科(化)学系チート持ち転生者のお話 オタク番外編 作:金属粘性生命体
少し書き方変えてます。
自室のドアを開けた黒川悠真は、入り口で立ち止まった。
「……うわ」
黒川は思わず声に出していた。
「終わってんなこれ」
足の踏み場を探しながら、黒川はわずかに見えたフローリングを見下ろした。
「床久々に見たな……」
机の下で冷却装置が低い唸り声を上げている。粒子場の実験中、換気をすれば気流で場が崩れる。だからといって換気をしなければ安全確認の面で不安が残る。
空調を入れると空気が乱れ、かといって止めれば機材の排熱で室温は容赦なく上がる。
黒川は試しに換気扇を回した。机上の透写台で作られていたごく薄い粒子場が、気流に煽られてあっけなく崩れた。
「あー、はいはい。そうなるよな」
換気扇を止め、空調も切る。数分もしないうちに、PCとガイカクの排熱でじわじわと室温が上がってきた。
「暑っ……」
黒川は首筋の汗を拭った。環境ログをまとめるまでもない。電力、冷却、防塵、振動対策、どれをとっても自室での継続実験は限界に来ている。
「いや、流石にもう無理か。家でやる量じゃねぇ」
単に荷物を置く場所がないという話ではない。生活空間と開発空間を分ける必要があった。
「寝る場所で粒子撒くの、普通に駄目だろ。……分けるか」
黒川は、実家から作業環境を切り離すことを決めた。
夕食時、黒川は両親に「研究機材が増えすぎたから、生活と作業の場所を分ける」とだけ説明した。細かい技術のことは言わない。
父親はコーヒーカップを置き、頷いた。
「まぁ、その方がいいだろ。最近部屋から変な音してたし」
「否定できない」
深夜に冷却装置がフル稼働する音は、確実に漏れていたはずだ。
「ようやく床戻るな」
「それはそう」
母親は現実的だった。
「ちゃんと食べなさいよ」
「食べてる」
「カップ麺は食事に入れません」
「……努力します」
「寝なさいも追加で」
「はい」
家族は止めなかった。むしろ、家の安全や生活環境が守られるなら、外に出すのは歓迎という空気すらあった。
数日後、黒川はまず生活拠点となる一人暮らし用の部屋を見に行った。大学へ通え、倉庫ラボ候補地へも出やすい場所。
案内されたワンルームの部屋に入り、黒川はぐるりと見回した。
「狭」
綺麗ではあるが、広いとは言えない。ベッドと小さな机、椅子、最低限の調理器具と事務作業用のPCを置けば埋まる広さだ。
「まぁ、寝るだけなら十分か」
ここは作る場所ではない。休む場所だ。
「ここに機材置き始めたら終わりだな」
黒川は自分への戒めとして、そう呟いた。
続いて、倉庫ラボの候補物件へ向かう。
住宅地から少し離れた、古い小型倉庫。不動産屋が開けたシャッターの奥を覗き込む。
「うわ、ボロ」
外観も地味で、内装はコンクリート剥き出しで殺風景だった。駅から遠く、お世辞にも綺麗とは言えない。少し歩いてみる。
「……でも広いな」
床を軽く踏み込み、強度を確かめ、壁を叩く。
「これなら弄れるか」
上を見上げ、換気用の小窓やダクトの通せそうな位置を確認する。
「あー、ここ抜けるな」
配電盤を開き、電源強化工事の余地があるかを見る。
「悪くない」
黒川は、ここで契約を決めた。
業者を手配し、実家の自室から機材を次々と運び出していく。
ガイカク零号、透写台参型、空間眼参型、冷却装置、工具、部品箱。あれだけ部屋を圧迫していたものが消え、広々としたフローリングが姿を現した。
普通の部屋に戻った自室を、黒川は短く見渡した。
「ここで続けるには、狭すぎた」
感傷はなかった。
倉庫ラボの鍵を受け取り、中に入る。
「……静かだな」
ガランとした空間に、自分の足音だけが響く。
搬入された荷解きを始める。黒い金属箱であるガイカクを持ち上げる。
「重っ」
大型作業机の上に、透写台を慎重に設置する。
「傷つけたら泣くやつ」
防塵棚、工具棚、簡易クリーンブース、冷却装置、強化電源などを仮配置していく。配線もまだ仮で、棚の配置も完全ではない。それでも、機材同士の間に十分な安全距離が取れていた。
「やっと広げられる……」
黒川は、入口の近くの作業机の端に、アクリル板で作った小さな仮のプレートを置いた。
『空想工房』
文字が彫られただけの簡素なものだ。まだ会社でも看板でもない。
「文化祭みたいだな」
少しだけ間を置いて、黒川は小さく呟いた。
「……まぁ、嫌いじゃない」
ラボで最初に起動するのは、LUMENだ。
作業机の中央にHOME CARDを置く。床は剥き出しで、照明も仮のもの。それでも。
「起動」
カードの上に、淡い光の粒が表示される。
「お、出た」
LUMENは発話もなく、人格も感情もない。ただ、そこで小さく揺れているだけだ。
「……まぁ、お前はどこでも変わんないか」
ガイカク零号を低出力で起動し、空間眼参型を接続する。透写台参型を動かし、LUMENを粒子場へ移して初回環境テストを行った。
結果は明白だった。
「うわ、めっちゃ安定する」
粒子場の維持時間が自室とは比べ物にならない。空間眼の認識ノイズも減り、触覚腕輪との同期もスムーズだ。何より、排熱がこもらず、冷却が安定している。
「全然違うな」
空間眼のログを確認しながら、黒川は息を吐いた。
「今までよくやってたなこれ……」
技術が進んだわけではない。技術を進めるための環境が、ようやく手に入ったのだ。
黒川は、ラボの隅に置いたホワイトボードにマーカーを走らせた。
【NEXT】
・ガイカク壱号
・透写台四型
・空間眼四型
・触覚腕輪弐型
・LUMEN法人向け展示デモ
・代理球の接近反応安定化
書き連ねたリストを見て、黒川はマーカーのキャップを閉めた。
「やること増えたなぁ……」
少しだけ考えて、首を鳴らす。
「まぁ、やるか」
古い倉庫の中。まだ仮配線で、未完成なラボ。だが、実家の机では到底できなかったことができる場所になった。
LUMENはHOME CARDの上で小さく揺れている。黒川はそれを見下ろした。
「ここなら、もう少し回せそうだな」
机の上に収まらなくなった趣味は、古い倉庫の中で、ようやく息を吸えるようになった。
新しい書き方読みやすい?
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どちらとも言えない