とある双子の上条兄弟   作:副会長

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 ギリギリ木曜更新完了。いえい。


再会《ひさしぶり》

 

 21

 

 

「……また、随分と派手にやったわねぇ」

 

 竜麻が連絡を入れて数分と経たない内に現れた食蜂操祈とその部下(なかま)達は、ものの見事に文字通りの火の海と化していた倉庫内の消火活動を終えて、証拠隠滅の後処理を行っていた。

 すでに炎は消し終えたとはいえ、おそらく倉庫としての役割はもちろん、怪しい溜り場に使用することすら適わないであろう程に酷いダメージを受けているこの倉庫だが、それでも後で警備員(アンチスキル)の捜査が入っても、“不良(スキルアウト)達によるボヤ騒ぎ”と判断されるくらいの誤魔化しは、暗部として必要だった。

 

 だが、竜麻と食蜂は手足である下っ端達に作業を一任し、ぼーと所在なさ気に突っ立っている。一応、この中では竜麻と食蜂が責任者(リーダー)なのだ。

 

「まぁな。おかげで汗びっしょりだぜ」

「こんな散々たる惨状の戦いを終えて、そんなジョギング終わりみたいな呑気力の高い感想を言えるあなたにはもう何も言わないわぁ……」

 

 竜麻は黒のインナーシャツを脱いで、ギュッと汗を絞る。

 食蜂は頭を押さえて呆れながら、そんな竜麻の背中をチラッと見遣った。

 

 その体は均整のとれた美しい筋肉をしていた。

 決して鍛え過ぎず、自身の体躯が持つ性能を十全引き出せるであろう、無駄なく適度に鍛え抜かれた肉体。

 女性だけでなく男性も思わず息を呑み見惚れるような、そんな理想的な筋肉量を誇る体だった。

 

 そこに、無数の傷跡が刻み込まれていなければ。

 

 刺傷、切傷、火傷、裂傷。もはや、傷がない箇所を見つける方が困難な程、彼の背中は、彼の体は、消えない傷で埋め尽くされていた。

 

 それは全て、彼が生まれてからこの方、戦い続けてきた“不幸”の爪痕。

 

 彼が誰よりも不幸(りふじん)人生(ストーリー)を歩み、その結果、誰よりも強くなったことの証。

 

 食蜂は一瞬唇を噛み締め、たんっと彼に近寄り、抱き着いた。

 

「っと。おい、今は汗臭いぞ。やめとけ」

「ん~ん。大丈夫よぉ。大体、あなたはいつも火薬か煙草の匂いをさせてるじゃない。今更よぉ」

「……それもそうだな」

 

 食蜂は猫のような笑顔で、上裸の彼の背中に頬を摺り寄せた。

 

 ……ちなみに、こうしている今も、食蜂の部下たちは倉庫内の証拠隠滅に勤しんでいるが、この部下たちは食蜂の常盤台中学の派閥メンバーではなく、暗部の部下たちだ。今回限りの使い捨て。おそらくはもう会うこともないだろう人達なので、こんなことをしていても、まるで無関心、無干渉だ。

 

 竜麻がパンッとシャツを伸ばすと、食蜂は彼から離れ、竜麻はシャツを着る。

 

 するとその時、倉庫内の後始末をしていた内の一人の男が、竜麻の元へとやってきた。

 

「あの、こんなものが落ちていたんですが」

「あ?」

 

 

 渡されたものは――――真っ黒な学ランだった。

 

 

「あら?これって竜麻さんの?」

「…………」

 

 どこにでもありそうなデザインの普通の学ランだが、あの火の海の中で焦げ跡一つ残っていない時点で、それは竜麻の学ランに間違いなかった。

 故に食蜂はそう問いかけたのだが、竜麻は口を開かずにじっとその学ランを見つめている。

 

 竜麻は、思えばここに来たときから訝しく思っていた。

 アレイスターから依頼を受けて、まず真っ先にここに向かったのは、自分が最後にあの白いシスターを見た場所だからだ。その時にあの少女に渡したものだから、そういう意味ではここにこれがあっても何の不思議もない。

 だが、倉庫の入口前にあった、あの血痕。あれは、外から中に向かって続いていた。それは、つまり――

 

――あのシスターは、一度ここから出て、そしてこの倉庫にわざわざ“戻ってきた”ということ。

 

(……考え過ぎだ。たまたま追われてここに逃げ込んだだけかもしれねぇ。っていうか、そっちの方が遥かに自然だ)

 

『わたしは、インデックスっていうんだよ!』

 

『君の、君の名前は!?』

 

「…………ちっ」

 

 竜麻が舌打ちをしたことで、ビクッと肩を震わせたその男は、探るように問いかけてくる。

 

「……あ、あの、それはどうし「俺のだ。文句あるか?」ひっ、あ、ありませんっ!」

 

 暗部の中でも上条竜麻の悪評は轟いている。

 より正確には、“敵よりも多く味方を殺す『疫病神』がいる”という噂として。

 

 彼と仕事をしたものは、その多くが敵に殺されるよりも、彼の不幸の巻き添えで命を落とす。

 したがって、彼と仕事をすることを喜ぶものは居らず、基本的に“組織”を編成する暗部において、彼は食蜂しか手元に置かない。精々たまに土御門と組むくらいだ。

 

 なので、こんな一夜限りの雑用でさえ、竜麻の傍にいることを恐れる人間も多い。

 逃げるように作業に戻った男に取り合わずに、竜麻はくすくすと笑う食蜂に問う。

 

「……さて。お仕事の続きと行くか。あの白いのを運んだのは冥土帰し(ヘブンキャンセラー)のとこだったか?」

「ええ。おそらくは、そこに彼も送られてるはずよ」

「“彼”?……ああ。あの倒れていた奴か」

 

 竜麻はそういえばそんな奴もいたと言った具合に返す。

 

 だが、そこで食蜂の表情が変わったことに気付いた。

 

「……竜麻さん。これは、私が言っていいことかどうかは分からないんだけど……それでも、私はあなたは――あなた達は知るべきだと思う、だから無粋力が高いことは承知で言わせてもらうわねぇ」

「……食蜂?どうし――」

 

「実は、彼は――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――な、に?」

 

 

 

 22

 

 

 勇麻が目を覚ますと、視界に一番最初に映ったのは、十年来の幼馴染の少女だった。

 

「……い、つ、わ?」

「ッ!? ゆ、勇麻くん!?気が付いたんですね!?」

 

 五和は潤んだ瞳に、さらに涙を溢れさせて、そのまま抱き着こうとする――が、勇麻のその包帯だらけの体を見て、ぐっと抑える。

 対して勇麻は、体を動かす度に全身に走る疼痛に表情を歪めながらも、なんとか上半身を起こし、ぐるりと辺りを見渡す。

 

「……病院?」

「上半身全体に重度の火傷を負った人間が運ばれる場所なんて、他にはないね?」

 

 勇麻の呟きに答えながら現れたのは、白髪のカエル顔の医師だった。

 

 冥土帰し(ヘブンキャンセラー)

 学園都市一の、つまりは世界一の名医であり、勇麻達――魔術サイドの事情にも精通した男である。

 

 勇麻は自身の体を見下ろす。

 彼の言う通り、まるでミイラ男かというくらいに上半身全体が真っ白というほどに包帯が巻かれていて、顔に手をやると大きなガーゼが貼られている。

 

「火傷だけじゃなく打撲や酸欠でも危なかったんだね?一週間は入院してもらうことになるね?」

「はぁ。ええと、ありがとうござい――――そ、そうだっ!五和!禁書目録(あのこ)は!?無事なのか!?火織姉には会ったのか!?」

 

 徐々に事情を思い出した勇麻が、五和の肩を掴んで問い詰める。

 神裂の名が出た時に五和の表情が歪んだが、無理に体を動かしたことで激痛が走って涙目で蹲った勇麻には幸い気付かれず、まずは初めに聞かれたことに答える。

 

「え、えぇと、禁書目録(あのこ)なら、ここに」

 

 そう言って五和は立ち上がり、敷居のカーテンを開ける。

 そこには――

 

「あ、ほひはんだ。ほはようはんはよ!(訳:あ、起きたんだ!おはようなんだよ!)」

 

 そう言って、元気モリモリに病院食をかっ食らう少女がいた。

 

「……あれ?」

 

 思ったよりも元気そうな様子の少女に、勇麻は呆気にとられる。

 少女はゴクンとハムスターのように頬に蓄えていた食料を呑みこむと、口元に食べかすをつけながら、輝く笑顔で言った。

 

「助けてくれてありがとう!私は、インデックスって言うんだよ!」

 

 まるで、先程見た光景――この子の背中が切り裂かれていて、殺されかけていた光景が幻だったのではないかと、思わず疑ってしまうような光輝く笑顔に、勇麻は――

 

「――あ、ああ。……俺は上条勇麻だ」

 

 と、間抜けに呆然とした顔で、ぽつりと自己紹介を返すことしか出来なかった。

 それでもインデックスは「ゆうまだね!よろしくなんだよ!」と邪気のかけらもない朗らかな笑顔を返す。

 

 すると、五和は立ち上がって「もぉ、口元に食べかすが付いてますよ」といって、彼女の口元を拭いてあげている。

 インデックスが「はひがほうはんなよ、いふや(訳:ありがとうなんだよ、いつわ)」となされるがままになっているのを、俺の知らない間にずいぶん仲良くなったんだなぁ、呑気に思いながら眺め、その間に病室を見渡す。

 

 どうやらここは二人部屋のようで、ベッドは自分の分と、彼女――インデックスの分の二つだけらしい。

 思えば、ここは科学サイド――学園都市の病院。バリバリに魔術サイドの人間の自分――特に、魔術サイドの重要機密(VIP)である『禁書目録』を収容するのだから、他の患者から離す――いってしまえば隔離するのは、情報漏洩という面でもセキュリティの面から考えても当然のように思えた。

 

 そんなことを考察すると、徐々に勇麻も今の状況に対しての危機感を覚えてきた。

 言ってしまえば、今の自分は――自分達は、敵陣に捕えられたと言ってもいい状況なのだから。

 

 勇麻がそんな風なことを考えているのが表情から分かったのか、冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)は勇麻に淡々と言った。

 

「安心してもいいね?」

 

 勇麻が彼の方を向くと、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は勇麻の目を真っ直ぐ見据えて言う。それが当然だと言わんばかりに。

 

「君達はもう僕の患者だ。何があろうと、手出しはさせない。それが例え、誰であろうともね?」

 

 勇麻は真っ直ぐに見つめ返す。

 冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は、微動だにしなかった。

 

(……この人)

 

 勇麻は、目の前の人物が只者ではないことを痛感する。

 そして、表情を崩し、苦笑した。今の自分では、この人に何かできるわけでもない。それに、例え科学サイドの医師だろうと、助けてもらった恩人には変わりないのだから。

 

「……はい。お世話になります」

 

 勇麻と冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が笑い合った。

 

 その時、病室の扉がノックされて、一人の来客者が現る。

 

「失礼するんだゾ☆」

 

 その人物は、金髪に学園都市の名門――常盤台中学の制服を着た女生徒だった。

 

「え、えぇと、あなたは――」

「食蜂君。勝手にこの部屋に侵入(はい)ってもらっては困るんだね?」

「ごめんなさ~い、先生。実は彼女にちょお~っと届け物があってぇ」

 

 そういうと、彼女は扉側手前の――インデックスのベッドに向かう。

 

「あなたがインデックスちゃんねぇ」

「そうだけど?あなたはだれ?」

「私は食蜂操祈。これ持ち主の知り合いよぉ」

 

 そういって食蜂はインデックスに学ランを見せる。

 

「あ!これ、あの人のなんだよ!よかったぁ~!」

 

 インデックスは食蜂から学ランを受け取り、大喜びで抱き締める。

 

「じゃあ、あなたはやっぱりそれを録りにあの倉庫に戻ったのねぇ」

「……ん。あの追っ手たちに、私があの倉庫に居たってことはバレてたみたいだから。……もし私が振り切ったら、あの学ランを手掛かりにあの人のところに行くんじゃないかって」

 

 食蜂は、しゅんと俯くこの少女を見て、理解する。

 この子は、やはり頭がいい。それに、このセリフから、その気になればあの二人から逃げ切る自信があったことも窺える。

 直接対峙したわけではないが、あの二人――少なくとも、あの神裂火織は相当な実力者だと食蜂は悟っている。この学園都市の最高戦力(レベル5)に匹敵するか、あるいはそれ以上の。

 

 そんな連中から、一年以上も逃亡生活を続けている、“天才”。

 アレイスターに聞いた情報だけでは半信半疑だったが、直接言葉を交わしてみて、それが決して誇大広告ではないことは判明した。

 

「ねぇねぇ、みさき!」

「なぁに?インデックスちゃん!」

「あの人の名前教えて!」

「? 名前?知らないの?」

 

 食蜂は純粋に疑問として問いかけたのだが、インデックスは再び暗く俯き、ポツリポツリと零した。

 

「……うん。聞いたんだけど、あの人教えてくれなかったんだ。……ただ、自分のこと――」

 

 

「――『疫病神』って……」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、食蜂の表情は険しく歪み、そして――

 

「――――っ……!!」

 

 勇麻は呆然と、目を大きく見開いて驚愕していた。

 それを五和が不思議そうに眺めていると、食蜂はインデックスの手を優しく包み込み、腰を落としてインデックスを見上げるようにして見つめた。

 

「……そう。……じゃあ、私が代わりに教えてあげるわ。……あの人の名前はね――」

 

 食蜂は、一瞬ちらりと背後の、隣のベッドにいる勇麻を見ると、再びインデックスに向き合い、その学ランの持ち主の名を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――――え、今……なんて?」

 

 

 

 23

 

 

 第七学区のとある建物の屋上。

 

「……ぐ、ぅ!……もう少し優しく出来ないのかい?」

「血は止まりました。それで十分でしょう」

「……ずいぶん機嫌が悪いね。……昔馴染みに痛いところでも突かれたかい?」

「…………」

 

 神裂は何も言わずに立ち上がり、そのままとある病院へと視線を固める。

 ステイルもそれ以上なにも言わずに、煙草に火をつけ咥えた後、双眼鏡を使って同様の病院へと目を向けた。

 

 そこに映るのは、ある病室で、そこには、神裂にとってはかつての家族の少年少女、見知らぬ金髪の少女と、白衣をまとったカエル顔の医師――そして、元気にはしゃぐ自分達の親友の白い少女がいた。

 

 二人にとっては、特に神裂火織にとっては、あまりにも眩しく、そして遠い景色。

 

 見ていて心が張り裂けそうになるほどに、暖かく、幸せな光景。

 

 そんな感傷を胸の中から吐き出すように、副流煙を虚空に撒き散らしながら、ステイルは神裂に問う。

 

「……確かに、面倒なことになったね」

「……申し訳ありません」

「……済んだことをとやかく言ってもしょうがないさ。……僕もあの奇妙な右手相手に醜態を晒したしね。……君の昔馴染みはともかく、あの右手の能力者の正体は分かったのかい?」

 

 そうステイルが問いかけると、神裂は一瞬の間を置いて答えた。

 

「……分かりません。『五行機関』に問い合わせてみたのですが、名前や素性、背後関係は『不明』という答え以外返ってきませんでした」

「不明?……ということは――」

「ええ。あの少年は、この街においても『異端(ブラックボックス)』だということです。……分かるのは、彼には少なくとも――おそらくは女性の協力者がいて、私達の妨害をしてるということくらいでしょうか」

 

 ちっと思わずステイルは舌打ちをする。なんでよりによって、そんな奴が自分達の事情に首を突っ込んできたのか、と。あいつ等が現れて、一気に自分達の状況は最悪になった。

 

 まるで『疫病神』だ。

 

 そんなことを思っていると、覗いている双眼鏡の視界の端――インデックスたちの病室と同階の少し離れた場所、待合室から少し出窓のように飛び出たスケルトン仕様の狭いスペース――おそらくは学生の街であるが故に絶対数が少ないであろう喫煙者の為に用意された喫煙ルームに、堂々と学生服のズボンに黒のインナーシャツという出で立ちで煙草に火をつけて黄昏ている少年の姿が写った。

 

「……奴は……ッ!」

 

 まさしく、噂をすれば影か。

 

 あの時、自分達を邪魔し、窮地に追いやっている、あの少年に間違いなかった。

 

「……なぜ、アイツがあの子の傍に……っ」

「……私達に対する警戒でしょうか?」

 

 ステイルは殺意に満ちた瞳で少年を睨みつける。

 

 

 その時、黒い少年が鋭い眼光でこちらを睨み据えた――気がした。

 

 

「っっ!?」

 

 思わず双眼鏡から顔を離す。

 

(……こちらに、気付いた?)

 

 馬鹿な。ありえない。向こうからは――神裂のように聖人でもなければ――この深夜の暗さの中で、これだけ離れた場所を肉眼で見つけられるわけがない。

 

 ふと横を見ると、神裂も有り得ないといった様子で、呆気にとられていた。

 

 ステイルは、恐る恐る双眼鏡を再び覗き込む。

 

 すると――先程の喫煙ルームには、すでにあの黒い少年の姿はなかった。

 

「……神裂、奴はどこに?」

「……しばらくこちらを睨みつけていましたが、すぐに煙草の火を消して、あの子の病室に向かいました」

「…………」

 

 ステイルはその言葉を聞いた後、再び観察対象をインデックス達の病室に戻しながら、神裂に問いかける。

 

「……奴は、こちらに気付いたのか?」

「……それは、分かりません。……ですが、今は様子を見た方がいいかと」

「……様子見、ね」

 

 そして、ステイルは懐中時計を開き、冷たい眼差しで時刻を確認した後、それを閉じる。

 

 現在、時刻は七月二十一日。午前二時三十分。

 

「……それでも、僕達に残された時間は少ない」

「……ええ」

 

 ステイルと神裂は、その後黙々と幸せそうに笑いながらはしゃぐインデックス達を、彼らが寝静まるまで見張り――見守り続けた。

 

 

 

 24

 

 

 その三日後。

 日付は七月二十四日。

 

「完治!なんだよ!」

 

 インデックスの怪我が全快した。

 

 ベッドの上に仁王立ちし、腰に手を当てて薄い胸を張っている。

 それを見て、隣のベッドに腰掛ける勇麻と二つのベッドの間に立つ五和は微笑ましそうな顔をする。

 

「よかったな、インデックス」

「元気になってよかったです」

 

 二人にそんな言葉を掛けられ、嬉しそうに「ふふん♪」と微笑むインデックス。

 そんなインデックスに、カエル顔の医師は淡々と告げる。

 

「まぁ、怪我は完治しても、君はこの街のIDを持っていないんだからね?極力この病室から出ないようにね?」

「むぅ。分かってるんだよぉ」

「それと、君はまだ完治していなんだからね?絶対安静とは言わないけれど、無茶はしないようにね?」

「分かってますよ」

 

 苦笑する勇麻に、インデックスはふと疑問を持つ。

 

 どうして背中を切り裂かれた自分よりも、重度とはいえ火傷と打撲のみの勇麻の方が治りが遅いのかと。

 

「ねぇ。どうしてゆうまは魔術を使って治さないの?ゆうまは魔術師なんでしょう?」

 

 例え回復魔術を使えないのだとしても、インデックスは五和が回復魔術を使えることを身を以て知っている。

 なのにどうして勇麻にはしないのかと尋ねるが、五和は悔しそうに顔を俯かせ、勇麻は「ああ。そういえば言ってなかったっけ」と前置きして答える。

 

「あぁ。俺はな、“異能の能力が効きにくい体質”なんだよ」

「――え?」

「回復魔術はちゃんと一日一回かけてもらってるぜ。だけど、その効力を十全受け付けないんだ。いいとこ二、三割だな。それでも、普通にしてるよりはるかに治りが早いんだから、十分感謝してる。ほら、全治一週間って言われてたのに、もうほとんど治ってるだろう?これも五和のおかげだ」

「……いえ」

 

 勇麻は顔を俯かせる五和に殊更笑顔でお礼を言う。

 五和は寂しげな苦笑で応えた。

 

 確かに、勇麻の包帯の量は大分減った。それでも、あの背中の裂傷を塞いだ五和の回復魔術の効果としては少なすぎる。しかもすでに三回もかけてもらっているにも関わらず。

 

 インデックスは、勇麻の体質の話を聞いて、ふと思い出した。

 自身のベッドのそばの椅子に畳んで置いてある、この学ランの持ち主の言葉を――

 

「……それじゃあ、ゆうま“も”、神様のご加護を受けられないの?」

 

 その言葉を聞き、病室の扉を開けようとしていた影の、動きが止まった。

 

 部屋の中にいる彼らはそれに気づくことなく、インデックスの問いかけに勇麻と五和は答えていく。

 

「……神様のご加護というほど大きな話ではありませんが、確かに勇麻くんはよく運が悪いなぁと思うことはありますね。ジャンケンとかも酷い戦績ですし」

 

 他にも、籤が当たったことがない、出先で突然雨に降られる、散歩中の野良犬に追い掛け回される、草野球の流れ弾に命中する、等々。

 

 ふと思い返すと、くすりと笑ってしまうくらい、上条勇麻はついていないと、五和は彼と過ごした十年間を振り返る。

 

「……別に、俺なんか全然“不幸”じゃないさ」

 

 だが勇麻は、暗く、低い声でそう呟いた。

 

 その目は、重苦しい、ドロドロとした、“不幸”へと怒りと憎しみで満ちている。

 

「俺は……本当の“不幸”を知ってる……ッ」

 

 勇麻は知っている。

 

 複数人で囲んだテーブルで自分だけ食中毒を引き当て、出先で突然鉄骨に降られ、野生の猪や熊に追い掛け回され、警察官やヤクザの抗争に巻き込まれ正真正銘の流れ弾に襲われる。

 

 そんな本物の不幸を知っている。

 

 勇麻は知っている。

 

 数々の凄惨な悲劇の中でも、自分だけが助かって、周りの人間達に理不尽に不幸を押し付けてしまう。

 

 そんな悪夢のような幸運を知っている。

 

 だから言う。だからこそ言える。

 

「……本物の不幸の前では……悪夢のような幸運に比べれば……俺なんか、はるかに、幸せ者だ」

 

 勇麻は拳を握り締める。肩を震わせ、全ての不幸に対し憎悪を抱く。

 

「……勇麻くん」

 

 五和は、そんな勇麻を心配そうに見つめ。

 

「…………」

 

 インデックスは、ただ真っ直ぐに、勇麻を見据えていた。

 

 

 

 コンコン。と、重苦しい沈黙に満たされた病室の扉をノックする音が聞こえた。

 

「――あ。誰か来たみたいですね?」

 

 と、五和は空気を変えようと明るい声を張り上げ、「どうぞ」と入室を促す。

 元々この部屋は一般の病棟からはある程度隔離されていて、看護師もカエル顔医師の腹心のごく一部の人間しか来ないし、インデックス達のことは当然極秘なので彼女達がここにいるということを知る人間は少なく、というより、この病室自体が関係者以外立ち入り禁止区画にあるので、この部屋を訪れる人間は本当に限られている。

 

 現れたのは、金髪星目の中学生――食蜂操祈だった。

 

「……あ、食蜂さん、こんにちわ」

「こんにちわ、五和さん」

 

 五和は少し食蜂のことが苦手だった。

 カエル顔の医師が許可したので、危険な人物ではないと思うのだが、いかんせん彼女の星の瞳を見ると、あの路地裏での出来事を思い出す。

 

(…………)

 

 もしかして、と思うところはあったが、今のところは何をしてくるわけでもない。

 とりあえず、その挙動に注意を払いながらも、五和は食蜂に対しては何もしないことに決めた。

 

「……いらっしゃい、食蜂さん」

「どうも、勇麻さん」

 

 勇麻も食蜂に対しては少しぎこちない。だが、それは五和とはまた違う理由であることは、五和も、そして食蜂本人も承知だった。

 

(……勇麻さん、か)

 

 まだ会うのは二度目なのに、すでに名前で呼ばれている。

 その癖、食蜂は勇麻に対して露骨に接近を図るわけでもなく、今もまっすぐにインデックスのベッドへと向かう。

 

 何かの作戦の一環なのか、それとも――彼女はすでに、別の“上条”のことを知っているからなのか。

 

「具合力はいかが?インデックスちゃん」

「もうすっかり大丈夫なんだよ!」

 

 インデックスと食蜂は、すでにお互い笑顔で言葉を交わし合う仲になっている。

 

 そんな二人の姿を、五和と勇麻は少し遠巻きに眺めていた。

 

 すると、会話が一旦途切れた時、食蜂はふとインデックスに尋ねた。

 

「……そういえば、インデックスちゃん、これ着ていないのぉ?」

 

 三日前。

 この病室に初めて食蜂が訪ねてきた時、食蜂がこの学ランを手渡した理由として――

 

『私の相棒(かれ)がね、今回の一件が片付くまでは、これ貸してあげるってぇ。学園都市の最先端科学で作られているから、下手な防弾チョッキよりは頼りになるはずよぉ。……なんでも、“法王級の防御結界とやらを破壊(こわ)しちゃったお詫び”だそうよぉ』

 

 竜麻は、『別に俺はなくても困らねぇからな。それに学ラン着るには季節的に暑いし』と、食蜂から見ればツンデレとしか思えない理由を構築しながら、食蜂にインデックスに渡すように押し付けていたが、彼がツンデレとはいえデレるのがすごく珍しかったので、何も言わずに従うことにした。若干面白くはないけども。

 

 それに、彼をそんな風に動かす、このインデックスという少女にも興味があった。

 よって、こうしてインデックスを今日も訪ねてみたのだ。まぁ、本来の理由は全く違っていたのだが……。

 

 けど、確かに学ランは女の子が身に付けるには抵抗あるわよね、なんてことを思いながら苦笑している食蜂に、インデックスはしばし神妙な面持ちで黙し、そしてそれまでとは違う毅然とした表情で食蜂に告げた。

 

 

「ねぇ、みさき。……この学ランの人と――“りょうま”と、会わせてくれないかな?」

 

 

 その言葉に、食蜂、五和、そして何より――

 

「――っ!」

 

――上条勇麻が、ぐっと、息を呑んだ。

 

 食蜂は一瞬動揺したが、決して想定していなかったわけではないので、すぐに淑やかな笑顔で問い返した。

 

「……どうしてぇ?」

 

 インデックスは間髪入れずに、強い光を放つ眼差しではっきりと答える。

 

「もっと、話したいの」

 

 インデックスは、ただそれだけを告げた。

 食蜂としては、別に頑なに拒む場面ではない。竜麻とインデックスの関係が気になる食蜂としては、むしろこの二人の会話を見てみたいとすら思う。だが――

 

「――ごめんなさいねぇ。本当は今日、ココに一緒に来る手筈力だったんだけど、あの扉の前で急に用事を思い出したって言って帰っちゃったのよぉ」

「……そうなんだ」

「今度また来るときに、誘ってみるわぁ」

 

 そう言って、目に見えて落ち込むインデックスの頭を食蜂は撫でる。

 

 

「あ、勇麻くん、どこに?」

「トイレだ」

 

 そう言って、勇麻はそんな二人の横を通って、扉から病室の外へと出て行った。

 

「…………」

 

 それを、食蜂は黙って見送る。

 そして、先程の扉前でのやりとりを思い出す。

 

 

 

『それじゃあ、彼らはあれ以降動きがないのぉ?』

『……ああ。この病院は見張り続けているみたいだがな。……白いのが病院の外に出るのを待っているのか、それともあの赤髪のダメージが回復するのを待っているのか』

 

 竜麻と食蜂は関係者以外立ち入り禁止区画を歩き、目的地に向かって進む。

 本来の任務である魔術師(おきゃくさん)達の監視結果について報告し合っていると、目的地の病室へとたどり着く。

 

 ピタッと、足が止まる。

 

『…………』

 

 竜麻は、じっと扉を見つめる。

 食蜂はそんな彼に何も言わずに、ただ彼が動くのを待っていた。

 

 そして、彼が扉に手を掛けようとした瞬間――

 

『……それじゃあ、ゆうま“も”、神様のご加護を受けられないの?』

 

 再び、ピタッと、竜麻の動きが止まった。

 

 そして、扉の向こう側から、声が聞こえた。

 

 彼の、声が。彼の、言葉が。

 

『……別に、俺なんか全然“不幸”じゃないさ』

 

 それは、竜麻が知ってる、彼の声とは、まるで異なっていて。

 

 

『俺は……本当の“不幸”を知ってる……ッ』

 

 

 暗く、昏く、重々しく、ドロドロとした――――圧倒的な憎しみで満ちていた。

 

 その時、ようやく、竜麻は気付いた。

 

 自分の罪に。自分の愚かさに。

 

 頭が急速に冷える。そして、そんな自分を嘲笑うように吐き捨てた。

 

『……はっ』

 

 そして、竜麻はくるりと踵を返す。

 

 そんな竜麻の背中に、食蜂は冷たく見据えて問いかけた。

 

『……会わないのぉ?』

 

 竜麻は背中を向けたまま、吐き捨てるように答える。

 

『……今更、どんな面で会えばいいんだよ』

 

 

 

 

 竜麻は虚空に向かって紫煙を吐き出す。

 

 こないだとは違い、同じ病棟のベランダに出ていた。

 

 分かっていた。

 

 自分の存在が、弟にとって、まさしく不幸(マイナス)でしかなかったことは。

 

 だからこそ、遠ざけた。弟の目の前から消えた。

 

 それでも、竜麻にとっては、まさしく世界で一番大切な、たった一人の家族だった。

 

『俺は……本当の“不幸”を知ってる……ッ』

「……はっ。そりゃあ、そうだろ」

 

 恨まれているに決まっている。

 憎まれているに決まっている。

 

 だって、弟は、自分のせいで両親を失い――挙句の果てに、自分の命を失いかけたんだから。

 

 舞い上がっていたのか。

 死んだと思っていた弟が生きていて、目と鼻の先に現れたことに。

 

 困惑し、混乱した。だからこそ、心がざわめいてこの三日間、会いに来る勇気が持てなかった。

 

 だけど、直前で気付けた。それは、本末転倒だと。

 

 弟は、もう俺がいなくても成り立つ、自分の居場所を獲得している。

 

 幸せになれる環境を手に入れている。

 

 そこに、あろうことか『厄病神』の自分が顔を出すなんて、ありえないことだ。有り得てはいけない不幸だ。

 

 それに、すでに俺は――

 

 

「しばらく見ない間に、随分不良になったんだな」

 

 

 聞こえてはいけない声が、聞こえた。

 

 ずっと聞きたかった声が、届いた。

 

 眩しいくらいの日差しを背に、彼は立っていた。

 

 入院着を纏い、その隙間から包帯を巻いた上半身を覗かせながらも、竜麻がそれを見間違うはずがない。

 

 例え、記憶の中の姿から、かけ離れて大きく逞しくなっていても、確かに残されたその面影を一目で見抜く。

 

 自分と同じ真っ黒の、だけれど自分と違い少し癖のある髪。

 自分と似たパーツだけれど、自分とは似つかない柔らかい印象を与える顔つき。

 

 ああ。間違いない。会ってしまった。会ってはいけなかった。それでも、やっぱり会いたかった。

 

 表情が緩んでしまうのが分かる。すると、向こうも柔らかく微笑んだ。

 

 

「久しぶり。兄さん」

 

 

「……ああ。久しぶりだな、勇麻」

 

 

 上条竜麻と上条勇麻。

 

 科学と魔術。相反する二つの世界に引き離された双子の兄弟が。

 

 

 今、ここに、再会した。

 




 ここは後で回収しようと脳内処理していた箇所とかがだんだんごっちゃになってきてしまった。くそう。

 全然うまく書けない……。ちょっとスランプかも。

 ……折角の再会シーンなのに、ちょっと薄い気がする。個人的に不本意な出来ですが、何回推敲しても、これ以上良くならないし、ここで週一を破るとずるずるとエタる気がするので、これで投下します。

 次回、今回の分も取り戻せるように頑張ります。
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