科(化)学系チート持ち転生者のお話 オタク番外編   作:金属粘性生命体

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オタクの五十七歩

 

 

 

 

 開始から五分。スマホAR上の表示に微細な遅延が生じ始めた。

 七分。HOLO_STAGEの投影とARグラスの座標にズレが生じる。

 九分。グローブへ返るべき圧力フィードバックが、視覚上の接触から半拍遅れた。

 十二分。作業用PCの冷却ファンが悲鳴のような排気音を上げ始め、GPU使用率が天井に張り付いたまま落ちなくなった。

 十五分。空間センサーの補正限界を突破し、机上の座標認識が完全に破綻した。

 

【OUTER-CORE_STRESS_TEST_001】

対象:LUMEN

表示:スマホ/グラス/HOLO_STAGE

触覚:GLOVE_TOUCH_TEST_001

座標:WORLD-LOCK

状態:エラー終了

 

 黒川悠真は、赤く染まったコンソールログを見つめたまま、椅子の背もたれに深く体を預けた。

 

「……これは、プログラムじゃない」

 

 コードを直せば済む問題ではなかった。設計思想は間違っていない。OUTER-COREの方向性も正しい。だが、現代の機材が追いついていない。

 HOLO_STAGEは暗所限定で、少し照明を上げるとLUMENが薄くなる。手を入れると投影光が遮られて消え、角度を変えると見える位置が変わる。触ろうとした瞬間に消えるホログラムは、触れるホログラムではない。

 

 グローブは反応するが、圧力パッドが重く、電極は痛覚寄りになりがちで、振動は通知っぽさが抜けない。柔らかさは出ず、手のひらの位置が少しズレるだけで一気に嘘になる。電気信号と圧だけでは、AR接触にも届かない。触れたことは伝えられても、触れたと信じさせるには足りない。

 

 さらに、演算の限界だ。LUMEN一体ならまだいい。だが、BIO-CORE三匹を同時に表示し、BODY-MAP、BEHAVIOR-SEED、接近判定、表示補正、触覚候補まで走らせると、PCの負荷が跳ね上がる。

 

 ヒトカゲは、尻尾の炎の揺れが表示遅延で遅れ、体が先に動いて炎が後から反応するという、生き物として逆の挙動になった。フシギダネは、タネ側の反応が遅れ、手を近づけてから体が向き直るまで半拍遅く、警戒ではなく処理待ちに見える。ゼニガメは、甲羅の重さを計算しながら触覚候補を走らせると動きがカクつき、硬さを作る前に動きが軽くなってしまった。

 

「V-COREで一度、機材の限界を見た。今度は、それより悪い。歌わせるより、世界に置く方が重い」

 

 既製品カメラはノイズが多く深度情報が粗い。指先と投影面の位置が噛み合わず、グローブのセンサーは曲げた時に値が暴れ、カード認識も光量や角度で不安定になる。マイコンは熱を持ち、手首に装着した基板と電源ケーブルが動作を阻害し、長時間装着は不可能だ。

 触れる前に、道具が邪魔だ。これは体験じゃない。実験器具を装着しているだけだ。

 

 黒川は、机の上を見渡した。

 市販のPC、カメラ、マイコン、グローブ、プロジェクタ、センサー。プリンターで作ったARカード。結束バンドとカプトンテープ。

 有り合わせで、よくここまで来た。だが、有り合わせで届く場所はここまでだ。

 

「行き詰まった」

 

 黒川は、PCの奥深く、暗号化された領域にある別フォルダへカーソルを合わせた。

 

【FUTURE_TECH_ARCHIVE】

 

 前世の知識ではない。転生特典として与えられた、本来この時代に存在しない技術体系。

 黒川はこれまで、未来技術を本格的に使うことを避けていた。使い始めれば、説明できない速度で進む。現代技術の延長ではなくなり、自分の趣味の範囲を越えすぎる。外に漏れた時の危険が跳ね上がり、公式案件や家族への説明がさらに難しくなる。この技術を使うなら、製品ではなくインフラを作る側になってしまう。

 

「未来技術の断片だけで、ここまでは来られた。でも、ここから先は断片じゃ足りない。本格的に使わなければならないか」

 

 黒川は覚悟を決め、フォルダを開いた。

 画面に表示されたのは、完成品の設計図ではなく、基礎理論と技術体系だ。

 

 

【Perception-Locked Rendering】知覚固定型表示。対象を物理空間ではなく、観測者の知覚座標に固定する発想。

 

【Multi-Layer Spatial Sync】多層空間同期。表示、触覚、位置、反応を同一演算基盤で扱う。

 

【Haptic Illusion Compression】触覚錯覚圧縮。完全再現ではなく、脳が補完する最低限の刺激へ圧縮する。

 

【Soft-Body Approximation Field】疑似柔体場。実際の柔らかさではなく、押した時の反応を演算的に近似する。

 

【Behavioral Weighting Model】行動重み付けモデル。生物らしさを、賢さではなく反応遅延、優先度、迷いで作る。

 

「答えはある。でも、今の部品ではそのまま使えない。現代で動く形に落とす必要がある」

 

 未来技術を使って、いきなりホログラムを完成させるのではない。最初に作るのは、独自演算機と特殊機材だ。既存の汎用PCや既製品では追いつかない。

 

1.専用演算機【OUTER-ENGINE】。WORLD-LOCK、DISPLAY-LAYER、TOUCH-MAPなどを汎用PCではなく専用処理で走らせる。

2.専用空間センサー【SPACE-EYE_UNIT】。手、机、カード、対象、投影面を高精度で追跡し、既製品カメラのノイズを減らす。

3.触覚制御グローブ改良版【TACTILE_GLOVE_002】。電気刺激、微圧、温度、振動を統合制御し、安全制限をハード側で持つ。

4.ホログラム表示用小型ステージ改良版【HOLO_STAGE_002】。暗所限定を改善し、手を入れても表示が完全に崩れないようにする。

 

 黒川は立ち上がり、机の上の既存機材を片付け始めた。

 市販カメラを外し、グローブの配線を抜き、HOLO_STAGEのプロジェクタを止める。ARカードを箱に戻し、LUMENをHOME CARDへ戻して休止させ、BIO-CORE三匹を終了する。

 これは諦めではない。次の段階へ進むための片付けだ。

 

「これは失敗じゃない。ここまでの試作は、何が足りないかを教えてくれた。次は、足りないものを作る」

 

 新しい開発メモを作成する。

 

【NEXT_DEV】

OUTER-ENGINE:設計開始

SPACE-EYE_UNIT:部品選定

TACTILE_GLOVE_002:構造再設計

HOLO_STAGE_002:表示方式再検討

BIO-CORE:専用演算対応待ち

LUMEN:初期検証対象継続

 

 黒川悠真は、既存の道具で夢を見る段階を終えた。次は、夢を見るための道具そのものを作る番だった。

 

ちょっと設定を見直してたら作り直したくなってきた、どっちがいいと思う?

  • 作り直す
  • このままでいい
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