とある双子の上条兄弟   作:副会長

5 / 9

原作設定に矛盾していないかおっかなびっくり書いています。
おかしくね?という点がございましたら、ご指摘をお願いします。


副作用《ゆうまのちから》

 10

 

 

 上条竜麻が目を覚ました時、外はすでに夕陽が沈もうとしていた。

 

 ここは、第七学区のとある廃棄ビルの一室。竜麻がこの学園都市内に複数用意している拠点の内の一つだった。

 本来は第七学区にあるきちんと住居としての体裁を保っている部屋も所持しているのだが、昨日は色々と疲労することが重なり、(とど)めとして今朝あんな一幕があったので、少しでも早く眠りたいと思い、普段は任務時に使用するこの廃ビルの拠点に駆け込んだのだ。

 

 夕陽は差し込むが、窓はない。

 ここは部屋というよりは“元”部屋というだけで、くたびれたボロボロのソファー以外は何もない、四方がコンクリートの壁で囲まれているだけの、まさに雨露さえしのげればいいという、学園都市でなければホームレスが住み着きそうな場所だった。

 

 だが、竜麻としては、決して居心地は悪くない場所だ。

 もちろん彼としてもこんなクッション性がほとんど失われたソファーよりはフワフワのベッドで眠りたいが、それでもここなら誰もいない。

 

 もし、彼が眠っている最中に、不幸にもこのビルが倒壊したとしても、死ぬのは自分一人だ。

 

 誰も巻き添えにはならない。

 その事実だけでも、竜麻の安眠を促進させる要因と成り得た。

 

 ソファーから立ち上がり、足元のビニール袋からここに来る途中に購入したミネラルウォーターのペットボトルを取り出し口に含みながら、おそらくは元々窓があったであろうそこから階下を見下ろす。

 

 七月二十日(夏休み初日)をそれぞれの形で謳歌したであろう学生達が、学園都市の名に恥じない人工密度で行き交っている。

 竜麻はそれを感情が灯らない瞳で眺めていたが、その時ソファーの上の携帯電話の振動音が聞こえた。

 ゆったりとした歩調で向かいそれを拾い上げて、そのままソファーにドカッと腰を下ろして、電話に出る。

 

「……もしもし?」

「あ!竜麻さ~ん♪やっと起きた~♡ねぇ折角の夏休みだしぃ~、これから一緒に朝まで楽しm」

 

 ピッ。

 食蜂からのありがたいモーニングコール(ラブコール)により完全に目が覚めた竜麻は、大きく溜め息を吐く。

 暗くなる前にここを出て、第七学区の住居の寮に戻る途中に夕飯でも調達しようか、などと無機質なコンクリートの天井を眺めながら考える。

 

 そこで、再び携帯が振動する。

 面倒くさいと考えながらも、ここで電話に出な(相手をしな)ければ、その分の皺寄せ(機嫌取り)が後になってやってくることを経験として思い知らされている竜麻は、ぐったりとした体勢のままかったるそうに電話に出る。

 

「なんなんだ――」

『昨日もご苦労だったね。上条竜麻君』

 

 その。

 携帯電話という機器越しでさえ、電波という媒体越しでさえ、全身が怖気立つ、その声が。

 男にも女にも大人にも子供にも聖人にも囚人にも聞こえる、その忌まわしき声が紡ぐ、その言葉が。

 

 竜麻の眼光を鋭くし、冷徹なオーラを纏わせた。

 

「……アレイスターか。何の用だ」

『普段の君の献身的な働きぶりに感謝を表して、君が聞きたがっているであろう疑問に答えようと思ったのでな』

 

 竜麻は携帯を握りしめる右手に力が入るのを感じる。

 まるで忠誠的な(しもべ)への労いのようなその言葉が、何もかもこちらのことはお見通しだと言わんばかりのその態度が、竜麻の感情を容易く逆撫でする。

 

 竜麻は体を起こし、必死に精神を落ち着かせる。

 そして、相手が言いたいであろうその言葉を、そして事実としてコイツにぶつけたかったその言葉を言い放つ。

 

「お前、何を企んでいる?」

『何を、とは?』

「ここにきて無駄に(とぼ)けるな。あの白いシスターは“何だ”?どうしてあんな“爆弾”を学園都市に大人しく入れた?」

 

 早朝に遭遇した時は疑惑の段階だったが、こうしてアレイスター本人からの接触があったなら間違いなく“黒”だ。

 あれは、アレイスターが仕込んだものか、もしくは。

 アレイスターがあえて見逃し、泳がせているものだ。

 

『ふむ』

 

 全ての可能性を孕むが故に、はっきりとした感情を滅多に見せないこの『人間』の声に、この時、竜麻は少し“愉悦”が含まれていたように感じた。

 

『確かに彼女は学園都市の外からの侵入者(客人)だ。そして当然、私はそれを把握している』

「ならばどうしてさっさと捕獲して追い出さない。“あれ”の厄介さをお前が見抜けないはずがないだろう」

『私としても早くおかえり願いたいのは山々なのだが、彼女は君が思っている以上に厄介な代物なのだ。こちらが勝手に処理すると、色々と面倒なことになるくらいにはね』

 

 竜麻が表情を顰める。アレイスターが言う厄介。それがどれほどのものなのか計り兼ねた為だ。

 さらにアレイスターが続ける。

 

『なので彼女には迎えが来ている。今、彼女を探してこの街を動き回っている最中だ』

「この学園都市が、余所者の家出騒動に使われているわけか」

『そこで、君に一つ仕事を頼みたい』

 

 この時点で竜麻は即座に電話を切り携帯を粉砕したい衝動に駆られた。

 が、そんな竜麻の葛藤を嘲笑うかのように、アレイスターは淡々と告げる。

 

『幾らこちらからの手出しが無用とはいえ、私達の学園都市で必要以上に好き勝手に暴れられたら堪らない』

「私の、の間違いだろう?」

『君に頼みたいのは、彼女らの監視、そして護衛だ。彼女らの不審な行動を監視し、万が一この街の能力者とトラブルとなった際は、間に入って仲介して欲しい』

「はっ」

 

 竜麻は吐き捨てるように笑った。

 案の定、想像を遥かに超えたふざけた任務を言い渡されたからだ。

 

「この街の人間が関わるのはご法度だったんじゃなかったのか」

『正確には、この街の“能力者”が手を出すことが、だ。“無能力者(レベル0)”の君が首を突っ込む分には、いくらでも言い訳が立つ』

「ちっ。相変わらず不幸(面倒)能力(右手)だ。あぁなんだ、つまり俺は向こうのお家騒動を黙って(はじ)っこで見てればいいんだな」

『そういうことだ』

 

 竜麻は「……ああ。不幸だ。面倒くさい」と呟くが、心の内ではアレイスターの思惑を探っていた。

 黙って端で見ていればいい?なんて笑えない冗談だ。

 

 あんなにも不幸(面倒)な気配を纏っていた少女に、“疫病神”の右手を持つ自分が近づけば、只で済むはずがあるまいに。

 

 明らかにアレイスターは“何か”を引き起こそうと画策している。そして、それに上条竜麻(自分)を、いや幻想殺し(自分の右手)を利用しようとしている。

 

 ……そこまでは分かる。が、その先が分からない。検討が付かない。つまり、また自分はコイツの掌の上で踊らなくてはならない。それが実に腹立たしい。

 だが、今の自分にはコイツを打倒する力はない。故に従うしかない。

 

 竜麻は忌々しさによる激情を少しでも紛らわす為、我ながら子供っぽいと思いながらも当て付けのように言った。

 

「それで?これから俺はどうすればいい?その任務を受けるにも、肝心のそいつらの居場所を教えてもらわないことには始まらないんだが」

『その必要はない』

 

 が、竜麻のそんなせめてもの嫌味も、アレイスターは淡々と処理した。

 

『何もしなくても、直ぐに君は巻き込まれる。その右手は、君を必ず悲劇の渦中(不幸)へと誘うだろう』

 

――それに、君もそろそろ、“もう一つの世界”を知ってもいい頃合いだ。

 

 そのアレイスターの捨て台詞を最後に電話が切られる。

 ツーツーという音をしばらく無表情で聞いていたが、やがて気を切り替えるように大きく舌打ちをして立ち上がる。

 

 そして、外に出るべく羽織ろうとして、今更ながらあの時に学ランを回収し忘れていたことに気付いた。

 

 

 

 11

 

 

 白樺のように美しい白色の木刀で、勇麻はステイルの炎剣を断ち切った。

 

「っ!?」

「うぉぉぉおおおおお!!!!」

 

 勇麻はそのまま一直線にステイルへと駆ける。

 

「炎よ――――」

 

 ステイルは内心の焦りを押し殺すように歯を食いしばり、再び炎剣を作り出して地面へと叩きつける。

 

「――――巨人に苦痛の贈り物を!」

 

 ステイルを起点に扇状に紅蓮の波が広がる。

 人体を容易に溶解させる温度の激流が、容赦なく一人の少年を呑みこんだ。

 

 だが、少年は両手で顔を庇うのみの体勢で、灼熱の熱波に突撃し、そして突破する。

 

「――くっ!!」

 

 ステイルは自分の足元近くに咄嗟に生み出した炎を叩きつける。

 そこから爆発が生じ、自分諸共勇麻を吹き飛ばした。

 

「ぐっ!」

「ぐぁ!!」

 

 散乱した炎がアスファルトの上を踊る倉庫内。

 再び距離を空けた両者が荒い呼吸で睨み合う。

 

 ステイルは目の前の男を観察する。

 一体なんだ?この男はどんな魔術を使っている?

 

 三千度の炎を浴びても何度でも立ち上がる男。

 こちらの術式を無効化しているのか?だが、見るところ決してダメージを負っていないわけではない。

 服は焦げ、剥き出しの素肌には数箇所の火傷が見られる。勿論、通常ではありえない程の軽傷ではあるが。

 

(……ならば、ダメージを軽減させる術式か?だが、それ程の術を発動している割には魔力を――)

 

「――!」

「……どうやら、気付いたみたいだな」

 

 勇麻は驚愕の表情のステイルを見て、不敵に笑う。

 そう。ステイルは目の前の男から、“ほとんど魔力を感じていなかった”のだ。

 

 勇麻は、右手を自身の体に突きつけながら、言い放つ。

 

「そうだよ。俺は――」

 

 

 

12

 

 

『――――“異能の能力に対する拒絶度が高い”体なのだ』

 

 アレイスター=クロウリーは、自身が浮かぶ試験管の前に吊るされた巨大なディスプレイに映るその映像を見てそう答えた。

 

 学園都市には、その広大な敷地内に数千万機にも及ぶ粒子サイズの超小型機器――“滞空回線(アンダーライン)”を散布して情報収集を行っている。

 よって、この『窓のないビル』の中に閉じこもっていても、あらゆる情報がアレイスターの元に集まってくるというわけだ。

 

 したがって、第七学区の秘境ともいうべき奥地の古倉庫内で行われている科学の街での魔術合戦も、こうして安全地帯から観戦できるというわけだ。

 

「――それが、カミやんの弟の持つ力なのか?」

 

 そうアレイスターに問いかけたのは、同じくディスプレイの映像を試験管の傍らで眺めている、金髪でアロハシャツ、そしてサングラスという風体の男――土御門元春。

 竜麻とはまた違った意味のアレイスターの子飼いで、竜麻とは幾度か同じ任務に当たっていたので顔馴染みである。(ちなみに竜麻の幻想殺しのことは知っているが、竜麻本人からではなくアレイスターから聞いて得た情報なので、竜麻の自分の能力を教えた人物にはカウントされていない。当然、知られていることは知っているが)

 

 そんな土御門の問いを、アレイスターは淡々と修正した。

 

「“力”、などという大層なものではない。あくまで異能の影響を受けにくい“体質”といったところだろう。現に、彼は炎の攻撃を受けて火傷を負ってしまっている。“幻想殺し”のように打ち消しているわけではない」

 

 常人よりもはるかに軽傷とはいえ、ダメージを負っているということに変わりはない。

 

「おそらくは、母体内にいるときに双子の兄に“幻想殺し”が宿った際の副作用だろう。その影響を誰よりも身近で受けたが故に、このような体質になってしまったのだろうな」

「……確かに、幻想殺しと比べると見劣りするかもしれんが、これはこれで大した“力”なんじゃないか?効力は低い分、カミやんのように右手だけではなく、全身が範囲内なんだろう」

「それは大きな利点だが、それを台無しにするような欠陥があるのだ」

「欠陥だと?」

 

 アレイスターは、その白い木短刀を手に再びステイルに突っ込んでいく勇麻の姿を眺めながら、冷徹に言った。

 

「彼はその“体質”故に、魔術師にも関わらず、魔力をほとんど精製することが出来ないのだ」

 

 

 

 13

 

 

 何度目だろうか。

 勇麻は再び真っ直ぐステイルに突っ込んでいく。

 その手には白樺色の木短刀。

 魔術師の身でありながら只管(ひたすら)に己の拙い体技のみで向かってくるこの男に、ステイルはただ淡々と炎剣を振るった。

 

 水平に振るったその炎剣を、勇麻は垂直に叩き切った。

 短刀サイズのその木剣で切断した程度では全ての炎は防げない。だが、勇麻のその体質は、常人ではたった一つでも致命傷となりうる溶岩のような温度のその火の粉を浴びても、苦痛に表情を歪めて皮膚に火傷を残す程度のダメージしか受けない。故に、ただ己の身を捻じ込める突破口を開くことのみを目的とした防御だった。

 

 だが、所詮そこまで。

 

「――ぐふっ!?」

 

 左腕で炎剣を振るった勢いをそのままにステイルはその2mという体躯を活かした渾身の右蹴りを勇麻に叩き込んだ。

 

「……その木刀は、君のその不思議な体質を反映させるような術式でも刻んでいるのかな?」

 

 ステイルは新たに煙草に火をつけながら「どういう術式かは分からないけどね」と、完全に鳩尾に入った蹴りの威力と周囲に未だ燃え続ける炎による酸欠も相まって蹲ったまま上手く呼吸が出来ない勇麻を、見下すように告げる。

 

「だけど、その体質と木刀だけでは、僕には一〇〇〇回やっても勝てないよ」

 

 炎をぶつけるだけがステイルの戦い方(殺し方)ではない。

 ステイル=マグヌスという魔術師(おとこ)は、十四歳という年齢で必要悪の教会(ネセサリウス)の前線で戦い続けてきたのだ。

 

 ステイルの手から炎がぶわっと舞い上がる。

 

「――――っ!?」

 

 そして、勇麻を取り囲むように炎を張り巡らせた。

 

「……炎は酸素を使って燃え続ける。そして、当然周囲の温度も上昇させる。……直接君を燃やし尽くすことが出来なくても、君を殺す方法なんていくらでもあるのさ。……それに、そろそろ限界は近いだろう?」

 

 ステイルのその宣告にまるで言霊が宿っていたかのように、勇麻がガクッと膝を折って崩れ落ちた。

 

「っ!?」

 

 勇麻のその体質は決して鎧ではない。あくまで異能の力の効力を弱めるだけで、攻撃を受け続ければ当然ダメージは蓄積する。

 

 すでに勇麻の体には、まるで拷問を受けたかのごとく痛々しい火傷が、まるで斑模様のように刻まれていた。

 加えて、勇麻はその体質にものを言わせてやり過ごしてきたが、決して炎そのものを“消して”いるわけではない。ステイルが生み出した炎はそこらじゅうに散乱する資材に燃え移っていて、勇麻の周辺の酸素をみるみる内に消費し、温度を急上昇させている。

 そこで、この炎の檻だ。これらの物理的副次現象に拍車をかけ、勇麻の体を急激に追い詰める。勇麻に耐性があるのは、あくまで自身に直接降りかかる異能の影響のみであり、能力による副産物である物理現象に対する効果は、常人と同様に十全受けるのだ。

 更に、そこに何度も特攻を仕掛けたことによる体力の消費や、それらの返り討ちを受けた際の肉体的なダメージも重なっている。

 

 勇麻の体は、すでに限界だった。

 

「まぁ、君もそれなりに頑張ったさ。後はゆっくり死に絶えるといい。死体の焼却処理くらいはしてあげるよ。君の体は燃えにくいだけで、浴びせ続ければその内――」

 

 

 

「……ふ、ふふ」

 

 

 

 ステイルは、炎の檻の中から聞こえてきた不気味な笑いに眉を顰める。

 

(……まだ動けたのか?)

 

 万が一勇麻が再び特攻して檻を突き破ってきた際に備えて炎剣の発動の準備をしながら、ステイルは声の調子を変えずに問いかける。

 

「……どうしたんだい?熱さで頭が茹で上がったのかい?それとも過度な酸欠で幻覚でも見ているのかな?」

「……ご、ごほっ……確かに、死ぬほど熱いし苦しいけど……なんとかまだ正常なつもりだ。……だって、」

 

 

「俺はまだ負けていないからさ。だから笑っていられるんだ」

 

 

 その時、ステイルは見た。

 弾けた火の粉が、空中の何もないはずの場所で不自然に割れたのを。

 

「――ッ!?」

「火織姉の昔の知り合いと見抜いた時点で気付けなかったのか?」

 

 ステイルは炎剣を発動しようとして――――動きを止めた。

 なぜなら――――

 

 

「俺は、天草式だ」

 

 

――――すでに、ステイルの周囲には、取り囲むように鋼糸(ワイヤー)が張り巡らされていたからだ。

 

 勇麻は炎の檻の中で、ゆっくりと立ち上がる。その口角は不敵に吊り上っていた。

 

「……なるほど。鋼糸(ワイヤー)か。神裂の得意技だ」

「――“七教七刃”、と言いたいところだけれど、俺はまだ未熟でさ。それの紛い物で、相手の動きを封じるので精一杯だ」

 

 勇麻が何度も何度も愚直に特攻を仕掛け続けたのは、全てはこれによる一発逆転の為だった。

 

 相手の動きは完全に封じた。

 残るは、後一撃。敵の急所に、この木刀を渾身の力で叩き込む。

 

「……俺の、勝ちだ」

 

 勇麻は前傾姿勢をとり、下半身に力を溜める。

 残されたほんのわずかな力を限界以上に振り絞り、この最後の一撃に全てを込める。

 

「……終わりだ。ステイル=マグヌス!!!!」

 

 獣のような雄叫びと共に、勇麻は炎の壁に向かって走り出す。

 木刀を突き立てるようにして貫き、こじ開け、突破した。

 

 

 

 だが、すでに朦朧とした意識であった勇麻は気付かなかった。

 

 身動きがとれなくなっていたステイルが、炎剣とは異なる、新たな魔術術式の呪文を紡いでいたことに。

 

 

 

「――――顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ」

 

 

 灼熱の檻を抜け出した勇麻を待ち構えていたのは――――必殺の名をもつ炎の巨神だった。

 

 

 魔女狩りの王(イノケンティウス)

 三千度の肉体を持ち、圧倒的な再生能力を持つ不死身の巨神兵が、上条勇麻を破壊すべく降臨した。

 

 

 勇麻は目の前が真っ暗になったのを感じた。真紅の炎神が目の前に立ち塞がっているにも関わらず。立ち塞がっているが故に。

 

 その怪物が繰り出した攻撃と自身の間に木刀を挟みこむことが出来たのは、一重に全力で命の危険を察した生存本能の賜物だった。

 

 そのまま勇麻は炎の檻も突き抜け、倉庫の奥へと吹き飛ばされる。

 

 無様に転がり回り、体中を打ち付けた勇麻は、もう、立ち上がる気力もなかった。

 全てを懸けた特攻は、あの炎の巨神兵によって完全に防がれてしまった。

 

「……『魔女狩りの王(イノケンティウス)』」

 

 ステイルが自らが使役する術式に命じると、魔女狩りの王(イノケンティウス)は巨大な炎の十字架を作り出し、強引に主の周囲に張り巡らせられた鋼糸(ワイヤー)を、まるで蜘蛛の巣を払うが如く強引に払っていく。すでに勇麻の木刀と接触して抉れていた部分は回復していた。

 所詮は未熟な勇麻が、一瞬の隙を作り出すために取り繕った、偽りの檻だ。あっとういう間にステイルは仮初めの戒めから解き放たれ自由を獲得する。

 

 これで、勇麻は切り札も失い、完全に打つ手がなくなった。

 

「君の負けだ」

 

 その残酷な現実を突きつけるように、ステイル=マグヌス(勝者)上条勇麻(敗者)に宣言する。

 

 勇麻は必死に立ち上がろうとするも、指一本動かせない。ただ悔しげに歯噛みすることしか出来ない。

 

 ステイルは吹き飛ばされた勇麻の元に、魔女狩りの王(イノケンティウス)を引き連れながらゆっくりと歩み寄る。

 

 負けた。完膚なきまでに。

 勇麻はゆっくりと意識が遠ざかるのを感じながら、必死に足掻こうとする。が、体はまるで言うことを聞かない。

 

 五和は逃げ切れただろうか。禁書目録(あの少女)は無事だろうか。――――“あの人”は、神裂火織は、今、どこにいるのだろうか。

 

「――――っっ……!」

 

 駄目だ。死ねない。こんなところで死ぬわけにはいかない。

 

 自分はまだ、やらなければならないことがある。果たさなくてはならない使命がある。

 

 来る。近づいてくる。あの炎の巨神兵が。自分の命を刈り取る死神として。

 

 勇麻は遠ざかる意識に、必死に縋りつくように、からからに乾いた口から、掠れたような声を紡ぎ、それを口にした。

 

 

 

「――にい、さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、お前ら。俺の秘密の隠れ家に何てことをしてくれてんだ」

 

 勇麻に向かって近づいていたステイルの背後――倉庫の入口から、その声は響いた。

 

 ステイルは振り向き、その人物を視界内に捉える。

 

 その男は、真っ黒だった。

 黒いおそらくは学校指定の制服ズボンに、黒い半袖のインナーシャツ。

 特徴的なツンツン頭を掻き毟り、躊躇なく倉庫内に足を踏み入れた。

 

 勇麻は首を動かすことも叶わず、必死につなぎとめていた意識を、その声が聞こえた途端に手放してしまった――まるで、安堵して緊張が緩んでしまったがごとく。

 

 そんな勇麻を余所に、二人の男は睨み合った。

 

「君は誰だい?」

「ただのお偉いさんのパシリだ。人に名前を尋ねる際は自分から名乗れバーコード野郎」

 

 

 上条竜麻。

 

 燃え盛る魔術師同士の決闘の場に、学園都市の無能力者(レベル0)が乱入を果たした。

 

 





これでなんとか一週間に二話投稿できた。
次回からまた毎週木曜日更新に戻れればと思います。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。