科(化)学系チート持ち転生者のお話 オタク番外編   作:金属粘性生命体

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 少し書き方変えてます。


オタクの六十五歩

 

 

 自室のドアを開けた黒川悠真は、入り口で立ち止まった。

 

「……うわ」

 

 黒川は思わず声に出していた。

 外殻演算機(ガイカク)零号、透写台参型、空間眼参型、触覚腕輪試作壱型。さらに粒子制御リング、冷却装置、光学部品、小型真空チャンバー、工具箱、LUMEN用カード群、代理球のテストログが印刷された紙の束。未整理の部品箱が棚から溢れ、床を埋め尽くすように電源ケーブルと冷却チューブが這っている。

 

「終わってんなこれ」

 

 足の踏み場を探しながら、黒川はわずかに見えたフローリングを見下ろした。

 

「床久々に見たな……」

 

 机の下で冷却装置が低い唸り声を上げている。粒子場の実験中、換気をすれば気流で場が崩れる。だからといって換気をしなければ安全確認の面で不安が残る。

 空調を入れると空気が乱れ、かといって止めれば機材の排熱で室温は容赦なく上がる。

 

 黒川は試しに換気扇を回した。机上の透写台で作られていたごく薄い粒子場が、気流に煽られてあっけなく崩れた。

 

「あー、はいはい。そうなるよな」

 

 換気扇を止め、空調も切る。数分もしないうちに、PCとガイカクの排熱でじわじわと室温が上がってきた。

 

「暑っ……」

 

 黒川は首筋の汗を拭った。環境ログをまとめるまでもない。電力、冷却、防塵、振動対策、どれをとっても自室での継続実験は限界に来ている。

 

「いや、流石にもう無理か。家でやる量じゃねぇ」

 

 単に荷物を置く場所がないという話ではない。生活空間と開発空間を分ける必要があった。

 

「寝る場所で粒子撒くの、普通に駄目だろ。……分けるか」

 

 黒川は、実家から作業環境を切り離すことを決めた。

 

 夕食時、黒川は両親に「研究機材が増えすぎたから、生活と作業の場所を分ける」とだけ説明した。細かい技術のことは言わない。

 

 父親はコーヒーカップを置き、頷いた。

 

「まぁ、その方がいいだろ。最近部屋から変な音してたし」

「否定できない」

 

 深夜に冷却装置がフル稼働する音は、確実に漏れていたはずだ。

 

「ようやく床戻るな」

「それはそう」

 

 母親は現実的だった。

 

「ちゃんと食べなさいよ」

「食べてる」

「カップ麺は食事に入れません」

「……努力します」

「寝なさいも追加で」

「はい」

 

 家族は止めなかった。むしろ、家の安全や生活環境が守られるなら、外に出すのは歓迎という空気すらあった。

 

 数日後、黒川はまず生活拠点となる一人暮らし用の部屋を見に行った。大学へ通え、倉庫ラボ候補地へも出やすい場所。

 

 案内されたワンルームの部屋に入り、黒川はぐるりと見回した。

 

「狭」

 

 綺麗ではあるが、広いとは言えない。ベッドと小さな机、椅子、最低限の調理器具と事務作業用のPCを置けば埋まる広さだ。

 

「まぁ、寝るだけなら十分か」

 

 ここは作る場所ではない。休む場所だ。

 

「ここに機材置き始めたら終わりだな」

 

 黒川は自分への戒めとして、そう呟いた。

 

 続いて、倉庫ラボの候補物件へ向かう。

 住宅地から少し離れた、古い小型倉庫。不動産屋が開けたシャッターの奥を覗き込む。

 

「うわ、ボロ」

 

 外観も地味で、内装はコンクリート剥き出しで殺風景だった。駅から遠く、お世辞にも綺麗とは言えない。少し歩いてみる。

 

「……でも広いな」

 

 床を軽く踏み込み、強度を確かめ、壁を叩く。

 

「これなら弄れるか」

 

 上を見上げ、換気用の小窓やダクトの通せそうな位置を確認する。

 

「あー、ここ抜けるな」

 

 配電盤を開き、電源強化工事の余地があるかを見る。

 

「悪くない」

 

 黒川は、ここで契約を決めた。

 

 業者を手配し、実家の自室から機材を次々と運び出していく。

 ガイカク零号、透写台参型、空間眼参型、冷却装置、工具、部品箱。あれだけ部屋を圧迫していたものが消え、広々としたフローリングが姿を現した。

 普通の部屋に戻った自室を、黒川は短く見渡した。

 

「ここで続けるには、狭すぎた」

 

 感傷はなかった。

 

 倉庫ラボの鍵を受け取り、中に入る。

 

「……静かだな」

 

 ガランとした空間に、自分の足音だけが響く。

 搬入された荷解きを始める。黒い金属箱であるガイカクを持ち上げる。

 

「重っ」

 

 大型作業机の上に、透写台を慎重に設置する。

 

「傷つけたら泣くやつ」

 

 防塵棚、工具棚、簡易クリーンブース、冷却装置、強化電源などを仮配置していく。配線もまだ仮で、棚の配置も完全ではない。それでも、機材同士の間に十分な安全距離が取れていた。

 

「やっと広げられる……」

 

 黒川は、入口の近くの作業机の端に、アクリル板で作った小さな仮のプレートを置いた。

 

『空想工房』

 

 文字が彫られただけの簡素なものだ。まだ会社でも看板でもない。

 

「文化祭みたいだな」

 

 少しだけ間を置いて、黒川は小さく呟いた。

 

「……まぁ、嫌いじゃない」

 

 ラボで最初に起動するのは、LUMENだ。

 作業机の中央にHOME CARDを置く。床は剥き出しで、照明も仮のもの。それでも。

 

「起動」

 

 カードの上に、淡い光の粒が表示される。

 

「お、出た」

 

 LUMENは発話もなく、人格も感情もない。ただ、そこで小さく揺れているだけだ。

 

「……まぁ、お前はどこでも変わんないか」

 

 ガイカク零号を低出力で起動し、空間眼参型を接続する。透写台参型を動かし、LUMENを粒子場へ移して初回環境テストを行った。

 

 結果は明白だった。

 

「うわ、めっちゃ安定する」

 

 粒子場の維持時間が自室とは比べ物にならない。空間眼の認識ノイズも減り、触覚腕輪との同期もスムーズだ。何より、排熱がこもらず、冷却が安定している。

 

「全然違うな」

 

 空間眼のログを確認しながら、黒川は息を吐いた。

 

「今までよくやってたなこれ……」

 

 技術が進んだわけではない。技術を進めるための環境が、ようやく手に入ったのだ。

 

 黒川は、ラボの隅に置いたホワイトボードにマーカーを走らせた。

 

【NEXT】

・ガイカク壱号

・透写台四型

・空間眼四型

・触覚腕輪弐型

・LUMEN法人向け展示デモ

・代理球の接近反応安定化

 

 書き連ねたリストを見て、黒川はマーカーのキャップを閉めた。

 

「やること増えたなぁ……」

 

 少しだけ考えて、首を鳴らす。

 

「まぁ、やるか」

 

 古い倉庫の中。まだ仮配線で、未完成なラボ。だが、実家の机では到底できなかったことができる場所になった。

 LUMENはHOME CARDの上で小さく揺れている。黒川はそれを見下ろした。

 

「ここなら、もう少し回せそうだな」

 

 机の上に収まらなくなった趣味は、古い倉庫の中で、ようやく息を吸えるようになった。

 

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