科(化)学系チート持ち転生者のお話 オタク番外編 作:金属粘性生命体
黒川悠真は、机の端に置かれた不格好な指先用デバイス『FINGER_TOUCH_TEST_001』をじっと見つめていた。
前回の成果は、LUMENに指先で触れた時、微風、微弱振動、温度変化によって「何もないわけではない」という反応を返せたことだ。だが、それは「触れた」とは言い切れない。指先という一点に、ただ反応が返ってきただけだ。
黒川の視線が、サブモニターに映るBIO-COREの三匹に移る。
ヒトカゲを手のひらに乗せるには熱の安全管理がいる。フシギダネには体重と四足の接地感が、ゼニガメには甲羅の重さと硬さが必要だ。
指先の一点だけでは絶対に足りない。
「触る、じゃない。乗せる、支える、包む。相棒に触れるなら、指先の一点じゃ足りない。手は、面だ」
黒川は、新しい開発フォルダを作成した。
【GLOVE_TOUCH_TEST_001】
目的:視覚上の存在を、手のひら全体で受け止めるための触覚デバイスを作る。
初期対象:LUMEN
BIO-CORE適用:保留
机の上は、とても「未来の触覚技術を開発している」とは言えない有様だった。
黒い薄手の作業用グローブ、手のひら用の薄型圧力パッド、指腹用の小型電極、面圧センサー、極小リニアアクチュエータ、手首固定用マイコン。
それらの部品が、切った配線、焦げた熱収縮チューブ、半端に丸まったカプトンテープ、結束バンド、半田ごて、ピンセット、テスターの海に埋もれている。
「また机が研究室じゃなくてジャンク屋になったな」
黒川はグローブの内側に配線を這わせていく。指先に電極を仕込み、手のひら中央に圧力パッドを貼り付ける。絶縁フィルムとシリコンシートで保護するが、見た目はただの怪しい手袋だ。
手首に小型マイコンが括りつけられ、指の付け根に配線が浮いている。手のひらのシリコン層が少し厚く、握ると配線が引っ張られる感覚があった。指を曲げるとセンサー値が乱れる。
一度装着した黒川は、すぐに顔をしかめた。
「装着感が最悪だな」
技術が進んでも、身体に着ける道具は使い心地が致命的に影響する。だが、今は検証が先だ。
まずはLUMENなしで、自分の手にだけ電気刺激を流す。
出力を最低値に設定し、スイッチを入れる。指先にピリッとした違和感が走った。
「痛い、じゃない。でも、触覚とも違う。神経をノックされた感じだ」
少しだけ出力を上げる。一瞬、指がビクッと跳ねた。黒川は即座に非常停止ボタンを叩いた。
【ELECTRIC_FEEDBACK_TEST】
出力:低でも強い。問題:痛覚寄りになりやすい。対策:刺激時間を短くする、出力上限をさらに下げる。結論:触覚ではなく、接触位置の通知として使う。
電気刺激はリアルさを増すが、強すぎると不快だ。黒川はこれを「使えるが、主役にはできない」と判断した。
次に、手のひら中央の圧力パッドのテスト。
LUMENが手のひらに乗った判定になった時、内側から軽く押す設定にする。
最初は散々だった。圧が強すぎて異物感があり、位置がズレていて見えているLUMENより下に圧が来る。何より、視覚で認識してから圧が返ってくるまで半拍遅れ、猛烈に気持ち悪かった。
『圧力は位置が命。半拍遅れるだけで嘘になる。強い圧は不要。LUMENは重くなくていい』
何度もプログラムと配線を調整し、LUMENが手のひら中央に来た時だけ、ごく弱い圧が返るように修正した。
黒川は、そこで初めて手を止めた。
「……乗った、に近い」
重さではない。位置が返ってきただけだ。でも、指先の一点よりはるかに進んでいる。
黒川はLUMEN側に、手のひらへ乗るための挙動を追加した。
【LUMEN_HAND_MODE】
条件:手のひらが上向き。手のひら中央がSTAGE範囲内。接近速度が遅い。グローブ接続中。LUMENが接近許容状態。
挙動:LUMENが手のひらへ移動。手のひら中央で低速浮遊。圧力パッドへ微弱フィードバック。指を閉じるとLUMENが縮む。急に握ると逃げる。しばらく乗せると光量が安定する。
実験を再開する。
黒川が手のひらを上に向けると、LUMENがカード上からふわふわ移動し、手のひらの上に乗った。視覚上は光が手の上にあり、触覚上は手のひらに弱い圧がある。
「持ってる」
黒川はすぐに訂正した。
「いや、持ってはいない。でも、手の上にいる位置は分かる」
重さも柔らかさもない。それでも、手のひらに「場所」が返ってきた。
失敗も繰り返す。LUMENが乗る前に圧が返って「早い。嘘だ」と呟き、視覚上は手の上なのに圧が指の付け根に来て気持ち悪さに顔をしかめる。指を閉じたらLUMENが縮むはずが逆に膨らんで「怖い」と声を漏らし、急に握った時に逃げ遅れる挙動を「生き物だったら致命的だ」と即座に修正した。圧力パッドが強すぎてLUMENが重いものに感じられ、存在性と合わないこともあった。
ズレると一瞬で嘘になる。そのシビアな現象を、黒川は身をもって体験し続けた。
作業は、ホログラム表示の実験へと移る。
今回は透明板反射ではなく、もう一段進めた『HOLO_STAGE_TEST_001』だ。
小型プロジェクタ、透明微粒子スクリーン、斜め投影、低出力位置補正。スマホやARグラスを覗かなくても、机上空間にLUMENが浮いて見える装置を作る。
STAGE CARDの上に透明スクリーンを立て、プロジェクタの角度を何度も調整する。
LUMENが薄すぎてほとんど見えない。部屋を明るくすると背景が白飛びし、暗くすると手元のキーボードが見えない。少し角度を変えると像が消える。黒川は何度も照明を点けたり消したりを繰り返した。
「見えるけど、作業できない。作業できる明るさだと、見えない」
物理的な面倒さと格闘した末、ようやく暗い机の上にLUMENがうっすらと浮き上がった。
黒川はARグラスを外している。スマホも見ていない。裸眼で、机上に浮かぶLUMENを見つめた。
「……見える。暗い。薄い。角度も狭い。でも、見える」
触れないし、見えているだけだ。でも、ARグラスなしで見えていることが大きかった。
次に、HOLO_STAGEのLUMENをグローブで触る実験を行う。
ここでも失敗の連続だった。見えている位置と触覚判定位置がズレる。手を近づけると投影が手の影で遮られて消え、「触ろうとしたら消えるのは最悪だ」と頭を抱える。LUMENは見えているのに圧が返る位置がズレて「そこじゃない」と唸り、触覚は返るがLUMENが手のひらから少し浮きすぎていて「乗ってない。乗ってるフリをしてるだけだ」と修正を重ねる。グローブのセンサーが投影面を誤認識することもあった。
調整に調整を重ね、短時間だけ成功する条件を見つけた。
暗い部屋、正面角度、手の位置を固定する。
LUMENが手のひら上に投影される。グローブに弱い圧。指先に微弱な電気刺激。
黒川が手を上げると、LUMENの表示が少し遅れながら追従した。
「……グラスなしで、手に乗った」
少し手を傾けるとズレるし、光は薄い。複数人からは同じ位置に見えないし、柔らかさも重さもない。長時間は無理だ。
それでも、グラスを外した状態で、机上の光に手を伸ばし、手のひらへ反応が返った。
手のひら上に位置を返す、弱い圧を返す、接触点を電気刺激で伝える、光が乗っているように見せることはできた。
だが、柔らかさ、重さ、温度差、毛並み、皮膚感、甲羅の硬さ、握った時の変形、押し返し、撫でた時の摩擦はまだ無理だ。
黒川はBIO-COREの三匹を見た。ヒトカゲ、フシギダネ、ゼニガメ。
「まだ触らない」
『手のひらにいる位置は作れた。だが、生き物の体はまだ作れていない』
深夜。最後の実験。
暗い部屋の机の上にHOLO_STAGEがあり、LUMENが浮いている。黒川はグローブを装着し、ARグラスは外している。
手を差し出す。LUMENが手のひらの上へ移動する。手のひら中央に弱い圧、指先に微弱な電気信号。LUMENが小さく明滅する。
黒川が指を少し曲げると、LUMENは縮んだ。急に握ると、ふわっと逃げる。
黒川は少しだけ笑った。
「お前、本当に便利だな」
LUMENは喋らない。人格もない。感情もない。でも、手のひらの上で光っている。
黒川はログを書いた。
【GLOVE_TOUCH_TEST_001】
対象:LUMEN。結果:限定成功。接触範囲:手のひら。圧表現:弱。電気刺激:極弱。柔らかさ・重さ:未対応。安全性:短時間のみ。
【HOLO_STAGE_TEST_001】
対象:LUMEN。結果:初期成功。グラス不要表示:限定成功。触覚同期:限定成功。実用性:低。将来性:高。
『光は、初めて手のひらに居場所を持った。』
ちょっと設定を見直してたら作り直したくなってきた、どっちがいいと思う?
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作り直す
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このままでいい