とある双子の上条兄弟   作:副会長

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 少し長くなりました。
 強引な展開で違和感を覚えたら申し訳ありません。
 矛盾点などがありましたらご指摘ください。


学園都市と天草式《かがくとまじゅつ》

 

 6

 

 

 そこから先の詳しいことは、勇麻は覚えていない。

 

 ただ、それがたくさんの人たちを巻き込んで大騒ぎになったこと。

 

 そして、気が付けば、自分達兄弟が黒い服を着て、両親の葬儀に参加し、その服のままどこか知らない家――おそらくはどこか親戚の家――に連れて行かれ、暗い別室に移されていた。

 

 その隣の部屋では、親戚一同が自分達の処遇を話し合っている。

 

 その親族会議は、当初は一応、両親を失ったばかりの子供の近くであるという一般常識に則って、厳粛に冷静に行われていたが、段々とヒートアップし、声を荒げ、気が付けば互いを罵倒し合い、『疫病神』の押し付け合いへと発展していた。

 

 竜麻は、あの状況と勇麻の証言によって、正当防衛であることが認められていた。――本来、親族の弁解は証拠能力はないのだが、明らかにあの状況では竜麻の無実、いや正当防衛は明らかだった。

 

 だが、それでもあの惨劇の全ての原因は、竜麻の不幸体質にあると、そう周りの人たちが判断するのは自明の理だった。

 あの犯人の男は、立て続けに自身に降りかかった、会社のリストラや離婚といった自身の不幸を、同時期に耳にした『疫病神』の噂に責任転嫁し、被害妄想を膨らませただけだったけれど。

 それでも、ついに自身の家族まで巻き込んだ竜麻の不幸体質に、上条兄弟の親族達は恐怖しか感じない。そんなものを押し付けられるのはたまったものではなかった。

 

 そして当然、その罵詈雑言は(ふすま)一枚のみで仕切られた隣室にいる上条兄弟にも届いていた。

 

 勇麻はひしっと兄にしがみついている。勇麻は何があっても兄とは離れないと言い張っていた。それは、普段は兄の背中に隠れてばかりだった弟が、珍しく声を荒げて大人達に立ち向かった瞬間でもあった。

 

「……大丈夫だ、勇麻」

 

 竜麻は、勇麻をしっかりと抱きしめて、言い聞かせる。

 

「お前だけは、何があっても俺が守る」

 

 勇麻は、兄の顔を見上げる。

 

 竜麻は、あれから一度も笑っていない。

 この時の顔も、竜麻の目は鋭く虚空を射抜いていた。

 

 まるで、世界中の悪意から、勇麻を守り抜くといわんばかりに。

 

 その時、ガラっと襖が開き、一人の男が顔を出す。

 

 男は、警戒心を抱かせない――ための技術を駆使したような、作り物めいた笑顔を兄弟に向けた。

 

「……ゴメンな。まだ、もう少しかかりそうなんだ。お腹空いてないかい?何か持ってこようか?」

 

 初めから一緒に食べるということは除外した選択肢を示す男。もちろん竜麻は、彼の背後で自分を忌々しげに睨みつける大人たちとテーブルを囲むなど冗談ではないので、むしろ歓迎だったが。

 竜麻は、腕の中の勇麻に目で問いかけ、勇麻は首を振ったので、彼の背後にいる大人達を鋭く睨みつけてから――大人達は一斉に顔を青褪めて目線を逸らした――彼に返答した。

 

「……まだ大丈夫です」

「そうかい。何かあったらいつでも言ってくれよ」

 

 そう言ってニコニコ笑いながら、襖を閉めようとする――

 

「あ、そうそう」

 

――が、閉める直前、男は懐から球状の機械を取り出す。

 

「退屈だろうから、これで遊んでなよ」

 

 そう言って、それをコロコロと兄弟の方に転がす。

 

 竜麻がこれは何かと問いかける前に、男は襖を完全に閉めた。

 

 再び暗い部屋の中に、上条兄弟のみが残される。

 

 竜麻は一先ず勇麻から離れ、その球体に手を伸ばすが――

 

 ピカッ! と、突如、その球体が発光する。

 

 竜麻はすぐさま勇麻を自分の背中の後ろに隠す。

 

 その球体は閃光弾のようなものではないようで、上方に淡い光を放ち、虚空にある映像を浮かび上がらせた。

 映写機のようなもののようだが、現れた立体映像は信じられないくらいのクオリティで、竜麻はその浮かび上がった映像の人物がいきなりこの場に出現したかのように一瞬錯覚した。

 

 そう。人物。その球体は、ある人物の立体映像を、この暗い密室に出現させた。

 

 その人物は、銀色の髪で、緑色の手術衣を着ていた。

 

 男にも女にも大人にも子供にも聖人にも囚人にも見える、5才の竜麻の語彙では表現することに窮する形容の、どう頑張っても『人間』という単語しか脳裏に浮かばない人物。

 

 だが竜麻は、そんなことがどうでもよくなるくらい、目の前の人物――目の前の立体映像の人物に、強烈な畏怖を感じる。

 

 コイツは、ヤバい。

 

 圧倒的に危険だ。

 

 竜麻は、背後で怯える勇麻を抱く力を強める。

 

 そして、あらん限りの力を込めて、目の前の人物を睨み据えた。立体映像なので、向こうに届いているかは分からないが。

 

 しかし、その『人間』は、まるで竜麻たちの様子が見えているかのように、竜麻が自分の脅威を察知したことに満足するように、口元を緩めた。

 

「初めまして、上条竜麻(りょうま)君。私の名前は、アレイスター=クロウリー」

 

 アレイスターは自らの名を、彼らに、いや竜麻に名乗る。

 自分の名前を知っていた。その事に、竜麻は最大限まで引き上げていた警戒心を、上限を更に越えて高める。

 

「生まれたのが双子と知った時は焦ったものだが、問題なく受け継いでいるようで何よりだ。しかも二分されたわけではなく、兄にその全てが行き渡っているようで十全。……まぁ、弟の方も無影響というわけではなさそうだが」

 

 その時、初めてアレイスターの目が、一瞬勇麻に向いた。ように兄弟は感じた。

 それだけで、勇麻の体はビクッと震える。しかし、それは知らない人間――それも、突如立体映像として現れた人間に対する当然の恐怖を逸脱したものではなく、竜麻ほどアレイスターに警戒心を抱いているわけではないようだ。

 

 だが、竜麻は違う。圧倒的に脅威を感じているアレイスターが、自分だけならまだしも勇麻にまで興味を持つことなど、万に一つもあってはならない。

 

「勇麻に手出しはするなっ!!」

 

 勇麻は、アレイスターよりも、むしろその兄の剣幕に対し目を見開いた。兄には、目の前のこの人物はどう映っているのだろう。

 アレイスターは微笑し、宥めるように言った。

 

「ふっ。心配するな。私の興味の対象は、あくまで君だ、上条竜麻君。君の“右手”は、私が長年垂涎の思いで焦がれていたものだ」

 

 勇麻は、兄が一歩後ずさりしたのを、彼の背中で押されたことで感じた。

 竜麻の顔には、不健康な汗が一筋流れている。

 

 あの竜麻が。

 強盗に殺されかけた時も、激昂はしても、一度も恐怖に屈しなかった、あの兄が。

 

 目の前の人物に――立体映像で、この場に本人がいないことを理解しているにも関わらず。

 

 アレイスター=クロウリーに、目を付けられたことで、恐怖で、怯えている?

 

 そして、そいつは言った。

 

「君を、私の学園都市に招待しよう。君が望むなら、弟と一緒でも構わない」

 

 その時、竜麻の体が、完全に硬直したのを感じた。

 勇麻は、学園都市というものを朧気にしか知らない。

 なんだかすごい所で超能力者がいっぱいいるのだったか?そんな漠然としたイメージしかなかった。

 

 頭のいい兄はもっと詳しいことを知っているのだろうが、勇麻にはどうでもよかった。

 

 これからも兄と一緒にいることが出来る。勇麻にはそれだけで十分だった。

 嬉しそうに勇麻は兄の顔を覗き込む。兄も喜んでくれているに違いない。

 

 だが、竜麻の顔は、勇麻の想像とは違い――――苦虫を噛み潰したかのような、苦渋に染まっていた。

 

 その忌々しそうな目つきは、勇麻ではなく、目の前の立体映像に向けられている。

 

 アレイスターはその瞳を受けて、口元を微かに緩ませながら、最後にこう言い残した。

 

「では、近いうちにまた会おう。君が私の元に届くその日を、心待ちにしている」

 

 そして立体映像は消え、暗い室内には、竜麻と勇麻、そして金属の球体のみが残された。

 

「……に、兄さん?」

 

 険しい顔で拳を握りしめるだけで何事も発さない兄に、勇麻は恐る恐る声を掛ける。

 

 あの日から、いやそのずっと前から、勇麻がこうして不安げな様子を竜麻の前で見せた時、竜麻は決まって勇麻の不安を吹き飛ばしてくれた。

 

 だが、この時ばかりは竜麻にも勇麻を気遣う余裕はなかった。

 

 竜麻の頭には、すでに最悪のケースが浮かんでいる。

 

 そして、竜麻の不安の的中を知らせる報せが、開いた襖から再び現れたあの男から――あの球体を置いたあの男から、届いた。

 

「君たちの、行く先が決まったよ」

 

 やめろ。言うな。

 そんな竜麻の声にならない叫びを嘲笑うかのように、男は作り物めいた笑顔のまま告げる。

 

「君たちは、学園都市という所に行くことになったんだ」

 

 

 

 7

 

 

 上条兄弟が学園都市に送られることが決定した、その日の夜。

 

 親族一同が酒を酌み交わして喜んでいるのを尻目に、上条兄弟は家を抜け出し、暗い夜道を二人で歩いていた。

 

「ちょ、ちょっと兄さん!一体、どこに行くのさ!?」

「……………………」

 

 兄に手を引かれるがままだった勇麻は、途中何度も竜麻の真意を問いかけるが、竜麻はただ怖いくらい力強く勇麻の腕を掴み、一心不乱に前に進むだけだった。

 

 親族会議が行われた民家の裏に広がる裏山は、5才の子供である兄弟にとっては、まさしくジャングルに等しい秘境だった。

 勇麻とは違い、竜麻はここが自分たちが過ごした実家から遠く離れた田舎であることは把握していたが、そんな場所からの子供二人の無謀な逃避行を、あの聡い竜麻ですら実行を決意しなくてはならないほど、状況は切羽詰まっていた。

 少なくとも、竜麻にとっては。

 これは苦渋ではありつつも、決して間違った決断だとは思ってはいなかった。

 

 しかし、そんな決死の判断による逃亡も、やはり順風満帆とはいかなかった。

 

 まず、竜麻がこっそりと持ち出した懐中電灯がすぐさま使えなくなった。念の為、出発前に電池を交換したにも関わらず。

 さらに途中、あろうことか野生の猪に遭遇し、無我夢中で逃げ回ることになった。これにより、元々土地勘のなかった山中で完全に遭難することとなってしまった。

 

 そして、極め付けとして。

 逃避行の決行からおそらくは数時間単位の時間が経過した頃、突然の豪雨に襲われた。

 これにより、兄弟は大きな木の根元で雨宿りを余儀なくされ、勇麻の足が限界に達したこともあり、座り込んで休憩することになった。

 

 葉に叩き付けるような勢いで降り注ぐ雨音のみが、沈黙する兄弟の間に響く。

 そして、膝を抱えて座り込む勇麻が、ポツリと呟きを漏らした。

 

「…………兄さん。俺たち、どこに行けばいいの?」

 

 その言葉に、竜麻は言葉を返すことが出来ず、幼い兄弟の身長からすればまさしく巨木の林の間から覗く、大きな月を見上げる。

 この豪雨の中でも、遠くに月は輝いている。

 まるで二人の周りの土地だけを狙い澄ましたかのように、分厚い雨雲が兄弟の頭上に鎮座していた。

 

 いや、兄弟ではなく、おそらくは竜麻を狙い澄まして。

 

「…………」

 

 行く宛など、唯一の味方であった両親を失い、本来宛にすべき親族の元から逃げ出してきた兄弟に、あるはずなどなかった。

 

 そして、相手はあの学園都市。

 日本中どこに逃げても、おそらくは必ず捕まる。

 自分達は、何の力もない、ただの子供なのだ。その当たり前の事実から目を背けることが出来るほど、竜麻は愚かにはなれなかった。

 

「…………勇麻、俺は――」

 

 竜麻は、ゆっくりと弟に向かって振り向く。

 

 すると勇麻は、巨木の根元で蹲りながら眠っていた。

 

 5才の子供なら布団の中で熟睡していて当然の時間に無理矢理起こし、この険しい山道を何時間も歩かせたのだ。とっくの昔に限界だったのだろう。

 

「………………」

 

 竜麻は自分が身に着けていたジャンバーを勇麻に掛けて、硬質な自分のそれとは違って、柔らかい癖のある髪を撫でる。

 

 本来、勇麻にはここまでして彼らから逃げる必要はないのだ。

 

 親族の奴らが疎むのも、『疫病神』である自分で。

 学園都市の奴らが欲するのも、『右手』を持つ自分なのだから。

 

 それでも勇麻を連れてきてしまったのは、もう自分には、勇麻しかいないから。

 

 勇麻だけは守ると、勝手に自分が誓ったから。

 

(……それでも、コイツは――)

 

 優しい手つきで慈しむように撫で続けていると、勇麻は身を捩じらせ、目端から一筋の涙を流して、ぐずるように、その呟きを零した。

 

 

「…………とうさん。…………かあさん」

 

 

 竜麻の目が見開き、勇麻を撫でる手が止まった。

 

 ……そうだ。無二の味方を、大事な存在を失ったのは、自分だけではない。

 

 

 勇麻も、この幼い弟も、大好きな両親を、たった5才で失ったのだ。

 

 

(…………いや、違う)

 

 失ったのではない。奪われたのだ。

 

 

 『疫病神』の、弟だから。

 

 『疫病神』の竜麻(おれ)が傍にいるから、勇麻(おとうと)は巻き添えを食らってしまったのだ。 

 

 

 

(…………はっ。何が、守るだ)

 

 

 勇麻を追い詰め、傷つけているのは、全部『上条竜麻(やくびょうがみ)』じゃないか。

 

 弟を不幸にしているのは。

 

 弟にまで不幸を背負わせているのは。

 

 

「………………全部、俺じゃないか」

 

 

 勇麻の頭を撫でていない左手で、湿った土ごと拳を握りしめる。

 

 表情をくしゃくしゃに歪ませ、寝息を立てている弟を見つめる。

 

 この存在は、守らなくてはならない。

 

 弟は、上条勇麻だけは、絶対に幸せにならなくてはならない。

 

 母――詩菜は、その死の間際まで、自分達兄弟の幸せを願いながら死んだ。

 

 だが、竜麻はすでに、5才の子供の分際で悟っていた。

 

 

 『疫病神』である『上条竜麻(おれ)』は、この『右手』がある限り、『幸せ』にはなれないだろう。

 

 

 不幸で在り続けるのだろう。

 

 竜麻は、未練がましく弟の頭から離せない右手を見ながら、そう思う。

 

 だが、この右手が、不幸を引き寄せるのだとしたら。

 

 この右手で、誰かの不幸を肩代わりできるのだとしたら。

 

 

 出来ることなら、この上条勇麻(おとうと)の、不幸を無くしてやりたい。

 

 

 たった一人の残された家族の幸せの、一助になりたい。

 

 

「――――上条竜麻君ですね」

 

 いつの間にかずいぶん近くに月があると思ったら、ヘリがすぐそばを飛んでいた。

 

 そこから一人の男が降りてきて、兄弟の元に歩み寄る。

 

 その男は親族会議にもいたあの男で、竜麻は振り返りもせず、淡々と呟いた。

 

「……俺は、どこにでも行く。もう逃げない。……だから――」

 

「分かりました。勇麻君の『幸せ』は保障しましょう」

 

 男は間髪入れずに、あの作り物めいた笑顔で即答した。

 

 竜麻は力無く笑い、ゆっくりと、その右手を弟の頭が離し、流れる一筋の涙を拭う。

 

 

「――じゃあな、勇麻」

 

 

「どうか、幸せになって」

 

 

 竜麻はそう語りかけ、おそらくはもう二度と会うことはないだろう、世界で唯一の守るべき存在と別離した。

 

 勇麻は最後まで目を覚ますことはなかったが、たった一人の兄との、残された最後の家族との別れを惜しむように、もう一度目端から一筋の涙を流した。

 

 

 

 8

 

 

「――ふっ。私は、この瞬間が来るのを心待ちにしていた」

 

 その『人間』は、血のような緋色の液体で満ちたビーカーの中を逆さに浮かびながら、顔を俯かせるその少年に微笑みかけた。

 

 

「――ようこそ、学園都市へ。歓迎しよう、上条竜麻君」

 

 

 対する少年――上条竜麻は、目の前の存在――この科学の街『学園都市』の統括理事長であるアレイスター=クロウリーの歓迎の言葉を、ズボンを両手で握りしめて苦渋の表情で受け止めた。

 

 

 

 竜麻は、あの後ヘリコプターに連行されるようにして乗り込み、そのまま一言も発することなくこの学園都市へと輸送された。

 

 勇麻は、あの親族にも紛れていた男がその場に残ったので、おそらくそのまま昨日の親族会議があったあの民家に連れ戻すのだろう。

 

 竜麻は弟のその後をそんな風に予想しながら、有無を言わさずアイマスクを着用させられた。

 そして、眠らされはしなかったものの、視界を封じられた状況のまま学園都市入りを果たし、そのまま車に乗り換えて、気が付いたら竜麻はこの部屋にいた。

 

 学園都市の統括理事長が鎮座する、現時点の竜麻には知る由もないが、入口どころか窓もない、ドアも階段もエレベーターも通路もない、建物としての機能よりも最硬のセキュリティを優先した要塞がごときこの部屋に。

 

 『窓のないビル』――正しくは、窓も扉も“なかった”このビルの一室に。

 

 本来は大能力者(レベル4)以上の空間移動(テレポート)による転送のみが、この部屋の唯一の侵入手段なのだが、竜麻にはその『右手』がある為に、その手段が適用されない。

 

 その為、アレイスターはこの日の為だけに秘密の侵入経路を作った。それは、この部屋のコンセプトそのものを崩しかねないとんでもない暴挙だ。もちろん、この対面が終わったら、すぐにでもその“穴”を学園都市の技術の粋を尽くしてそれまで以上に堅牢に塞ぐつもりだが。

 

 それでも、そんな掟破りを行ってまで、アレイスターは竜麻と直接対面する――正確にはビーカー越しだが――ことに拘ったのだ。まさしく本人の言葉通り、これ以上ないくらいの歓迎っぷりだと言える。

 

 だが、だからといってそれが相手からの好印象につながるかは、また別問題のようだった。

 

「――アンタは、一体何がしたいんだよ……っ」

 

 竜麻は俯かせていた顔を上げて、憎々しげに目の前のビーカーに浮かぶ『人間』を睨みつける。

 

「……どうしてここまでする?……一体、俺をどうするつもりなんだ?……そこまでして、この『疫病神の右手』が欲しいのか?」

 

 竜麻の言葉に、アレイスターは、面白げに言葉を返す。

 

「……ほぉ。どうやら、その右手が君の不幸の元凶だとは、誰に教わるでもなく自覚があるようだな」

 

 竜麻は眼光を一層鋭くしながら、噛みつくようにアレイスターに吠えた。

 

「答えろっ!いや、教えてくれ!俺は“何”なんだ!?どうして俺が欲しいんだ!?この右手は、一体何なんだよ!?」

 

 竜麻は、右手首を渾身の力で握りしめ、ビーカーの中のアレイスターに見せつけるようにして右手を突きつける。

 

 そして、ぐしゃっと表情を泣きそうに歪ませ、跪くように膝をつく。

 

 右手を掲げ、まるで屈服するかのように。

 

 竜麻はずっと知りたかった。この右手が全ての元凶だと悟った時から、ずっと。

 

 この右手は、一体何なのか。

 

 どうしてこんな呪い(ちから)が、自分に宿ったのか。

 

 よりによって、どうして自分なのか。

 

 不幸によって全てを失った疫病神は、まるで許しを請うかのように、右手(げんきょう)を天に掲げ、跪く。

 

 アレイスターという『人間』は、諭すように、突き放すように言った。

 

「……その右手は、幻想殺し(イマジンブレイカー)。善悪問わず、異能の能力ならば全てを打ち消す。それは、この街で研究している超能力だろうと、また別の世界の異能力だろうと、呪い(まじない)の恩恵であろうと、神域の奇跡だろうと、例外なくだ。君の不幸はその副産物のようなものだな。今は、それだけ知っていればいい」

「…………副、産、物……だと」

 

 竜麻は、アレイスターが淡々と告げたその言葉に。

 自分の全てを奪った『不幸』が、単なる付随効果でしかないというその言葉に、瞳に憤怒を燃やしながら、右拳を握りしめ、ゆっくりと立ち上がる。

 

「異能の恩恵を問答無用で拒絶するが故に、神の加護といったものも打ち消してしまっているのであろう。つまり――」

 

 アレイスターは無感情に語る。人一人の運命を、幼き少年の宿命を、まるで当然の事のように。

 

 

「君は、幸せにはなれない」

 

 

 ピクッと、竜麻の動きが止まる。怯えるように固まる。

 アレイスターは、そんな竜麻に冷酷に言い募る。

 

「どうしたのだ?それは君も悟っていたのだろう?それ故に、大事な弟を連れてこなかったのではないのか?」

「………………うるさい」

 

 竜麻は、アレイスターの言葉を歯を食いしばって拒絶する。

 聞きたくない。これ以上、自分から何かを奪いかねない残酷な真実など聞きたくなかった。

 それでも、アレイスターは続ける。竜麻と大事なものとの隔たりを確固たるものにする客観的証明を続ける。

 

「正しい判断だ。君が引き寄せる不幸は、現象という形として君の身に降りかかる。そうなれば当然、君の周りの人間が最もその被害を受けることとなることは自明の理だ」

「…………うるさいっ、黙れ!!それ以上――」

「もっとも」

 

 

「手遅れだったようだがね」

 

 

 アレイスターの容赦のない言葉に激昂しかけた竜麻だったが、その最後に付け足された言葉に、竜麻は背筋が凍るのを感じた。

 理屈のない恐怖が聞くなと叫ぶ。だが、その意に反するように、上条の口は乾いた問いを発していた。

 

「……ど、ういう、ことだ?」

 

 アレイスターは、厳然と、『人間』らしい感情が一切篭らない言葉を告げた。

 

 

「君の弟である上条勇麻君だが――――突如、君たちの親族の家から姿を消したらしい」

 

 

 頭の中が沸騰したかのように真っ白になる。

 

 竜麻はビーカーに勢いよく飛びつきながら、中に逆さに浮かぶアレイスターに向かって叫んだ。

 

「姿を消したって、どういうことだ!?」

「言葉の通りだ。あの後、元の通りに親族の家に送られた彼は、目を覚ますやいなや君の所在を問い質し、そのまま家を飛び出したそうだ。すぐに親族達が捜索したが見つからず――――ぬかるんだ川辺に、彼の脱げた靴だけが発見されたそうだ」

「――っ!?」

 

 年並はずれた明晰な頭脳を持つ竜麻が、その最悪の結果を導き出し、青褪めた顔で、震える声で問いかける。

 

「そ、それ、って……」

「その川は前日の雨で荒れ狂い、勢いも凄まじかった。前日の山登りなどで体力の減った5才の少年の生存は、おそらく絶望的だろう」

 

 ダンッ!!

 

 竜麻は、渾身の力でビーカーを殴りつける。

 だが、当然のようにビクともしない。

 

「ふざけんなッ!話が違う!!勇麻は!!弟の幸せは!!保障してくれるんじゃなかったのかよ!!」

 

 竜麻は感情を爆発させる。何度も、何度も、強固なビーカーを殴り続ける。

 

 

 だが、それでも聡明な竜麻の頭脳は、次々と残酷な事実を突きつける。

 

 

 もし、竜麻が勇麻を真夜中に山道を歩かせなかったら。

 

 もし、竜麻が別れの際、無理にでも起こして一言言葉を告げていたら。

 

 

 こんなことには、ならなかったんじゃないか。

 

 

 いや、そもそも。

 

 『疫病神』たる自分が、分不相応にも誰かの幸せを願ったから、弟がそんな目に遭ったのではないか。

 

 自分の『不幸』は、ことごとく自分の願いを阻む。希望というものを根こそぎ刈り取っていく。

 

 だから。

 

 自分が――『疫病神』の自分が、弟の幸せを願ってしまったから。

 

 弟の不幸が、自分にとっての『不幸』になってしまったから。

 

 この『幻想殺し(みぎて)』が、弟の幸せという幻想を、殺してしまった。

 

 自分が、『疫病神』の分際で、繋がりを求めたから。孤独を恐れたから。

 

 

 全ては、自分が中途半端に縋ったから。

 

 本気で勇麻の幸せを願うなら、あの夜に勇麻を連れまわすべきではなかった。

 

 本気で勇麻を守ると誓ったなら、あの時勇麻だけを置いていくべきではなかった。

 

 自分の中途半端な態度が、弱さが。

 

 たった一人の弟を。

 

 残された、最後の家族を。

 

 

 全てを、失った。

 

 

「ウァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」

 

 竜麻は、両手で頭を抱えて、暗い室内に絶叫を迸らせる。

 

 

 そして、ついに、竜麻の意識がゆっくりと閉じていく。

 

 

「君とは長い付き合いになるだろう。期待しているよ。上条竜麻(げんそうごろし)

 

 

 薄れゆく意識の中で、そんな声が聞こえたような気がした。

 

 涙を流し、疲れ切ったように気絶する竜麻は、最後にこう、呟いた。

 

「…………勇、麻」

 

 光を失った真っ暗な瞳で倒れ伏せる少年。

 

 それを、その『人間』は、緋色の液体に逆さまに浮かびながら眺め、はっきりと『笑み』を思わせる表情を満足げに浮かべた。

 

 

 

 9

 

 

「………………ん」

「あ!女教皇様(プリエステス)!目が覚めたみたいです」

 

 どこかの誰かの声が届いたかのように、ゆっくりと勇麻は目を覚ました。

 

 まず視界に飛び込んできたのは、真上に眩しく輝く太陽と、自分を覗き込んでいる大きな瞳の少女の顔。

 

 その勇麻と同い年くらいの少女と目が合うと、その少女は「ひゃっ」と赤く頬を染めながら顔を離す。

 

 すると、入れ違いに立ったまま見下ろすように勇麻の顔を覗き込んできたのは、自分よりもいくつか年上だと思われる、凛々しい表情をした黒髪ポニーテールの少女だった。

 

「目が覚めましたか。気分はどうですか?」

 

 突然見知らぬ人間から気分を聞かれ訝しく思いながらも体を動かそうとし、勇麻は自分の体がびしょ濡れなことに気付く。

 靴も片方脱げていて、ゆっくりと体を起こそうとするも――

 

「――っぅ!?」

 

 頭に激痛が走り、思わず頭を押さえる。感触的にどうやら大きな(こぶ)が出来ているようだった。

 

「無理をなさらず。どうやら流されているときに、岩か何かに強く頭をぶつけたようです」

「流されていた、んですか、俺?」

「ええ。あの川を流れてきたあなたを、この五和が助け出したのです」

 

 そういって、ポニーテールの少女は先程自分を覗き込んでいた大きな瞳の少女を指し示す。

 勇麻が彼女に目を向けると、確かに彼女の服も濡れていた。

 

「そうなんだ……ありがとな」

「い、いえ。そんなっ」

 

 と、わたわたと慌てて手を振って謙遜する五和を見て、勇麻はくすりと笑う。

 ポニーテールの少女もくすりと笑いながらも、直ぐにキリっとした表情で勇麻に問いかける。

 

「それで――――どうして、あなたは流されていたのですか?」

 

 勇麻はポニーテールの少女と向き合い、その問いに答えようとして――

 

 

「…………思い、出せない」

 

 

 愕然とした。

 顔を真っ青にし、頭を強く押さえて呻いた。

 

「思い……出せない?」

「…………は、はい。自分がどうして川に流されていたのかも…………自分が、どこから来たのかも」

 

 五和と呼ばれたショートカットの少女と、女教皇(プリエステス)と呼ばれたポニーテールの少女は深刻な表情で顔を見合わせる。

 

「……頭を打った影響でしょうか?」

「……おそらく。一時的なものだとよいのですが」

 

 二人の少女が顔を寄せ合って呟きあっているのを余所に、勇麻は歯噛みするように表情を険しく歪ませ、砂利の地面を殴りつける。

 

 五和達がギョッとして勇麻に目を向けると、勇麻は呻くように言った。

 

 

「……それでもっ。何か大事な人を探していた気がします。……どうしても見つけ出して、もう一度会わなくてはならない人がっ!!」

 

 勇麻は、ギラギラとした眼光を血走らせながら、虚空を睨み据える。

 

 

「その人に会うまで、俺は……帰るわけにはいかないんですっ!」

 

 

 唇を噛み切らんばかりに歯を食いしばる勇麻を、五和は痛ましげに見つめる。

 

 女教皇(プリエステス)と呼ばれた少女は、膝を折って勇麻に目を合わせると、ゆっくりと問いかける。

 

「――――ならば、我々と共に来ますか?」

女教皇様(プリエステス)!?」

 

 突然の誘いに勇麻は驚愕といった表情で、五和も同様の意味合いの叫びを漏らす。

 だが、彼女はそれに取り合うことなく、優しく勇麻に問いかける。

 

「先程どこから来たかは覚えていないと言っていましたが、名前はどうですか?あなたの名前です」

 

 女教皇(プリエステス)の問いに、困惑から抜け切れないながらも、勇麻は必死に頭を巡らせ、絞り出すようにポツリポツリと言葉を漏らした。

 

「……ゆう、ま。……かみじょう、ゆうま、です」

 

 女教皇(プリエステス)は、微笑みながら頷く。

 

上条勇麻(かみじょうゆうま)……神を(きよ)め、勇を持って魔を討つ者……素晴らしい真名です」

 

 そして、勇麻に向かって、真っ直ぐ手を差し伸べた。

 

「我々と、共に生きませんか?」

 

 勇麻はその手を呆然と眺めていたが、そこに困惑から立ち直った五和もしゃがみ込み、勇麻に微笑みを向ける。

 

「私たちに、あなたの望みを叶える手助けをさせてくださいませんか?」

 

 五和と女教皇(プリエステス)は顔を見合わせ、その温かい笑みを勇麻に向ける。

 

「『救われぬ者に救いの手を』。私たち天草式十字凄教は、上条勇麻(あなた)を歓迎いたします」

 

 勇麻はしばしその笑顔に見蕩れていたが、やがて笑顔を見せ、女教皇(プリエステス)の差し出した手を掴んだ。

 

「……よろしく、お願いします。……ええと、上条、勇麻、です」

「神裂火織です」

「五和です」

 

 その時、その場に毛先を尖らせた真っ黒な髪の男が現れ、彼女たちに呼びかけた。

 

女教皇様(プリエステス)!五和!任務完了だぜぇ!長居は無用だ!さっさと撤収するのよなぁ!」

 

 その言葉に女教皇(プリエステス)――――神裂は頷き、その場を後にしようとする。

 

 そして、ようやく立ち上がり、まだ少しふらついている勇麻の手を掴み、五和が笑顔で引っ張る。

 

「行きましょう!勇麻君!」

 

 その手に引かれ、勇麻は苦笑しながら後に続く。

 

「――っッ!?」

 

 その時、ズキッと勇麻の頭に鋭い痛みが走り、顔を顰める。

 

 

 その一瞬、暗い山道を、今と同じように自分の手を引いてくれる誰かの背中が垣間見えた。

 

 

(――今のは……?)

 

「――勇麻君?」

 

 突然、険しい顔で足を止めた勇麻を五和は心配そうに覗き込むが――

 

「……なんでもない。行こうか」

 

 そういって勇麻は足を進める。逆に勇麻が五和を引っ張る形になる。

 

 ひょっとすると、今の影が、自分が探している人なのだろうか。

 

 どちらにせよ、もう誰かに引っ張ってもらうだけではだめだ。

 

 自分で決めて、自分の足で進んでいくんだ。

 

 勇麻は、そう心に決めて、神裂と真っ黒な髪の男の元へと、五和の手を引いて駆け寄った。

 

 

 『上条竜麻』と裏地に書かれたジャンパーを翻しながら。

 

 

 




 次回からは、一気に時間が飛び、禁書目録編になると思います。
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