とある双子の上条兄弟   作:副会長

4 / 9
遅れてしまい、申し訳ありません。

今週は二話上げようと思って、7000字くらいに抑えるつもりだったんですが、キリがいいところまで書いていたらいつも通り10000文字を超えてしまい、こんなに遅れてしまいました。

次話はなるべく今週中に上げて、来週からはまた木曜更新の週刊ペースに戻したいと思います。


禁書目録《はじまりのしょうじょ》

 

 

 6

 

 

 少女はその翡翠の瞳を潤わせ、縋るような上目遣いで竜麻を見上げている。

 逆に竜麻は、漆黒のヘルメットのサンバイザーを上げ、その隙間から冷たい眼差しで彼女を見下ろしていた。

 

「…………」

「…………おなか……へった……」

 

 真っ黒な少年と、真っ白な少女が、早朝の路上で対峙する。

 

 竜麻はヘルメットを外すと、バイクを降りて、倒れ伏せる少女に向かって歩み寄る。

 

 その修道服の少女は、その行動にぱぁっと顔を光輝かせるが――

 

(…………めんどくせぇ)

 

 竜麻はそんな思いと共に、グイッと彼女の背中の部分の服を掴んで猫をあしらうかのように引き上げる。

 彼は、決して少女を助けようと歩み寄ったわけではない。単純に路上で倒れ伏せるこの“物体”が邪魔だっただけだ。

 

 竜麻は、これまで不幸(トラブル)に溺愛された人生(にちじょう)を送ってきた。

 そんな少年の鍛え抜かれて、磨き抜かれた第六感が告げている。

 

 この白い少女(コイツ)は、面倒くさい(ヤバい)、と。

 

 一目で分かった。一瞬で気付いた。コイツに関わると碌なことにはならない。(少女の方も竜麻にだけは言われたくないだろうが)

 

 よって、竜麻としてはこの少女に深入りするどころか言葉すら交わす予定はなかった。さっさと歩道に放り投げて、ぎゃんぎゃん喚かれようとそのままスルーして、次の瞬間には記憶から消去するつもりだった。

 

 ペタン、と持ち上げたはずの少女が地面に落ちる。

 

「ふぎゅ!」

「…………は?」

 

 竜麻はまだ手を離していない。その手には、少女の服だったはずの白い大きな布が握られている。

 

「…………え?」

 

 そんな呟きに引き寄せられるように、勇麻はゆっくりと視線を下に向ける。

 そこには、帽子のようなフード部分だけを身に着けた状態の少女が居て、呆然と竜麻を見上げていた。

 

 居た堪れない沈黙が、二人の間に重苦しく漂う。

 

 やがて徐々に現状を理解した少女が、瞳に涙を貯め、顔だけでなく露わになったその真っ白な素肌を紅潮させていく。

 それを眺めていた竜麻は、心中で大きな溜め息と共に呟いた。

 

(…………あ~。不幸だ……)

 

 次の瞬間、早朝の路上に一人の少女の悲鳴が轟いた。

 

 

 

 7

 

 

 第七学区の、奥地の奥地。

 不良(スキルアウト)達が(たむろ)する路地裏を更に奥くに奥にと進んでいくとようやく発見できる、一つの倉庫。

 今や施工主すらその存在を忘れているのではないかというほどに寂れているその古倉庫に、竜麻は見知らぬ少女を強引に連れ込んだ。

 

 あの悲鳴の後、犬歯を剥き出しに襲い掛かってきた少女に、竜麻は力づくで黙らせるかのように自身が使用していたヘルメットを被せ、手に残った布を全裸の少女に巻き付け、バイクの後ろに乗せて一目散に逃走したのだ。傍から見れば完全な誘拐である。

 

 そのまま置き去りにして逃亡しようかとも考えたが、すでに竜麻は少女に顔をバッチリ見られていた。その格好から学園都市の人間ではないことも考えられたが、この少女は通りすがりの見るからに怪しい(自覚アリ)自分にも迷わずに声をかけたくらいだ。口が堅いとも思えない。別に学校に通っているわけでもないので退学などの心配はないが(データ上として所属している学校はあるが)、風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)のお尋ね者になるのは、面倒以外の何物でもなかった。

 

(……それに――)

 

 竜麻は、自身の右手を見つめていた視線を、そっと少し自分からは離れている場所にいる少女に移す。

 少女はこちらに自分が手渡した学ランを身に着けた背を向けながら、チクチクとその布地の修繕作業に勤しんでいる。

 

 この“右手”で触れて崩壊したということは、あの修道服は“そういうもの”らしい。

 どうしてそんな物を身に着けていたのかということはともかく、竜麻が仕事終わりで横着してバイク用グローブを身に着けていなかったのは確かだ。

 もし着けていたら、彼女はこんな醜態を晒さなくてもよかったと思うとさすがに罪悪感を感じざるを得ない。それくらい、あの背中は哀愁を誘う。

 

「…………おい。さっきも言ったが、そんなことをしなくても服くらいなら買ってやるぞ」

「いいの!!」

 

 この調子である。

 倉庫に到着した時、竜麻が学ランを差し出すとひったくるようにそれを奪い竜麻から距離をとった少女に(まぁ、無理もないが)、竜麻はツンツン頭をガシガシと掻きながら言った。服を買ってきてやる、と。

 だが、少女はなぜかそれを頑なに拒否し、代わりに裁縫道具を頼んだ。訝しく思った竜麻だが、正直この少女の元から一刻も早く立ち去りたいという気持ちはいまだ健在なので、まぁ本人がそう言うならとコンビニでそれを購入して少女に手渡したのだ。

 

「…………ねぇ」

「……なんだ?」

 

 これまで鼻を啜りながら裁縫作業に没頭していた少女は、竜麻に背中を向けたまま問いかける。

 

「…………君、何者なの?この『歩く教会』は、法王級の防御結界なんだけど」

「…………あ~」

 

 竜麻は、朝日が差し込む埃っぽい倉庫の天井を仰ぎ見る。

 こんな質問に馬鹿丁寧に答える義務なんてない。彼女が言う法王級だのがどれほど凄いのかもよく分からない。第一、防御結界って何だ。

 

 それでも、そんな大層な服を破壊し、誰もいなかったとはいえ早朝の路上で全裸に剥いてしまった罪悪感からだろうか。

 竜麻はポツリポツリと呟くように語った。昨日、食蜂に無闇矢鱈に上条竜麻の情報(極秘情報)をバラすなと釘を刺したばかりだというのに。

 

「……この右手はな、幻想殺し(イマジンブレイカー)っていって、それが『異能の能力(ちから)なら、触れただけで超能力者(レベル5)の超能力だろうが、神様のありがた~いご加護だろうが打ち消しちまうって代物だ。……まぁ、信じるも信じないも勝手だがな」

 

 竜麻は吐き捨てるように言った。

 自分は、何を会ったばかりの見知らぬ少女にペラペラと。この十年間で食蜂くらいにしか話していなかったのに。別段頑なに隠していたわけでもないが、こんな風に愚痴っぽく言い触らすようなことでもなかったはずだ。

 もしかしたら、生まれて初めて修道女(シスター)というものに出会って雰囲気に当てられたのかもしれない。見るからに怪しいので本物かどうか分かったものではないが。大体、修道服というのは黒ではなかったか。

 

 何の反応も返ってこないので、チラッとその少女の方を見る。

 呆れているかと思ったその少女は、悲しげにこちらを見つめていた。

 

 そんな顔をされるくらい、自分は辛そうに語ったのか。

 それとも、そんな顔をされるくらい、自分は辛そうな顔をしているのか。

 

 もう、とっくの昔に、受け入れた(諦めた)はずなのに。

 

 そんな哀れむような表情をされるのが不快で、竜麻は舌打ちをしながら荒々しく立ち上がる。

 

「あ――!?」

 

 少女がそれを見て慌てたように立ち上がろうとするのを、竜麻はコンビニで裁縫道具を買った時に一緒に購入した焼きそばパンが入ったビニール袋を投げつける。

 

「それ食え。腹減ってんだろ。……そんで、その服が治ったらさっさと学園都市(ここ)から出て行け。この街は、お前みたいな奴がいていい場所じゃない」

 

 そして、竜麻は倉庫の出口に向かって歩いていく。「待って!」と少女が叫んでも、一向にその足を止めない。

 竜麻が倉庫の出口の扉に手をかけた時、少女は意を決して叫んだ。

 

「わたしは、インデックスっていうんだよ!」

 

 その明らかに偽名のような名前に、それでも少女が必死に叫んだ言葉に、竜麻の手がピクッと止まる。

 

「君の、君の名前は!?」

 

 竜麻は振り返り、不敵に笑って告げた。

 

「ただの『疫病神』だよ。もう二度と、会わないといいな」

 

 インデックスと名乗った少女との出会い(繋がり)なかったことにする(断ち切る)ように、竜麻はその重々しい扉を後ろ手に閉じた。

 

 

 

 8

 

 

 すでに()が橙色になり、七月二十日(夏休み初日)を、堅苦しい学生服を身に纏いながら補習という懲罰で謳歌できずに肩を落とす者たちや、反対に艶やかな私服を身に纏いながら暦上は平日のこの日を友人恋人とキャッキャウフフしながらこの上なく謳歌し満足げな笑顔の者たちが、続々と自らが暮らす寮への帰宅を目指して行き交っている。

 

 そんな集団に溶け込むように、上条勇麻と五和は、現代風のファッションに身を包み、この学園都市第七学区へと足を踏み入れていた。

 

「……見つからないな」

「それはそうですよ。……何せ、あの必要悪の教会(ネセサリウス)の追跡から一年間も逃げ続けている天才なんですから」

 

 すでに二人が学園都市に潜入してから三日が経っていた。しかし、一向に目的の人物の影も形も掴めていない。

 よって勇麻達は、目標を“禁書目録(目標の目標)”へと変更した。この科学の街なら、純白のシスター服の少女の方が捕捉しやすいと考えたのである。いや、あの臍出しTシャツに片足ジーンズもかなり目立つと思うが。

 

 しかし、一日探し回っても成果は出なかった。

 だが、それも五和の言葉を聞いて、勇麻は改めて納得していた。

 “一切魔術を使えない”身でありながら、一年もの間、あの必要悪の教会(ネセサリウス)から逃げ切っているということが、どれほど異常な偉業か、必要悪の教会(ネセサリウス)というものの実態の一端でも知る者ならば、分からない者はいないだろう。勇麻は、同じ魔術をほとんど使えない身故に、その凄まじさが理解出来る。

 

 それほどの才覚と能力を持つ少女だからこそ、必要悪の教会(ネセサリウス)――対魔術師用の能力(ちから)を磨きあげた正真正銘の戦闘集団が、目の色を変えて追い詰めているのだ。

 

 たった一人の、か弱い少女を、まるで魔女狩りを行うが如く。

 

「……っ」

 

 勇麻は歯を食いしばる。腹立たしい。彼女の身に降りかかっている“不幸”が。

 

 そして何より、そんな彼女を追い詰めている不幸に、“あの人”が関わっているということが。

 

「……勇麻くん」

「……悪い」

 

 無意識に拳を握りしめていた勇麻の手を、五和が手を繋ぐような素振りでそっと包み込む。

 “隠密”は天草式の真骨頂だが、優れた技術故に、非常に繊細な挙動が要求される。

 隠れるのではなく、紛れ込む。その為には、一つ一つの所作に気を配らなくてはならないのだ。

 

 ただでさえ、勇麻達は目立つ行動は厳禁だ。すでに“上層部”には知られてはいるだろうが、それでも迂闊な行動一つで、自分達は追い詰められる立場にいる。

 

 それは、あの禁書目録も同じなはず。あんな目立つ服飾を身に纏っているのに、天草式の自分たちにすら痕跡を見抜けない、その見事な逃亡には、思わず舌を巻いていた。

 

 その時、ピタッ。と、勇麻は突然立ち止まる。

 五和は思わずギョッとした。こんな人通りの多い道で立ち止まるなど、隠密行動中の天草式としては有り得ない暴挙だ。

 

「どうしたんですか、勇麻くん?」

「……いや」

 

 勇麻は険しい顔で、左手に伸びるビルの合間の路地裏を睨みつける。

 五和もその視線の先を追うが、何の変哲もないただの路地裏にしか見えない。

 

 その時、勇麻の耳に、何かを斬ったかのような音が聞こえた。気がした。

 

「――!」

 

 勇麻は一気にそのまま裏路地へと飛び込んでいく。

 五和は必死に追いすがり、駆けていく勇麻の背中に向かって声を張り上げた。

 

「ちょ、ちょっと勇麻くん!?」

「こっちだ!たぶん、こっちにいる!」

「どうしてそう思うんですか!」

「勘だ!」

 

 あくまで直感だ。それくらい微かで、本当に聞こえたかどうかも怪しい。

 だが、勇麻はその直感を頼りに、狭い路地裏を全力で駆け抜け、何度も何度も角を曲がり、奥へ奥へと進んでいく。

 

 対して五和も「勘って……」と項垂れてはいたが、内心では本当にいるかもしれないという期待が膨らんでいた。

 

 勇麻は、トラブルストライカーだ。

 トラブルを巻き起こすでも、巻き込まれるのでもなく、察知し、嗅ぎ付け、自らその中に突っ込んでいく。懸命にゴールを狙う貪欲なストライカーのように。

 

 誰かの不幸に敏感なのだ。そして、周りが止めるのを振り払うように、“鬼々として”それに向かっていく。

 その様は、まるで何かに憑りつかれたかのようだと、誰かが言った。

 この習性は、五和が勇麻と出会った十年前から、まるで変わらない。

 

 憎悪するように、嫌悪するように、表情を歪めて、爛々と血走った目で、誰かの悲劇(不幸)へと颯爽と駆けつける。

 

 まるで、全ての不幸をこの世から駆逐するとばかりに。

 

 まるで、全ての不幸の存在を、絶対に認めやしないと言わんばかりに。

 

 五和はそんな勇麻の背中を哀しげに見つめながらも、その背中を追う。

 

 必死に追い続けなければ、いつか彼が、どこか遠くに行ってしまう気がして。

 

 

 

 9

 

 

 勇麻がたどり着いたのは、今はもう使われていないだろう、古びた倉庫だった。

 

「…………?」

 

 追いかけてきた五和が膝に手をついて息を整えている時、勇麻はふいに明後日の方向にあるビルを見上げる。

 

「どうかしたんですか、勇麻くん?」

「……いや、なんでもない。それより、たぶんココだと思う」

 

 勇麻の視線の先にあるのは、開け放たれている倉庫の扉へと続く、いかにもといった血痕の轍だった。

 それを見て、五和はごくっと唾を呑む。だが、五和もそれなりの場数を踏んでいるので、それで取り乱したりはしない。

 対して勇麻はギリッと力強く歯噛みし、表情を激情で歪ませる。

 

 そして、そのまま倉庫の中で突っ込もうとするが、五和はその袖を掴んだ。

 睨みつけるように勇麻が振り返るが、五和は真剣な眼差しで勇麻を見上げながら問う。

 

「……どうせもう何を言っても聞かないんでしょうけど……でも、最後にもう一度だけ言わせてください。――本当に、いいんですね?」

 

 いくら頭に血が上っていても、五和の問いの意味が分からない勇麻ではなかった。

 

 もし、この中に神裂火織か禁書目録がいるとして、彼女等に接触を図るということは、それはもう後には引けないことを意味する。

 世界三大派閥の一角であるイギリス清教――その最奥部(地獄の底)へと、問答無用で足を踏み入れることになるのだ。

 

 そして、例え彼女達ではなかったとしても、その場合は学園都市の揉め事だ。

 それはつまり、科学サイドのトラブルに、学園都市(科学サイド)の人間ではない天草式(魔術師)が首を突っ込むことを意味している。

 

 どちらにせよ、只では済まない。それでも――

 

 勇麻は、しっかりと五和の目を見て、首を縦に振った。

 

「……ああ。それでも俺は、目の前の不幸を黙ってみていることなんて出来ない」

 

 勇麻は馬鹿ではない。

 自分のこの決断で、行動によって、自分だけでなく天草式全体を、自分達の大事な人達を巻き込むことになるかもしれないという可能性を、そして危険性をしっかりと把握して、それら全てを抱え込んだ。

 拳を握りしめ、それらを受け止めた。

 

『救われぬ者に救いの手を』

 

 “あの人”なら、きっとそう言ってくれるはずだから。

 

 五和は、呆れたように微笑んだ。

 

「……ですよね。分かってました」

 

 そして、勇麻の手を優しく握る。

 

「……これで、私も共犯です」

 

 勇麻はその言葉に目を見開き、そして同じく呆れたように苦笑した。こういう時の五和(幼馴染)は絶対に引かないことを知っているから。

 

「……行くぞ」

「……はい」

 

 そして、勇麻と五和は、血痕が導くその倉庫の中に、勢いよく飛び込んだ。

 

 

 そこには、純白の修道服を真っ赤に汚す少女が倒れていた。

 

 

「!?」

「!!――ッ!クソッ!!」

 

 入り口前の血痕から予想していたとはいえ、それでも一人の人間が大量に出血している様を直視するのは心にくるものがあった。

 それでも、何とか一瞬のフリーズで留め、すぐさまうつ伏せで横たわる少女の元に駆け寄る。

 

 少女は、背中をバッサリと斬られているようだった。

 まるで達人の居合切りのように、真横に一閃されている見事な刀傷。

 

「おい!おい、しっかりしろ大丈夫か!?ちくしょう、五和!早く回復魔術を!」

「は、はい!」

 

 五和は手際よく自身の手元にある日用品を並べていく。

 身近にある品々に微かに宿るオカルト要素を組み合わせ、少女の出血を止め、傷口を塞ぎ、刻々と失われつつある生命力を充填する術式を組み上げる。

 

 その見事な手並みをただ見ていることしか出来ない勇麻は、魔術を碌に使えない自分を歯がゆく思いつつ、拳を握りしめながらその少女へと目を向ける。

 

 純白の修道服。

 美しい銀髪に、勇麻や五和よりも少しだけ幼い顔立ち。

 

 おそらくは、この少女が“禁書目録”。

 

 だが、どうしてこの少女がこんな目に。

 禁書目録が逃亡したという情報を何処かから聞きつけ何者かが始末しようとしたのか。それとも――

 勇麻は、吠えるように唸った。

 

「――ちくしょう……ッ。どこのどいつがこんな事を……ッ!!」

 

 

「うん?僕達『魔術師』だけど?」

 

 

 その背後から聞こえた声に、勇麻は勢いよく振り返り、五和も流れるようなその手際が一瞬止めてしまった。

 だが、その時にはすでに禁書目録の体には薄い緑色の光球が浮かび上がっており、咄嗟に中断したその残滓を、この男は目撃したようだ。

 チラッとそれを一瞥し、火のついた煙草を咥えた口を、好戦的に歪ませる。

 

「……君達と同じ、ね」

 

 勇麻は二人の少女を庇うように立ち塞がる。

 男は、背後の少女とは違い、多くの神に仕える者たちが身に着けるであろう漆黒の修道服を纏った背の高い男だった。

 だが、その風体はおよそ神に仕える者にはふさわしくない出で立ちだ。

 元々の金髪を強引に染め上げたであろう、真っ赤な長髪。

 耳にはピアス、指には指輪、そして目元には不気味なバーコードの刺青(タトゥー)

 そして、ゆらゆらとした副流煙を巻き上げる煙草。

 

 勇麻はそれらの特徴から、事前に得ていたその名前を思わず吐き捨てる。

 

「……ステイル……マグヌス……っ!」

「…………僕の名前を知っていたか。どうやら、黙って帰すわけにはいかないみたいだ」

 

 そう呟き、ステイル=マグヌスはバサッと紙片をばら撒く。

 それを見て、思わず勇麻は唸った。

 

 ステイル=マグヌス。

 イギリス清教第零聖堂区『必要悪の教会(ネセサリウス)』所属の魔術師。

 

 “あの人”とも関わりが深いこの人物のことを、勇麻はそれなりに調べていた。

 

 わずか十四歳にして、現存するルーン標準24文字を完全に解析した上に、新たな文字を6つも生み出している――天才“ルーン”魔術師。

 

「……まさか、こんなところで“魔術師(どうぎょうしゃ)”に出くわすとは思わなかったよ。……まぁ、大方どこからか“魔導書図書館(かのじょ)”の情報を聞きつけたのだろうが」

 

 魔術師を殺す技術に特化した、魔術師殺しの魔術師(例外中の例外)

 

「――まぁ、魔術師(どうるい)を殺すのは慣れてる」

 

 男は鋭く目を細め、勇麻を睨み据える。

 ステイル=マグヌスが発するは、まさしく本物の殺気。

 本人が言う通り、幾多の魔術師を、その磨き上げた能力(ちから)で焼き払ってきたのだろう。

 

 “彼女”を、守る為に。

 

「……っ」

 

 ギリッと勇麻が歯を食いしばり、下がりかけたその足を踏み留める。

 そう。勇麻は知っている。彼が、“あの人”と同じ『必要悪の教会(ネセサリウス)』所属の魔術師であるということも。

 

 そして――

 

「……どうしてだ」

「……ん?」

 

 勇麻は噛み殺すように小さく呟く。

 そして、大きく一歩を踏み出し、睨みつけながら吠えた。

 

「どうして!!同じ『必要悪の教会(ネセサリウス)』の仲間のコイツをこんな目に遭わせた!?仲間なんだろうが!!」

 

 その時、ステイルの表情が固まった。

 

 そう。勇麻は知っていた。

 彼が、そして背後のこの少女が、“あの人”と同じ、『必要悪の教会(ネセサリウス)』の仲間であるということを。

 

 自分達がかつて、そうだったように。

 

 自分達が失い、代わりに“あの人”が新しく手に入れたはずの、仲間であったはずなのに。

 

「……そこまで知られていたとはね」

 

 ステイルは、咥えていた煙草を地面に落として踏み付ける。

 そして、新しい煙草を取り出して、火をつける。

 大きく煙を吐き出した後、再び勇麻と向き合った。

 

「……確かに、“それ”は僕達『必要悪の教会(ネセサリウス)』の“所有物”だ。だからこそ、それを“保護”しなくちゃいけない。……君たちは少なからず“それ”がどういうものか知っているんだろう。それに魔術師の端くれなら、“それ”がどれほど危険なものか分かるはずだ」

 

 勇麻は、背後で倒れ伏せる少女を、あくまで道具として扱う目の前に対する男への怒りでどうにかなりそうだったが、それでも何とか必死に自分を押さえつける。

 

「保護、だと。……こんな風に、一人の女の子の背中を切り裂くことがかッ!?」

 

 だが、この次の言葉は、上条勇麻には絶対に聞き逃すことはできないものだった。

 

 

「ああ、勘違いしないでくれ。“それは”僕じゃなくて“神裂”がやったことだ」

 

 

 その言葉に、勇麻は呆気にとられた。あれほど膨れ上がっていた激情が、一瞬で冷めきってしまうほどに。

 五和も、それまでとっていた警戒態勢を疎かにしてしまうほど衝撃を受けていた。

 

「……火織、姉、が?」

「おそらくは彼女もそこまではするつもりはなかったんだろうけどね。どうやら『歩く教会』が破壊されていたらしいんだ。まさか君達がやったのかい?」

 

 勇麻は、呆然と呟く。

 だが、その呟きは掠れきった小さいもので、ステイルはまるで取り合わずに何事かを語り続ける。だが、それも勇麻の耳には届かない。

 

「…………ざけるな……」

「まぁ、本気で疑っているわけじゃない。あれは法王級の結界だ。(セント)ジョージのドラゴンでも再来しない限り――」

 

 

「ふざけるな!!!!」

 

 

 突如、倉庫全体が震えるかのような怒声と共に、勇麻がステイルに向かって猛進する。

 

「勇麻くん!!」

 

 五和が思わず叫ぶが、勇麻の特攻の武器はその拳のみで、ルーン魔術師とはいえ数々の実戦(殺し合い)を経験しているステイルは、それを難なく躱す。その際に、更に周囲にルーンをばら撒く余裕すらあった。

 だが、完全に頭に血が上っている勇麻は、ただがむしゃらにステイルに向かって拳を振るい続ける。

 

「ふざけんな!ふざけんなぁ!!火織姉が!あの火織姉が、こんなことするわけねえだろうが!!!」

 

『救われぬ者に救いの手を』

 

 勇麻が心に刻んだこの言葉を体現し、その言葉を別れ際に残してくれた、あの神裂火織が。

 

 十年前のあの日、その言葉通り、迷える勇麻を救ってくれた、あの神裂火織が。

 

 一人の少女を背中から、こんなにも無残に切り裂いただと?

 

 認めるものか。認めるものか。認めるものか。

 

「ふざけんなぁぁああああ!!!!」

 

 渾身の勇麻の右拳を、ステイルはさっと無駄なく躱す。勇麻は勢い余って地面に倒れ込んだ。

 

「勇麻くん!」

「っ!来るなぁ!!」

 

 思わず駆け寄ろうした五和を勇麻は怒声で止める。

 その鋭い眼光は、いまだステイルに向けられていた。

 

 そんな勇麻を、ステイルは哀れむように見つめる。

 

「……神裂の昔の知り合いか。哀れだな。神裂はもう、お前が知るような人物ではない」

「黙れッ!!」

 

 勇麻が再び立ち上がる。

 だが、それよりも早くステイルはその魔法名(殺し名)を唱えた。

 

「――――Fortis931」

 

 そして、彼の手に燃え盛る炎剣が出現する。

 薄暗い倉庫内を橙色の光が照らし、その切っ先は勇麻に向けられた。

 

「せめて、変わり果てた彼女に会う前に殺してやる」

 

 勇麻は、ステイルと向かい合い、目を逸らさずに言った。

 

「……五和。禁書目録を連れて逃げろ」

「…っ!勇麻くん、でも!」

「このままじゃ、二人とも殺される!だけど、その子と一緒にいれば、必ず火織姉は現れる!俺も絶対に追いつくから、早く逃げろ!!」

 

 五和は涙を溢れさせたが、ぐっと堪え、禁書目録を見る。

 回復魔術を中途半端な状態で中断した為、まだ傷が塞がりきっていない。一刻も早い治療が必要だ。

 

 それに、敵は強い。

 勇麻と一緒に戦うとしても、この少女がこのままの状態では、どうしても庇いながらということになる。そんな状態では勝つどころか逃げ切ることも不可能だ。

 

「――っっ!!」

 

 五和が唇を噛み締めながら、少女を抱え、ステイルが立ち塞がる入口とは逆位置の、自分達の後方にある裏口を目指す。

 隠密行動を常とする天草式は、観察力が非常に優れている。勇麻とステイルが交戦している間に発見したものだった。

 

「させると思うかい」

 

 ステイルは手に持つ炎剣を槍のように伸ばし、遠ざかる五和を狙い撃とうとする。

 

 

――が、それを身を挺して庇うかのように、射線上に勇麻が丸腰で立ち塞がった。

 

 

「な!?」

 

 結果的に、その炎槍は勇麻に直撃する。

 

「がぁぁあああああ!!!!」

 

 摂氏三千度に達するその灼熱の炎をまともに浴びて勇麻は絶叫する。

 その苦痛の叫びを背後に聞いて、五和は更に強く、血が滲む程に唇を噛み締めるが、それでも後ろを振り向くことなく走り続け、ついに裏口から外に出ることに成功した。

 

「――ちっ!」

 

 それを感じ、炎を浴びながら勇麻は口元を緩ませる。

 

 ステイルは五和達に逃げられたことに舌打ちをするが、その勇麻の挙動に不穏なものを感じ、目を向けると――

 

「――ッ!!!」

 

 勇麻は、ステイルを変わらず睨み据えていた。

 三千度の炎の中で、一切の戦意を衰えさせることなく、鋭い眼光で射竦めるように。

 

 そして、勇麻は炎槍の中から飛び出し、そのままステイルに向かって突進する。

 

「な、なぜ――」

 

 ステイルが最後まで言葉を発する前に、勇麻の拳がステイルの顔面を貫いた。

 

 上半身の服を燃やされたことで、“軽い火傷”を負っている上裸を晒しながら、勇麻はどこからか取り出したその木製の短刀の切っ先を、尻餅をつくステイルに突きつける。

 

「オマエの相手は俺だ」

 

 そして、魔術が使えない魔術師(上条勇麻)と、魔術殺しの魔術師(ステイル=マグヌス)の、文字通りの戦いの火蓋は切られた。

 

 




色々と突っ込みどころか満載でしょうが、次回なるべく説明します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。