ヤンキーくんとひなーのちゃん   作:耳 a.k.a 腐れケバブ

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初めましての方は初めまして。
そうでない方はお久しぶりです。

最近VTuberの橘ひなのさんにハマりまして、年上幼なじみ概念が欲しくて書き始めました。
投稿は不定期です。

よろしくお願い致します。


第一話『始まりの音』

 

 大きくなったら結婚しよう。

 そんなありきたりな口約束をガキの頃にした。

 

 昔住んでいた街。それなりに良い両親と、それなりに気の合う友人と、それなりに順調なご近所付き合い。

 そして、とても大切だったはずの、ただの口約束。

 総じて幸せだった幼少期の記憶は、自分自身の記憶であるはずなのにどこか他人事だ。

 

 その時の記憶があまりにも眩しくて。

 現在との落差を現実として受け止められなくて。

 だからその記憶を、かけがえのない想い出を、大切だった口約束を、俺は自ら無い物として切り捨てたのだ。

 

 そう、己の過去に価値などない。

 他人は知らないが少なくとも己にとっては無価値なものだ。

 ――――そうやって過去の自分を蔑まなければ、恨まなくては、とても生きていけなかった。

 

 それでも、目と耳を塞いでも、すり抜けてくる想い出がある。

 その度に俺は吐きそうになった。

 自分では望めないもの。

 かつて自分が当たり前に享受していたもの。

 それが、あまりにも素晴らしいものなのだと、まざまざと見せ付けられるみたいで――――

 

 

 

 

 

 ♢

 

 

 目が覚める。

 カーテンの隙間から差し込んでくる朝日を鬱陶しげに睨みつけた後、俺はのそりと上体を起こした。

 

 

「……最悪だ」

 

 

 そう、直前に見た夢のせいで気分は最悪だった。乱暴に布団を蹴飛ばして机に置いてあった煙草とライターを手に取る。

 窓を開けて煙草に火を付け、黴臭い想い出を洗い流すかのようにいつもより多くの紫煙を肺に取り込む。

 カチ、カチ、カチ。

 耳障りな目覚まし時計の秒針は、耳を通り抜けて脳みそに牙でも立てているかのようだ。

 

 

「うるせぇ」

 

 

 ガシャン、と目覚まし時計を拳で叩き割る。

 うんともすんとも言わなくなった目覚まし時計をベランダから外へ放り投げ、俺は気だるげに携帯端末を開いた。

 4月7日月曜日AM7:27分。

 春休みが終わり、新生活が始まる季節。

 それは俺にとっても例外ではなく、今日から高校生として学校生活を送らなくてはならない。それも義務教育だった中学校とは違い、高校は行かなくては進級出来ないとかいう監獄みたいな場所――――少なくとも俺にとっては――――だった。

 

 

「あークソ、行きたくねぇ」

 

 

 頭をガシガシと掻きむしる。

 そう、本当は高校に上がるつもりなどなかった。

 実際、中学三年生の時点で知り合いの工場で溶接工として雇って貰うつもりだった。

 しかし、そこの社長から「高校ぐらいは出とけ」と言われ、唯一受かった高校に進学する事になってしまったのだ。

 

 

「しかも入試に落ちれば社長も納得するかと思いきや適当に受けた高校の一つにたまたま受かるとか……もうマークシートの入試とか辞めちまえよ」

 

 

 ぶつくさと愚痴りながら煙草の火を消す。

 消して、改めて窓の外に視線を向ける。

 ――――かつて住んでいた街。そこに10年振りに戻ってきた感慨は皆無だ。たまたま受かった高校が、たまたまかつて住んでいた街にあった時は思わず天を仰いだが、どうって事はない。

 

 

「ま、ガキの頃に住んでいた場所とかも覚えてねぇし」

 

 

 自分から関わろうとしない限りは交わる事はないだろう。そう自分を納得させて、俺は床にブチ落としたままだった制服を摘む。

 何の変哲もない黒を基調としたブレザー型の制服は、ここら一帯でも派手さはないが男が着る分にはシンプルで良いと評判の制服だ。

 俺は着ていたスウェットを適当に脱ぎ捨て、適当に制服を着る。

 ――――首に彫られたタトゥーは当然制服なんかで隠せるものではないが、別段見られても困る事などない。

 むしろ余計な人間関係を排除出来る分有用だった。

 

 

「……行くか」

 

 

 薄っぺらい学生鞄を手にボロアパートを後にする。

 こうして俺――――岩瀬(イワセ)柊斗(シュウト)の新しい生活が始まった。

 

 

 

 

 馴染みがあるようなないような、ハッキリしない道を気怠げに歩く。

 途中でかなりの人数とすれ違ったが、その全員が俺を見るなり道を譲った。

 お陰で予定よりも早く学校に着いたのでまあ良しとしよう。

 校門前は既に多くの学生で賑わっており、特に新入生らしき連中はどいつもこいつも景気の良さそうな顔をしていた。

 ――――音神高等学校。

 何の変哲もない私立の高校であり、偏差値は50前後。言うまでもなく本来の俺の学力では入れない高校だ。それなりに人気の高校という事もあり、俺が入った事で入れなかった連中がいるはずだが、そこは俺ではなくマークシートとかいうゴミみたいなシステムを恨んで欲しい。

 和気藹々とした雰囲気の校門前を通り抜け、昇降口に向かう。

 

 

「おはようございまーす! 新入生の人はこの花飾りを――――」

「要らねぇ」

 

 

 びくっと後ずさる上級生の横を通り抜けて自分のクラスと席を確認し、さっさと自分のクラスに向かう。

 一年三組。

 それが俺の所属するクラスだった。

 教室には既に何人かの生徒が居た。

 その何人かの生徒は仲良さげに会話していたが、俺の姿を認めた瞬間、怯えたように押し黙る。俺の見た目は必要以上に話しかけられないのは利点だが、こうしてあからさまに黙られるのも目障りだった。

 

 

「……チッ」

 

 

 舌打ちをしてから自分の席に乱暴な所作で腰掛ける。左後方の窓際。最初の席運はかなり俺の方に傾いてくれたらしい。

 教室に居る生徒は先程よりもかなりボリュームを下げて雑談を再開していた。

 俺の方をチラチラ見ながら、取り繕うかのようにどこの中学から来たのかとか、そういった会話を繰り広げている。

 

 

「わ。凄い刺青」

「あ?」

 

 

 不意に上から降ってきた甲高い声に視線を上げる。

 好奇心に満ちた琥珀色の瞳が俺を見下ろしていた。

 

 

「私、猫汰つな。韓国からこっちに引っ越してきたんだ。君、名前は?」

 

 

 赤い髪が特徴的なコケティッシュな雰囲気の少女――――猫汰つなは俺の見た目に怖気付く事なく話しかけ、更に俺に自己紹介を促してきやがった。

 正直鬱陶しい。俺は睨み付けながら、

 

 

「何勝手に主導権握ってやがる。会話がしたいならそこら辺の連中とでも話してろ」

「勿論あの人達とも後で話すけど、私の席君の隣だし。まずは隣の席の人から仲良くなろっかなって」

 

 

 一番話す回数多いでしょ? ぶっきらぼうな態度にも億さずつなはそう言ってのけると、俺の隣の席に座った。

 そして机の上にだらしなく上体を預けながら、やや上目遣いで見つめてくる。琥珀色の瞳は好奇心に塗れており、まるで猫のようだった。

 

 

「……岩瀬柊斗」

 

 

 このまま押し問答をするのも時間の無駄だ。そう思い、短く自分の名前を告げる。たったそれだけだったが、つなはパァッと表情を綻ばせ、

 

 

「しゅーとくんね。よし、覚えた! これからよろしくね!」

 

 

 嬉しそうに、馴れ馴れしく俺の下の名前を転がす。コロコロとよく表情が変わる奴だ、なんて事を考えてから、俺はそれ以上言葉を交わそうとはせず自身の携帯端末に視線を落とした。

 

 

「えー無視?」

「名前は教えてやったろ」

「いやいや、仲良くしよって話だったじゃん」

「そこに賛同した覚えはねぇ。仲良しこよしがしたいんなら他当たれ」

「ツンツンしてるなぁ……」

 

 

 呆れたような嘆息をイヤホンでシャットダウンし、入学式までの時間を潰す。つなは諦めたのか立ち上がると他のクラスメイトと雑談に興じていた。

 見てくれだけは良いせいか、男連中が色めき立っている。

 

 

「……」

 

 

 あの様子じゃクラスの中心人物に大抜擢だろう。俺みたいなのとつるめば印象が悪くなるのは間違いない。

 他人に影響を与えるのも、与えられるのも、もうごめんだ。だからこれで良いのだと自分を納得させて、流れている音楽に耳を集中させる。

 ――――当然ながら、歌詞は全く耳に入ってこなかった。

 

 

 

 

 退屈だった入学式が終わった。

 教室に戻り翌日以降の説明を受け、つつがなく高校生活初日は終わった。

 

 

「それじゃあまた明日。早々に遅刻とかはやめてくれよー」

 

 

 教卓に立つ二十代後半の教師の声を皮切りに、教室が喧騒を取り戻す。クラスメイトの大半は遊びに行くのか、この後の予定を話し合う声が聞こえてくる。俺は早々に鞄を持って立ち上がり、出口へと向かう。

 

 

「岩瀬、ちょっと」

「あ?」

 

 

 出ていく直前、教師に呼び止められた。喧騒が僅かに静まる。

 

 

「何か用か?」

「ああ。ちょっと話があるから、この後時間を貰いたいんだけど……」

「それ、ここでする話か?」

「ああいや、生徒指導室を予約してある。……それで、大丈夫か?」

「……さっさと終わらせろよ」

 

 

 俺の返答に教師はホッとしたように安堵の息を漏らすと、出席簿と幾つかのファイルを持って「それじゃ、こっちに」とそそくさと教室を出ていった。

 周囲から向けられる視線を無視し、同じように教室から出る。

 出ていく直前、つなの心配そうな視線が視界の端に映った。

 

 

 

 

 ――――話は二十分程で終わった。

 内容は予想通りだった。

 危ない連中とつるんでいるのかとか、家族の話とか、問題を起こした場合の処罰の話とか。

 

 

「ま、俺は何を起こそうがどうでも良いんだけど、ほら。お前が問題を起こすと俺が対処しなくちゃいけないだろ? そういうの面倒だから、出来たらやめて欲しいんだよな」

「……それこそ俺には関係ねぇ話だな」

「それもそうか。ま、何かやらかすにしてもバレないようにやれよ。特に校舎の中では煙草もやめとけ。吸うにしても電子にしときゃよっぽどバレないだろ。それじゃ、俺はここで。高校3年間、ちゃんと楽しめよ」

 

 

 教師のクセにかなりスレスレの発言を残して、教師――――嘉村(カムラ)大樹(ダイキ)は去っていった。若い世代特有の淡白さは正直言って嫌いじゃない。親世代には不興を買いそうだが、あの教師の事だ。親の前ではそれなりに良い教師を演じる事だろう。

 その小賢しさに鼻を鳴らしながら、昇降口へと足を向ける。

 ハイカットの運動靴に足を突っ込んで昇降口を出ると、朝の喧しさに輪をかけて騒がしい様子だった。

 どうやら部活動の勧誘合戦が繰り広げられているらしい。

 運動部文化部問わず、数多の部活動が夏祭りの出店のようにブースを構えている。

 当然、部活動なんぞに所属するつもりはない。

 俺は例によってイヤホンで喧騒をシャットダウンすると、ズカズカと校門に向かって歩いていく。

 

 

「あ、そこの君、良かったらアメフト部に――――」

 

 

 ガタイの良い上級生が俺を見て、途中でサッと視線を逸らす。

 気にせずその横を素通りする。俺もそれなりにガタイが良いせいか、運動部を中心に何度か声はかけられそうになるものの、首から覗くタトゥーのせいか、途中で退いていった。

 校門まで後三十メートル程。ここを抜ければ鬱陶しい喧騒から解放され、昼飯を食いに行ける。

 僅かに速度を上げて、残り二十メートルに差し掛かった辺りで、何かが首筋に触れた。薄っぺらく柔らかい何か、それを指で摘む。

 

 

「……」

 

 

 それは、樹上から引きずり降ろされた桜の花弁だった。そういえばこの学校には桜の木がかなり多く植えられていたな、なんて今更ながらに気付かされる。

 見れば、目の前の地面には桜色の絨毯が敷かれていた。あるべき場所から落ちた桜の断片達は役目を終えたかのように踏み潰され、見向きもされない。

 アスファルトの上に葬られたそれらにかつての栄華はなく、優しく暖かいだけの残酷な春の風に揺られる事も許されない。そこにあるのは、ただ土と泥に塗れるだけの残骸でしかなかった。

 やがて全ての花弁が辿る末路。

 散った後に残るものは僅かで、こんな事もあったかもしれないと、捲られる事のない(ページ)として古ぼけていくのだろう。

 

 

「ハ。何感傷的になってやがる」

 

 

 きっと新しい生活が始まったからだろう。いつもの自分を思い出すのに時間がかかった。

 俺は八つ当たりのように摘んでいた花弁を、羽虫にそうするかのように指で弾く。弾かれた花弁は当然の如く灰色の地面に落ちる、はずだった。

 ぶわ、と一陣の風が吹き抜ける。

 春風に乗った花弁は灯台に導かれる小舟のように喧騒の海を渡り――――

 

 

「……」

 

 

 時間が止まる。

 古びた頁が懐かしい色彩を想いだす。

 一番大きな桜の木。

 そのクセ一番目立たない場所に植えられた桜の木の下で、一人の少女がバトンのように俺が弾いた欠片を指で摘んでいた。

 桜の木の下で尚、その少女は一際目を引く存在だった。

 見てくれが、ではない。

 見てくれ以外の何かが、俺の脳を炙っていた。

 リボンの色から上級生――――二年生だろう。

 桜色と黒色(ツートンカラー)の髪を後ろで束ね、空みたいな蒼色の瞳でどこからか飛んできた花弁を不思議そうに眺めている。

 不思議そうに眺めながら、決してその花弁を手放さない。何か大切な物でも扱うかのようにハンカチで包むと、そっと改造したスカートのポケットに仕舞いこんだ。

 ――――まるで、懐かしい面影に浸るかのように。

 口端には慈愛とすら言ってもいい笑みが浮かんでいる。

 その光景から目を離せない。

 頁に押し潰された押し花のように、俺という存在そのものがその場に固定されている。

 ドクン、と。

 今まで自分の心臓は止まっていたのではないか。そんな錯覚さえ覚える程の高鳴りに、全身に張り巡らされた血管(バイパス)が失ったはずの昂りを取り戻す。

 

 

「……?」

 

 

 少女が俺の存在に気付いた。気付いてしまった。

 蒼色の瞳は俺を捉えると、怪訝そうに細められる。当然だ。こんな反社会的な見た目の奴が自分をじっと見つめていたら、俺だってそんな反応をする。

 しかし、少女はふっと表情を和らげると手に持っていたチラシを持ってこちらに向かって歩いてきた。

 

 

「っ、ま」

 

 

 待て、と制止の声は途中で掠れた。

 その間にも少女は俺に向かって歩いてくる。

 コツコツと硬い靴音を立てて、目前に迫る。

 

 

「こんにちは。新入生?」

 

 

 ネクタイの色を見れば分かるだろ、とは言えなかった。普段の俺なら言っていただろうその言葉は、喉奥でつっかえて落ちていった。

 代わりに、俺は無言で小さく頷いた。それが精一杯だった。何故かは分からない。どうして俺は、この少女を見ていると――――こんなにも、泣きたくなるのだろう。

 

 

「私、二年の橘ひなの。ぶいすぽっ! っていうESports同好会のメンバーなんだけど……君、もう部活は決まってる?」

 

 

 今までの連中は男女問わず俺の容姿を見たら逃げ出していた。なのに目の前の少女は俺の容姿に臆する事なく話しかけ、勧誘を続ける。

 

 

「……悪いが、部活動をする気はねぇ」

 

 

 辛うじて、それだけ喉奥から絞り出す。声は震えていたかもしれないが、それをどうこうする余裕なんてなかった。

 

 

「でも、一年生の間は部活動に入るの強制なんだけど」

「なに?」

「多分、最初のHRで説明あったと思う」

 

 

 それは本当に知らなかった。いや説明はあったのだろうが、あの教師の話なんて全部右から左へ聞き流していたせいで聞き逃した。

 

 

「入る部活は決めてなかった。むしろ今から決めなくちゃいけない。君の状況、これで合ってる?」

 

 

 ニヤリ、と。少女――――橘ひなのはいたずらっぽく笑う。

 

 

「それじゃ、説明と紹介だけ聞いてってよ。私達のブース、教室だから1回校舎まで戻らなきゃいけないんだけど……時間、大丈夫そう?」

「……あ、ああ」

 

 

 歯切れが悪い返事に、ぱあっと橘の表情が綻ぶ。嬉しそうにパン、と手を叩くと、俺の手を取った。小さいくせに力強い、いや、俺の方に拒否する意思がないのか、どちらにせよ抗う事なく手を引かれる。

 

 

「じゃあ行こ! ようやく新入生ゲットのチャンスきた!」

 

 

 入るなんて言ってねぇ、なんていう悪態は意思に反して出なかった。俺はされるがまま、昇降口へと再び足を運ぶ。

 ――――どこか懐かしい感触。

 少女の写鏡のような青い空と桜の木の中で。

 この時、俺は確かに、運命じみたものに触れた気がした。

 

 

 

 




久しぶりに書いたんであれなんですけど、こんなんで良かったのかな。
感想とか頂けると助かります。
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