とある双子の上条兄弟   作:副会長

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木曜に上げられなくて申し訳ありません……。
出来るだけ週一ペースを守っていきたいと思います。


異端児《イレギュラー》

 

 

 14

 

 

 上条竜麻は目の前の光景に呆れていた。

 

 自分が早朝に訪れた時は、いつも通りただの捨てられた古倉庫だったはず。

 それがたかだか十時間ちょっとぶりに訪れてみれば、そこらじゅうに炎が散乱して、上半身裸でジーパンの少年が死にかけ、その少年を漆黒の修道服の赤髪神父が炎の巨人を従え今にも殺そうとしているではないか。

 

 なんという混沌(カオス)。波乱万丈な人生を歩み、数々の突飛な状況(ふこう)を体験してきた竜麻だが、ここまで訳の分からない修羅場は久しぶりだった。

 

 竜麻は自分を忌々しげに睨みつける神父に向かって気だるげに言う。

 

「……あ~。なんだ、取り込み中か?」

「そう見えるならさっさとこの場から消えてくれないかな。君はコイツの仲間かい?それとも無関係の科学教徒(迷える子羊)かい?」

「そんな大層なもんじゃないが、少なくとも前者じゃないな。俺の知り合いに真夏とはいえ裸ジーパンで炎の海で海水浴なんて愉快な奴はいない。そもそも知り合い自体ほとんどいない。言わせんな恥ずかしい」

 

 チラッと、竜麻は倒れ伏せる少年に目を遣るが、辺り一面を揺らめく炎と全身の酷い火傷、そして彼と自分の間に立ち塞がる炎の巨人と赤髪の神父によって、顔がよく見えない。

 が、すぐに意識から外す。先程の言葉に嘘はない。竜麻には顔と名前を記憶しているような繋がりがある人間はほとんどいない。アレイスターと食蜂操祈、おまけで土御門といったところだ。

 

 そう。それだけしかいない。

 

 全てを失ったあの日から、そういう生き方を竜麻は選んできたのだから。

 

 神父はせせら笑うように言う。

 

「そうかい。それは哀しいことを言わせてしまって申し訳なかったね。なら、何も見なかったことにして立ち去ってくれないかな。そうすれば、僕も何も見なかったことにすると約束しよう」

「おいおい俺にそいつを殺す片棒を担げってか?見なかったふりは共犯と同じなんだぜ」

「それで命が助かるなら儲けものだろう?」

「違いない」

 

 目の前で行われようとしている悪事(さつじん)は絶対に見逃せない、なんて言うほど竜麻は善人ではない。そんなことを言える資格など竜麻にはない。

 見知らぬ人間を差し出せば、生き残る為の障害が一つ消えるのなら、竜麻は躊躇わずに実行する。

 

 竜麻は騒動(トラブル)を疎み、平穏を愛する人間だ。誰よりも不幸(トラブル)に愛されるが故に。

 

 だから、回避できる不幸は出来る限り避けてきた。

 巻き込まれないために、誰かの不幸を見て見ぬふりをしてきた。共犯になり続けた。

 この十年間で身に付けた第六感(センサー)により事前に察知できた不幸からは、それこそ死に物狂いで逃げ続けてきた。

 

「……そうかい。ならこのまま帰らせてもらおうかな。こう見えても上司の命令に忠実な勤労戦士なもんでね」

 

 そして竜麻は踵を返し、神父に、そして倒れ伏せる少年に背を向ける。

 

 神父は嘲笑い、少年はピクリとも身動きをとらなかった。

 

 

――だが、この時は、なぜか。

 

 見逃してもらえたはずなのに。回避できたはずなのに。巻き込まれなかったはずなのに。

 

 見ず知らずの死にかけの少年を見捨てれば、関わらずに済んだはずの戦い(ふこう)なのに。

 

 竜麻は首だけで振り返り、倒れ伏せる少年を一瞬見やった後、赤髪の神父に向かって言った。

 

「――ああ、そうそう。ちょっと俺、人を探してるんですけどね」

 

 それがこの目の前の神父の逆鱗だと、何となくその第六感で察していたのに。

 

 

「――この辺で、白いシスター見ませんでした?ちょっと仕事で探してるんですよ」

 

 

 邪悪に笑った竜麻に、赤髪の神父の表情も同じく邪悪な色に歪んだ。

 

「――そうか。なら、やっぱりさっきのはなしだ。何も見なかったことにして帰すのは難しい」

「いやいや、ここに来て約束を破るとか最低だな。恥ずかしくないのか?」

「実に申し訳ないとは思っているよ。……でもね――」

 

 赤髪の神父――ステイル=マグヌスは、倒れ伏せる少年に背を向け、竜麻へと完全に向き直る。

 

 対して竜麻は未だ背を向け首だけで振り返った体勢のまま、不敵に笑い続けた。

 

 そして、ステイルは殺意が色濃く表れた笑みを張り付けながら、問答無用で竜麻へ攻撃(ほのお)を放つ。

 

「――ここで君を見逃すことは、僕の魔法名に誓って許されないんだよ!!――Fortis931!!」

 

 ステイルの腕から伸びた炎の槍は、真っ直ぐ竜麻の体を貫く――――かと、思われた。

 

 

 竜麻は振り向きざまに右腕を一振り。それだけで、炎の槍は木端微塵に消失した。

 

 

「………………な」

 

 驚愕に目を見開くステイルとは対照的に、竜麻は無表情で観察を続けていた。

 

(……こいつは明らかに学園都市(このまち)の人間じゃない。おそらくはあの白いシスターと同様に超能力とは“別種の”異能の関係者だ)

 

 竜麻は未だ混乱から醒めないステイルを眺めながら、右手を拳の形に握りしめる。

 

(――“もう一つの世界”、か。……なるほど、“コイツ等”と引き合わせるのが、アレイスターの目的か。……まぁ、これもその一部に過ぎないんだろうが)

 

 竜麻が思考に耽っていると、ようやく少し落ち着いたのか、先程までの笑みとは打って変わって、忌々しげな表情でステイルは問いかける。

 

「……貴様、何者だ」

「ふっ。今日はやけに名前を聞かれる日だな。柄にもなく舞い上がっちまうぜ」

「答えろッ!!」

 

 ステイルとは再び対照的に、竜麻はますます不気味な笑みを深めて、告げた。

 

「ただの“疫病神”だよ。わざわざ学園都市(こんなところ)まで来て出くわしちまうなんて、“不幸だな(ついてねーな)”、余所者(おまえ)

 

 ゾッッ!

 

「――!!」

 

 灼熱の炎が辺り一面に蔓延しているにも関わらず、ステイルの背筋を冷たい恐怖が走り抜けた。

 直感する。目の前のコイツは、ヤバい。

 奴自身が言うように、絶対に出くわしてはならなかった類の何かだと思い知らされる。

 

 ……じり。

 ステイルは無意識の内に、思わず一歩、後ずさる。

 

 

 その時、背後の裏口の扉が開いた。

 

 

「――ッ!?」

 

 思わずステイルは振り返る。

 

 そこには、満身創痍の少年――勇麻を連れ出す五和の姿があった。

 

「なにッ!?」

 

 ステイルだけでなく、竜麻も内心驚いていた。

 いくらステイルに警戒を払っていたとはいえ、真正面に相対していたはずなのに、裏口が開いたことも、いつの間にか倒れ伏せる少年に駆け寄り助け出していたことも、まるで気付かなかった。

 

 竜麻は知る由もない。これが彼女の、彼女ら“天草式”の真骨頂――“隠密”技術である。

 

 五和が倉庫を出る際、チラッとこちらを――竜麻へと目を向けた。

 目が合った両者だが、特に何も言葉を交わすことなく、そのまま五和は勇麻を連れて倉庫を脱出する。

 

「くっ!イノケ――」

「そういえば」

 

 ステイルが五和達に魔女狩りの王(イノケンティウス)を差し向けようとするが、それを遮るように竜麻は一歩強く踏み出す。

 

 だが、別に勇麻達を庇ったわけではない。

 死にぞこないの人間が転がっていようといまいと関係ない。片付けてくれるというのなら遠慮なくといった感じだ。

 

 今、竜麻の頭の中にあるのは、この男――この男達が使う、奇妙な異能の能力の“情報”。

 

 よく分からないが、アレイスターはコイツ等――“もう一つの世界の異能力者”と自分が接触するような状況を設けた。

 ならば、これからもこういった能力者と相対させられることも増えるだろう。その時に備えて、コイツ等に関する情報は一つでも多く必要だ。

 

 それに、何より――

 

 

「――お前、さっき俺を殺そうとしたよな」

 

 

 ステイル=マグヌスを極寒の恐怖が襲う。

 

 再び一歩、後ずさった。だが、目の前の男は邪悪な笑いと共に、その一歩を冷酷に詰め寄る。

 

 

「まぁ、俺にとっては日常茶飯事だが、それでも立派な殺人未遂には変わりない」

 

 

 上条竜麻はステイル=マグヌスに宣告する。

 先程、ステイルの炎剣を消失させた、あの摩訶不思議な右手を携えて。

 

 

「さぁ、“報復殺人(せいとうぼうえい)”の時間だ。しょうがないよな。殺されても文句が言えないことをしたんだ」

 

 

「――ッッッ!!魔女狩りの王(イノケンティウス)!!」

 

 竜麻が放つ暴風雪(ブリザード)のような殺気に、ステイルは叫びながら魔女狩りの王(イノケンティウス)を差し向けた。

 日々、命を奪い合う本物の戦場で生き抜いているが故に体に染み込んだ、許容量以上の殺気を受けて恐怖に呑みこまれる前に本能が行う自己防衛の為の反射だった。

 

 灼熱の巨人のマグマのような腕が、まるでギロチンの如く横薙ぎに振るわれる。

 

 それを竜麻は、体を屈め、右手で払うように受け流す。巨人の腕は、破砕音と共に消失した。

 

 が――

 

「……!?」

 

 飛び散った粘性の液体は、再び一か所へと集結し、巨大な右腕として瞬時に“再生”した。

 

 竜麻は思わず飛び込むようにして、倉庫内の左側のスペースへと距離をとる。

 

 ステイルは自分の切り札が目の前の正体不明(イレギュラー)な少年にも機能したことで、僅かながらも余裕と笑みを取り戻す。

 

 対して竜麻は、すぐさま立ち上がりながら愉快そうに笑う。

 

「はは。面白え玩具だな。いつまでも楽しく遊べそうだ」

「ああ。中々に重宝しているよ。君たちみたいな異端児(イレギュラー)相手には特にね」

 

 そして、ステイルは通用すると分かった魔女狩りの王(イノケンティウス)で一刻も早く目の前の敵を排除しようと猛攻にでる。

 

 対して竜麻は、その常人離れした反射神経と危機察知能力で、魔女狩りの王(イノケンティウス)の攻撃を紙一重で受け流し、この決して広くない倉庫内を逃げ回る。

 

「どうしたんだい?その右手だけ(まるごし)でこの魔女狩りの王(イノケンティウス)に勝てるとは思っていないだろう?さっさとこの街自慢の超能力とやらを使ったらどうだ?」

「お生憎様!お前らが使う異能の能力(ちから)も!この街の超能力にも縁がない、こちとら正真正銘の“無能力者”なもんでね!」

 

 一瞬の隙を突き、竜麻は魔女狩りの王(イノケンティウス)の攻撃を薙がすと、懐に飛び込んでステイルへと特攻する。

 

「!!」

 

 だが、間一髪でステイルが自身と竜麻の間に魔女狩りの王(イノケンティウス)を滑り込ませ、竜麻の渾身の拳は魔女狩りの王(イノケンティウス)を吹き飛ばすのみの結果で終わった。

 

 小さく舌打ちをした竜麻が再び距離をとったことで、ステイルは大きく息を吐き、思考を巡らす。

 これまでの奴の言い分からすると、おそらくは目の前の敵は、魔術師ではなくこの街の超能力者――いや無能力者。先程の天草式の少年と同じ、特異な体質を持つだけの“異端児(イレギュラー)”。

 

 だが、それらを全て踏まえても――勿論、全ての情報を鵜呑みにするわけではないが――、目の前のこの男は、先程の天草式の少年とは違う。

 

 危険度が、戦闘に対する熟練度が、その瞳に宿る感情が、何もかもが違う。

 

 天草式の少年はその体質で只管(ひたすら)に攻撃に耐え、真っ直ぐに突っ込んでくるだけだったが、目の前のコイツの右手は瞬間的にとはいえど、魔女狩りの王(イノケンティウス)を“打ち消す”。

 そしてその一瞬の防御でこの男は、この限られた空間内で攻撃を捌き切り、隙あらば術者(ステイル)を直接狙ってくる余裕すらある。明らかに、自身と同等――あるいはそれ以上の戦場(せんとう)経験者だ。

 

 そして極めつけは、その瞳。

 

 天草式の少年は、神裂を貶められたという怒り、五和と禁書目録を救うという意思、良くも悪くもまっすぐな感情を爛々とその瞳から放っていた。

 

 だが、目の前の少年は、違う。

 

 その瞳に映っているのは、冷たいまでの計算。戦略。策謀。

 

 相手の性格、感情、弱点、性質、そして扱う異能の能力。

 

 それらの“情報”を観察し、分析し、処理し、記憶する。そこには一切の感情を伴っていない。

 

 その一挙手一動足を詳細に“視ている”るのに。冷酷なまでに目の前の敵(ステイル=マグヌス)を、“見ていない”。

 

 十四歳でプロの魔術師として一線で活動するステイルが言えたことではないが、明らかに目の前の少年は、年齢の割に“完成され過ぎている”。

 

 一体、どんな人生(ストーリー)を歩めば、こんな人間(キャラクター)が出来上がるのか。

 

 戦慄するステイルと――魔女狩りの王(イノケンティウス)越しに――竜麻の視線が交錯する。

 

 

――竜麻は、笑っていた。

 

 

「――――ッッ!!灰は灰に!!塵は塵に!!」

 

 どちらにせよ、このままでは埒が明かない。徐々に敵は近づいている。

 

 こちらが一撃を与えるのが先か、それとも奴が完全に魔女狩りの王(イノケンティウス)を掻い潜るのが先か。

 

 もう後先など考えている場合ではない。目の前の無能力者は明らかに危険だ。

 

「――――――――吸血殺しの紅十字!!!」

 

 一刻も早く、一瞬でも速く。

 

 抹殺し、殺害する。

 

 ステイル=マグヌスは、ここで勝負を決するため、勝負に出た。

 

 

 竜麻は黒のインナーシャツで首元の汗を拭いながら苦笑した。

 

 実を言うと、ステイルが危惧していたほど、竜麻に余裕があったわけでもなかった。

 

 この狭い密室内で、数千度の熱を持つ巨大物体に何度も突っ込み、攻撃を受け流す。

 

 加えてこの温度、そして薄い酸素。竜麻も身体の構造は一般的な人間だ。まだ一度もまともに攻撃を喰らってはいないとはいえ、当然かなりの体力を消耗していて、明確に限界に近づいていた。

 

 だが、竜麻はそれを決して表には出さない。

 

 これは、互いに殺意を持って相手に挑む、明確な殺し合いだ。

 

 弱みを見せるということは、敵に弱点を晒すことと同義。

 

 だから笑う。不敵に笑う。

 

 

 ステイルの顔が恐怖で強張ったのを見て、竜麻の口角がより吊り上った。

 

 

 

15

 

 

「――――ッッ!!灰は灰に!!塵は塵に!!」

 

 ステイルが突然張り上げたような大声で、呪文のようなものを叫んだ。

 

 魔術などまるで門外漢な竜麻には、その言葉が示す意味などは分からない。

 だが、敵が焦り、切り札を強引に切ったことだけは理解した。

 

 そして、それだけ分かれば十分だった。

 

 竜麻は懐から拳銃を抜く。

 

 そして、その照準を、あの炎の巨人の心臓部に合わせた。

 この巨人の絶命を試みたわけではない。ただ、その延長線上にステイルの心臓があるだけだ。

 

 その銃は、黒を愛用する竜麻の所持品には珍しく、メタリックな銀色だった。

 

 長い銃身には、まるで刀匠の名を刻むかのように、こう記されている。

 

 

 FIVE_Over_ Prototype 

 

 Modelcase_“RAILGUN”

 

 

「さて、その摩訶不思議な異能力に、最先端科学はどこまで通用するかな」

 

 口元に不敵な笑みを携えながら、竜麻は飄々と呟く。

 

 

「――――――――吸血殺しの紅十字!!!」

 

 ステイル=マグヌスが、その両手に炎の大剣を顕現させた時。

 

 

 銃声すら掻き消える速度で放たれた銃弾が、炎の巨神兵の心臓部に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 FIVE_Over

 

 学園都市に七人しかいない超能力者(レベル5)

 

 その学園都市の“最高傑作”である能力を、“純粋な工学技術のみで、元になった才能を超える”ことを想定としたプロジェクトである。

 

 竜麻の手にある銀銃は、その実験機(プロトタイプ)

 

 Portable_Railgun

 

 学園都市第三位『超電磁砲(レールガン)』の代名詞ともいえるあの一撃を、携帯型拳銃より発射することを目的としたその一品は、武骨な装備をあまり好まない竜麻の手持ちの武器としては、まさしく切り札といえるものだった。

 

 そう。竜麻は決して“丸腰”などではない。竜麻は自分の“右手”がどれだけ“頼りない”装備なのかを、身を持って知っている。

 

 そもそも学園都市の暗部では、能力者は切り札的な意味合いが強い。

 その大部分が、学園都市の最新鋭の武装を身に纏った大人達なのだ。

 

 そんな中で、異能の能力しか打ち消せず、街のゴロツキ程度が入手可能な玩具のような拳銃ですら破壊できるような脆弱な右手に自身の命運を預けるほど、竜麻は愚かな男ではない。

 

 よって、当然のように武器の扱いにも長けている。

 現に、銃を取り出してから照準を定め、躊躇なく引き金を引くまでの一連の流れは、洗練された傭兵も唸るであろうほどにスムーズだった。

 

 

「……ちっ。やっぱ所詮は“未完成品(プロトタイプ)”だな」

 

 が、それでも、学園都市の最新兵器でも、ステイルの切り札――“魔女狩りの王(イノケンティウス)”を撃ち抜くことは出来なかった。

 

 正確には、撃ち抜くことは出来た。

 だが、その三千度の重油の塊である怪物を貫く際に、その威力のほとんどが失われ、心臓部分に空白を作るのに留まったのだ。

 

 元々、その威力よりも“能力の再現”に重きをおいた試作型。

 そして、竜麻が使った“Portable_Railgun”は、中でも破壊力よりその小型故の利便性を第一に作られている。

 

 確かにそこいらの有象無象の拳銃よりは遥かに、それこそ一撃必殺の切り札として申し分ない破壊力を秘めているが、“教皇級”と謳われる上級魔術である“魔女狩りの王(イノケンティウス)”を打ち破るには力不足だったのだ。

 

 ステイルは、その予想外の攻撃に、反射的に両手の炎剣を振るう腕を止めてしまっていたが、それが自身を脅かすに至らないと知ると、思わず笑みを浮かばせた。

 

 空いた穴は、次の瞬間には再生され塞がる。後は、この炎剣を振るい魔女狩りの王(イノケンティウス)ごと切り裂いて爆発を起こせば、身を隠せるような障害物のないこの倉庫では逃げることさえ――

 

 

 ダァン! と、今度は乾いた銃声が、はっきりと聞こえた。

 

 

「――――が…っ」

 

 魔女狩りの王(イノケンティウス)の空洞が塞がる、その一瞬。

 

 “二つの”銃をこちらに向けて構える少年の姿を、その穴からステイルは捉えた。

 

 そして、ゆっくりと力が抜けて、背中から倒れこむ。

 

 魔女狩りの王(イノケンティウス)が主の敗北を嘆くように雄叫びを上げ、やがて蜃気楼のように揺らめきながら消滅した。竜麻が右手を振るうまでもなく。

 

 すでにステイルの手を離れ、木材に燃え移りその勢いを増している炎のみが未だ踊る倉庫内を、竜麻は小さく武骨な、それこそ街のゴロツキどもが持ち歩くような安っぽい回転式(リボルバー)拳銃をくるくると弄ぶように回しながら、ステイルの元に歩み寄る。

 

「まぁ、こんな“玩具”でも当たればそれなりに痛いだろ」

 

 左肩に銃弾を撃ち込まれ真っ赤な血を流しながら呻くステイルに、竜麻は見下ろしながら淡々と言った。

 

 元々竜麻は、“Portable_Railgun”でそのまま術者(ステイル)ごと貫けば儲けもの、駄目でもその穴から止めをと、二丁拳銃で銃弾を放っていたのだ。

 穴が再生するまでの僅かな時間を狙ったので、利き手ではない左手で回転式拳銃(リボルバー)の方は撃つことになったため心臓は外してしまったようだが。

 

 それでも完全に竜麻の勝ち(チェックメイト)だ。

 

 竜麻はまだ何事かを発するように呻くステイルの胸を思い切り踏み付ける。

 

「がはっ!!」

「無駄に足掻くな。こっからどうしようが、俺がお前の頭を撃ち抜く方が早い」

 

 回転式拳銃(リボルバー)の撃鉄を起こし次弾を装填して、突きつける。

 例え科学技術に疎い魔術教徒でも、その所作が何を意味するかは理解できただろう。

 

 それでも、ステイルは竜麻を睨みつけ、必死に右腕を動かそうとする。

 

「…………」

 

 竜麻の表情から、表情が消えた。

 

 その右手を、渾身の力で踏み抜く。

 

「がぁぁぁああああ!!!!」

 

 ステイルが、息を吐くのも苦しい状態にも関わらず、大声で苦悶の絶叫を上げる。

 

「……日本語が通じないのか?それともまさか本当に殺されないだろうとでも思ってんのか?」

 

 極寒の殺気をぶつけながら、冷え冷えとした最後通牒を告げる。

 

「…………ッ!」

 

 それでも、ステイル=マグヌスの瞳から、意志の炎が消えることはなかった。

 歯を食いしばり、肩から鮮血を流しながらも、竜麻を鋭い目つきで睨み続けた。

 

 竜麻は、ポツリと零れたように、理解できない故の純粋な疑問といった調子で、呟いた。

 

「…………なんで、そこまで?」

 

 ステイルは、息も絶え絶えに、それでもこれだけは譲れないという意思の篭った声で、絞り出す。

 

 

「…………誓った、んだ……必ず……守ると……僕は……あの子、に……」

 

 

 ピクリ、と、引き金に添えた右手の人差し指が震えた。

 

 得体の知れない魔術師の、あまりにも人間らしい感情。

 “自分が失った”、その傲慢なまでの貪欲な決意に、竜麻は一瞬、何か真っ暗な感情に染められそうになった。

 

――“嫉妬”? バカな。そんな美しい欲望はとっくに捨てた。

 

 とっくに受け入れ、とっくに諦めたんだ。

 

「……そうか。不幸(ざんねん)だったな」

 

 竜麻は再びその黒い感情を、圧倒的な自我で彼方へと排除し、冷酷な無表情で、今度こそ自分の意志で右手の人差し指に力を入れた。

 

 

「死んでも貫くと誓った信念を、全うできずに死ぬ羽目になるなんて」

 

 

 バンッ!

 

 

 

 16

 

 

 と、倉庫の扉が(・・・・・)荒々しく吹き飛んだ(・・・・・・・・・)

 

「――!!」

 

 竜麻は瞬時に反応し、振り向きざまに発砲(・・)する。

 

 倉庫内に侵入したのは、一人の長身の女性。

 視界に入るや否や、いや視界にすら収めずに気配のみの探知で放たれた銃弾を、

 

「……は?」

 

 その女性は、最小限の動きで当然のように躱した。

 

「ちっ!!」

 

 それを見た瞬間、竜麻はこの場での最優先事項を変更した。

 

 ステイルの殺害から、この女との戦闘の回避へと。

 

 こいつは強い。おそらく、自分が今まで出会った誰よりも。

 それを竜麻は、瞬時に察した。

 

 竜麻はすぐさまステイルの傍から離れた。飛び込むように、少しでも遠くへと。だが、その際もこの乱入者から一瞬たりとも目を離さずに。

 

 その女性はステイルの元まで駆けつけると、一瞬竜麻を警戒するように目を遣りながらも、すぐに膝を折りステイルに語りかける。

 

「……大丈夫ですか、ステイル?」

「……神、裂、か?……あの、子は」

「……申し訳ありません。少々、面倒な事態となりました。一旦、立て直しましょう」

「…………」

 

 返事はないが、ぐったりと体から力を抜いたステイルを見て、神裂はスッと立ち上がり、竜麻へと向き直る。

 

「……そういうわけなので、ここは収めていただけませんか」

 

 神裂は竜麻を真っ直ぐ見据えて――腰の刀に手を添えながら言う。

 それは日本刀と呼ぶには、あまりにも長い業物だった。鞘から刀を抜くだけで、並大抵の達人は手間取るであろう程に。

 だが目の前のこの女は、こちらが銃弾を放つよりも速く、その刀でこちらの首を跳ね飛ばすだろう。竜麻はそれを感じ取った。

 

 竜麻はしばし神裂と睨み合っていたが――やがて拳銃を地面に落とし、両手を上げた。

 

「了解だ。元々、俺はあんた等に恨みはない。ただ殺されそうになったから身を守っただけだ」

「…………そうですか。それでは」

 

 神裂は険しい顔で竜麻を見据えていたが、すぐにステイルを担ぎ、倉庫の出口へと向かった。

 

 竜麻は何も言わず、何もせずにそれを眺めていたが、彼女達の去り際に、ふと背中に問いかけた。

 

「そういえば、あなたは知っているか?白いシスターを。ちょっと仕事で探してるんだ」

 

 その言葉を聞き、神裂はピタッと立ち止まる。

 

「……奇遇ですね。私達も彼女のことを探しています。……目的が同じなら、またすぐに相まみえることになるでしょう」

 

 そして神裂は、竜麻を睨み据えて告げる。

 

 聖人の名に恥じぬ、鍛えられた名刀の刃の如き鋭い殺気と共に。

 

「ただし、彼女に危害を加えたその時は、容赦はしない。……そのことは、努々(ゆめゆめ)お忘れなきよう」

 

 そして、彼女達は去って行った。

 

 炎が踊る倉庫内に一人残された竜麻は、神裂達が去って行った出口をしばらく眺めていたが、やがて倉庫の惨状に目を遣り、大きく溜め息を吐く。

 

「……あ~。不幸だぁ」

 

 また不幸(めんどう)事件(トラブル)に巻き込まれた。

 

 そんなことを考えながら、とりあえずこの倉庫(さんじょう)の隠蔽をどうにかしてもらおうと、竜麻は食蜂(あいぼう)と連絡をとるべく緩慢な動作で携帯を取り出した。

 




 vsステイルはこんな感じで終了です。
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