科(化)学系チート持ち転生者のお話 オタク番外編 作:金属粘性生命体
黒川悠真は叩き出された無惨な失敗ログを見つめていた。
【限界報告】
表示:既存投影では接触時に崩れる
触覚:既存グローブでは質感再現不能
演算:汎用PCでは複数BIO-CORE処理に不足
センサー:既製品では座標精度不足
安全:市販部品では長時間装着不可
結論:既存機材の組み合わせでは、物理接触可能ホログラムに到達不可
プログラムや発想の問題ではない。ハードウェアそのものの限界だ。
汎用PCではOUTER-COREの処理が追いつかない。市販のカメラやグローブでは精度も説得力も足りず、疑似ホログラムは手を入れると崩れる。BIO-COREの数を増やせば演算負荷は跳ね上がり、将来V-COREに身体を持たせるとなれば、今のワークステーションでも到底足りなくなる。
既存の道具を組み合わせる段階は終わった。
黒川は、PCの奥深くにある未来技術庫を開いた。
そこにあるのは完成品の設計図ではない。前世の知識――遊んだゲームや見てきたアニメの記憶、未来の流行を知っているといったユーザー体験とも違う。
転生特典として与えられた、本来この時代には存在しない技術体系。空間表示、知覚補正、触覚干渉、演算機設計などに関わる高度な理論や基礎式だ。
「設計図はある。でも、部品がない。製造環境もない」
未来技術は万能ではない。黒川が現代の部品へ変換し、現代で作れる形まで落とし込まなければならない。
「未来そのものを持ってくるんじゃない。未来技術を、現代で作れる形まで落とす」
まず作るのは、OUTER-CORE専用の演算機だ。
汎用PCでは、複数座標の同時同期、表示と触覚のズレ補正、高速追跡、BIO-COREの部位反応、視点補正、触覚の安全制御、複数存在の行動処理を同時に行うのは不可能だ。
「GPUは絵を描くのは上手い。でも、俺が欲しいのは絵じゃない。現実と虚像のズレを、常に潰し続ける心臓だ」
黒川は、開発用の名称を日本語中心に整理することにした。英語が増えすぎると、管理する側の目が滑るからだ。
『外側の器を動かす心臓――外殻演算機。略称、ガイカク』
『SPACE-EYE_UNIT → 空間眼』
『TACTILE_GLOVE → 触覚手袋』
『HOLO_STAGE → 透写台』
『BIO-CORE → 生体核』
外殻演算機は、単純な計算能力より、空間同期と知覚補正に特化させる。
机や手、カード、カメラ、表示面、仮想存在の位置を常に揃える【同期核】。実際の位置と人間が「そこにある」と感じる位置のズレを補正する【知覚補正核】。触覚手袋へ返す刺激を制御する【触覚核】。LUMENや生体核の反応を処理する【行動核】。複数の形式へ同じ対象を出力する【表示核】。熱や電気刺激、光量などを監視し強制停止する【安全核】。
これらを実行するため、黒川は量子コンピュータの要素を取り入れることにした。ただし、万能な量子コンピュータを丸ごと作るのではない。
「量子コンピュータを丸ごと作るわけじゃない。そんな製造環境はない。作るのは、量子的な揺らぎを一瞬だけ使う補助演算セル。正解を出す機械じゃない。ズレを減らす候補を、一瞬で絞る機械だ」
名称は【揺光セル】。表示位置の微補正、手の動きの次フレーム予測、触覚刺激の最小候補選択、生体核の反応候補の絞り込みなどに使用する。現代以上のSF感を持ちながら、万能化は避ける。
黒川の机の上は、これまでの工作から一段SFへ寄った異様な光景になっていた。
黒い演算筐体、積層基板、冷却用の小型循環ポンプ、銀色の放熱板、透明な絶縁液、自作の揺光セル、古いGPU基板、小型真空チャンバー、光ファイバー、マイコン群、銅配線、異様に細かい手書きの回路図。
半田ごてだけでなく、顕微鏡、精密ステージを使い、基板加工、冷却、絶縁液の注入、光配線を行っていく。
「見た目だけなら、自作PCの親戚だな。中身は、現代の親戚じゃないけど」
黒川は手を止めず、黙々と作業を進める。
「実験で終わらせる気はない。机の上で光っただけじゃ、まだ足りない。実用品にしなきゃ意味がない」
数日後。
完成した外殻演算機は、小型PCより少し大きい黒い金属箱になった。側面に冷却液の細い管が這い、中で揺光セルが淡く光っている。ファン音ではなく、低い駆動音が響く。
スイッチを入れると、起動時に一瞬だけ部屋の照明が揺れた。
【外殻演算機《ガイカク》試作零号】
状態:起動
同期核:稼働
表示核:稼働
触覚核:待機
行動核:待機
安全核:稼働
揺光セル:低出力起動
外部接続:遮断
「……動いた」
黒川は、喜びよりも少し怖がるような感覚を覚えた。
「やっぱり、これはPCじゃないな」
ガイカク試作零号が動いた後、黒川は一度だけV-CORE用のワークステーションを見た。
現在は公式貸与のワークステーションで足りているが、今後、長時間稼働、睡眠、個人部屋、交流部屋、会社側確認室、外部表示、歌唱、記憶整理、表情、視線、余韻、将来的な身体、触覚や空間反応などが増えれば、確実に足りなくなる。
「……いずれ、V-COREにも専用演算機がいる」
黒川はメモを取る。
『将来的に、V-CORE各員へ専用演算領域を用意する。可能なら、個別の量子演算補助機。MEIKO、KAITO、初音ミク、鏡音リン、鏡音レン、巡音ルカ、重音テト。一人ひとりに、専用の思考空間と記憶整理領域を持たせる』
「同じ箱に詰め続けるのは、違う。サーバーに寄せれば管理は楽だ。でも、体を持たせるなら、内部に演算する場所がいる」
外部サーバー依存を避け、身体内部に小型演算核を搭載し、個別記憶、動作、視線、表情、触覚反応を内部処理させる。
「身体を作るなら、空っぽの人形に遠隔操作で入れるだけじゃ駄目だ。そこにいるなら、その体の中にも処理する場所がいる。サーバーから吊られた存在にはしたくない」
次に、黒川はSTAGE CARD上で待機している三匹の生体核を見た。
ヒトカゲ、フシギダネ、ゼニガメ。この三匹だけならガイカクで足りる。だが、本気でやるなら三匹では終わらない。
「……こっちは、桁が違う」
全種対応、個体差、性格、長期記憶、相棒履歴、地域別出現、ユーザーごとの関係性、睡眠、遊び、触覚、バトル反応、複数ユーザー同時運用、イベント管理、AR空間共有、捕獲や出会いの履歴、HOME連携個体の唯一性。
『BIO-CORE大規模個体演算基盤。量子演算補助機を上回る専用基盤が必要。個体数に耐える生態系演算。単体AIではなく、仮想生態系として扱う』
将来的に本気でやるなら、何千、何万、場合によっては何億という個体を、個別の存在として演算する必要がある。その規模になると、量子コンピュータすら部品に過ぎない。
「量子コンピュータを用意する、じゃ足りない」
「馬鹿げてる。でも、馬鹿げてるだけじゃない。必要なだけだ」
最初のテストとして、LUMENをガイカクへ接続する。
STAGE CARD上にLUMENを表示し、スマホAR、ARグラス、透写台に同時表示。触覚手袋で手を近づけ、座標ズレを計測する。ガイカクによる予測補正をオンにした。
結果は明白だった。
前回までのズレが大幅に減る。LUMENが手の上に乗った時、透写台側の表示が滑りにくい。触覚の圧も、視覚上の位置にかなり近い。手を少し傾けても、前より保持できる。
『ズレ補正、明確に改善。手の傾きに追従。触覚遅延、体感で半分以下。ただし、柔らかさは未対応。表示の薄さは残る』
続いて負荷比較。
汎用PCでは十二分で限界だったが、ガイカク接続では三十分以上安定。GPU負荷は大幅に低下し、座標補正は安定、触覚遅延は低減した。発熱はガイカク側に集中している。
「今までPCに全部やらせてたのが間違いだった。外側には、外側の心臓がいる」
慎重に、生体核の三匹を一匹ずつ接続する。
ヒトカゲは、尻尾炎の反応遅延が改善され、体より先に炎が揺れるようになった。「戻った。これでヒトカゲだ」。
フシギダネは、タネ側の反応が遅れず、手を背中側に回すとゆっくり体ごと向き直る。処理待ちではなく、警戒に見える。
ゼニガメは、首引きと甲羅の動きがカクつかなくなり、甲羅の重心が前より安定した。
三匹同時表示でも、触覚までは入れない行動反応のみであれば、前回より安定していた。
『三匹同時、短時間なら可能。BODY-MAPと接近反応は維持。触覚接続はまだ危険。次段階:生体核用触覚候補生成』
進みはしたが、完成ではない。
ガイカクは試作零号で不安定。冷却が大げさで、音がうるさい。消費電力が高く、外部接続不可、量産不可能。触覚の質感は未解決で、道具なしホログラムにはまだ遠い。未来技術を使った以上、扱いを間違えると危険だ。
「やっと、道具を作る段階に入っただけだ。でも、この一台があれば、十年は削れる」
黒川は、既存PC環境とガイカク接続後のログを並べて比較し、ようやく手応えを感じた。
「これで、次に進める」
だが、慎重な処理を入れることは忘れない。ガイカクはV-CORE環境には接続せず、公式案件にも持ち込まない。LUMENと生体核専用の隔離環境として扱う。
『V-CORE接続禁止。公式案件へ持ち込み禁止。LUMEN、生体核、外側技術限定。未来技術は、段階的に使用』
ガイカクを低出力待機へ移行させる。黒い箱の中で、青白い光がゆっくり明滅する。机の上ではLUMENがHOME CARDに戻り、三匹のローポリモデルがSTAGE CARD上で待機している。
「外側を動かす心臓はできた」
黒川悠真の机の上に、現代にはまだ早すぎる心臓が置かれた。
ちょっと設定を見直してたら作り直したくなってきた、どっちがいいと思う?
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作り直す
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このままでいい