科(化)学系チート持ち転生者のお話 オタク番外編   作:金属粘性生命体

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オタクの五十四歩

 

 

 新たに立ち上げた個人開発用フォルダ『BIO-CORE_PRIVATE』のログを、黒川悠真は見返していた。

 

【BIO-CORE_PRIVATE】

HITOKAGE_TEST:尻尾炎制御を優先

FUSHIGIDANE_TEST:四足重心、待機姿勢を優先

ZENIGAME_TEST:甲羅重心、首引き反応を優先

共通課題:接触不可

 

 黒川の視線は、「接触不可」の文字列で止まった。

 三匹は、もうただのローポリモデルではない。粗いながらも、ヒトカゲは尻尾の炎を揺らし、フシギダネは低く座り、ゼニガメは甲羅の重みを持って立っている。

 けれど、手を伸ばしても何もない。

 見えている。反応もする。でも、手の先には何もない。

 黒川は、自分が作りたいものの違いをはっきりと感じていた。V-COREは最初は画面の中でもよかった。名前を呼んで返事があり、沈黙があり、余韻がある。それだけで十分に“そこにいる”へ近づけた。

 でも、BIO-COREは違う。彼らは、見ているだけでは足りない。撫でたい、近づきたい、手を伸ばしたい。そして、触れた時に何かが返ってこなければ、距離が遠すぎる。

 黒川はBIO-COREの画面を閉じ、LUMEN_TESTのフォルダを開いた。

 

「最初は、お前で試す」

 

 サブモニターの中で、LUMENがHOME CARD上で小さく揺れた。

 

 黒川は新しい開発フォルダを作成する。

 

【TACTILE_HOLOGRAM_TEST】

目的:視覚上の存在に、触れたような反応を与える。

初期対象:LUMEN

試験要素:ARグラスによる位置合わせ、疑似ホログラム表示、指先触覚デバイス、微振動、微風、温度変化、接触判定、LUMEN側の視覚反応

注意:ARグラスは最終形ではない。現段階では、視線と指先位置を合わせるための補助。

 

 机の上には、未来の技術というよりは完全に泥臭い工作の部品が並んだ。

 小型振動モーター、ペルチェ素子、極小ファン、指先用圧力センサー、薄型グローブ、柔らかいシリコンパッド、小型マイコン、ARグラス試作機、カプトンテープ、結束バンド。

 

「未来っぽいことをやろうとしてるのに、机の上は毎回ひどいな」

 

 半田ごてを温め、配線を始める。

 最初に組み上げたのは、指先用の簡易触覚デバイス『FINGER_TOUCH_TEST_001』だ。人差し指に巻く薄型リングに、振動モーターと温度制御用ペルチェが付き、コードが手首のマイコンへと伸びる。見た目はかなり不格好な完全試験機だ。

 黒川は指先にデバイスを装着し、ARグラスをかけた。STAGE CARD上にLUMENを表示する。

 指を近づける。接触判定。指先に「ブルッ」と振動が走る。

 黒川はすぐに顔をしかめた。

 

「違う」

 

 機械的すぎる。スマホの通知みたいだ。触れたというより、反応が来ただけ。判定もほんの少し遅れており、位置のズレも相まって、LUMENに触った感覚にならない。

 

『振動だけでは触覚にならない。通知感が強い。遅延が小さくても気持ち悪い。位置ズレは致命的。ボタンを押した感覚に近い』

 

 LUMENは光だ。硬い振動を返す必要はない。むしろ硬いと嘘くさい。

 

 次に、極小ファンによる微風テストに切り替えた。

 LUMENへ指を近づける。触れた判定と同時に、指先へ「ふわっ」と弱い風が当たる。

 黒川は少し黙った。

 

「こっちの方が近いな」

 

 振動より自然だ。光に触れた時、空気が少し揺れたように感じる。ただし、ファンの音が邪魔だし、風の方向がズレると一気に嘘になる。

 

『LUMENは硬さより空気。触れたというより、光の周囲が揺れた感覚』

 

 続いてペルチェ素子による温度テスト。

 LUMENに触れた時、指先をごく弱く温める。

 

「……強いな」

 

 かなり説得力がある。だが同時に危険だった。温度は感覚として強すぎる。ヒトカゲの炎へ直結させるには、絶対に扱いを間違えてはいけない。熱さではなく、近くにいる気配として使うべきだ。黒川は温度出力に強制上限をかけた。

 

 単一刺激では駄目だ。なら、組み合わせる。

 指先の反応を、ごく弱い微風、ほとんど分からない程度の振動、微弱な温感に設定。同時にLUMEN側の視覚反応として、少し縮み、光量が一瞬強くなり、指先から逃げずに少し留まってからゆっくり元に戻るように設定する。

 黒川が指を伸ばす。LUMENに触れる。

 LUMENが小さく明滅し、指先に空気と熱がわずかに返る。黒川は手を止めた。

 

「……触れた、とは言えない」

 

 でも、何もないわけではない。

 もう一度、少しゆっくり触れる。LUMENは逃げずにその場で揺れ、指先に微かな反応を返す。

 

「これでいい。LUMENは、硬くなくていい。触れたら、空気と光が返ってくる。そういう存在でいい」

 

【LUMEN_TOUCH_PROFILE】

硬さ:なし。温度:微弱。風:弱。振動:極弱。接触反応:光量変化、縮小、明滅。接触後:留まる/少し離れるをランダム選択。発話・人格・感情:なし。

 

 人格も感情も与えない。それでも、触れた時に反応が返るだけで、見る側は勝手に意味を読む。

 

 次に、疑似ホログラム装置で同じ触覚を試す。透明プレートの中に浮かぶLUMENへ指を近づける。

 だが、視覚上の位置と実際の指先位置がズレる。プレートの反射角度でLUMENの位置が変わって見え、触った場所と見えている場所が一致しづらい。

 

「共有表示は、触覚と相性が悪いな」

 

 疑似ホログラムはみんなで見るための装置。触るための装置ではない。黒川は当面、触覚はARグラスと組み合わせることにした。

 ARグラスを外し、机の上のLUMENと数々の機材を見る。

 見えるためにグラスがいる。位置を作るためにカードがいる。触れるために指先デバイスがいる。共有するために疑似ホログラム装置がいる。

 いつか、もっと自然にしたい。今は、そのための部品を一個ずつ作る。

 

 LUMENテスト後、黒川は三匹のモデルを表示し、触覚プロファイルの方向性を考えた。

 ヒトカゲの体はほんのり温かく、尻尾の炎は触れてはいけない領域。フシギダネの背中のタネには少し硬さが必要で、ツルは触覚フィードバックと相性が良い。ゼニガメの甲羅は硬く、皮膚は少しひんやりさせたい。

 

『三匹に共通触覚は使えない。部位別触覚が必要。そして、触れられた側の反応が必要』

 

「触れるって、手応えを返すだけじゃない。相手がどう受け取ったかまで必要になる」

 

 深夜。黒川は今日の完成版を試した。

 STAGE CARD上のLUMEN。ARグラスと指先デバイス。

 指をゆっくり伸ばす。LUMENが逃げずに留まる。指先がLUMENに重なる。微かな風。ほとんど分からない温かさ。弱い振動。LUMENが一瞬だけ明るくなり、少し縮んでから戻る。

 黒川は、しばらく動かなかった。

 

「触れた、とは言えない」

 

 でも、手の先に何もないわけではない。これがこの日の到達点だった。

 指先デバイスを外し、机の上のLUMENを見る。LUMENは何も答えない。それでも、触れる技術の最初の相手として、十分すぎる働きをした。

 

「今日は助かった」

 

 黒川はメモを残した。

 

『V-COREは、名前を呼べるようにした』

『LUMENは、場所を作れるようにした』

『BIO-COREは、生き物がそこにいるようにする』

『TACTILEは、触れた時に嘘を減らす』

『触れるための嘘が、最初に光へ宿った。』

 

ちょっと設定を見直してたら作り直したくなってきた、どっちがいいと思う?

  • 作り直す
  • このままでいい
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