とある双子の上条兄弟   作:副会長

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 なんとか木曜日の内に投稿。


相棒《パートナー》

 

 

 

 17

 

 

 時は少し戻り、勇麻がステイルに何度も特攻を仕掛け続けていた頃。

 

 

 五和は第七学区の裏路地を走っていた。

 ぐったりと意識のない状態の禁書目録を背負い、奥へ奥へと進んでいく。

 

 すでに走っている道は道というよりも、もはや建物と建物の“隙間”と呼称する方が相応しく、見る見るうちに逃げ場を失っていた。

 

 五和は徐々に息を切らし焦りはじめ、体力の低下と共に背中の禁書目録の重さがズシッと圧し掛かる。

 そして、その重さを感じる度に、更に焦る。早く治療を施さねば、と。

 

 先程の古倉庫で見た、あの禁書目録の出血量。いつ手遅れになってもおかしくない、一分一秒でも早い治癒が必要だ。それが分かっているから、五和は苦渋の思いであの倉庫に一人勇麻を置いてきたのだ。本来なら、今すぐにでも回復魔術をかけなおして、勇麻の元へと戻りたい。

 

(……でも――)

 

 五和はチラッと、自分達が走ってきた後方に目を向けて――

 

「――警告。第二章第六節」

「――え?」

 

 五和は、自身が背負う少女が放つ無機質な声音に、思わずその場で立ち止まる。

 

「出血による生命量の流出が一定量を超えたため、強制的に『自動書記(ヨハネのペン)』で起動します。これ以上、現状を維持してしまえば、『魔導書図書館』として致命的な後遺症を残す危険性があります。速やかに適切な処置を施していただきたいです」

 

 恐ろしく“冷静”な、ただ事実だけを伝える“装置(システム)”のように、彼女は自分の命の危機を淡々と粛々と報告する。

 

 五和は内心激しく戸惑いながらも、少女の生命の危機は自分も危惧していたことなので、その言葉には全面的に同意する。五和だって出来ることなら、今すぐにでも治療を始めたい。しかし――

 

「……でも、ここじゃあ」

 

 五和は辺りを見渡す。

 ここは人が一人通れるか通れないかという恐ろしく狭い路地だ。

 とてもではないが、背中を切り裂かれるような大怪我の治療をしていい場所では有り得ない。だが――

 

「この場所の衛生面の問題を考慮しても、この肉体の限界を考えて、今すぐ治療を開始することを提言します。治療可能な場所への移動よりも、私の絶命の方が早いと推測しました」

「…………分かりました」

 

 五和は覚悟して頷く。

 彼女をうつ伏せに寝かせ、背中の傷口をせめて地面に付けないようにする。そして、五和が自身のポーチから日用品を取り出して――

 

「――あなたの挙動から、あなたの扱う魔術は“偶像”、それも術式の中に数多くの“偽装(フェイク)”を織り交ぜた“天草式十字凄教”の術式形式(スタイル)であると判断しました。それらの技術はこと戦闘においては有効的な戦法となり得ますが、現状は一刻を争います。それら“偽装”の工程を省略し、術式効果を最優先となるようこちらから“指示”します。それに従い、術式を“改変”してください。まず、そのおしぼりを――」

「は、はい」

 

 五和はあたふたと慌てながら、禁書目録の指示に従い、日用品を配置していく。

 確かに、今の五和は焦っていて、つい“いつも通り”に術式を構築してしまった。それをこの少女は瞬時に見極め、それらの改良方法を割り出し、専門家である五和に指示を出しているのだ。

 

 いや、こと魔術知識において、彼女を超える専門家はこの世に存在しないだろう。

 

 五和は改めて、それを実感していた。

 

(……これが、彼女の力)

 

 Index‐Librorum‐Prohibitorum

 

 通称“魔道書図書館”――『禁書目録』

 

 103,000冊の魔道書をその“頭”に持つ、魔神へと至る危険性(かのうせい)を持つ少女。

 

 五和は思った。

 確かに、この力が渡るべき――いや、渡ってはいけない人間の元に渡ったら、それこそ世界が滅ぶだろうと。

 

 五和が最後の工程を終えたその瞬間、淡く輝く光球が彼女の傷口へと入り込んだ。

 その瞬間、冷静で苦しむ素振りすらしなくとも、確かに不健康に青かった彼女の顔色が、徐々にその美しい白磁の肌へと戻っていく。

 

「――術式の発動、及び身体への生命力(マナ)の補充、傷口の治癒を確認。『自動書記(ヨハネのペン)』を休眠します」

 

 あっとういう間に完治とはいかないが、少なくとも生命の危機は回避され、五和はほっと息を吐く。禁書目録もこの言葉を最後に、目を瞑り、表情が少し柔らかくなり、可愛らしい寝息を立て始めた。

 それを見て五和は安心したように微笑み、彼女を寝かしたまますっと立ち上がり――振り向きながらバッグから取り出した海軍用船上槍(フリウリスピア)を組み立て、その切っ先を暗闇に向ける。

 

「もう隠れなくてもいいですよ」

 

 五和は気付いていた。

 あの倉庫を出てから、自分達を着かず離れずの距離で追いかけてきていた影の存在を。

 

 この存在に気づいていたから、五和は大通りに戻ることが出来ず、奥へ奥へと路地裏を進む羽目になった。

 

 だが、こうなってしまった以上は、ここで迎え撃つしかない。

 もう逃げ道もないし、()の道逃がしてはくれないだろう。

 

 五和は覚悟を決めた。

 

 その影は中々姿を見せなかったが、五和の目がその暗さに慣れ始めてきた頃、観念したのか、ゆっくりとその姿を現した。

 

 それは、五和がそうであろうと、思い描いていた人物だった。

 

 それは、五和がそうでなければと、思い願っていた人物でもあった。

 

 五和は痛ましげに、表情を哀しく歪めながら、その影の、その女性の名前を呟く。

 

 自分達の唯一無二の指導者(リーダー)で、ずっと大好きだった、彼と一緒に“姉”のように慕っていた、彼女の“かつての”名前を。

 

「……女教皇様(プリエステス)……ッ」

 

 その小さな叫びを聞き、女教皇様(プリエステス)――神裂火織は、悲しげに微笑みながら、かつての部下(いもうと)に答えた。

 

「……しばらく見ぬ間に、腕を上げましたね、五和。…………でも、私は――」

 

 

「――もう、“天草式十字凄教(あなたたち)”の“女教皇(リーダー)”ではありませんよ」

 

 

 その言葉を聞いて、五和は俯き、ギュッと槍を握りしめて。

 

 ここに勇麻がいなくてよかったと、少し思った。

 

 

 

 18

 

 

 神裂火織。

 かつて天草式十字凄教の女教皇(リーダー)であった彼女に会い、自分達の元へと連れ戻すことが、五和と勇麻がこんな学園都市(異教の地)へと足を踏み入れた理由だった。

 

 だが五和は、その神裂を目の前にしても、自身が手に持つ海軍用船上槍(ぶき)を下ろそうとせず、その切っ先を彼女と向け続ける。

 

 それを神妙な無表情で受け止める神裂に、五和は強張った声で告げる。

 

「……女教皇様(プリエステス)……一つだけ、お聞かせください」

 

 神裂は、今度はその呼称を訂正することなく、その問いを待った。

 

 

禁書目録(かのじょ)のあの背中の傷は、あなたがやったものですか?」

 

 

 ビクッと、神裂は怯えるように体を震わせた。

 それは、何よりも五和の問いが真実であることを示していて。

 その罪が、自分のかつての部下(なかま)達に露見したことに恐怖しているようだった。

 

 五和はそれを見て、心から悲しそうに言った。

 

「……どうして、ですか。……どうして、あのあなたが。……私達に、勇麻くんに、『救われぬ者に救いの手を』と教えてくれたのはあなたじゃないですか……ッ」

「――――ッ!!」

 

 神裂は唇を噛み締める。

 そして、懺悔するように、言葉を振り絞った。

 

「……私だって、本当は彼女の背中を切り裂くような真似はしたくなかったのです。……あれは、彼女の『歩く教会』が防ぐと――」

 

 

「それでもッ!!逃げ惑う女の子の背中に剣を向けたのは事実でしょうッ!!!」

 

 

 五和の涙を流しながらの叫びに、神裂は俯いていた顔を跳ね上げた。

 

 そこには、瞳を潤わせ、頬を紅潮させながらも、神裂を、かつての指導者(リーダー)を糾弾する五和がいた。

 

 逃げることは許さないと。そんな神裂火織(あなた)は見たくないと。

 

 女教皇(あね)の過ちを正そうとする、強き教徒(いもうと)の姿がそこにはあった。

 

 神裂は、そんな強くなった、正しく生きているかつての部下の姿から、眩しそうに眼を逸らす。俯くように。

 

 それでも、自分はやらなくてはいけない。

 

 かつての居場所に拒絶されようとも、自分を姉と慕い、こんな場所まで迎えに来てくれた五和(いもうと)に軽蔑されようとも。

 

 自分は、自分達は、彼女を救い続けると誓ったのだから。

 

「――通告します」

 

 その声は凛とした、無表情の装置(システム)めいたものだった。

 

 だが、先程の『自動書記(ヨハネのペン)』とは違い、必死に押し殺した感情が見え隠れしている、未熟な装置(システム)

 

 だからこそ、ここからは、“天草式十字凄教の女教皇(プリエステス)”としてではなく、“必要悪の教会(ネセサリウス)の神裂火織”として、問うと。

 

 自分達は敵同士だと、敵として通告すると、五和は理解した。

 

「――私の魔法名を名乗る前に、彼女をこちらに引き渡してください」

 

 刀剣のような殺気が、神裂火織(あね)から、五和(いもうと)へと向けられる。

 

 五和は、一瞬顔を俯かせる。荒れ狂う心を必死で押し殺し、溢れる涙を必死で押し戻し――そして、毅然と顔を上げる。

 

 海軍用船上槍(フリウリスピア)を、神裂火織(てき)の顔へと力強く向けた。

 

「……渡しません。私は、勇麻くんにこの子を託されたんです。……たとえ、誰であろうと。……何より、“今のあなた”には、渡すわけにはいかないッ!」

 

 神裂は、一瞬張り付けた仮面が壊れ、目を見開き、沈痛に表情を歪める。

 

 それは、五和に完全に拒絶されたからか――それとも、“(おとうと)”の名が出たからか。

 

 だが、それも一瞬。神裂はすぐさま、“必要悪の教会(ネセサリウス)の神裂火織”の仮面を張り付ける。

 

「……そうですか。それでは――」

 

 神裂の殺気が密度を、鋭さを増す。

 

 五和は表情を歪める。

 分かっている。理解している。自分ではこの人相手に、時間稼ぎすら出来ないことを。

 

 神裂火織の圧倒的な強さは、自分達が誰よりも理解している。

 

 なぜならそれ故に、彼女は自分達を見限り、自分達の元から去って行ったのだから。

 

 

 それでも、譲れなかった。例え、自分達が敬愛する“神裂火織”に瞬殺されることになろうとも。

 

 ここで、禁書目録(きずついたしょうじょ)を見捨てたら――“女教皇《プリエステス》”の残してくれたあの言葉に背くことになってしまうから。

 

 

 神裂火織は、目の前の状況に眩暈がした。

 

 自分は何をやっているんだ。

 

 自分が傷つけ、瀕死の重傷を負わせてしまった“親友”を、自分を“姉”と慕い、自分が“妹”と可愛がっていた、かつての“仲間”が背中に庇う。

 

 そんな彼女達に向けて、自分は今まさに、必殺の一撃を放とうとしている。

 

 自分は何をやっているんだ。

 

 どうしてこんなことになってしまった。

 

 そんな自分が、今から名乗ろうとしている魔法名。

 

 Salvere000。

 

――救われぬ者に救いの手を

 

 とても名乗れなかった。そんな資格が有る筈もなかった。

 

 自分は、おそらくこれから一生、この魔法名を、名乗ることなど出来ないだろう。

 

 

 合わせる顔が、なさ過ぎて。

 

 

 

 

 

「あらぁ~。こんなところで、一体何をしているのかしらぁ?」

 

 

 

 19

 

 

 その人を食った間延びした声は、神裂の後方――狭い裏路地の入口から聞こえた。

 

「――何者です」

 

 神裂は、槍を構えたままの五和に背を向けるような愚行は侵さずに、闖入者に向かって鋭く問いかける。

 だが、その五和も突然割り込んできた第三者の登場に呆気にとられていた。

 

 五和の方からも、神裂が壁になる形で、その姿は見えない。でも、声の調子から女――それもかなり若いおそらくは中学生か高校生くらいの――少女であることが窺えた。

 

 その少女は、神裂の鋭い殺気にも怯まず、飄々とした調子で続ける。

 

「ただの学生よぉ。本当はこんな野暮な(めんどうくさい)ことは言いたくないんだけどぉ、無粋力を承知で言わせてもらうわぁ」

 

 続いて聞こえてきた声は、先程の少女のものではなく、妙齢の女性のものだった。

 だが、それに疑問を持つ前に、女性は神裂に衝撃的な言葉を言い放つ。

 

 

「大胆ファッションなお姉さま。その白い子を見逃してくれないかしらぁ?――――こ、の、場、は♪」

 

 

「……本当に無粋ですね」

 

 今度の声は、初めのものとはまた違う、小学生くらいの幼い少女の声だった。その子猫のようにあっけらかんと告げた言葉に、神裂の放つ殺気が強くなる。

 直接向けられたわけではないと理解している五和ですら、思わず身震いしてしまうほどに。

 

無関係(このまち)の人間であるあなたに、そのような指図を受けるいわれはないのですが」

「そうねぇ。確かに私にとってその白い子はまったくもって無関係力だわぁ。……それでも、あなた忘れてないかしらぁ?」

 

 次は、高校生くらいの声変わりしたての少年の声。

 口を開くたびに違う声で、だが、一貫として人を食ったような間延びした口調で、闖入者は語り続ける。

 そして、その自由気儘な女王のような声の主は、神裂(よそもの)に向かって嘲笑うように言い放った。

 

「あなたたちは、くだらないお家騒動にこの街を“貸してもらってる”という事実を」

 

 ぴく、と神裂が反応する。

 声の主は、そんな神裂を見て、笑みを深めながら続けた。また新たな別人の声で。

 

「別にこの街から今すぐ出ていけ、なんて言うつもりはないわぁ。“この場は”手を引けって言っているの」

「……何故です?理由は?」

「知らないわぁ。興味ないもの。ただ私は上司に言われた通り仕事力をこなしてるだけだしぃ。まったく、折角の夏休みなのにぃ~」

 

 不満げに頬を膨らませる謎の声の主とは対照的に、神裂は苦虫を噛み潰したかのようなに表情を歪める。

 五和は、そんな神裂を複雑に眺めていた。

 

「……拒否したら、どうしますか?……力づくで止めてみますか?」

 

 苦し紛れ。

 明らかにそう分かる神裂の言葉に、声の主は表情を険しく引き締める。

 

「……どうしてもというのなら止めないけれどぉ。……それがどういう意味力を持つか、分からない貴女ではないでしょう?」

「…………」

「……そうねぇ。手始めに――」

 

 黙り込む神裂に追い打ちをかけるように、謎の影は手に持った“リモコン”を操作した。

 

 すると、どこからかゾロゾロと足音が響いてきた。

 

「……え?なんですか、この音?」

「……これは?」

 

 どんどん数を増やすその奇妙な足音に、ついにたまらずに神裂は五和に背を向け振り返る。

 

 

 

 その先には、この路地裏を覗きこむように、無表情の少年少女達がいた。

 

 

 

 異様な雰囲気の彼らの瞳には、一様に星のマークが浮かんでいる。

 

 そして、その集団の一番前にいる少女が、無表情に、その表情に似つかわしくないあの猫のような軽い調子の声を発する。

 

「その子たちは、私の能力によって操られた、やりたくもないことを無理矢理やらされている、罪のない迷える子羊たちよぉ」

 

 影は言う。楽しげに、面白そうに、その遊戯(ゲーム)に神裂火織を挑発的に誘う。

 

 

「さぁ、“聖人”さん。あなたが学園都市(わたしたち)に逆らうというのなら、まずは手始めに彼らを瞬殺してくれないかしら☆?」

 

 

 声の主は、大嫌いな上司にあらかじめ神裂火織についてのおおざっぱな情報を得ていた。

 

 戦闘力はこの街の最高戦力(レベル5)と同等以上。世界に二十人といない“聖人”という人種で、ロンドンでも十指に入る“魔術師”であること。

 

 彼女の魔法名は、Salvere000(救われぬ者に救いの手を)であること。

 

 学園都市(このまち)でもトップクラスの頭脳を持つ彼女でも、いやそんな彼女だからこそ、聞かされた情報のほとんどが理解に苦しむことだったが、彼女にとって重要なのはたった二つのことだった。

 

 

 彼女は、自分よりも圧倒的に強い。

 

 そして――彼女は“人を殺せない”。

 

 

 なら、あとは簡単だ。

 

 

 こうして、一般人(じゃくしゃ)で武装すればいい。

 

 

 それが、神裂火織(目の前の強者)には、なによりの暴力になるのだから。

 

 神裂火織は、吐き捨てるように言い放つ。侮蔑と、圧倒的な怒りを込めて。

 

「……この……外道がッ!!」

 

 そんな彼女に向かって、声の主は嘲笑する。

 

 一般人の群れの中に姿を隠しながら、神裂火織にむかって言い放つ。

 

 

「必死に逃げるか弱い女の子を、後ろから切り裂くようなあなたには、こんな私も感服するわぁ。だから私も、敬意を込めてこう言わせてもらうわねぇ――」

 

 

 

「――この外道☆」

 

 

 

「――――――ッッッ!!!」

 

 神裂は、腰にぶら下げていた長刀を、地面に叩きつける。

 

 アスファルトの地面はひび割れ、地面が少し揺れた。

 

 それでも神裂は激情に肩を震わせて、荒い息を必死に整えている。

 

 五和は、そんな背中を見せる神裂に、恐る恐る声を掛ける。

 

「……女教皇様(プリエステス)――」

 

 五和の言葉を遮るように、神裂は告げた。

 

 

「――分かり、ました。……この場は、引きましょう」

 

 

 その言葉を聞いて、声の主は口角を上げた。

 

「……そう。物分りが良くて助かるわぁ」

 

 そして、声の主はそこでようやくもう一人の人物に向かって言葉を告げる。

 

「そこの素敵な胸部力をお持ちの貴女。悪いんだけど、その子を預からせてもらうわねぇ」

 

 そう言いながら、声の主は再びリモコンを操作する。

 すると、一般人の集団の中から二人の学生服を着た少女が、路地裏の中へと侵入した。

 二人共表情は虚ろで、瞳には星のマークが輝いている。

 

「――なッ!?」

「――だ、ダメです!何を言っているんですかッ!?」

 

 神裂は確かに引くとは言ったが、五和達にならともかく、こんな手段をとってくるような正体不明の奴らに禁書目録を渡せるはずがない。

 五和としても同様で、こんな怪しい人達に、神裂と敵対してまで守ると決めた少女を渡すわけにはいかない。

 

 だが、侵入してきた少女の一人が、無表情のまま、二人にこう告げた。

 

「安心してぇ。その子はきちんと保護するわぁ。その子たちの持つメモの場所――その病院にその子を運び込むの」

 

 声の主に操られる二人の傀儡(しょうじょ)が、神裂と五和に小さな紙片を見せる。

 

 その紙を見て、神裂が信じられないといった表情を見せる。

 

「――学園都市の施設に、禁書目録(ぶがいしゃ)を運び込むのですか……ッ」

「そこには世界一の名医がいるの。彼は患者力を選ばないわぁ。それにこの街の統括理事長(トップ)とも懇意だから、事情も知っているわよぉ」

「……しかし――」

「心配なら後でお見舞いにでもなんでも来ればいいじゃない。別に私たちはその子に危害を加えるつもりはないしぃ、そんな真似はしないと誓うわぁ。……ただ、その医者は患者命だから、“そちらから彼女(かんじゃ)に危害を加えた場合”の命の保障はしかねるけどぉ。……もちろん、貴女達の、ね♪」

「――くっ」

 

 神裂は悔しげに歯噛みする。

 その言葉は、もしその施設に禁書目録を運び込まれた場合、神裂達の禁書目録奪取がより困難になるということを示している。

 

 それは、五和も理解した。禁書目録を守るという点においては、利害は一致しているように思える。

 

 残る問題は、そして最大の問題は、一つ。

 

 この謎の闖入者は、はたして信頼に値するのか。

 

「……あなたはどうするのぉ?おっぱいさん♪」

「……その呼び方はやめてください」

 

 すでに神裂は片方の少女に紙片を受け取り、道を空けている。

 元々彼女に拒否権はない。すでにこの場は引くと言ってしまったし、あの一般人の大軍を“人質”にとられている以上、すでに神裂は謎の声の主に敗北しているのだ。

 

 五和は悩む。普通に考えたら、こんな手段をとってくる人を信用など出来ない。それは神裂と同じだ。

 だが、この少女に逆らえない。それも五和は、神裂と同じだ。

 

 これまでの話から、この声の主が“学園都市”を代表して、魔術師(わたしたち)に“命令”を下しているのは、一目瞭然だ。

 

 そして、それに逆らうということは、学園都市(科学サイド)に喧嘩を売るということ。

 

 そうなれば、天草式十字凄教など、一瞬で滅ぼされる。

 

「――っ!」

 

 そこまで考えて、五和が身を震わせた時――少女は言った。

 これまで一般人の大軍に紛れて、遠くから傀儡を機械的に操作して言葉を伝えてきた声の主が、五和の傍まで寄ってきた少女の口を借りて、五和の目の前で言った。

 

「――大丈夫よ。……あなたは、私の大事な人の、大事な人の、大事な人だもの。……悪いようにはしないわぁ」

 

 その少女は、操られているのも関わらず、優しい慈愛に溢れた表情を見せた。

 

 五和はその表情に何も言えず、その言葉の意味を問いかけようとして――

 

「――それよりも、あなたは急いだ方がいいのではないかしらぁ?……そろそろ、限界力間近じゃないのぉ?――“彼”」

 

 五和は一瞬呆気にとられたが、直ぐにその答えに至った。

 そして、顔を真っ青にし、口元を押さえ、彼の名を呟いた。

 

「――ゆう、ま、くん……ッ」

 

 その名を聞き、神裂も小さく身を震わせたが、傀儡の少女が再び告げる。

 

「“こちら”の人間も一応向かってはいるけれど……命の保障力は出来かねるわよぉ?」

「――ッ!!」

 

 五和はその言葉を受け、槍をギュッと握りしめ、葛藤する。

 

 そして、数瞬の逡巡の後、傀儡の少女の手を震える両手で掴む。

 一度振り向き、安らかな寝息を立てる少女を見遣って、少女に向き直り、星のマークが浮かぶ瞳をしっかりと見据え、言った。

 

「……この子を……お願いします……ッ」

「……はい。任されたゾ☆」

 

 傀儡の少女はニコッと笑った。

 

 五和は彼女の手から紙片を受け取り、そのまま神裂のことを見ずに、路地裏を駆け抜ける。

 路地裏を抜けると、一般人の大軍が、まるでモーゼの十戒のように割れる。

 ここまでの道順を記憶している五和は、そのまま倉庫へと全速力で駆け抜けた。

 

 その後ろ姿を追っていた神裂は、傀儡の二人の少女が禁書目録を抱え、自身の前を通り過ぎるのを見て、その後を続くように歩く。

 

「――せめて、あなたたちが本当に病院へと連れて行くのか、確かめるために一緒に行っても構いませんね?」

「あらぁ?もちろん私は構わないけれど、ずいぶんと冷たいのねぇ?“彼”と戦っているのはあなたの同僚力なのでしょう?どちらにせよ傷つくのはあなたの身近な人なのに」

 

 再び目の前の傀儡の少女ではなく、一般人の人混みの中から届く間延びした声。その声音は当然本人のものではなく、小学生の悪ガキといった声だった。

 その言葉の内容に眉を顰め、胸に鋭い痛みが走るも、神裂は何も言わずにその後を追う。

 

 声の主もそれ以降その件については掘り下げることなく、ただ神裂と傀儡の少女達は路地裏を進む。

 

 そして、その路地裏を出た直後、どこからか奇妙な音が響いた。

 

「来たわねぇ」

「な、なんですか、これは?」

「何ってぇ、お客様を運ぶんだから、VIP車を用意するわよぉ」

 

 これなら目撃書を心配する必要力もないしぃ、と言う声は、プロペラが空気を叩く音に紛れて、聖人の聴力でなければ聞こえなかっただろうと思う。

 

 彼女達の上空には、最新鋭のドクターヘリが飛んでいた。

 

 確かにこれなら、注目はされるだろうが中までは見えないし、ここから病院までまさしく直通で行ける。何より早い。

 

 さすがに細い路地裏なので、着陸は出来ないが、上からはしごが降りてきて、しっかりと禁書目録と体をベルトで固定するように縛った傀儡の少女が、その梯子をしっかりと掴む。

 そして、さすが学園都市製というべきか、ほとんどの振動がなく、かつ恐怖感を与えない安定性を保ちながらも通常よりもはるかに速いスピードで、瞬く間に引き上げられ、あっという間に少女と共に禁書目録はヘリに運び込まれた。

 

「あなたなら、例えヘリコプターが相手でも追跡力可能でしょお?気が済むまでその目で確かめるといいわぁ」

「……そうさせてもらいます」

 

 呆気にとられていた神裂だが、確かに聖人(じぶん)ならビルの屋上をそれこそ学園都市製のヘリコプターと互角以上のスピードで疾走出来る為、十分に追跡できると考えて、そのままビルの屋上に向かって跳ぼうとした瞬間――

 

「ああ、これだけは一応言っておいてあげるわ」

 

 と、謎の声の主が最後まで姿を見せずに、神裂にこう言い残した。

 

「今、あなたの“弟”と、あなたの同僚力が戦っている倉庫に、私の愛する人も向かっているの。かなり強いから、お仲間の命が心配だったら、早めに助けに行くことをオススメするわぁ」

 

 神裂は、その声の方向に目を向けるが、やはり人混みでその声の主は判別出来なかった。

 

「…………」

 

 神裂は、そのままビルの屋上へと飛び移り――夜の学園都市の黒い空を切り裂くように滑空する真っ白なドクターヘリを、闇夜に紛れながら追跡した。

 

 

 

 20

 

 

 ピッ。という機械音と共に、傀儡たちは路地裏を出口に向かって進む。ある程度、本来の自分達の活動範囲に戻ったところで、彼女の支配から解放される手筈になっていた。

 

 そして、その場所には声の主――食蜂操祈だけが取り残された。

 

「……ふう。まったく、七月二十日(夏休み初日)から人使いの荒いブラックな職場だわぁ」

 

 と、うんざりするように溜め息を吐いた後、食蜂の竜麻のように簡素で無骨ではない今時の携帯端末に着信が入る。

 まるでどこからか見ていたような――そういえば見ているのだったと思いさらにげんなりする――タイミングの電話に、食蜂は嫌そうな顔を隠そうともせずにしぶしぶとそれに応答する。

 

「はぁ~い。可愛い女の子を、こんな真っ暗の路地裏で仕事をさせた気分力はどうぉ?」

「さすがだ、『心理掌握(メンタルアウト)』。文句のつけようがない仕事ぶりだ」

 

 その、男にも女にも大人にも子供にも聖人にも囚人にも聞こえる声に、食蜂は苦々しい表情のままむすっと答える。

 

「言われた通り禁書目録を冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の病院に送ったわぁ。……それで、一体これに何の意味があるのかしらぁ?」

「“今はまだ”、禁書目録が彼らの手に渡るのは早いからな」

 

 食蜂は眉を顰める。

 必要悪の教会(かれら)に禁書目録を渡したくないのなら、禁書目録がこの街に足を踏み入れた時点で、彼らが侵入するのを拒否すればよかった。もちろん、その時は戦争になっていただろうが。しかし、禁書目録を渡さないというのはそういうことだろう。

 ならば、第三勢力の天草式に渡るように仕向けるのか。だが、先程事前知識として聞いた彼らの組織力では、同様に聞いた必要悪の教会(ネセサリウス)、ひいてはイギリス清教から守り抜けるとは思えないが。

 “今はまだ”――こんな時間稼ぎに、一体何の意味があるというのだろう。

 最終的な結果は一つ――禁書目録は必要悪の教会(ネセサリウス)の元に渡る、これしか有り得ないのに。

 

 そんな食蜂の逡巡を察したのか、電話の相手――学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリーは告げる。

 

「問題ない。プランは予定通り遂行している」

 

 食蜂はその言葉で考えるのを止めた。別にアレイスターのプランなどどうでもいいが、自分が考える領分の話ではないと思ったのだ。

 

「そう?じゃあ、もう私の仕事力は終わりね」

「ああ。ご苦労だった」

 

 そして、一方的に通信は切られる。

 

 食蜂は冷たい顔で電話を睨みつける。

 

 今はまだだ。今はまだ、コイツの手足で甘んじるしかない。

 

 数年かけて、やっとコイツの“お気に入り”まで辿り着いたのだ。今、コイツの信頼を損なうわけにはいかない。

 

 

 全ては彼の為に。あの日、あの時から、それが食蜂操祈の全てだった。

 

 

 食蜂は、目を向ける。少し離れた場所の、真っ黒の煙が上っている方向を。

 

 例え相手が魔術師だとかいう胡散臭い連中(ブラックボックス)でも、彼が負けるとは思わない。彼を殺すことが出来る人間などいるわけないと、食蜂は確信できる。

 

 

 

 なんせ、十五年間も神様からの不幸(ぼうりょく)に、上条竜麻は耐えきってきたのだから。

 

 

 

 案の定、またしても生き延びた竜麻(あいぼう)からその携帯に連絡が来るのは、この少し後のことだった。

 





 W主人公をW放置で、Wヒロインの回でした。

 次回はちゃんと主人公ズが頑張ります。
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