科(化)学系チート持ち転生者のお話 オタク番外編 作:金属粘性生命体
空想工房に最低限の設備が入り、LUMENの初回起動と環境テストが終わった翌日。
黒川悠真は、隅に置いたホワイトボードの前に立っていた。
【NEXT】
・ガイカク壱号
・透写台四型
・空間眼四型
・触覚腕輪弐型
・LUMEN法人向け展示デモ
・代理球の接近反応安定化
・生体核三匹の距離設計
黒川はそれを無言で眺め、マーカーを手に取って横に新しく書き足した。
【その前】
・加工環境
・測定環境
・防塵環境
・真空環境
・光学調整
・微細加工
・揺光セル試作準備
「先に設備だな。今のままだと作れない。加工精度が足りない」
ガイカク壱号を作るには、揺光セルの安定版が必要になる。だが、現在の環境では微細加工も、薄膜形成も、安定した冷却も振動対策もすべてが足りていない。
黒川はPCを開き、空想工房の設備計画を整理していった。
卓上旋盤、小型フライス盤、CNC加工機、高精度3Dプリンタ、レーザーカッター、基板加工機、リフロー炉、精密ステージ、光学調整台、防振台、小型真空チャンバー、簡易蒸着装置、恒温恒湿機、簡易クリーンブース、局所排気装置、集塵機、高精度顕微鏡、各種測定器。
「旋盤、フライス、CNC、基板加工機。まずはここから。揺光セルはその後だ」
既製品を組み合わせる段階から、必要な機械や部品を自分で作る段階へ移る。そのための足場が必要だった。
数日後。業者が入り、大型の木箱や金属ケースが次々と運び込まれた。
ただの古い倉庫だった空間が、徐々に作業場へと変わっていく。
「そっちは加工区へ。光学台は奥で。防振台はこっちです。ありがとうございます」
黒川は配置と動線を頭の中で組み替えながら、搬入位置を淡々と指示した。
搬入が終わると、床に養生テープを貼り、空想工房の中をいくつかの区画に分けた。
金属や樹脂を削る【粗加工区】。基板加工機や半田を作業する【電子工作区】。レンズや空間眼を扱う【光学調整区】。透写台と排気装置を置く【粒子場実験区】。そして、クリーンブースを設置した【簡易清浄区】。
「加工区。電子工作区。光学調整区。粒子場実験区。清浄区」
黒川はそれぞれの領域を見渡し、呟いた。
「混ぜない」
この徹底した区画分けが、今後の作業の土台となる。
黒川はさっそく、粗加工区で旋盤とフライス盤を動かした。作るのは、透写台四型用の粒子制御リング基部だ。
金属棒を固定し、刃を当てて削り出す。ノギスで寸法を測定するが、最初の結果はわずかにズレていた。
「ズレた。固定が甘い。もう一回」
再加工して測り直す。
「……まだ甘い。慣れがいるな」
フライス盤でも同様だった。工具の逃げや素材の癖、固定の甘さによって、図面上の寸法と現物がどうしても合わない。
「図面と合わない。工具側の逃げか。補正する。次」
未来技術の理論とは関係のない、物理加工の現実的な問題に黒川は向き合い、調整を繰り返した。
次にCNC加工機と基板加工機をテストする。ガイカク壱号用の試験基板を彫る。揺光セル安定化に向けた補助基板の試作だ。
刻み終わった細い溝を高精度顕微鏡で確認する。
【基板加工テスト】
線幅:不足
絶縁距離:不足気味
発熱対策:要再設計
揺光セル接続:試験用なら可
本番用:不可
「線幅が足りない。熱も逃げない。試験用までだな。本番用は別に作る」
導入した機材をそのまま使うだけでは足りない。基板加工機そのものの改造か、あるいは上位機の自作が必要になると黒川は判断した。
簡易清浄区では、簡易クリーンブースを組み立てた。白いパネル、フィルタ、陽圧ファン、静電気対策マット。
組み立てが終わり、ブース内の粉塵センサーの数値が下がり始める。
「数値は下がった。まだ足りない。改善する」
本格的なクリーンルームには遠いが、結果を確認し、黒川は次の改善点だけを拾い上げていく。
続いて、小型真空チャンバーを設置した。目的は、揺光セル安定版に必要な薄膜形成や微細層構造の試作準備だ。まずは真空維持のテストを行う。
チャンバーを閉じ、ポンプを動かして圧力計を凝視するが、思ったように圧力が落ちていかない。
「漏れてる。ここか」
接続部のシールを直し、再起動する。圧力が静かに下がり始めた。
「落ちた。本番には足りない」
【真空チャンバー初期テスト】
真空到達:不安定
シール:要改善
振動:大
騒音:大
蒸着試験:保留
結論:揺光セル本番には不足
まだ、揺光セルの安定化に必要な環境には届いていなかった。先は長い。
黒川は作業台の上に外殻演算機《ガイカク》零号を置き、カバーを外した。
検証機として無理に詰め込んだ配線や冷却、揺光セル周りを確認する。このまま改造を続ければ、どこかで構造が破綻するのは目に見えていた。
「零号は残す。壱号は新規。冷却を変える。配線も引き直し」
【ガイカク壱号 準備】
零号:検証用として継続
壱号:新規設計
揺光セル:安定版が必要
基板:自作必須
筐体:熱設計見直し
冷却:ラボ設備接続
目的:LUMEN、代理球、生体核三種の同時安定運用
ホワイトボードに並ぶ『量子演算セル』『揺光セル安定化』『小型化』の文字を見る。
必要なのは、派手な演算ではない。現実の物質を必要な精度まで整えることだ。
「削る。磨く。冷やす。測る。順番にやる」
黒川は自分に確認するように、工程を頭に叩き込んだ。
新しく設置した光学調整台に、空想工房用の基準カードであるBASE CARDを置く。LUMENを表示させた。
「起動。出た。ノイズは少ない。今日は確認だけ」
空間眼のノイズは減り、粒子場の揺れも安定している。黒川は触覚腕輪には手を伸ばさず、新設備の初期確認だけで止めた。LUMENはカードの上で小さく揺れている。
最後に、削り出したリング基部を使い、代理球のSTAGE安定テストを行った。
白い球体が表示される。手を近づけると、前よりステージ境界のズレが少なくなっていた。だが、急接近すると下がりすぎ、ゆっくり近づくと固まる。
「下がりすぎ」
数値を調整し、もう一度手を伸ばす。
「遅い。今のは近い。もう一回」
試行錯誤のまま、一日が終わった。
空想工房には、粗加工から清浄区までの仮の区画ができた。まだ荒く、量子コンピュータの影も見えない。それでも、自室ではできなかった準備がここで始まっていた。
黒川はホワイトボードの予定リストに視線を戻した。
「足りないものは見えた。次は壱号」
作業灯を落とす。ガランとした工房の中で、ガイカク零号だけが低く唸りを上げていた。LUMENはBASE CARDの上で小さく光り、代理球は停止している。
黒川は、入口近くの仮プレートを一瞥した。
『空想工房』
「……始めるか」
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