とある双子の上条兄弟   作:副会長

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 禁書目録編です。
 気になるところがあればご指摘ください。


第一章 禁書目録編
十年後《それぞれのいま》


 

 

 

 あの、悲劇の別離から、十年の月日が経った。

 

 

 

 

 

 1

 

 

「どうしてだッ!!?」

 

 ダンッ!!と少年の右拳が力強く木張りの床を叩く。

 その衝撃に少年の右隣に座る少女は思わず目を瞑るが、少年が爛々とした目つきで睨みつける長身で痩躯の男は、その生来の黒髪をさらに黒く染め直したかのような漆黒の髪をガシガシと掻きながら、大きく溜め息を吐く。

 

「だから、何度も言っているのよなぁ。まだ時期じゃない。今、無理矢理押しかけても、素気無くあしらわれるだけなのよさ」

 

「それでもッ!!ほぼ確実に、火織姉はそこに来るんだろう!?」

 

 少年は荒々しく立ち上がりながら、右拳を握りしめて言い放つ。

 

「なら、俺は行く!!絶対に火織姉を連れ戻す!!」

 

 少年はそのまま駆け出すように道場を後にし、少年の右隣に座っていた少女も「勇麻君!?」と慌てて後を追う。

 

 二人の足音が遠ざかると、長身痩躯の男は再び大きく溜め息を吐く。

 すると、二人が出て行った道場の出入り口から、眼鏡をかけた初老の男・諫早が微笑みと共に顔を出す。

 

「ふっ。教皇代理のお前も、勇麻のアレには手を焼くか」

「……全く。俺如きには手に余るじゃじゃ馬っぷりなのよな」

 

 今の天草式を束ねる教皇代理・建宮斎字の苦労人っぷりに諫早は苦笑するが、その表情を鋭く変える。

 

「……だが、いいのか?勇麻はおそらく本当に行くぞ」

 

 そして、諭すように言った。

 

 

「我ら天草式(魔術サイド)の人間が、科学の総本山――『学園都市』に不用意に足を踏み入れるというのがどういうことか。分からないお前じゃないだろう?」

 

 

「…………」

 

 その諫早の言葉に、建宮は何の言葉も返さずに立ち上がり、道場を出て外の青空を眺める。

 そして、自分の背後に立つ諫早に背を向けたまま、呟くように言葉を零す。

 

「……分かっているのよ。本来なら力づくにでも止めるべきなんだろうさ。言葉で言って止まるような奴じゃないからなぁ。……それが出来ない、いやしない俺は、やっぱりリーダーの器じゃねぇのよ」

 

 そう吐き捨て、建宮は一本の柱に寄りかかり、雲一つない青空を眺めながら呟いた。

 

「所詮、俺は“代理(代わり)”なのよ。俺たちのリーダーは、“あの人”しかいない」

 

 諫早は、そんな建宮に言葉をかけることなく、ただその背中を眺め続けた。

 

 絶対的な柱を失ったこの天草式を、その身を持って存続させ続けてきた、仮初めだろうと、紛うことなき自分達の教皇代理(リーダー)の背中を。

 

 そして建宮は振り返り、諫早に自嘲するように言った。

 

「それでも、やっぱ期待しちまうのよ。アイツならもしかしたら……あの人を本当に連れ戻しちまうんじゃねぇかって」

 

 一歩間違えれば、いや間違えなくても大問題である。

 

 イギリス清教とは違い、今の天草式は宗派としては比べ物にならないくらい小規模だ。

 それは与える影響が小さいとも考えられるが、逆にいえば何の後ろ盾もないともいえる。

 

 つまり、学園都市のさじ加減一つで、天草式十字凄教そのものを脅かされる危険性を孕むのだ。

 

 そんな状況で、天草式の一員である勇麻の学園都市入りを黙認することは、天草式を束ねる教皇代理としては、間違いなく誤った判断なのだろう。

 

 それでも、諫早は建宮の判断を責めずに、ただ穏やかに微笑んだ。

 

 

 

 

 

「……勇麻君、どうする気ですか?」

「決まってるだろ。学園都市に乗り込む」

 

 五和の心配そうな言葉に、勇麻は身支度をしながらぶっきらぼうに答える。

 

「本気ですか!?魔術師(わたしたち)が学園都市に行くというのがどういうことか――」

「分かってるさ」

 

 勇麻はバックパックを背負いながら答える。

 

だから俺なんだ(・・・・・・)。――“魔術が碌に使えない”俺なら、学園都市(やつら)を刺激する危険性も低いだろう」

 

 そう言い切る勇麻に、五和は哀しげに顔を伏せる。

 勇麻も、そんな五和を見て表情を一瞬曇らせるが、直ぐに勇麻は苦笑し、五和に穏やかな声をかける。

 

「……だから、五和は心配すんな。絶対にボロは出さないし、これでも天草式の端くれだ。隠密行動くらいは出来る。火織姉と話をつけてくるだけだし、直ぐに帰って「私も行きます」……はぁ?」

 

 顔を俯かせながらボソリと呟いた五和の言葉に、勇麻は呆気にとられるが、その直後、くわっという効果音がピッタリな勢いで唐突に顔を跳ね上げ、ぐわっという効果音がピッタリな勢いで勇麻に顔を近づける。

 

「勇麻君をそんなところで単独行動させるわけには行きません!絶対、厄介事に首を突っ込むに決まってます!」

「そ、そんなに俺が信用出来ないのか?」

「出来ません!この十年でいくつの前科があると思ってるんですか!!」

 

 そう言われると、勇麻は「……ぐぅ」の音で呻くことしか出来ない。身に覚えがあり過ぎるからだ。

 そして五和は「着替えて準備してきますから大人しくしていてくださいよっ!」と自室へと荒々しく向かう。普段は大人しいが、一度スイッチが入るとこの幼馴染は手に負えないことを思い知らされている勇麻は両手を上げて降参を示した。

 

 そして、五和が部屋を出る直前、勇麻は自室に掛けてある、もう着ることが出来なくなった子供用のジャンバーを見て、ポツリと呟く。

 

「…………学園都市、か」

 

 幼馴染が漏らす郷愁漂う声色の呟きを耳に拾い、五和は振り向きかけるが、そのまま何も言わず勇麻の部屋を後にし、身支度を整えるべく自室へと向かったのだった。

 

 

 

 2

 

 

 七月十九日。夏休み前日であり、全国の学生達のテンションが総じて振り切れ、おそらく一年三百六十五日の中で最も瞬間的幸福指数が高いであろう、この日。

 

「……なんていうか、不幸っつーか……ついてねーな」

 

 そして、そんな素晴らしい七月十九日を、おそらくは世界で最も局所的にその瞬間的幸福指数が高いであろう、二百三十万もの学生が(ひし)めく学生の街、この『学園都市』の、とある鉄橋の上で、一人の少年が重力に逆立つツンツン頭を右手でガシガシと掻き毟る。

 

 そして、自身の眼前に立つ、この学園都市でもトップクラスの名門校――常盤台中学の制服に身を包んだ茶髪の少女を、突き刺すような眼光で睨み据える。

 

 

「オマエ、本当についてねーよ」

 

 

 一瞬、心臓をわし掴みにされたと感じてしまうほどの冷たい声色に、少女はビクッと体を震わせるが、直ぐに表情を歪ませて、忌々しげに怒鳴り散らす。

 

「今日こそッ!その減らず口を叩けなくしてやるわ!!私と勝負しなさい!!」

 

 前髪からまるで威嚇するように青白い火花を散らす少女に対して、少年は大きく溜め息を吐く。

 

「……ったく、これで何度目だ?どれだけ恥を上乗りし続ければ気が済む?常盤台のエース様が、稀代のドMだとは知らなんだ。食蜂(アイツ)といい、『学び舎の園』ってのは変人集団の隔離施設か何かなのか?」

「黙れッッ!!」

 

 少女は激昂に身を任せるように、特大の雷撃の槍を少年に向かって躊躇なく発射する。

 

 漆黒の半袖のインナーと制服ズボンを身に着け、左手で学ランを肩にかけるという体勢だった少年は、その光速の速さで接近してくる必殺に、何の回避行動も見せず。

 

 

 ただ、そのがら空きの右手を前に突き出した。

 

 

 それだけで、雷撃は少年の周囲に散らされる。まるで少年を畏怖するかのように。

 

 結果、少女の渾身の一撃は鉄橋に高圧電流を流し、鉄骨を焼いたに過ぎず。

 

 

 眼前では、全く無傷の少年が、変わらずその不敵な笑みをこちらに向けていた。

 

 

 少女はその可愛らしい双眸が醜く歪む程に歯を食いしばり、忌々しげに少年を睨み据える。

 

 対して少年は口元を緩めながら、飄々とした口調で少女に語りかけた。

 

「相も変わらず即死級の一撃を躊躇なくぶっ放す奴だな。そんなだから、超能力者(レベル5)は狂人揃いとか言われるんだぜ。死んだらどうしてくれるんだ?」

「どうせアンタには効かないんでしょうが!!」

「初対面の時も挨拶代わりに電撃が飛んできた気がするが。……まぁいい――」

 

 

「――知ってるか?殺されそうな時は、相手を殺しても正当防衛らしいぜ。昔、そう習ったんだ」

 

 

 ぞくッッ!!

 少女の背筋に強烈な悪寒が走る。

 

 少女は悟る。これは本能の警告だ。これ以上、この男に関わってはいけない。今すぐ逃げ出せ。一秒でも早くこの場から立ち去れ。一歩でも遠くこの男から遠ざかれ。

 

「来いよ、ビリビリ。いい加減、四六時中付き纏われるのもウンザリしてたんだ。世間じゃあ、明日から夏休みってやつだろう。ちょうどいい。いつもより、少しだけ真面目に付き合ってやる」

 

 少年はその右手を――少女の能力を完全に無効化するその不気味な右手を、少女に向かって、見せつけるように突き出す。

 少女は、全身の細胞が悲鳴を上げて恐怖するのを感じた。

 

「そんで、二度と俺の前に顔を出そうなんて発想が出来ないくらい、完膚なきまでに叩き潰してやるよ。そうして、後顧の憂いなく楽しい夏休みを謳歌しな」

 

 そして少年は、光の消えた瞳で、不気味に、凄惨に笑った。

 

 

「生きてれば、の話だがな」

 

 

 ひっと少女の口から小さい悲鳴が漏れる。無意識のうちに、左足が一歩、後ずさった。

 

 だが、少女は踏ん張った。

 胸の前で両手を握りしめて、体を丸めて恐怖に耐えた。

 

 駄目だ。ここで逃げたら、自分は一生この男に怯えながら生きていく羽目になる。

 自分がこれまでの人生を費やし、様々なものを失いながら手に入れたこの力に、価値を見い出せなくなる。

 

 そうしたら私は、全てを失う。

 

「…………私には――」

 

 少女は全身から青白い火花を瞬かせ、呻くようにつぶやく。

 

 勝たなくては。

 この男に勝って、自分の能力(ちから)を証明しなくては。

 

 恐怖に震える体を、その鍛えぬいた自分だけの現実(パーソナルリアリティ)で、乗り越える。

 

 少年と少女の頭上に分厚い積乱雲が出現する。

 

 自身の信じてきた強さを、誇りを、努力を、人生を、在り方を、その全てを否定し続ける目の前の少年を。

 

 眼前の悪夢のような幻想を、排除するために。

 

「――御坂美琴って名前があるって言ってんでしょうがァッッ!!」

 

 バチィッ!!

 美琴の全身から放たれた電撃が雷雲に突き刺さる。

 

 そして、真っ黒の雲の中でピカッと閃光が瞬く。

 

 次の瞬間、十億ボルトの天からの鉄槌が、一人の少年に向かって振り下ろされる。

 

 少年は学ランを放り投げ、その口元を愉悦で歪ませて迎え撃った。

 

 稲妻が轟音と共に落下する。

 鉄橋が雷撃を纏い、辺り一帯が次々と停電して、光を失っていく。

 

 やがて、電撃による発光も収まり、少女――御坂美琴が、荒い息を整えながら顔を上げると――

 

 

――漆黒の少年が目の前に肉薄していた。

 

 

「残念だったな」

 

 御坂が息を呑む間もなく、少年の右拳が御坂のどてっ腹に突き刺さる。

 

「――がぁ……っ!?」

 

 思わず腹を押さえて悶絶するが、少年は遠心力をたっぷりと乗せた右中段蹴りを御坂の脇腹に叩き込んだ。

 御坂は吹き飛ばされ、鉄橋の上を数回バウンドし、転げ回った。

 

「……ぁぁぁぁあああああ!!!」

 

 それでも、少年の蹴りのダメージは消えてくれず、御坂は体を捩じらせてのたうち回る。

 

 口から酸っぱい唾液を垂らし、それでも必死に立ち上がろうとするが――

 

「――ぐぁっぁぁあああああああ!!」

 

 その背中を痛烈な衝撃が押さえつける。

 

 少年は御坂の背中を踏み付けながら、言った。

 

「中々の一撃だった。さすが超能力者(レベル5)第三位(レールガン)ってことか。まさか人為的に雷を落とせるとは――――だがな」

 

 少年は御坂を踏みしめる力を徐々に強めながら、地に伏せる彼女の耳元に顔を寄せながら囁いた。

 

 

「この俺を、今更天災(らくらい)くらいで殺せると思うな」

 

 

 その少年の言葉に、苦痛に呻いていた御坂が、今度こそ息を呑む。

 

 そんな御坂に、少年は謳うように言った。

 

「落雷なんざ、これまで何度頭上に降ってきたと思ってる。鉄骨が降り注いだこともあった。地面が割れて呑み込まれそうになったこともあった。この程度の不幸(にちじょう)で俺に勝とうなんざ、脳内がお花畑(しあわせ)過ぎるぜ。羨ましくてたまらない」

 

 御坂は怖くて堪らなかった。

 自分を踏みしめ、踏みにじる、この無能力者(レベル0)が、恐ろしくて仕方がない。

 

 こいつは、本当に同じ人間なのか。

 

 ついに、御坂はガチガチと歯を鳴らして、双眸から涙を溢れさせた。

 

 その様子に、少年は満足げに笑い、御坂の背中から足を退かす。

 

 御坂の表情が安堵に包まれたが、次の瞬間、少年はガシッと御坂の足を乱雑に掴み――

 

 

「妬ましいくらいの――――幸せ者(おろかもの)だ」

 

 

――鉄橋の外に放り投げた。

 

 

 御坂の体が宙に投げ出される。その表情は、何が起こったか分からないという困惑で満ちていた。

 

 落下が始まる刹那、少年と視線が交錯する。

 

 少年は、真っ暗な瞳で嗤っていた。

 

「――――っっ!!?」

 

 御坂はその表情に、その日一番の恐怖を刻まれた。

 

 そして、完全に硬直したまま、鉄橋下を流れる川に為す術もなく落下した。

 

 

 

 

 

 バシャァーン!という音を聞きながら、少年は先程までの笑みを消して、冷静に考察していた。

 

 御坂の能力なら、その気になれば磁力を使って鉄橋にへばりつくことも出来ただろう。

 それをしなかったということは、それなりに彼女の戦意(こころ)を圧し折れたということだろうか。

 

 少年は興味を失くしたかのように落下していった御坂に背を向け、放り投げた学ランを拾い上げる。

 絶縁・耐熱・防刃の特別製の学ランは、十億ボルトの雷撃も耐え抜いており、学園都市の技術力の高さに呆れるが――

 

(――まぁ、これは特別か)

 

 と、この学ランの製造元を思い返して考えるのを止め、学ランを羽織ろうとすると――

 

 

――少年はピクリと動きを一瞬止め、そのまま一目散に走りだした。

 

 

 すると、それに呼応するかのように、少年の足元にピキキッと亀裂が入る。

 

 その亀裂はみるみる内に広がり、不穏な効果音と共に、その数、大きさを増していく。

 

 少年はその全てを、まるで未来でも予知しているかのように的確に避けていく。

 

 そして少年が鉄橋を脱出したのと同時に、轟音と共に鉄橋は崩れ去った。

 

 御坂の雷撃が原因なのか、それとも他の何かなのか。

 

 学園都市の技術で施工されたはずの巨大な鉄橋は、少年がいたところを狙い澄ましたかのように崩れ去り、断裂した。

 

 ざわざわと喧騒が広がり、どこからともなく野次馬が集まってくる。

 

 少年は学ランを翻しながら羽織り、人の流れと逆行するように歩き去る。

 

 

 この程度の不幸(アクシデント)など、少年にとって――――上条竜麻(りょうま)にとって、取るに足らない不幸(にちじょう)だった。

 

 

 3

 

 

 竜麻がそろそろ帰ろうかと、暗闇の道を自宅に向かって歩いていると――自宅というよりはアジトや隠れ家と呼ぶ方が相応しい一時的な拠点に過ぎないが――、ズボンのポケットに突っ込んでいた携帯電話がその振動により着信を知らせた。

 この携帯電話も竜麻が身に着けている学ランやインナーと同様にとある筋からの、竜麻専用の特注品である。機能は電話・メール・カメラと最低限のもののみで、当然タッチパネルなどではない二つ折りのガラパゴス携帯であるが、その代わりに頑丈性と電波性能に特化しており、象が踏んでも深海に沈んでも使用可能、人間が辿りつける場所ならほぼどこからでも通話可能という、学園都市の最新技術の結晶である。

 

 その携帯が自らの本分を全うして着信を全身で伝えるのを、竜麻は立ち止まってしばらく無視していたが、十秒ほど経過しても一向に衰えないバイブレーションに、竜麻は溜め息を吐いて「…………不幸だ」と呟きながら、ついに観念して応答する。

 

「…………なんだ?」

「もう!竜麻さんったら出るのが遅いんだゾ!あなたの食蜂操祈が、愛しの竜麻さんに愛のメッセージ力を――」

 

 ピッ。

 竜麻は即座に通話を切り、そのまま乱暴にポケットに携帯を突っ込む。

 

 が、その右手をポケットから引き抜くよりも早く、再び電話がかかってきて携帯が振動する。

 

 竜麻はこのまま携帯を握り潰してやろうかとも考えたが、さすがに象の体重を超える握力は出せないので、おとなしく携帯を右耳に当てる。

 

「………………なんなんだ?」

「いきなり切るなんて非道いじゃない!少しは可愛い後輩と会話力を楽しもうとは思わないの!?」

「思わないねぇ。ついさっきまで面倒くさい奴に絡まれていたからな。もう女子中学生は食傷気味なんだよ。食蜂だけに」

「上手くないわよぉ!?」

 

 キーンと耳に響く叫声に思わず竜麻は携帯を耳から離し顔を顰めるが、再び真っ暗な道を歩き出しながら、かったるげに電話の向こうの少女に言う。

 

「そもそもお前がアイツに俺に対しての興味を持たせるようなことを言うからだ。おかげで四六時中電撃を飛ばされて迷惑してるんだ。いやマジで」

「だってぇ。男っ気が皆無な御坂さんに、私の素敵な彼氏を自慢したかったんだゾ!」

「誰が彼氏だ誰が。そんな女子中学生の陰湿な牽制で機密情報(おれのじょうほう)を軽々しく漏らすな」

「大丈夫よぉ。まだ御坂さんはあなたのことを“特異な能力者”くらいにしか思ってないからぁ。まさかここまで異様な執着力を抱くとは思わなかったけど。モテるわねぇ、竜麻さん♪だけど浮気は許さないんだからネ☆」

「冗談はお前の性格だけにしてくれ。あんなのにこれ以上付き纏われたら、うっかり殺しちまいそうになる」

「もう、つれないんだからぁ。まぁ、御坂さんとは遅かれ早かれ関わることになったんだしぃ、そっちの方はいいんじゃない。――――それより、今はこっちの“お仕事”よぉ」

 

 食蜂の言葉がガラリと硬質に変わる。

 それと同時に、竜麻の纏う空気が冷たくなり、鋭い声色で端的に問い返す。

 

「場所はどこだ?」

「第二学区の無人倉庫よぉ。おバカな革命家気取りが、今夜そこに忍び込んで武器を調達力に現れるわぁ」

「はぁ。これから第二学区までお出かけかよ。……人数と能力者は?」

「人数は五人で、能力者は異能力者(レベル2)が二人に、強能力者(レベル3)が一人。強能力者(レベル3)は『発火能力(パイロキネシス)』ねぇ。応援は必要?」

「いらねぇ、邪魔だ。それより革命家気取りってことは、宗教家か何かか?なら大本(そっち)を頼むわ。これ以上の残業は御免だ」

「了解よぉ、根絶やしにしておくわ。それじゃあ、お仕事終わったら連絡力を下さる?」

「ああ、了解」

 

 竜麻は電話を切ると、大きく溜め息を吐く。

 

(……第二学区ってことは“足”がいるな。一旦、あそこに戻ってアレで行くか)

 

 竜麻は顔を上げ、鋭い眼光で睨み据える。

 

 ここから遠く離れた――『窓のないビル』が聳え立つ方向を。

 

 そして、竜麻は携帯をパチンと折り畳むと、ポケットに乱雑に突っ込み、今度こそ暗闇の中に姿を消す。

 

 

 上条竜麻の学園都市における、もう一つの“暗部(にちじょう)”の時間が始まる。

 

 

 

 4

 

 

 その軟らかい温水が、白く肌理(きめ)細やかな肌の上を滑る。

 

「――っ!」

 

 だが御坂は、普段は心地よい幸福感を齎すそれを浴びている間、時折表情を苦痛に浮かべ、その鋭い痛みに耐える。

 御坂の美しい肢体は、いくつもの擦り傷と、そして斑模様のように所々に出来た紫色の痣で、思わず目を逸らしたくなるような痛々しい有様となっていた。

 

 

 白井黒子は、この世で最も敬愛すべき少女の押し殺したような苦悶の叫びと、シャワーの音に紛れて微かに聞こえる啜り泣くような声を、浴室の扉を背に、沈痛な面持ちで聞いていた。

 

 そして、探るように、御坂に問いかける。

 

「…………お姉さま。もう、あの方に関わるのは、やめた方がよろしいのではないでしょうか?」

「………………」

 

 返ってくるのはシャワーの音のみ。

 白井は俯きながら、なおも問いかける。

 

「……あの方は、徐々に手心をかけなくなってきています。……このままだと、本当に取り返しがつかないことに――」

「なによッ!!」

 

 ダンッ!というタイルの壁を叩く音と共に、シャワーの水音をかき消すようなヒステリックな叫びが、常盤台寮の御坂と白井の部屋のシャワールームに反響する。

 

「それじゃあ私はッ!!今まで手加減されていたというの!?そんな相手に!これまで一度も勝てなかったっていうの!?一撃も与えられなかったっていうの!?この私がッ!!!」

 

 バチッと小さく青白い火花が瞬くと、「ッ!?お姉さま!!」と白井が叫び、御坂は我に返って唇を噛み締めながら、自分を必死で抑える。

 

 白井は悔しげに目を伏せる。

 自分は、敬愛する御坂がここまで追い詰められているのに、何も出来ない。

 

 

 御坂が、あの男に――上条竜麻に執心するようになったのはいつだっただろう。

 初めのうちは、口では忌々しげに文句を言いながらも、どこか年相応の女の子のような顔も見せていた。

 

 御坂は常盤台のエースとして、超能力者(レベル5)として、この学園都市に君臨している。

 周囲の人間が御坂に抱く感情は、敬愛や嫉妬、羨望や敵愾心など千差万別だが、その肩書きや能力(ステータス)故に、御坂美琴を“十四才の女子中学生”と扱う者は、実は驚くほど少ない。おそらくは彼女の数少ない友人達や、常盤台中学の講師陣ですら、彼女に何の先入観(フィルター)も通さずに接することは出来ていないだろう。

 

 それ故に、御坂は竜麻に特別な思いを抱いたのだ。

 あの、自分に対して何の感情も抱いていない、羨望も、嫉妬も、尊敬も、敵愾心も、おそらくは興味すらも抱いていない、その他の有象無象と同列な存在として自分を見る、あの男に。

 

 その事に多大な怒りを覚えたと同時に、新鮮で、そして少なからず嬉しかったのだろう。

 超能力者(レベル5)の『超電磁砲(レールガン)』としてではなく、純粋に、“御坂美琴”という一個人として見てくれる、そんな存在が。

 

 それは、何かのきっかけで、女子中学生らしく恋心に変わったのかもしれないような、そんな微笑ましく、初々しく、美しい感情。

 

 

 だが、そんな“幸福”な未来は訪れず、“不幸”にも竜麻と御坂の関係は変わってしまった。

 

 

 

 つい先刻、白井が鉄橋に到着した時、そこには信じられない光景が広がっていた。

 

 敬愛すべき御坂美琴が、あの強く気高く美しい常盤台のエースが、学園都市第三位にして最高最強の電撃使い(エレクトロマスター)が。

 

 一人の無能力者(おとこ)に屈服させられ、文字通り踏みにじられていた。

 

 その光景を見て、思わず白井は絶句する。一刻も早く助け出さなくてはならないのにも係わらず、体が硬直したかのように動けなかった。

 

 鉄橋の上からその光景を見下ろしていた白井は、我に返ると再び目を疑うような光景を目の当たりにした。

 

 そのツンツン頭の男が、御坂の右足を乱雑に掴み、鉄橋の外へと無造作に投げ飛ばしたのだ。

 

 その下には、大きな川が広がっており、御坂は能力を使って鉄橋にへばりつくことすら出来ず、そのまま水面に向かって落下していく。

 

 今度こそ白井は御坂を助けだそうと動き出すが、尊敬する御坂に対してこんな狼藉を働くあの少年に対する怒りが急速に膨れ上がり、思わず少年を睨みつけようと鉄橋の上を見下ろすと――――少年は、顔を上に向けて白井を見上げていた。

 

 あの、光を失った目で、口元を歪めて怪しく嗤った表情で。

 

 ゾクッッ!!

 という怖気が走り、無我夢中で白井は空間移動(テレポート)する。

 御坂を助けに向かうというよりも、あの笑みから少しでも遠くに逃げ出すことで頭がいっぱいだった。

 そんな精神状態で無理矢理発動したが故に、緻密な計算が必要な空間移動(テレポート)の演算が狂い、御坂とは大きく離れた場所に転移してしまう。

 

 その結果、救出が間に合わず、御坂は川に落下してしまい、大きな水柱が伸びた。

 

 白井は歯噛みし、今度こそと御坂の落下地点の傍に転移し、自身も川に飛び込んで御坂を引っ張り上げる。

 

『お姉さま!!しっかりしてくださいまし!!』

『ご、ごほごほごほッ!!』

 

 御坂は水面に顔を出して咽ると、キッと鉄橋を見上げて睨み据えるが、その表情はすぐに驚愕に染まる。

 白井も顔を上げると、同様に表情が固まる。

 

 鉄橋が、割れていた。

 

 鋭い音と共に、先程まで竜麻と御坂がいた場所を起点として亀裂が走り、やがて本格的に崩壊する。

 

 二人は一目散に空間移動(テレポート)で逃げ出した。

 

 

 白井はそれらを思い返し、身震いする。まだシャワーは浴びていないが、部屋着のパジャマに着替えたので、そういった悪寒ではない。

 

 あの時の、あの男の不気味な笑み。

 

 超電磁砲(レールガン)――御坂美琴の相棒として、風紀委員(ジャッジメント)177支部のエースとして、数々の修羅場を経験してきた白井でさえ、表情一つであれほど心を掻き乱されたことはなかった。

 

 一体、どんな経験をすれば、一体、どんな人生を歩めば、あんな凄惨な笑みを浮かべることが出来るのだろう。

 

 白井は、怖い。とにかく、あの存在とはこれ以上絶対に関わり合いたくなかった。

 

 

「――――私は、諦めない」

 

 

 だが、そんな白井の思いを裏切るかのように、扉の向こうからシャワーの水音に紛れて、唸るような低い呟きが漏れ出す。

 

「たとえ、どれだけアイツが強くても、絶対に諦めない……ッ。絶対に、アイツに勝つッ!!」

 

 そして、震える声で、小さな叫びを吐き出した。

 

 

「……そうじゃ、ないと……私が私じゃいられない……ッ」

 

 

 白井は思わず振り返ったが、それと同時に、御坂の泣き叫ぶ声が浴室内に反響した。

 

 御坂は限界だった。

 タイルの上に座り込み、傷だらけの体を抱きしめるようにして、泣いた。

 

 それは、今まで決して白井には見せなかった、一人の少女(こども)としての御坂美琴(すがた)だった。

 

 悔しくて、苦しくて、怖くて、痛くて、情けなくて。

 色々な感情を持て余して、泣き叫んでいる、十四才の女の子だった。

 

 白井は思わず表情を歪ませ、浴室の扉に手をかけるが――滑るように、ダランとその手を離した。

 そして、力無く座り込んだ。

 今の御坂に掛ける言葉が、白井には、何も浮かばなかった。どうしても分からなかった。

 力になりたいのに、涙を拭いてあげたいのに、抱きしめて励ましたいのに。

 何も出来なかった。

 

 何も出来ずに、ただ、一筋の涙を流した。

 

 スリガラスの向こうから、少女の泣き声と、それを必死にかき消そうとするようなシャワーの水音だけが響き続ける。

 

 

 御坂と竜麻の関係は変わってしまった。

 

 見るに堪えない程に歪みきっているのに。

 

 それでも決して切れない、呪いのような繋がりへと変わり果ててしまった。

 

 拒絶され、蹂躙され、身も心も傷つくばかりだと分かっているのに。

 

 それでも御坂美琴は、上条竜麻から離れることは出来ない。

 

 それは恋と呼ぶには、醜悪で、痛々し過ぎる“不幸”だった。

 

 

 

 5

 

 

 夜が明ける。

 徐々に太陽が昇って空が白んできた頃、竜麻は今度こそ自らが拠点としている居住区へ帰ろうと漆黒のオフロードバイクを走らせていた。

 黒ずくめの服を身に着け――といっても学ランと制服ズボンだが――真っ黒のバイクに乗ってその上バイザーまで密度の濃い真っ黒のフルフェイスヘルメットを装着しているので、パッと見は不審者に見えてしまうような恰好だ(不審者というのはあながち間違いでもないが)。

 仕事上は何かとこの方が都合がいい(闇に紛れるとか返り血が目立たないとか)ので愛用しているうちに自分の好みとなった黒ずくめだが、平和な街中では人目を引くのが難点だった。しかし、学生の街ということもあって、こんな早朝にはほとんど人もいない。

 すでに“仕事”を終えて第二学区を出て第七学区に入っている。このまま行けば、学生達が登校を始める前に帰れるはずだ。別に見られても困るわけでもないのだが、見られないに越したことはない。

 

「……ん?」

 

 そんな人気のない早朝の道をすいすいと快調に飛ばしていると、前方に何か白い物体が転がっている。

 

「……!?おいおいッ!?」

 

 竜麻はその物体の寸前でブレーキをかける。どうやら人のようだった。

 

「………………」

 

 この時すでに竜麻には嫌な予感がガンガンしていたが、その白い物体はゆっくりと口を開き、ふるふると震えながら、言葉を振り絞った。

 

「……おなか……すいた」

 

 ガクッと再び突っ伏しながら、ぐぅ~~~と豪快に腹の虫を鳴らす。

 

 そして、そのまま動かなくなった。

 

 竜麻の進行を阻止するように、道路の真ん中で。

 

「…………あぁ。不幸だ」

 

 竜麻の七月二十日は、こんな不幸(にちじょう)で幕を開けた。

 

 




 竜麻の見た目はツンツン頭で眼光の鋭い感じ。
 勇麻の見た目は癖毛で穏やかな感じ。
 顔のパーツはそれぞれ原作の上条をベースにした感じでイメージしていただければ。

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