距離を作り、歌で存在を示し、沈黙や余韻で人間的な間を作る。名前を呼ばれれば返事をする。

 しかし、彼らは違う。

 人間の言葉で返事はしない。歌う存在ではない。動き、近づき、警戒し、懐き、眠り、遊び、そして何より――触れたくなる存在だ。

 黒川はメモに力強く書き込んだ。

 

【V-COREではない】

歌唱存在ではなく、生物存在。

返事ではなく、反応。言葉ではなく、体。会話履歴ではなく、接触履歴。沈黙ではなく、呼吸。余韻ではなく、動作後の間。

 

 黒川は新しいシステム名を仮定義した。

 

【BIO-CORE_TEST】

目的:AR上に表示される小型生物型存在の行動制御。

重視項目:呼吸、体重、重心、姿勢、視線、鳴き声、警戒、好奇心、接近許容、懐き、睡眠、遊び、種族差、個体差、触覚応答。

 

「V-COREは、名前を呼ばれたら返事をする。BIO-COREは、名前を呼ばれたら、こっちを見る。それだけでいい。いや……それが難しい」

 

 黒川はモデリングを始める前に、アニメを見直す作業に入った。目的はストーリーを追うことではなく、動き、距離感、生き物らしさの徹底的な観察だ。

 

『ヒトカゲ』

二足歩行だが人間っぽくしてはいけない。警戒時、体より先に尻尾の炎が揺れる。火があるので、近づく時に危険な気配がある。嬉しい時の跳ね方、振り向き方。雨、寒さへの反応が重要。

 

『フシギダネ』

四足歩行の重心。背中のタネが軽いと偽物っぽい。落ち着いた待機姿勢。媚びすぎない距離感。ツルを出す前の体の沈み込み。

 

『ゼニガメ』

甲羅の重さ。歩き出しと止まり際の揺れ。首を引っ込める反射。腕の動かし方。甲羅に引っ張られる重心。

 

 黒川はひたすらメモを取り続けた。人型より難しい。表情と声で補正できたV-COREとは違い、体の説得力がないと一瞬で偽物になる。

『かわいいだけでは足りない。生き物としての重さが必要。種族としての自然さが先。まずは“その種族がそこにいる”こと』

 

 モデリングは、高品質なものではなくローポリの基礎モデルから始めた。見た目を作り込みすぎると、動きの違和感を見逃すからだ。

 共通骨格は作らない。体型が違いすぎる三匹を同じ型に押し込めば、生き物らしさが死ぬ。「効率化するな。ここを雑にしたら全部終わる」。

 

 最初にSTAGE CARD上に表示したのはヒトカゲだ。

 ローポリで質感は粗いが、尻尾の炎だけは細かく揺れている。黒川が手を近づけると、ヒトカゲは一歩下がり、尻尾の炎が少し強く揺れた。

 

「……火があると、一気に生き物っぽいな」

 

 見る側が勝手に感情を読むLUMENとは違う。ヒトカゲは、最初から「感情がありそうな生き物」として見えてしまう。

 黒川は炎の揺れ方を何度も調整した。強すぎると興奮して見え、弱すぎると元気がないように見える。一定だと生きていない。呼吸と連動しつつ、視線移動や警戒時にわずかに変化する絶妙なラインを探った。

 

 次はフシギダネだ。

 問題は四足歩行の重心。足が滑り、背中のタネが軽く見え、体がふわふわして地面にいる感じが出ない。黒川はアニメを見返し、重心を徹底的に下げた。

 

『フシギダネは止まっている時間が大事。速く動かすより、そこに座っている説得力。首の角度だけで反応を作れる』

 

 黒川が手を近づける。フシギダネは逃げず、少しだけ首を傾け、背中のタネがわずかに揺れた。

 

「……今のは、良い」

 

 最後にゼニガメ。ここで黒川は最も苦戦した。

 甲羅が軽く、歩き方が人間っぽくなり、止まり方に重さがない。

「違う。これはゼニガメの形をした軽い人形だ。甲羅がある生き物の動きじゃない」

 歩き出しと止まり際を何度も修正する。甲羅の重さで体がほんの少し遅れてついてくるように。止まった時、重心が前に流れてから戻るように。

 ようやく、ゼニガメが一歩進み、止まった時に甲羅の分だけ体がわずかに揺れた。

 

「……やっとゼニガメっぽくなった」

 

 深夜。STAGE CARD上に、ローポリの三匹が並んだ。

 ヒトカゲは尻尾の炎を揺らしながら少し落ち着かなく立ち、フシギダネは低く座りゆっくり瞬きをし、ゼニガメは甲羅の重さを残しながら立っている。

 まだ粗い。触れないし、遊べない。でも、三匹は明らかにLUMENともV-COREとも違った。

 

「……これは、相棒として見てしまうな」

 

 その一言が重要だった。画面内にいるだけでは、距離が遠すぎる。ポケモンは、撫でたい、近づきたい、触れたい存在だ。

 

「見るだけじゃ足りない」

 

 黒川は次の開発ファイルを作成した。

 

【TACTILE_HOLOGRAM_TEST】

目的:視覚上の存在に、触れたような反応を与える。

初期対象:LUMEN

次段階:BIO-CORE試験体

 

 指先用触覚フィードバック、超音波触覚、温度変化、微振動。あらゆる技術候補をリストアップするが、三匹にはまだ使わないと決めた。

「名前のある子に触れる前に、まず光で試す」

 黒川はNEXT CARDの横に、新しい白紙カードを置き、そこに小さく書き込んだ。

 

『TACTILE』

 

 LUMENがそのカードの近くへ移動し、一度だけ明滅する。何も起きない。まだ触れない。だが、次の道は置かれた。

 

 黒川は開発ログを整理する。

 

『V-COREは、名前を呼べるようにした。LUMENは、場所を作れるようにした。BIO-COREは、生き物がそこにいるようにする。TACTILEは、触れた時に嘘を減らす』

 

 最後に、STAGE CARD上の三匹を見る。まだ小さく、粗く、未完成。それでも、自分の中ではもう明確に「ただのモデル」ではなくなり始めていた。

 

「まだ相棒じゃない。でも、相棒になるための形は見えた」

 

 最後の一文を打ち込む。

 

『BIO-CORE、起動開始』

 

ちょっと設定を見直してたら作り直したくなってきた、どっちがいいと思う?

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